当たり前を拝む暮らし

昨日は、朝から会社の仲間たちと一年を振り返り昼からは結の方々と共に暮らしの中で冬至の時間を過ごしました。また夕方からは祐徳石風呂サウナに入り音楽を味わい直来で備長炭で煮込んだおでんを食べ団欒しました。みんなで持ち寄った「ん」のつく食べ物を発表したり、昨年のことを思い出してみんなで語り合い、来年の予祝をしておめでとうをし運気を上昇させました。

私は、何かのイベントのように物事を行うのが苦手であまり好きではありません。刹那的なものは何か人間の作為的なものを感じてしまいます。もちろん、好き嫌いというだけで悪いことではないので時折それもありますが苦手ということです。

例えば、昨日は冬至で日の入りをみんなで眺めて拝みました。奇跡的に日の入りの瞬間に冬の厚い雲の間から差し込んできた神々しい光に包まれました。お祈りをして法螺貝を奉納したあとさらに光が増し振り返ると一緒に拝んでいる友人たちの顔が光で真っ白になっていました。その神々しさにまた拝みたくなり感謝しました。

私たちは何かを拝もうとするとき、何かの建物越しに拝んだり、あるいは石像やあるいはお経などを通して祈ろうとします。しかし、本来の神々しいものはもっと自然的なものやいつもある当たり前の存在にたいして拝んだ方が深い感動や多幸感が得られるものです。

これは自然であり、人為的ではなく作為もないからです。

古来より私たちの先祖は、自然に太陽や月や水や空気、星空をはじめあらゆる存在の偉大さに気づく感受性を持っていました。だからこそ、当たり前の中に足るを知り真の豊かさや喜びを味わっていたのです。

何かと比較することもなく、何かに勝ち負けもなく、効率や効果なども一切とらわれない、ただそこにあるものに感動していたのではないかと私は思います。

その証拠に、私たちの感受性の中には自然を美しいと感じる調和の心が具わり、同時に五感や六感というような感覚が反応するからです。人間の脳みそで構成された世界ではなく、本来の自然として刷り込みも囚われもない赤子のような心があるのです。

そしてその感性や調和を優先して生きることが、本物の暮らしであり私たちがこの世で許されたいのちの尊厳でもあります。

自然を尊重する生き方は、余計なことをなるべくしないという生き方でもあります。それはあるものを観ては、足るを知り、真の豊かさを謳歌するという一期一会の日々を生きるということでしょう。

子孫のためにどのような暮らしを遺していけるか、そして今にその暮らしをどう甦生して伝承を続けていくか、遠大な理想にむけて日々は小さな暮らしの連続です。この日を大切にして、次回の立春に向けて暮らしを調えていきたいと思います。

自然体の道

人は無理をするというのは過信があるものです。もっとできる、もっとやれるというように頑張りますがその時は自信ではないものです。ついなんでも無理をしてしまいますし、そういう教育を施されてきていますからそれが苦しみの原因にもなるのです。

自然体でいるということは、何よりも楽しめますが不自然になるから苦しくなり無理が発生するともいえます。

松下幸之助さんにこういう言葉があります。

『苦しかったらやめればいい、無理をしてはならない。無理をしないといけないのはレベルが低い証拠。真剣に生きる人ほど無理はしない。無理をしないというのは消極的な意味ではない。願いはするが無理はしない。努力はしても天命に従う。これが疲れないこつである。』

無理する人は、無理をしないのは頑張っていない、或いは努力が足りない、逃げているなど消極的なものと思い込み決めつけているものです。しかし実際には、天命にしたがうとかご縁を信じるという努力をしていないともいえます。全部必然と思い、無理をせずに取り組むことこそ自然体に近いように思います。

また無理をしないことは他にも大切な要素があります。松下幸之助さんはこうもいいます。

『富士山は西からでも東からでも登れる。西の道が悪ければ東から登ればよい。東がけわしければ西から登ればよい。道はいくつもある。時と場合に応じて、自在に道を変えればよいのである。一つの道に執すればムリが出る。ムリを通そうとするとゆきづまる。動かない山を動かそうとするからである。そんなときは、山はそのままに身軽に自分の身体を動かせば、またそこに新しい道がひらけてくる。何ごともゆきづまれば、まず自分のものの見方を変えることである。』

何か事件があったり、挑戦しているなかで行き詰ったり、困窮や困難に陥ったりします。しかしそういう時に、無理に同じことをまたやろうとするのではなく、別のやり方、別の観方、別の道があるとするメッセージとも受け取ればいいのです。つまり、無理をするよりもそこから別の道にいけばいいと楽観的に捉えていくことが大切だということです。道は無数にあるという考え方だからこそ、その方が別の道がひらくと思えばいいということです。

大切なのは、挑戦をし続けること、継続して目的地に向かっていくことであってそのためには一度、降りてもいいし、別の道を探してもいい、最後まで諦めていないのだからそれは逃げたのでも努力していないのでも、頑張っていないのでもないのです。

人生は、ちゃんと自分の目的に向かうように潜在意識や内面の自分、あるいは本当の意識は導いていくものです。それを信じて、道は無数にあると思うこと、これしかないではなく、あれもあるこれもある、自分にしかない道があると辿り着くことの中に人生の妙味があるように思います。

追い込まれないよう、追い詰めないよう、自然体で何でもちょうどよかったと楽しく融通無碍に道を歩んでいきたいと思います。

捨聖の甦生

空也上人の生き方に憧れて遊行を実践した人物に、一遍上人がいます。この人物は鎌倉時代の方ですから空也上人が逝去されてから270年後の人物になります。一遍上人特に止住する寺をもたず、一生涯全国を巡り、衆生済度のため民衆に踊り念仏をすすめ、遊行上人(ゆぎょうしょうにん)、捨聖(すてひじり)といわれた方です。

その一遍上人が門人への説法で空也上人がどういう人物であったかを語られています。そこには、こうあります。

「また上人、空也上人は吾が先達なりとて、かの御詞を心にそめて口ずさび給ひき。空也の御詞に云(いわく)『心無所縁(中略)譲四儀於菩提《心に所縁なければ、日の暮るるに随つて止まり、身に所住なければ、夜の明くるに随つて去る。忍辱の衣厚ければ杖木瓦石を痛しとせず。慈悲の室深ければ、罵詈誹謗を聞かず。口に信(まか)する三昧なれば、市中もこれ道場。声に随ふ見仏なれば、息精即ち念珠なり。夜々の仏の来迎を待ち、朝々最後の近づくを喜ぶ。三業を天運に任せ、四儀を菩提に譲る》』と。

木造空也上人像にある、口から迸る六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)の実践とはこのような遊行の姿を示されたことがわかります。暮らしの中で、生き方として念仏の生き方を実践されたことが何よりも尊いと感じます。遊行のなかで如何に暮らしの徳を磨いていくか、まるで仏陀のような生きざまに感銘を受けます。

またこうもいいます。

『求名領衆(中略)更盗賊怖《名を求め衆を領すれば身心疲れ、功を積み善を修すれば希望多し。孤独にして境界なきにはしかず。称名して万事を抛(なげう)つにはしかず。間居の隠士は貧を楽とし、禅観の幽室は静なるを友とす。藤衣・紙の衾はこれ浄服、求め易くして、さらに盗賊の怖れなしと》』

閑居で暮らせば貧も楽しく、座禅のように暮らせば静寂であることが仕合せである。シンプルな衣装や紙の袋は手に入りやすく清浄である、それに盗賊に奪われるものもないとあります。

「上人これらの法語によりて、身命を山野に捨て、居住を風雲にまかせ、機縁に随て徒衆を領し給ふといへども、心に諸縁を遠離し、身に一塵もたくはへず、絹帛の類を膚にふれず、金銀の具を手に取る事なく、酒肉五辛をたちて、十重の戒珠をみがき給へりと云々。」

このように空也上人は、いのちは山野に捨て居住を持たず云々とあります。つまりは、色々なものを手放してそぎ落とされて顕現した徳そのものの姿があったように思います。

今の時代でも空也上人のような生き方ができるでしょうか。この時代のことに思いを馳せてみると、政治的な宗教が盛んな世の中で民衆の中で何も持たずにただ遊行している姿で歩んでいく僧がいる。

文字も読めず学識もそんなにない民衆に、さらにいうなら言葉も異なり地域の特殊な文化があるなかで普遍的な徳の生き方を伝道し伝承していく、ただ南無阿弥陀仏と唱えるだけでいいと。そして上記のような、六波羅蜜の姿を体現してみせること。

そぎ落とした先にあったのがこの念仏だったと思うと、今の時代でもこれはとても大切なことがわかります。知識をつけて、みんな言葉も文化も理解している世の中ですが苦しみは相変わらず増え、さらに執着や欲望や争いは際限なく拡大を続けています。

手放したりそぎ落としていくというのは、私の言葉では「磨く」といいます。磨いてシンプルにしていくことは、足るを知る暮らしを甦生することになり一人一人が徳に目覚める生き方になっていくように思います。

先人の遺徳を偲び、その道を後から踏みしめながら道を甦生させていきたいと思います。

 

徳の戦略 

江戸中期の徳の実践家で思想家の三浦梅園に、「悪幣盛んに世に行わるれば、精金皆隠る」があります。これは、西洋ではグレシャムの法則といって、「悪貨は良貨を駆逐する」が同じように有名です。私は、徳積循環経済に取り組み、ブロックチェーンの技術を徳で活用していますからこの辺の話は参考にしています。

そもそもこの三浦梅園が自著「価原」でなぜこういうことを言ったのか、それはこの明和9年(1772年)から発行された、南鐐二朱判は一両当りの含有銀量が21.6匁であり、同時期に流通していた元文丁銀の一両当り27.6匁と比較して不足している悪貨であったといいます。このことが南鐐二朱判を広く流通させ、このような計数銀貨が次第に秤量銀貨である丁銀を駆逐していったということもあったといいます。これよりも前の元禄8年(1695年)に行われた品位低下を伴う元禄の改鋳後にもまた良質の慶長金銀は退蔵され、品位の劣る元禄金銀のみが流通したともあります。

そしてグレシャムの法則の方は、16世紀のイギリス国王財政顧問トーマス・グレシャムが、1560年にエリザベス1世に対し「イギリスの良貨が外国に流出する原因は貨幣改悪のためである」と進言した故事に由来しています。これを19世紀イギリスの経済学者・ヘンリー・マクロードが自著『政治経済学の諸要素』(1858年)で紹介し「グレシャムの法則」と命名してできた言葉です。

他にも調べると、似たようなことは古代ギリシアでも行われていました。劇作家アリストパネスは、その自作の登場人物に「この国では、良貨が流通から姿を消して悪貨がでまわるように、良い人より悪い人が選ばれる」という台詞を与え、当時のアテナイで行われていた陶片追放(オストラシズム)を批判していたといいます。

今の時代もまた似たようなものです。これは貨幣に限らないことは半世紀ほど試しに人生を生きてみるとよくわかります。市井のなかで、「本物」と呼ばれる自然な人たちはみんな私心がありません。世間で騒がれている有名な本物風の人ばかりが情報消費に奔走し、あるいは流通し、同様に消費されていきます。実際の本物は粛々と自分の持ち場を実践し磨き上げ場をととのえています。そこには消費はありません。

そういう人たちは、世の中では流通せずにそれぞれに徳を積み、そうではないものばかりが資本主義経済を拡大させていきます。そもそも人間の欲望と、この金本位制というのは表裏一体の関係です。そして金本位制を廃止してもなお、人間は欲望のストッパーを外してはお金を大量に発行して無理やり国家を繁栄させ続けようとします。すでに、この仕組みで動く世界経済は破綻をしているのは火を見るよりも明らかです。国家間の戦争も歴史を省みればなぜ発生するのかもわかります。

かつて国富論というものをアダムスミスが定義提唱し、富は消費財ということになりました。この辺くらいから資本主義の行く末は語られはじめました。如何に現代が新しい資本主義など世間で騒いでみても、そもそものはじまりをよく観ればその顛末は理解できるものです。ジャッジするわけではありませんが、歪みを見つめる必要性を感じます。

実際の経済とは、経世済民のことです。その経世済民を支えるものは、相互扶助であり互譲互助です。つまりは、人は助け合いによって道と徳を為すとき真に富むということです。この時の富むは消費財ではなく、絶対的な生産であり、徳の醸成です。そういうものがないのに経済だけをブラッシュアップしても片手落ちです。

本来、テクノロジーとは何のために産まれるのか。それはお金を増やすためではありません、世の中を調和するためです。だからこそ、どのように調和するかを考えるのが技術まで昇華できる哲学者たちであり、思想を形にする実践者たちです。

私はその調和を志しているからこそ、ブロックチェーンで三浦梅園の生き方を発信していきたいと思っているのです。そこには先人への深い配慮や思いやりが生きています。

先人たちのこれらの叡智、そして知恵は何世代先の子孫のために書き綴られそれは魂と共に今も私たちの中に生きています。少しでも子孫たちの未来が今よりも善くなるように私の人生の使命を果たしていきたいと思います。

純善たる伝承

レッジョエミリア教育というものがあります。これは、イタリアのローリス・マラグッツィという人物の思想や実践が一つの形として表現されたものです。

もともとこのレッジョエミリアは、第2次世界大戦後1946年の北イタリアの町の名前です。その街の郊外のヴィラ・チェラという村でガレキの中から復興を志し、幼児教育に力を入れようと熱心な親や町の人々が教育者、専門家と一体になって立ち上げたことがはじまりでした。このチェラでは、戦後に住民たちが戦争で残った石やレンガを使って、幼稚園を建てるためにドイツ兵が残した戦車やトラック、馬などを売って運営資金にしていたといいます。その後の数年間でレッジョ・エミリアでは女性たちを中心にして60にも及ぶ幼稚園が開園・運営されました。

戦争で子どもたちを保育する場所を自分たちの手で母親たちが主体的に復興するのです。そしてようやく1963年にイタリアで最初の公立の幼児学校がこのレッジョ・エミリアで誕生しました。そこから公立の幼児学校はイタリア全土に広まっていきました。

そもそもイタリアは元々昔から地方分権が強い場所でレッジョ・エミリアはファシスト政権に対する「レジスタンス運動」の本拠地で市民たちの自治意識が高い土地だったといいます。

その当時、教師やジャーナリストとして活動していたレッジョエミリア教育の中心となるローリス・マラグッツィは地域の教育活動に尽力していきます。

このローリス・マラグッツィは「100の言葉」という詩を書きその理念や哲学の中心になるものを残しました。そこにはこうあります。

「子どもには 百とおりある。
子どもには 百のことば 百の手 百の考え 百の考え方 遊び方や話し方
百いつでも百の聞き方 驚き方 愛し方 歌ったり理解するのに 百の喜び
発見するのに 百の世界 発明するのに 百の世界 夢見るのに 百の世界がある
子どもには 百のことばがある…それからもっともっともっと…

​けれど九十九は奪われる
学校や文化が 頭とからだを ばらばらにする

そして子どもに言う 手を使わずに考えなさい
頭を使わずにやりなさい 話さずに聞きなさい
ふざけずに理解しなさい 愛したり驚いたりは 復活祭とクリスマスだけ

そして子どもに言う 目の前にある世界を発見しなさい
そして百のうち 九十九を奪ってしまう

そして子どもに言う 遊びと仕事 現実と空想 科学と想像 空と大地 道理と夢は 一緒にはならないものだと つまり百なんかないと言う

子どもはいう でも 百はある 」

自分なりの意訳ですが、それぞれの子どもにはそれぞれの子どもの人生がありその人生には正解などなく、それぞれに自分らしい人生があるということのように思います。この時代、いや今の時代も、子どもが真に尊重されているかといえば教育はその真逆で今でも軍隊のように権利を奪われ、画一的に個性をつぶし、あるいは大人の都合で子どもが主体的に自分のままであることを認めないものばかりです。

「子どもは無限の可能性をもち、あらゆる権利を持っている。そして、それは誰にも奪われず、主体として大切にすることが教育のあるべき姿だ。」とローリス・マラグッツィは静かに諭します。

その後、1991年に「ニューズウィーク」誌は、レッジョ・エミリアのすべての市立幼児教育センターと保育園の代表として紹介し園長を務めたディアナ保育園を世界のベスト10校の一つに挙げました。今では、グーグルやディズニーでも採用され世界中に実践が広がっています。

そう考えてみると、日本ではどうでしょうか。

どのような保育こそが、真にその子どもの主体性を保障し、無限の可能性を奪っていないのか。私は自然農法なども行い、暮らしフルネスを実践しますが日本人はいのちとの繋がり、つまりは物も人もすべていのちの顕現したものという意識を持ちます。

本来は、子どもがもっとも世界で仕合せに暮らす国だったように思います。そういう文化の国が西洋からの古臭い教育で色々な歪が出てきました。今一度、本来の日本にある伝統の教育を今に甦生する時機に入っているように思います。

私が実践する暮らしは本来の日本の保育そのものです。それを大人がまず実践することで、子どもたちにその保育を伝承することができます。大人か子どもかではなく、共に生きる、つまり一緒に暮らすことで実現するのです。これは働き方と生き方の一致でもあるし、過去と未来と今の一致でもあります。

いのちの共生、ものも人もすべて繋がっている場をつくりだす。これが日本式の子どもを育てる伝承法である。それを純善たる伝承とも呼ぶのでしょう。

時機が到来していることに仕合せを感じつつ、かんながらの道を真摯に力強く動き出していきたいと思います。

 

自分のままでいられる場所

自分のあるがままを受け容れるということは大切なことです。それができないと苦しでいる人が多いといいます。では、なぜその自分のあるがままを受け容れることができないのか。言い換えれば、自分のままではいけないという他者や周囲からの影響を受けるからです。

例えば、全部がまっすぐに同じ大きさと長さ、形で同じスピードでと求められる植物があったとします。他はみんなそう育っているのに、自分だけ他と異なる状態になればこのままではいけないと焦るものです。しかしどうやって演じてもそうならない場合は、自分を責めてなぜこんなことになど悲嘆にくれます。あるいは、開き直って諦めてしまうこともあるでしょう。しかし、周囲と比べて奇怪な目で見られたり差別や排除されると苦しくなるのです。

本能的に私たちは社会をつくりますし、周囲と調和したいと思うものです。生き残るためには、周囲のお役に立ちたい、自分の存在が認められたいと思うものです。だからこそ、頑張って自分もそうなろうと思うのです。

しかしその自分が周囲から求められる姿が、あまりにも自分とは異なる歪なものであれば本人はとても苦しみます。鳥にカエルになれと言われても無理ですし、蛇にライオンになれというのも無理です。しかし、人間の可能性は無限で特に小さな子どもならほとんどどんなものにもなれるような気もするものです。

人間は、誰がどのように育てるかで変わります。動物に育てられれば、動物のようにもなります。そうやって、どのようなものにするのかというのが教育というものです。

自分らしくいられなくなるはじまりは、みんな同じように金太郎飴のようになる社会設計に組み込まれるときにはじまっています。

お互いを尊重しあう社会というのは、持ち味を発揮する社会です。持ち味が発揮されるというのは、その人がその人らしくいることができてそれをみんなもわかっているという社会です。みんなもそれをわかっているから、それをそのままに活かそうとします。自分がこれを役にたちたいと思っても、もっとお役に立てるものがあるとみんなが気づいてその人を尊重できるのです。

その人らしくいられる環境というのは、みんなが持ち味を活かせる場があるということです。こうならねばならないという、無理や頑張りは心を痛めていきます。

居心地のよい場所は、自分のままでいられる場所ということです。

子どもたちにも無理をしないでいいように、場の大切さを感じてもらいそれぞれの個性や持ち味、自分らしさをみんなで活かしあう豊かで平和な社会になるようにその実践事例やモデルケースを場でととのえていきたいと思います。

洗脳からの解放

パソコンを扱うのにOSがあります。これは基本ソフトウェアです。それを最初にインストールされていると、その機能が中心になります。私たちの思考や脳も、最初に何がインストールされているかというものがあります。

その一つは本能というものがあります。生まれながらに身に着けていることであり、最初から持っているものです。それは昆虫にしても、そして植物、バクテリアに至るまで持っています。

その最初にインプットされたものを発揮していのちをもってこの世で役割を全うしていきます。地球や宇宙も同様に、それぞれの役割を全うします。

しかし人間は、これとは別のものをインストールしていきます。言い換えれば、刷り込みや洗脳というものです。思い込みや価値観、そして先入観や想像など脳にインプットしたものでこの世界を認識していきます。そこは自然にあったものと切り離され、人間だけでイメージする世界に住んでいるようなものです。

気が付けば、地球の資源を使いつくすようになり、本来の自然の役割を果たさなくなり、人間の思い通りに世界を書き換えて塗り替えていきました。その結果、本来の洗脳や刷り込まれていない自然からメッセージがたくさん訪れて目覚める人も増えました。

この自然災害をはじめ、あらゆる気候変動や日々の身近な生物たちの絶滅は私たちにその仮想の思い込みによってできた世界が本来のものとずれていることを証明していきます。

どんなにOSにインストールしてみても、電気がパソコンに届かなければその機械はどうしようもありません。私たちが地球のエネルギーを活用し、人間の好きなように世界をつくってきましたがエネルギーが枯渇すれば電気のない世界に急になってしまうように、本来の自然がどうだったかの元の状態に戻ります。その時、人はどのような光景を目にするのか。

廃墟となってただのガラクタになった建造物や道具などが散乱した姿を見ることになります。子どもたちは、なぜこんなになるまで先人たちは使いつくしたのかと思うかもしれません。

脳の発達だけを優先して、目に見える世界だけに突き進むとどうなるのかということはある程度はわかってきました。そしてこの先に待ち構えているどうにもならない制度設計が破壊されるまで今のOSの機能と新しい機能を探してギリギリまでいのちや資源を削り取っていくのでしょう。

だからこそ、人類は時として電気を切る勇気も必要だと感じます。明かりを消してみると、暗闇の中に星々も火もそしてぬくもりを感じるものです。

子どもたちに、そういう体験や知恵が残せるように色々と試行錯誤して伝承していきたいと思います。

子どもから学ぶ

子どものことを思うと、主体性というものが如何に大切なことであるかがわかります。私の恩師も、先日のセミナーの中で見守る保育には、選択すること、参画すること、自由に遊ぶことの意義を伝えておられました。

そもそも、自分で自分の生き方を決めるというのは私たちがこの世に生まれてきて体験していく醍醐味でありそれを見守る社会というのはこの世の楽園にするための大切な要素だと私は思います。

一度きりの人生を、自分らしく生ききることができるときいのちは光り輝いていきます。それぞれの人には、それぞれの天命や役割がありそれを全うしていきます。そう生きられない、それはしてはいけないと、刷り込まれていくことは人間社会においての不自然さを感じます。子どもは、自然に未来を創造していきます。本来は、余計なことをしなければ自然に調和をし、世界をととのえていくものです。

そこに大人のあらゆる編重した教育や、歪んだ自由を与えられることで、思考停止して元氣が失われていくものです。

現代病の大きな一つは、その元氣さというものによります。こういう言い方をすると誤解されるかもしれませんが、目が輝き、元氣溌剌として魂を全快に愉快痛快に楽しんでいるのが子どもの姿でもありました。生まれてきて好奇心旺盛で、思考は自由自在にのびのびと働きます。

海外の保育を視察した時には、カンボジアをはじめ何か所かの国ではそういうところもありました。日本のむかしも、子どもたちは安心して育つ環境があったように思います。

本来、私たちは自然から自然を学ぶように子どもから本来の子どもを学ぶ必要を感じます。誰かが言ったからや、海外で評価されているからや、科学的だからというものもあるでしょう。しかし、子どもの本来のあるがままの姿をよく観察して学べば、子どもがどうありたいのか、子どもが何を求めているのかを見守ることで本来のいのちの姿を実感することができるように思います。

自然であれば、土や種、そしてどのような環境だと元氣になるのかを学び直します。同様に子どもも学び直せるものです。

時代が変わっても、普遍的な道は変わることはありません。子どもの姿は変わらないものがあるのです。そういうものをよくみんなで学び、保育をさらに磨いていく。私たちは保育の道を提案する会社でもありますから、引き続き真摯に学び続けていきたいと思います。

子どもを思う

問題の先送りというものがあります。これは問題の根本、根源的な理由を解決するのをやめて目先のことだけに対処していくということです。これは対処療法とも言います。確かに、すぐに対処しなければならない問題を対処するのはいいのですがそのうち対処療法だけしかなくなっていくでは問題の先送りになるのは自明の理です。

誰でも人は、大きな問題や時間がかかる問題はすぐに結果が出ないので目の前のわかりやすいことに取り組みます。あるいは、余裕もなくなってきますからとにかく今の目の前のことだけをやろうとしていくものです。

しかし気が付けば、目の前のことをやっているうちにみんながその目の前のことだけをやっていればいいとなってしまえば必ず未来に大きな禍根を残していきます。それが問題の先送りというものです。

今本当にしなければならないことをやるのはいいのですが、それよりも目先のことを解決するのが先とばかりにやっていたら時機を失してしまうということです。つまり対処療法というのは危険なことだと気づいているかということでもあります。

これは人間の身体も同じです。とりあえず今の痛みだけなくなればそれでいいとの考えでやっていたらやがて大きな病気を引き起こす原因になります。腫瘍や癌なども同じです。

つまり本当の病気というは、ここからとりあえず目先のことだけを乗り切るということであることがわかります。

しかし時代や周囲を観ては今はどうでしょうか。環境問題も人口減少も、資本主義も、国家間の争いも全部目先のことばかりをやってはいないでしょうか。行政も地域も、学校も病院も宗教も企業もみんなそうなっていないでしょうか。

では誰が根源的なものに向き合い、誰が長い目で観て根本的なことに取り組んでいくのか。誰かがしてくれるだろうか、そんな仕事の人たちがいるではないかとなるかもしれません。しかしおかしな話で、それを解決する人たちもそれが単なる分業された仕事になってしまってはそれは名前を換えた対症療法というだけではないでしょうか。

例えば、環境問題というのは人間の問題です。人間の問題を解決しなければならないのです。そして人間の問題は心の問題です。心の問題を解決しなければならないのです。心の問題は、生き方の問題です。みんなで生き方のことを見つめる必要があります。

私も徳や伝承、場づくりなどとやっていますがこれは目先の問題を解決するものではありません。時間をかけてじっくり醸成していくものです。しかし目先の問題とは異なりますから、それを今すぐにやろうとはならないものです。でもそれを誰かがやらなければ、誰かが挑戦しなければ子孫へ問題を先送りしてしまいます。

先送りしないという意志は、この問題を自分たちの世代で片づけるという強い思いが必要です。長くそして短い人生のなかで、後悔しないように生きていくためには今の自分が大変で、忙しく、厳しい環境に置かれていても愚直に遠くにある目的に向かって初心を忘れずに仲間たちと共に一歩一歩ゆっくり急ぐことだろうと私は思います。

善く見渡すと、そういう生き方を実践して精進している人たちはたくさんいるものです。私も子どもたちのためにも先送りしないという覚悟を定めて、引き続き精進していきたいと思います。

 

聴福人の実践

先日、あることで松下幸之助さんの生前の講演動画を拝見する機会がありました。そこでは、私心を消すことについて謙虚にお話をされておられ色々と省みる機会になりました。

そもそも私心というのは、小我やエゴなど自分がという己の存在を過少過大評価をしている状態のことです。何物もでもない、存在している自分をよほどの存在として独善的になっていくと私心に囚われた状態になります。

本当の自信を持つというのは、難しいことでそれだけ日々に自分というものと向き合い、自分の中の私心がどうなっているのかを見つめ続ける必要があるように思います。

松下幸之助さんも、自分の私心が毎日出てくるからそれを危険だと思って気を付けていると。賢い人こそ、危険であるから要注意であると。賢いからこそ会社をつぶすことがあると、使い方次第であると仰っていました。

確かに、今の能力も才能もそして自分というものもそれをどう使うかというのは心が決めるものです。それを世のため人のため、そして社会のため世界のためにと自分を天から預かりものとして使うときは私心はなくなっていきます。しかし、それを自分のものだからと勘違いして特別な存在だと勘違いしてしまうと私心にまみれて判断がすべて己の方に引き寄せようと欲望に吞まれます。

この世のすべてはみんな天が与えた存在であると自覚すれば、天命というものの声も聴けるように思います。しかし、天命がわからなくなるのは自分勝手、得手勝手に勘違いし視野が狭くなるからのようにも思います。

視野の広さとは、自分はとても小さな存在と思えるとき視野は広がります。永遠から結ばれている先祖からの自分を感じたり、この世のすべてのいのちは繋がっていると感じたり、宇宙や星々、光や道を感じるときもそう感じます。しかし便利さや自分の権利が当然のような環境の世の中では、そういう感覚は麻痺してみんな私心まみれ我欲まみれになりたいように思います。

夏目漱石が晩年の境地に「則天去私」(天に則り私を去る=てんにのっとりわたくしをさる)ということを語っておられます。天命に生きることの要諦で、亡くなるまでずっとその道に挑戦されたことを想像できます。

また松下幸之助さんを尊敬されておられた稲盛和夫さんもこう仰っています。

「私心を捨てて、世のため人のためによかれと思って行う行為は、誰も妨げることができず、逆に天が助けてくれる。」

動機善なりか、私心なかりしかと、自問自答を日々に繰り返されたいたそうです。毎日、私心はないかと自分に尋ねるというのは本当に大切なことだと反省するばかりです。

最後に、私が大好きな良寛さんの遺した言葉だそうです。

「おらがおらがの「が」を捨て、おかげおかげの「げ」で生きよ」

感謝や御蔭様というのは、私心を毎日お手入れすることに似ています。自己の徳を磨いていくのは、それが天命であることを忘れないようにしていくためかもしれません。

よくよく反省して、自ら勘違いしないように周囲の声に耳を澄ませ、聴福人の実践を真摯に取り組んでいきたいと思います。