私の夢2

日本という国は古来から運命共同体の世界に生きてきました。しかし明治維新前後から個人主義という名の自然と切り離された人間都合の価値観を教え込まれ、そこから自然と切り離された考え方を持つようになってきました。

何度も誰かによってどちらかに都合が良いように、右か左か、上か下かというように偏った考え方で統一しようとし、昔のように間をとり和やかな距離感で暖かく見守ろうとするゆとりの心も薄れてきているように思います。

そもそも昔の私たちはすべてを搾取しつくしてその場にものがなくなれば移動しようなどという考えはありませんでした。風土に産まれ風土に住んだ私たちは限りある資源であるという自覚を持ち、その限りある資源を大切に慈しみながら分けていただこうという謙虚な心がありました。

それは里山や森との共生にも言えることで、里山では生態系が循環してどちらか一方が減らないように全体に善い影響を与える生き方を目指しましたし森では木を伐採すれば同じだけ木を植えました。他にも今ではアメリカで地下水が枯渇してもう農業ができなくなってきましたが、日本では水田をたくさんつくり地下水が枯渇しないようにと工夫してきました。

常に自分だけの視野で物事を裁くのではなく、自然を畏怖し全体の視野を優先し物事と調和するような生き方をしたのです。

これは言い換えれば、運命共同体である自覚であり、私たちは一緒に生きて一緒に死ぬ存在であるという仲間意識のことでもあるのです。人間だけが特別だと勘違いし、自然にあるものを我が物顔で蹂躙していくというのはあまりにも思いやりがなくなっているように思います。

いのちというのはそれぞれに大切で、先住民がいるならそこに先住民の暮らしがあります。また自然の場所にはそれぞれに先にそこで長く暮らしていた他のいのちが存在しています。

そういうものを人間の都合だけを優先して排除していけば、必ず悲惨な出来事が待ち構えています。

昔は親が子どもに背中でこれらの自然と一緒に生きていくことを伝えていました。ものを大切にすること、ものを粗末にしないこと、ものに感謝すること、そして思いやりを忘れないこと、そういうものを一つ一つの暮らしの中で生き方として伝承してきたのです。

そういうものがなくなっていくことで今までのご縁が途切れ、周囲の仲間たちとの関係が希薄になり、竟には存在すら思い出さないというのはあまりにも悲しいことです。

昔はものが今のように豊富になくても、慎みながらもあたたく仕合せな社會がありました。それは相互扶助の世界です。相互扶助という仕合せは決して人間のみであるのではなく、お互いが思いやりでつながっている世界を実感することができた社會です。

心の安心感、心の幸福感は、このような相互扶助のつながりの社會でのみ本質的に実感できるように思います。子どもたちに私たち大人が与えている安心感と幸福感は、「人間のみが特別の世界で行っている中でしか味わえない」としてはこれはとても将来に危うい憂いの種を蒔いてしまうと心から思います。

自然の中で運命共同体として生きることが、自然の一部として私たちを存在させ、その中で使い切りゴミをうみだすのではなく、すべての生き物たちが循環によって活かされるような世界と社會にしていくことが私の願う夢なのです。

自然社會の究極の仕合せは「循環社會を人間が自然の一部として実現すること」です。私が子ども第一主義にこだわるのは、この循環を取り戻すために必要だからです。子どもに何を譲るのか、そこに真のポリシーがあってこそ大人としての役割が果たせるのでしょう。

引き続き、夢を語りたいと思います。