土から学ぶ

先月から郷里で伝統を受け継いでいる三代目の左官さんが、古民家の漆喰をすべて塗り替える作業を進めてくださっています。糊も海藻からつくり、漆喰も古来からの調合で仕上げていくというかつての伝統に沿って取り組んでくださっております。

現在の住宅では、漆喰の壁というものをあまり用いられなくなり若い左官さんは漆喰を塗った経験がある人も少ないそうです。もっぱらモルタルやセメントなどの塗りが多く、かつての伝統的な土壁の仕事は年々減っているといいます。

日本古来からある伝統的な家屋が失われていけば、それまで伝統と共に先祖の智慧を紡いできた職人さんたちの仕事が失われ大切な伝承ができなくなってきます。家は自分のためだけに建てるのではなく、先祖から子孫にいたるまでずっと長くこの気候風土の中で幸福に過ごしてほしいといった先祖たちの祈りと共にあるようにも思います。ただ安いからや便利だから、見た目がよく流行りだけで飛びついてしまえば建てるという本来のプロセスや意味を素通りしてしまいます。

現在の住宅は平成8年当時の国土交通省が発表した『建設白書』によると、日本の住宅の平均寿命は26年だといわれています。これは1920年代に化学接着剤が発明されそれから50、60年前に尿素系の化学接着剤で合板というものが市場に出て住宅用建材として多く使われたといいます。 このような住宅建材としての合板普及が日本の住宅の寿命を短命にしたといわれます。他にも短命になっている理由はコンクリートも中の鉄筋が腐食することで建物の強度は落ちますし、シーリングやコーキングも劣化により隙間から結露が入ってきます。

古来からの湿式工法は、気候風土、自然素材を相手に作業をするので職人の技量の差がでてきますが乾式工法はマニュアルどおりに施工すれば、ある一定の水準は維持できます。大量生産大量消費の考え方は、家にも入り込んできていて誰でも簡単便利にプロ風にできて早く安いものが主流になっているのです。それに会社側のお金の観点で見ても乾式工法の方が早く建てられ壊しやすく、また年数経てば建て替え需要もありますから迷うことなくそれを進めていくのでしょう。

改めて家を建てるのに何を基準にするか、誰も疑問に思いませんが物を正しく買うことと同様に観点を間違ってしまえば間違えた通りの家になってしまうということだと私は思います。家は人生のパートナーですから、どんな家に住むかで一生の運気が左右されてしまいます。

今回の古民家甦生では以前からあった漆喰を剥がして新しい漆喰に塗り替えていきますがその下地には120年前に塗った藁が入り混じった荒土が出てきます。その分厚い荒土に触れていると、歴史を感じ、この土が長い間のこの土地の風土に順応し、呼吸をして今でも息づいているのを感じると風土と一緒一体になって私たちと共に生きている家のいのちを感じます。

梅雨から夏の終わりにかけて大量に発生してくる水分を溜め込んだ土は、秋から冬にかけてそれを吐き出していきます。温暖湿潤気候の日本の風土で、年間を通して一定の湿度を保ってくれている家はとても快適そのものです。

吉田兼好が徒然草の中で、「家の作りやうは、夏をむねとすべし」といいましたが冷暖房をフルに使って電気代をかけて密閉住宅に住むというのはかえってお金がかかってしまうでしょう。お金をかけまいと乾式工法を選び、お金がかかる家に住む現代をみて吉田兼好はなんというでしょうか。

結局は、伝統というものが崩れていく背景にはこのお金というものの新しい価値観によって左右されていくということだと私は思います。これからさらに仮想通過やAIの出現により地域や風土を無視したものが増えていくと思いますが、振り子のように帰って本来の原点に回帰しようとする学び直しも出てきます。

一足先に取り組みつつ、時代の変わり目に子どもたちに大切なものを伝承していけるように思想も生きる姿勢も磨き直していきたいと思います。