道中

古民家甦生をやっていると、色々と周辺の人たちには何をするのかと聞かれます。直してどうするつもりかと尋ねられることはあっても、なぜ直しているのかとはなかなか聞かれることがありません。

私にとってはこの古民家甦生のプロセスの中に、日本人の生き方や民家の暮らしの尊さを学び直して自分を直しているのであり結果はその直した後に自然に出てくるように感じています。

直すというのは、こちらが直しているのか、それともこちらが直されているのかというものがあります。自然農も同じく、私が田んぼを作り直しているのではなく田んぼによって自分の方が直されていくのです。

相手が自然や伝統である場合、ズレてしまっているのは自分の方であることに気づきます。自分が不自然になっていないか、自分がつながりを見失っていないか、一つひとつの体験を通してそのことに気づいていくのです。

ある人にとってはこんなに田んぼを遊ばせてもったいないや、古民家をお店として利用しないでもったないなどと言われることもありますが、私にとってのもったいないというのはこの取り組んでいるプロセスがもったいないと感じるのです。

もちろん結果や収穫、家が完成するのもまたうれしいのでしょうがこの取り組んでいる最中こそが有難く、心豊かで仕合せを感じます。古民家甦生などは一年でよくもここまでやったなと周囲に言われますが、これは結果に対して焦っているから早く完成しているのではありません。

私にとっては自然農も古民家甦生も大変ですが取り組むたびに新しい発見があり楽しく、そして好きで好きで仕方がなく、やっていることで学問の悦びを感じます。周りからは急いでいるように見えても、私にとっては四六時中同じことを考えていますからそのどれもがかんながらの道に観えています。

道楽というのは、来たものを選ばずにそのどれからも学び続けている幸福の中にいるということです。

また仲間がいるから、家族があるから一緒に道を歩める仕合せがあります。

引き続き、子どもたちのためにも目的を大切にして結果を求めずに求道し続けていきたいと思います。

 

  1. コメント

    「結果主義」が横行してから、「それをするとどうなるのか?」「そんなことして何になる?!」などと言われることが多くなりました。また、「効率主義」が横行してから、「それはどれだけ役に立つのか?!」と詰められるようになりました。あらゆることが「手段」になり、その過程に価値を見出すことが難しくなっています。「目的地」ばかりを見ずに、道中の今日の目的を果たしたいと思います。

  2. コメント

    石切職人の話ではないですが何のために働いているのか、そこが質問にも表れるのだと感じます。初心を日々振り返っているから相手のも引き出せ、思い出して感動するのだと思うと、その人が大事にしているものを自分は引き出せているだろうかと思います。仕事はリハビリと言っていましたが、振り返るたびに直すところばかりです。一つ一つ気付いたことを直していきたいと思います。

  3. コメント

    自分の中での原点や初心を持たずにいると直ぐに結果に走ってしまうように感じます。プロセスは如何に効率的なものかが重要になったり、自分自身のその時の都合に良かった事が優先されたり。行動ひとつひとつに現れますが、やっぱりその都度に、初心のままにあろうと立ち返る場所があるのはありがたいことです。今日も心のままに過ごせるように、自分自身よりも大切なものを握っていたいと思います。

  4. コメント

    子どもの頃、持久走やマラソンなどの長距離走が好きでした。ゴールめがけてあっという間に駆け抜ける短距離走よりも、ただただ無心になり自分との対話が続いていくあの感覚に、身に纏った「余計なもの」が削がれていくような心地よさがあったからのように思います。今、走りながらあのような感覚が味わえているか注意していきたいと思います。

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