民の道

民族のルーツをたどっていくと、それぞれの民族に発祥があることに気づきます。それはその土地の自然風土の中で、何とつながり、何と絆を結んだかという自然との共生により発生したものです。それをより深め、子孫へと伝承してきたのが発達であるとも言えます。

そう考えてみると、多様性というものはその土地や風土の変化に合わせて自分たちが変わり続けていることを知ります。その土地の生き物たちが場所を超えて巡り合う時、様々な化学反応が起きます。そして破壊と創造をくりかえし新たなものがそこに発生します。

連綿と続いてきたその民族特有の血脈は、見た目には失われているように見えてもそれはなくなってはいないものです。その証拠に、私たちは伝統や歴史、先祖たちの生き様や文化に触れると魂が揺さぶられる感覚があります。つまり本物に触れることができるのです。

例えば、アラスカの土地でアフリカの文化をみても私たちはそこに違和感を感じます。しかしアフリカの土地でアフリカの文化を感じると私たちは感動します。それは自然と結ばれてきた人々の暮らしが文化に残存するからです。

長い年月をかけて、風土と共に経年変化した味わいというものは偉大な化学反応でありその壮大なスケールに私たちは畏敬の念を覚えるように思うのです。

一代でなしえないことを、何世代もかけて順応させていくという智慧は地球の成長と変化に結ばれ自然と共生してきた私たちのいのちの本質なのでしょう。

目先の大きな変化が変化のすべてだと勘違いしてしまいますが、実際の変化とはもっと悠久の年月をかけ壮大なつながりの中で行われているものです。自分の中に流れている血に民族の魂と志を感じます。

引き続き、周りから誤解されて理解されなくても自分の進むべき道を迷わずに歩んでいきたいと思います。

  1. コメント

    古民家に携わりあの空間にいると癒され、落ち着くのはきっと自分の中に流れているものが反応しているのだと思います。大事にしたいも思うのも、そこに呼応しているように感じてなりません。ルーツがある、そのことを知る、それは何物にも代え難い心の安心感です。ご先祖様がそうしてきたように、自分自身も伝えていけるよう出来ることを尽くしていきたいと思います。

  2. コメント

    永い時間をかけて出来てきたものは、そう簡単には崩れません。一時的には変わったように見えても、その奥底では脈々と生き続けているものです。いつの時代も「焦り」はあったでしょうが、その「志や願い」が、代々受け継がれ引き継がれて今があります。自分の小さなモノサシで変化ばかりを見ずに、何代も生まれ変わってその時代を引き継いできたかのような視点で、その歴史を味わう必要があるのかもしれません。

  3. コメント

    今までを振り返ると父や母の残してくれたもの、今も見守ってもらっているものがあることに気づきます。自分自身を作ってくれているものとの繋がりを今も生きながら学んでいるように思います。自分自身のルーツを学ぶと大切にしたいものが見えてきます。そして家庭を持つと、妻のルーツからも沢山のご縁や大切にしたいものが見えてきます。何千年と紡がれてきたものの意味の深さを、実践の中から学んで行きたいと思います。

  4. コメント

    先日の聴福庵で聴いた和太鼓、耳にするだけでなぜか元気になってしまうのも、また夜の薄暗い部屋の中で炭のあかりや温かさを感じて自然と癒されてしまうのも、生理的な現象だけではなく、きっと民族として受け継がれてきた何かがあるのだと思います。そのようなものが消えてしまわないよう、暮らしの中から見つけて取り戻していきたいと思います。

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