言志四録の言霊

佐藤一斎という人物がいます。この佐藤一斎が42歳から晩年までの40年間にわたって書き綴った随想録『言志四録(げんししろく)』というものがあります。『言志録』『言志後録』『言志晩録』『言志耋録』の全4巻、1133条からなる修養処世の心得を記した書物です。

この人物は江戸の最高峰の大學、昌平坂学問所の学長も担い、生涯で3000名の弟子たちを育てました。弟子の中では佐久間象山、山田方谷、渡辺崋山、横井小楠などがいてそのまた弟子には、西郷隆盛や吉田松陰、勝海舟をはじめ多くの志士たちを育てました。

現代においても、この言志四録に支えられている人はたくさんいます。私もまたその一人です。例えばこういうものがあります。

「自らを欺かず。之を天に事うと謂う」

意訳ですがまず自分を偽らないで誠を盡して生きること、それが天に仕える、天にお任せする生き方であると。

「誠の物を動かすは、慎独より始まる」

至誠が事物を動かすが、それはまず一人を慎むことからはじまっているということ。

この二つの文章もまた、日々に内省を通して佐藤一斎が氣づいたことを綴ったものです。人事を盡して天命を待つ、あるいは天命を信じて人事を盡すといってもいいかもしれません。

「一人でも自分を偽らずに誠を盡していくことこそ天命そのものを生きることであると。」

時代が変わっても、人が変わっても、畢竟、人間というものが學ぶ真理は普遍です。

私も日々に内省をして、氣づいたことを綴りますがよくよく天地の理を観察し、人間をどのように磨いて徳を発揮していくか。學問の醍醐味を追及しているからこそ、弟子たちを感化できたようにも思います。この言葉も素晴らしいです。

「少にして学べば壮にして為すこと有り 壮にして学べば老いて衰えず 老いて学べば死して朽ちず」

一生學問を生きることの喜びや仕合せを感じます。これからも先達の背中からいただいたものを次世代へと結んでいきたいと思います。

初心会議の実践

「修己治人」という言葉があります。これは自分自身の修養に努めて徳を積み、そうしてからその徳で人々を感化して世の中を治めることをいいます。また論語、礼記の大学に「修身斉家治国平天下」があります。天下を治めるには、まず自分の行いを正しくし、次に家庭をととのえ、次に国家を治め、そして天下を平和になるというものです。

結局は人は、人としてどう生きるかということが大前提になりその人の姿勢次第でいくらでも周囲の環境が変わっていくということのたとえであるように思います。

例えば、日々の小さなことの氣づきには反省というものがあります。具体的には自分の言動や行動を振り返ってみるということですが、色々とあれはよかった、あれはまだ改善できるといった自己との正対があります。

思いやりや真心で行動して言動を一致させたとき、それができた自分を誇らしく思えます。その逆に、愚痴や文句、他責にしてしまった言動があったときは残念な気持ちになります。

そのように日々に欠かさずに自分自身のことを修めていくことで、一時の感情に流されたり呑まれたりせず、初心や理念に立ち返って自己を調整していくことができるようになるように思います。

また周囲に同じように修己治人をする人たちがいれば、共に反省して日々を見直していけます。それは毎日ではなくても、週に一度、あるいは月に一度でも行うことで人として成熟し、思いやりややさしさ、また知恵を持ち、助け合い、愛し合う豊かな人間性を磨いていくこともできます。

私がいつも救われているのは、一円対話や初心会議があるからです。その日があることで、仲間たちと共に反省や内省を共有して道から外れないように人間的成長を目指していこうとすることができる。

場があることで、人は何ども真の自己や人間としての徳に立ち返ることができるものです。原点を忘れないという努力や精進は、誰でもなく自分軸を立て、自分自身で行っていくしかありません。

会社や仲間、そして運命に助けられていることに感謝して本日も初心会議を実践していきたいと思います。

修行の本懐

忘己利他という言葉があります。これは天台宗の開祖、最澄様の残した言葉と生き方です。簡単に言えば、「自己を忘れ、他者の利益や幸福を第一に考えること」(山家学生式)そして最も目指す慈悲の極みこそが、この言葉であるともいいます。

原文ではこう記されます。「悪事は己に向かえ、好事は他に与え、己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり。」と。現代語訳にすれば、「どんな悪事も嫌なこともすべては自分が引き受けるといい、そして善いことであれば他者と分かち合え与えるのがいい。我欲や自我や自分などは忘れてしまい、人によかれと思うことをしつくしなさい。まさにそれこそが慈悲や思いやりの極みです。」と。

この反対の行為は我欲自利でしょうか。反対のことを書いてみればすぐにわかります。「嫌なことからすぐに逃げ、悪事はすべて他人のせいにし、善いことや手柄はすべて自分の力だと吹聴する。自分の利益だけを追求し、他者には一切それを分かち合おうとしない。目先の我欲や自我に呑まれ、執着を手放せず周囲に迷惑をかけつづける。それが無慈悲の極みである」

人間というものは、あっという間に初心や理念を見失うと道に迷うものです。道に迷わないようにするために、常に謙虚に内省を続け、素直にすべての人の話に耳を傾けて心を澄ましていき反省をしていきます。実践というものは、素直に自分の至らなさや誠が濁っていないかを確認しそれをすぐに改めることでもあります。

論語の中にこういう一説があります。

「子曰わく、君子重からざれば、則ち威あらず。学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ。過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」

これは意訳ですがこうです。「孔子は言われた、君子は軽々しい態度をとると威厳がなくなります。学んでいる人は謙虚になり頑固にはならない。真心を盡そうと精進することこそを最も大切な初心とし、自分よりも劣っている人たちを集めて囲われ、自分の気分がいいからとそれらの人たちを友達にしてはいけない。もしも過ちに気づいたのならすぐに改めることに遠慮などはいらない、間違いはすぐに直せばいいのだ。それが人として生き方である」と。

困難から逃げると嫌なことを逃げる人ばかりが集まってきます。困難を引き受けると、周囲は心の負担が軽くなり心安らかになっていきます。そして幸福や喜びを分かち合い、深い信頼関係と絆を得ることができます。それが恩恵を分かち合うことであり、忘己利他の極みなのかもしれません。

人は自分の利益のみを追い求めると、自利に走っていきます。自利とは自分勝手な欲望に呑まれることです。最澄様はまず自分勝手な欲望を手放すこと、それが修行の本懐であると言ったのかもしれません。

時代が変わっても人間の本質や性分はなかなか変わらないからこそ、自戒を持って歩んでいきましょうという今でも大切な道の生き方としての遺誡の一つになったのかもしれません。

私もかんながらの道の一人、そして目指す聴福人として、心で聴き対話を忘れない実践を続けていきたいと思います。

あり続ける場

どうしたか、どうあるかとどうあり続けるかという言葉があります。どうしたか、どうあるかというのは、一時的なものですがどうあり続けるかというのは継続や持続することをいいます。その時がよくても善くないときもあります。常に瞬間瞬間の意思決定と実践がどうあったか、そして最期の瞬間までどうあり続けたかということでしょう。

あり方ということになると、あり続けることに終わりはありません。ずっとあり続けるということですから本人は死ぬまで已めないということでしょう。これは個人のことでしょうか、組織や会社や国家だとどうなるのでしょうか。

個人は分かりやすく、あり続けることを已めればそこであり方は終わります。継続しなければ終了ということになります。また別のあり方を探すかもしれませんし、あり方など氣にしないかもしれません。では会社や国家はどうか、これも同様でしょう。しかしよく観察すると、理念というものがあるかないかがとても大切になっていることがわかります。

理念さえあり続けるのなら、形は変えても継続する。あり続けるというのを優先すると、形は変わってもいいということになります。大切なのはあり続けたかということでしょう。

場をつくるということに取り組んできてから、場をいのちのある場としてあり続けるということを実践してきました。場づくりこそ、環境の要であり場にはすべてが凝縮されて存在します。場には、人も物だけでなくいのちや思想や生き方、そしてすべてが入ります。

場を整調していくことが、あり続けることになり場がさらに進化成長していきます。

私が取り組む場は、あり続ける場です。どのようなことがあっても、あり続けることを大切にして日々を精進していきたいと思います。

 

節目の言葉

孟子という人物がいます。この人物は古代中国の戦国時代に活躍した儒家の内の一人で、孔子の教えを発展させ諸国を遊説してまわり弟子たちを育成した方です。一般的には仁と孝悌の重視し性善説に基づく王道政治説きました。

私は吉田松陰を尊敬していますが、その中の「至誠」というのものまた孟子の言葉です。

孟子の中でも特に私が好きなものは、「大人なるものあり、己を正しくして、しかして物正しきものなり」の言葉です。

これは外の物事を正しくするのなら、まず自分を正しくすることであるという意味です。まずは内省によって自問自答し、自己の矛盾を解きほぐし素直に正直にあるがままに感謝する。その上でいただいているご縁や機会、ご利益やおかげ様にいのり今を尽力していくという具合でしょうか。

到来するご縁にどれだけ真摯に正対して自己を丸ごと生き切るか。真心や至誠といった生き方の根本はこの言葉の中にこそ存在します。

また孟子は他にも素晴らしい言葉を遺しています。

仁は人の心なり。義は人の路なり」

「力をもって人を服するのは、心から服するにあらず。徳をもって人を服するは、喜んで真に服するものなり」

「天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず」

どの言葉も、人の心、徳によってこそはじめて正しきことが行われると説きます。正しきこととは、決して善悪正否などといった二元論や対立構造の中の正義や悪というものではありません。むしろ、純粋で純真、自然全体の循環の一部としてのいのちを全うしたかのような境地に入ることだと私は思います。

それをむかしの人は「赤心」と呼びました。

そして孟子はこういいます。

「大人は赤子(せきし)の心を失わず」

つまり徳の高い人は、最期まで純粋な心をいつまでも失うことはないと。純度の高い生き方をすることこそ、陰徳を積むことです。純度の高さとは、己に対して誠実でいること。それは他者他人や世間の評価などというものに心を奪われず、己の初心に如何に素直に忠実であるかということです。

引き続き、私の節目にこの言葉を思い出し、それを忘れないように心に刻みたいと思います。

法螺貝祭り

昨日は、不老不死や甦生について法螺貝を通して対談を深める機会がありました。私たちの郷里には、鷹伝説や鮭伝説などの話もあります。熊鷹は、老いては嘴や羽を抜き取りそこから甦生してさらに長寿になるという話。鮭神社には、鮭が海から戻ってきては卵を産んでそれが勾玉になったという話。他にも蛇が脱皮をして生まれ変わる話など、古代の原初の信仰が甦生であったことを再確認して学び直しました。

そもそも私たちのこの心身もまた先祖の甦生に由るものです。一番最初に誕生した人間が、夫婦和合し子どもができます。いつかは老いてはこの世を去りますが、その前に新しい肉体を持って精神を含めて継承されていきます。個人主義でいえば、別の人になったという認識ですがよく観ると生まれ変わって甦生したともいえます。

身近にいる鳥も虫も、植物たちも1000年も1万年もそのままの姿で身近に存在しています。つまりは、老いて朽ちても次に新しく誕生し続けているからその存在を確認することができるのです。

そう考えたとき、長生きすること長寿であることはそれだけのご縁をたくさん結んだ。つまり関係性の中で見守られて生き延びたという一つの結果でもあります。

過去に不老不死になることを望み行動した人に始皇帝や漢の武帝、ギルガメシュ王やエジプトのファラオたちがいます。権力や支配を少しでも長くと思ったのでしょう。それは現代の権力者も変わりません。

しかし本来の不老不死には、ただ死なないや若いままということがよいわけでもありません。どのような状態が続いてほしいかという、不老不死を求める思想があるはずです。

沖縄や新潟などでは不老長寿を祝う言葉やお祭りがたくさんあります。心がほどけてほびのびと暢気に過ごし、家族が増えてみんなにお祝いしてもらえる歳を重ねていく喜びです。

先ほどの権力者の不老不死は何か歪な感情を覚えますが、地球や太陽や月、そして膨大ないのちの連鎖や循環のなかで家族や友人たち、素晴らしい環境に恵まれて生きていることに感謝するという不老不死で考えればそれは幸福の象徴であることも氣づきます。

法螺貝でいのる不老長寿は、みんなで喜びや仕合せを分け合うものでありたいと改めて感じます。これから英彦山で不老園と共に法螺貝の祭りを新たに起新していきたいと感じた一日になりました。

ご縁や示唆に深く感謝しています。

不老不死と不老園

英彦山にいて色々と歴史を深めていると不老不死というキーワードによく出会います。また宿坊に遺る文献から、不老園という薬も甦生したことから余計に仙人や不老長寿などのことを深めることになりました。

そのご縁で、今日は福岡県芦屋町で不老不死と法螺貝についての対談に呼ばれるという変わった機会をいただいています。この芦屋の山鹿という地域は、法螺貝伝承の場所で今でも神社をはじめ地域で語り継がれています。

お話はこのような感じです。

「江戸時代の中ごろ天明二年、芦屋浦の男が伊万里焼を仕入れて稲荷丸という船に積み奥州まで売りさばきにいきました。 ある日、津軽の山中で道に迷い小川のほとりで洗濯をしていた美しい女に一夜の宿を頼みました。 筑前芦屋のものだと名乗りますと女はわたしも筑前のものです、と言って懐かしがり、男を大きな構えの自宅に案内しました。下男下女が四、五人いて主人は旅行中でした。 その夜、女は食膳をととのえ酒を出し男をもてなしながら身の上話をしました。 「わたしは筑前山鹿のそばの庄ノ浦の海女の子です。わたしが庄ノ浦にいたころ、山鹿秀遠(やまがひでとう)さまが安徳天皇さまをお迎えして山鹿の東に仮りの御所をかまえられました。わたしは磯のものをとって、時おり御所にさしあげていました。」 天明二年からというと六百年も前の話です。男は驚きました。 女がいいますには、自分が病気をしたときに子どもがとってきた大きなほら貝を食べたところ、病気はすぐ治り、それから年をとらなくなりました。 不老不死の薬だったのです。やがて夫が年老いて死に子ども・孫・曾孫(ひまご)と死んでいきました。 家族と死別した女は豊前・豊後・四国から山陰へと旅に出て農家の主人の妻になりましたが年をとらぬので化生(けしょう)の者と怪しまれ、そこを離れて都へ出ました。 それから六百年、各地を巡ってこの津軽にきて今の主人の妻になりました。 しかし主人は年をとるのに自分はいつまでも若いので、ここにもおれなくなるのではないか、行く末が心配だと女はいうのでした。 そして、「ほら貝の殻は、庄ノ浦を出るとき納めてきたから帰ったらそれを探して私の子孫に私の話を伝えてほしい。」と付け加えました。 男は芦屋に帰って庄ノ浦の祠でほら貝の殻を見つけ、子孫の伝次郎に会って女との約束をはたしたということです。」

法螺貝の肉を食べて不老不死になったという話、400年近く生きたということでしょうか。よく日本の民話の中には似たもので「八百比丘尼(やおびくに)伝説」があります。この方は人魚の肉を食べてから800歳まで生きたとされています。

むかしから法螺貝と不老不死は深い関係があります。

また英彦山には般若窟というものがあります。ここは英彦山最古の窟で、英彦山修験道の「中興の祖」といわれている法蓮上人の修行窟で窟内には神池があって不老長寿の霊水がわいているといわれていますし湧き水は日本三代霊水の一つです。

それに不老園という英彦山の生薬は、歴史書にも出てきます。不老長寿の妙薬とされ明治以前まではそれで山伏たちは生計を立てていたこともあります。

不老とは何か、改めて今回の体験から学び直してみたいと思います。

いのちの場

自律神経というものがあります。これは呼吸、心拍、消化、体温調節など、私たちが意識しなくても体の機能を生まれてから死ぬまで休まず調整し続けている神経のことです。この自律神経のバランスが崩れると、全身にさまざまな不調が現れるといわれます。

この自律神経は、交感神経と副交感神経の2つから成り立っていて交感神経は身に危険が及んだときに活動します。副交感神経は、疲弊した身体を回復する働きを持ち、平常時に働いています。この自律神経のバランスが乱れてしまうと、倦怠感・頭痛・めまい・不眠など不調が出ます。気づかないだけで、私たちはずっとこの自律神経が調和を保ちながらすべての活動を根底から支えているということです。

しかし現代の生活は、この自律神経のバランスが崩れやすい環境にあるのはすぐにわかります。過剰な労働時間や食生活の乱れ、ストレス過多に運動不足、自然と離れたことも一因です。

すると病気や疲労感が増えて薬を飲んでしまえば、自律神経自体がコントロールすることができなくなるものです。車でいえば、アクセルを踏むこととブレーキを踏むことは同時に行われます。交感神経は緊張感ですが、副交感神経はリラックスです。集中して何かに没頭するときには、休みが必要です。

例えば、心臓の鼓動や呼吸なども自律神経が調和しています。運動すれば鼓動を早め呼吸を増やします。これは動かすという行為と休めるという行為を調整しているともいえます。

これは自然界の気候などにも似ています。熱くなれば冷やそうとするし、湿度や乾燥などもですが絶妙に自然は調和を司っています。目には見えませんが、地球という自律神経が全体を調和させるために微細にアクセルとブレーキを調和させていくのです。

よくブレーキを踏みながらアクセルは踏めないなどともいわれます。しかし実際には、そんな極端な操作ではなく力を入れながら力まない、心魂を籠めながら気楽でいるかのように全体が快適であるように調えているのです。

ではどのような時が調うのか。

それは日々の暮らし方にでてきます。それが暮らしフルネスです。自然と離れず、徳を積み、静かに内省をして初心を忘れない。具体的には、自然のリズムを持ち、場を調え、小さな暮らしの実践を磨いていくこと・

自律神経が欲望などに巻き込まれて乱れないように、穏やかに静かに自己の心を見つめて場を調えていくこと。そういう日々の小さな暮らしの実践のなかで、何を大切にしていくことが重要なのか、そしてどう生きることが大事なのかを常に確認していくのです。

自律神経の調和は、ゆっくりとじっくりと悠久の時間をかけて取り組むのが一番です。かつての仙人たちはきっと、そのような暮らしの中で調和を心掛けたのではないかと私は思います。

引き続き、子どもたちや子孫のためにもいのちの場をととのえていきたいと思います。

ご利益の本質

「利益」という言葉があります。これを辞書をひくと、一般的に事業などをして得るもうけや、経済活動における収益から費用を差し引いた残りのことをいいます。つまり損得でいうところの得をした分です。会社の会計での利益は、売上総利益・営業利益・経常利益・税引前当期純利益・当期純利益の5種類があります。ビジネスで利益というと、数字のことです。利益が少ないとか、利益が大きいとか、利益がないとか、日頃から言葉が飛び交うものです。

それに対して、「ご利益(ごりやく)」という言葉があります。これは同じ漢字を使っていますが、全くその本位は異なります。このご利益は神仏から受けるよい影響や天の助け、お陰様などの恩恵を指します。つまりいのりや願いが叶う、健康が守られる、災難を避けられるなどの幸運や助け、仕合せやご縁に恵まれることです。この言葉は、仏教用語の「利益」に敬意を込めた表現であり、神道においては神々の力が人々に幸福や成功をもたらすといわれます。

この利益とご利益というのは、欲望が関係するようにも思います。利益は損得、ご利益は徳積でもあります。私は徳積循環経済を実践していますからいつもご利益の方に対して誠実に取り組むようにしています。

場を調えるのも、神仏に祈ることも、あるいは損をしてでも子孫のために資金を投入することも、あるいは伝統文化を伝承して永続できるような仕組みをつくるのもご利益のためでもあります。

日本には古来より、障りや祟り、呪いというものがあります。あまりに利益を追いかけすぎて欲を出すと相応の報いというものを受けます。恩恵とこれは表裏一体であり、陰陽などのように常にバランスを保つように機会が訪れます。

それが今なのか、子孫に影響が出るのかは、その時のタイミングやご縁、そして欲の内容にも由るのです。先祖たち、先人たちはそれをよくよく慎み鑑み、余計なことをしないように丁寧に厄を払い清め、そして徳を積みました。

徳はこの利益を欲望にまかせて追いかけることで減っていきます。減っていくからこそ、運も変わります。運がよくなるように減らないように、丁寧にご利益に感謝していくこと。そしてご利益を観ている人は、いつも祈りや感謝を欠かしません。

神社にいくのも、場を調えるのも、そして仏様に拝むのもまたご利益をいただいていることを実感しているからです。

ご利益を生きる人は、欲に負けません。自分の天命やお役目を感じて、日々に自己の誠に精進するのみです。御蔭さまの力をいただき、お助けをいただいていることへの感謝こそ、徳の循環の礎であり未来への偉大な投資になります。

引き続き、目的を忘れずに日々精進していきたいと思います。

いつもありがとうございます。

友を選ぶ

人生の中では苦楽を共にしてきた友人がいます。大事な節目や局面において自分を素直な道や優しい道、思いやりの道に導いてくれるのはまさに友の存在です。

人物をよく鑑みるのに、その人にはどのような友がいるのかを観るのかはとても参考になるものです。

論語に、「益者三友、損者三友」というものがあります「孔子曰、益者三友、損者三友。友直、友諒、友多聞、益矣。友便辟、友善柔、友便佞、損矣。」論語の一文です。

これを直訳すると「益友に三種、損友に三種あります。直言する人、信実な人、多識な人、これが益友である。そして形式家、盲従者、口上手、これが損友である」と。つまり、誠実で実直で素直な人、そして博学な友人こそがいい。よくないのは、体裁ばかりで媚びへつらい、口先が巧みで上手い言い方をし、うわべだけで真実がない友人はよくないと。

結局、この本質はどのような人を尊敬して友としているかという自分の話でもあります。自分にとって便利で都合がよい人や、使いやすい人、メリットがある人を共にしていたら先ほどの損友のような人ばかりが周りに集まってくるものです。

その逆に、謙虚に誠実に真摯に真心で生きている人を友にすれば自分にとっては学ぶことや改善すること、あるいは反省することばかりですがまさにそうすることで自分がその尊敬するような相手と同じ生き方をして為になることばかりを得ることができる。つまりは自己の人間力を成長成熟させることに役に立つということでしょう。

そもそもが、人間学を学び、徳を積み、人として成熟していこうとする生き方が大前提の上での損益ですからこうなります。

人は人としてどうあるかが何よりも大切で、その人としてどうあるかを論語にあるような「仁義礼智信」と徳に根差した生き方をしていこうとすることに軸足があるということが大切なのでしょう。

「巧言令色鮮し仁」という言葉もあります。口先と顔つきだけがいい人に真の仁者はいないともいいます。

人生は学の連続です。常に自己を見つめ、自己を省みて、丁寧に調えていきたいと思います。