節目の言葉

孟子という人物がいます。この人物は古代中国の戦国時代に活躍した儒家の内の一人で、孔子の教えを発展させ諸国を遊説してまわり弟子たちを育成した方です。一般的には仁と孝悌の重視し性善説に基づく王道政治説きました。

私は吉田松陰を尊敬していますが、その中の「至誠」というのものまた孟子の言葉です。

孟子の中でも特に私が好きなものは、「大人なるものあり、己を正しくして、しかして物正しきものなり」の言葉です。

これは外の物事を正しくするのなら、まず自分を正しくすることであるという意味です。まずは内省によって自問自答し、自己の矛盾を解きほぐし素直に正直にあるがままに感謝する。その上でいただいているご縁や機会、ご利益やおかげ様にいのり今を尽力していくという具合でしょうか。

到来するご縁にどれだけ真摯に正対して自己を丸ごと生き切るか。真心や至誠といった生き方の根本はこの言葉の中にこそ存在します。

また孟子は他にも素晴らしい言葉を遺しています。

仁は人の心なり。義は人の路なり」

「力をもって人を服するのは、心から服するにあらず。徳をもって人を服するは、喜んで真に服するものなり」

「天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず」

どの言葉も、人の心、徳によってこそはじめて正しきことが行われると説きます。正しきこととは、決して善悪正否などといった二元論や対立構造の中の正義や悪というものではありません。むしろ、純粋で純真、自然全体の循環の一部としてのいのちを全うしたかのような境地に入ることだと私は思います。

それをむかしの人は「赤心」と呼びました。

そして孟子はこういいます。

「大人は赤子(せきし)の心を失わず」

つまり徳の高い人は、最期まで純粋な心をいつまでも失うことはないと。純度の高い生き方をすることこそ、陰徳を積むことです。純度の高さとは、己に対して誠実でいること。それは他者他人や世間の評価などというものに心を奪われず、己の初心に如何に素直に忠実であるかということです。

引き続き、私の節目にこの言葉を思い出し、それを忘れないように心に刻みたいと思います。

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