どうしたか、どうあるかとどうあり続けるかという言葉があります。どうしたか、どうあるかというのは、一時的なものですがどうあり続けるかというのは継続や持続することをいいます。その時がよくても善くないときもあります。常に瞬間瞬間の意思決定と実践がどうあったか、そして最期の瞬間までどうあり続けたかということでしょう。
あり方ということになると、あり続けることに終わりはありません。ずっとあり続けるということですから本人は死ぬまで已めないということでしょう。これは個人のことでしょうか、組織や会社や国家だとどうなるのでしょうか。
個人は分かりやすく、あり続けることを已めればそこであり方は終わります。継続しなければ終了ということになります。また別のあり方を探すかもしれませんし、あり方など氣にしないかもしれません。では会社や国家はどうか、これも同様でしょう。しかしよく観察すると、理念というものがあるかないかがとても大切になっていることがわかります。
理念さえあり続けるのなら、形は変えても継続する。あり続けるというのを優先すると、形は変わってもいいということになります。大切なのはあり続けたかということでしょう。
場をつくるということに取り組んできてから、場をいのちのある場としてあり続けるということを実践してきました。場づくりこそ、環境の要であり場にはすべてが凝縮されて存在します。場には、人も物だけでなくいのちや思想や生き方、そしてすべてが入ります。
場を整調していくことが、あり続けることになり場がさらに進化成長していきます。
私が取り組む場は、あり続ける場です。どのようなことがあっても、あり続けることを大切にして日々を精進していきたいと思います。
