円満成就という言葉があります。これは一円のように満ち足りて穏やかで調和していることをいいます。これは一つの徳を顕す大切な言葉であろうと私は思います。
此の世には対立をすることではじめて両者の違いが明白になることもあります。夫婦円満という言葉もありますが、夫婦も異なる人が和合し一つになります。異なるからこそ補うことや助け合うことができます。これも一つの円満の象徴です。
例えば、微生物の世界などに置き換えてみるとすべてが円満に変化しているのがわかります。発酵をはじめ腐敗もですが、大きな意味で発酵こそが円満なのです。
そして発酵とは場に投影されていきます。
場が調和していくこと、場が穏やかで静か、円く治まっていると発酵しています。
人間は発酵していく環境があれば、円満な関係を築いていけるものです。その発酵場はどのように誕生するか、それが場道家として私の技術です。
イヤシロチにしていくこと、場を調和するための御手入れをすること、風通しをよくして水が循環するようにしていくこと、また聴き合う関係を一円対話によって調えること、等々、いろいろとあります。
悲惨な戦争や差別などは、この円満から遠ざかったところに存在するものです。日本は、聖徳太子が十七条の憲法でそれを示唆し道を拓きました。そこにはこうあります。
「和をもって貴しとなす」と。
道は未完、一つ一つのプロセスから学び、お互いが見守り合える豊かな場を創造していきたいと思います。
