紫陽花の不思議

この時期は、あちこちで綺麗に咲く紫陽花の花を見かけます。いろいろな形や色に変化していく様子は、まさにこの季節の雰囲気を明るくしてくれます。幼いころは、紫陽花が咲くころにはカタツムリを探しにいきました。比較的大きな、カタツムリをみつけては紫陽花の主人のように振る舞う様子に不思議を覚えた記憶があります。

改めて紫陽花のことを深めてみるとその名前から不思議であることがわかります。

詳しいことはウィキペディアにもありますが、それもまたはっきりしない内容です。そこにはこうあります。

「アジサイの語源ははっきりしないが、最古の和歌集『万葉集』では「味狭藍」「安治佐為」、平安時代の辞典『和名類聚抄』では「阿豆佐為」の字をあてて書かれている。もっとも有力とされているのは、「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」がなまったものとする説である[8]。そのほか、「味」は評価を、「狭藍」は花の色を示すという谷川士清の説、「集まって咲くもの」とする山本章夫の説(『万葉古今動植物正名』)、「厚咲き」が転じたものであるという貝原益軒の説がある。花の色がよく変わることから、「七変化」「八仙花」とも呼ばれる。日本語で漢字表記に用いられる「紫陽花」は、唐の詩人白居易が別の花、おそらくライラックに付けた名で、平安時代の学者源順がこの漢字をあてたことから誤って広まったといわれている。草冠の下に「便」を置いた字が『新撰字鏡』にはみられ、「安知佐井」のほか「止毛久佐」の字があてられている。アジサイ研究家の山本武臣は、アジサイの葉が便所で使われる地域のあることから、止毛久佐は普通トモクサと読むが、シモクサとも読むことができると指摘している。また『言塵集』にはアジサイの別名として「またぶりぐさ」が挙げられている。シーボルトはアジサイ属の新種に自分の妻「おタキさん」の名をとって Hydrangea otaksa と命名し、物議をかもした。これは Hydrangea macrophylla と同種であった。」

なんともはっきりしない由来ばかりで、しかも間違って使われている事例ばかり。まさに七変化の象徴のような花であるのを感じます。

うちの庭にあるものは、野生種のヤマアジサイです。独特な形をしていて、緑と花が交互に折り重なるように咲いているので透かしもあり涼し気です。

このヤマアジサイは九州や四国に分布している種だそうで、むかしから私の故郷の地域の山や沢に咲いていたのでしょう。それがうちの庭にもあるというのは、どのようにここに運ばれて来たのかわかりませんが時と場を感じます。

こうやって、その土地に相応しいものやいつまでも変わらずに存在するもの。変化しないものと変化するもの。紫陽花から色々と学び直す機会を得ています。

子どもたちにも紫陽花の美しさを豊かに鑑賞するゆったりとした時間を持てるよう環境を用意して見守っていきたいと思います。

私の目的

私はこの「場の道場(BA)」で、日本の伝統的な文化を継承して温故知新しながら最先端の取り組みと融合させています。なぜこのようなことをするのかといえば、目的は明確で子どものためにということです。

この子どものためといっても、単なる一般的な世の中で使う子どものためではありません。もっと広義で子孫のためといった方がいいのかもしれません。子孫たちが安心して世界の中で自分らしく自分を生きていけるように先祖の思いやりをつなごうとしているのです。

私の暮らすこの場には、古いものと新しいものが共存し共生しています。よく言われるのが、ハイブリット型や善いところ取りなどとも評されます。しかしそれは、ちゃんと日本人の精神や魂、生き方を大切にしながら時代の中で創造されてきたものとの調和した暮らしを実践しているだけのことです。

先祖は、私たち子孫のために色々と深く考えてくれて偉大な思いやりを遺してくれています。その先祖の生き様や人生を無駄にしないのが、私たち子孫たちの責務であり使命であるはずです。

今の時代は、そんなことを思わず刹那的に今の自分の人生や世代だけがよければいいという短絡的な生き方が増えています。どれもこれもすべてその原因は、忙しくなることで暮らしを手放したことに起因しています。

暮らしがなくなれば、先祖の思いやりも届かないところにいってしまいます。私たちの先祖は、決して単なる文字や記録で子孫が守れるとは思っていませんでした。なので色々と工夫して知恵を働かせたのです。

その一つが、日本の家屋であり日本の伝統行事であり、まさに衣食住を含むこれらの「暮らし」にその仕組みをを入れたのです。

そしてそれを甦生し続けて温故知新する人物を、道を通して育成してきたのです。私が場の道場を開いた理由、そしてなぜ今、ここに「場」を誕生させようとするのかはその手段の一つであり目的を実現するためです。

子どもの仕事をしてきたからこそ、何をすることがもっとも「子ども=子孫」のためになるのかと四六時中ずっと思い続けてきました。そうすることで先祖とつながり、子孫へ譲り遺していく初心伝承文化に気づいたのです。

これから目的に人を集めるための動画を撮影していきますが、目的を忘れずに丁寧に取り組んでいきたいと思います。

甦生の技術

この世の中には、時間というものがあると信じられています。他にも自分というものがあるとも信じられています。つまり人は何かを信じればそれがあると信じるようにできています。

実際にないものであっても、自分があると信じればそれがあるのです。

その中には、本当に現実としてあるものと、空想の中であると信じているものがあります。ある種の思い込みといえば、ほとんどすべてはこの世の中は思い込みでできていますが思い込みを超えるような発見があるとき人は真実に気づくように思います。

その時、目から鱗が落ちるような体験、また我に返ったような体験、自分というものを超えた偉大な存在になったような体験などがあるように思うのです。思い込みから解放されるとき、人間は今まで見えなかったものが観えるようになるのです。

例えば、「いのち」というものがあります。

一般的には、動物のように呼吸をして心臓を動かし活動しているものはいのちがあると信じています。その活動が停止したらいのちはなくなったといいます。植物であれば、花を咲かせていたらいのちがあるとし、枯れてしまえばいのちがないとしています。つまり動と静によって、いのちがあることとないことを使い分けているともいえます。

しかし、もしも静であることがいのちがあることで動であることがいのちがないとしたら混乱すると思います。例えば、石であればじっとしていればいのちがあり、壊れていけばいのちがなくなっていくということになります。他にも、静かな湖畔はいのちがあり、蒸発してなくなればいのちがないという具合です。

簡単に動と静で生き死にはすべて語ることはできません。

ここに一つ、「甦生」というものがあります。それは「いのち」そのものを観るために動静そのものとは離れた絶対的に存在する何かを可視化する技術です。私は甦生と浄化の道を究めていくものですから、いのちそのものの存在をどう磨いて徳を引き出し、それを活かすかということを生業にしています。

甦生というのは、時空を超えてあるものを世代を超えても受け継がれた存在を永続的に守り続ける力のことでもあります。甦生させていくことで、私たちは伝統を守り続けることができ、いつまでもいのちを輝かせていくことができるのです。

子どもたちにこのことを伝えていくために、映像を遺してみたいと思います。今、来ているご縁を一つ一つ噛みしめながら自分のやるべきことに専念していきたいと思います。

お互いの持ち味を生かす経営

人間には誰にも短所というものがあります。そのことで色々と失敗も重ねますし、苦労することがあります。しかし同時にそれは偉大な長所になる可能性もあります。短所を怖がるばかりに、長所を伸ばさなくなればその人も周囲も大きな損失になるのは間違いありません。

本来、誰にも負けないものを持っているものがその長所でもあります。例えば、プロであればこの分野は自分の真骨頂であると磨き上げられたものがあります。私も、色々と長所がありそれをひたむきに努力して伸ばしてきました。

特に発達の偏りがあるため、集中力が徹底しており一度深め始めるとほかのことはほとんど考えなくその一点を突破するために全集中していきます。しかし同時に、その時は隙だらけであり何かがあればひとたまりもありません。

私の場合はとても運が善いことに、善い仲間にいつも恵まれて常日頃からカバーをしてもらっています。結局、一人ではどうしても強みが出るときは弱みが出ていくように完璧になることはありません。だからこそ、仲間がいて弱みをカバーしてくれてその強みを肯定して活かしてくれるのです。

つまり能力を活かしあう関係というものは、大前提にお互いの弱みと強みを知りそれぞれに得意不得意を共有してともにフォローやカバーをし合って目的に向かって協働する価値観や風土が備わっているということです。

現代では、すぐに一人でなんでもできて当然というような価値観があり組織を蝕んでいます。それは教育によって、一人でできる人をつくろうとしたことで仕上がってきた組織間でもあります。上の偉い人が完璧であることを求めることであったり、カバーし合えばいいものを否定したり指摘したりして無理やりにでも矯正させようとします。

簡単な話ですが、手足が長い人に小さな細々としたことをやらせたり、力が弱い人に無理やり重たいものを運ばせたり、おっとりした性格の人にキビキビと指示管理させたりするのはこれはもうほぼ虐待の類です。しかしその人たちも自分がやらされてきたからかそう思うのか、やられて嫌だったというのにそういうことを他人に強要することが如何に多いかと感じます。

何より、人はお互いにそれぞれ自分にしかない自分らしい能力を持って生まれてここまで来たのです。それを上手に活かし、そうでないものはほかの能力のある人がカバーし合えばみんなでその能力に感謝し合えるような温かい関係が結べるように思います。

お互いの持ち味を生かす経営というものは、お互いの得意分野でやり遂げる覚悟を持ち、お互いの苦手分野はカバーしあう思いやりを持つということでしょう。

子どもたちがそれぞれの持ち味が発揮され、豊かに幸福な人間関係の中で世の中をやさしく平和にしていけるように自分たちがまずそのモデルを示していきたいと思います。

発明の甦生

私たちは、現在文字を活用して様々なことを記録していくことができています。人類が文字を使い始めたのは紀元前3200年ころの西アジアのシュメール人の都市の絵文字がはじまりだともいわれます。その後は、紀元前3000年ころにメソポタミア文明のくさび型文字、エジプトのヒエログリフが出たそうです。

文字ができたことで私たちは「歴史」というものを持つことができるようになりました。文字ができる前を先史時代といい、文字ができて私たちは歴史時代というようになります。

人類は紀元前500万年~400万年前からいるといわれていますがそうなるとそれまでは文字を使っていなかったということになります。文字という発明があってからまだ5000年くらいしか経っていないのです。文字ができるまでの人類は一体どうしていたのか、それを考えていると改めて原点や原始の姿を想像することができるように思います。

世界の少数民族には、数の概念がなかったり、文字を持たない民族も多くあるといいます。ハワイも、今から200年前には文字を持たなかったといいます。つまり、歴史の中に入っていなかったということになるのです。私たちは歴史というのを当たり前に認識していますが、実際には歴史とは文字の歴史のことです。文字にできるものが歴史といわれるもので、さらには時間という概念ですら人間が勝手に仕立てたものですから人類のみが発明した一つの道具ということになります。

動物の世界や昆虫の世界には、文字はありませんし時間という概念もありません。

そう考えてみると、人間というものは不自然なものを多く発明していくものです。本来、残らないものを残せるようにし、記録できないものを記録するようになったのです。しかしこれが文明を加速させて、今のような歴史時代を築いたということでしょう。

そういう意味では、文字の時代はまだはじまったばかりで終わるのかどうかもわかりません。その前はなかったか、もしくは風化してしまったのか、それもわかりません。ただ一つわかるのは、それは人間が創造した発明だということです。

そして文字が生まれる前に「トークン(TOKEN)」というものがあります。

ウィキペディアには「紀元前8000年頃から紀元前3000年までメソポタミアの地層から出土する直径が1cm前後の粘土で作られたさまざまな形状の物体のこと。物品の商取引や管理に用いられていたと想定される。近年ではフランス人考古学者デニス・シュマント・ベッセラ(英語版)(Denise Schmandt‐Besserat)が世界最古の文字であるウルク古拙文字の発生の起源をトークンに求めた「トークン仮説」で知られるようになった」とあります。

「数」という概念を持ち、それを「記録」するということを思いつきました。そしてその「証拠」を確かめるということをした。最初は粘土と絵文字とコンテナという保存庫でしたがそれが多様に複雑になり文字が誕生していったのです。

それが現在、ブロックチェーンの出現によってさらにその数と記録と証拠があらゆる境界を超えて交換できるようになってきています。

本来、これは何の発明だったのかとよく考えてから取り組むことで歴史を正しく認識することができるように私は思います。引き続き、子どもたちの未来のために人類の幸福のためになる発明の甦生に取り組んでいきたいと思います。

 

調和力

今、住んでいる自宅は大きな池の水辺の高台にあるため朝からあらゆる野鳥の鳴き声で目が覚めます。水鳥たちが家の周囲にまで飛来してきては、朝からとても澄んだ鳴き声を奏でてくれます。

まるで風のゆらぎを指揮にしたオーケストラのように自然の音楽が聴こえてきます。水辺には、お互いの位置を確かめ合っているかのようにそれぞれで音を出しては距離とつながりを確かめ合っています。

自然というのは、お互いの距離感というものをそれぞれがもって共生しています。お互いに配慮しあい尊重しながらもともに居心地の善い場をつくりあげていくのです。

つまり居心地の善さとは自然界では、尊重し合うということにほかなりません。みんなが周囲を思いやりながらもここまでという境界線を大事にしているということです。

人間の歴史は、戦争の歴史といわれます。

そこにはお互いを尊重するような境界線がありません。自分たちが豊かになるために定めた範囲に対して、敵か味方があるだけです。人間は、そもそもいつから戦争をはじめるようになったのか。縄文時代のように、食べることで精いっぱいで自然と一体になって暮らしていた時代は戦争はあまりなかったように思います。

それが農耕をはじめ物質的に豊かになり、余裕がうまれさらにその富を増やすために生活圏を拡大させ人間でこの地球を埋め尽くしていきました。今では世界には80億人以上の人類がいて、人間の生活圏はあらゆる自然を埋め尽くすほどです。

戦争というものは、この生活圏の奪い合いともいえます。それが発展して、現在は経済が生活を占めていますから経済圏の奪い合いが戦争ともいえます。中国やアメリカ、ヨーロッパをはじめあらゆる国々が経済圏を確保するためにしのぎを削ります。

世界はいつになったら居心地の善い関係が築けるのか。

果たして本当に進歩しているのか、進化しているのか、自然を観照していると考えさせられることばかりです。せっかく進歩しても、進化しなければ進歩は活かせません。また進化は本質的な進歩を遂げるはずです。その調和が人類の真の成長であり、私たちが目指している持続可能で平和な世の中ということでしょう。

歴史から学び、自然から学び、私たちは本当のこれからを築く必要があります。暮らしの中には、その居心地の善い暮らしというものがあるように私は思います。それはこの自然のもっている調和力の中にこそあります。

子どもたちに、自然の智慧を伝承していきたいと思います。

 

丁寧な暮らし

生き物は美しい造形物を作り上げていくものです。私は若い時に拾った一つの貝を持っています。そしてもう一つ、石英の勾玉を持っています。身近に置いておくと心が癒され美意識が高まっていくのを感じます。

自然のもつ造形物はまさに完全無欠であり、どのような状態になってもそのものらしく自然体で驚きと感動を与えてくれるものです。

まずこの貝は巻貝ですが、科学的には炭酸カルシウムとタンパク質を融和させながら成長していきます。最初は小さな姿から大人になっていくにつれて次第に貝も大きくなっていきます。

つまりこの手元にある巻貝は、この貝の一生を生きた証ともいえるものです。美しい海の中で仕合せに生きたこの貝の姿を眺めていたり触っていると私はいつも心が癒されその美しい貝の姿から海の中でどのように過ごして何を貝は感じて生きたのかというものが伝わってきます。一つ一つの曲線の美しさ、そして肌触り、手に収まるくらいの大きさ、そのどれもが飽きることもなく何度みてもうっとりするのです。

出会いは宮崎の日南の海で、仕事中に走っていたら海の中に光っているものがみえ、車を止めて石やサンゴがゴツゴツとした中での出会いでしたが発見した時の感動は今でも忘れることはできません。

もう一つの石英の勾玉もまた不思議な出会いでした。ある森の中の美しい水が流れている近くで微睡んでいた時に土の中に光るものを感じて掘り起こしてみたらそこにあったのです。ドロドロで真っ黒でしたが、水洗いしたら見たことのない緑色の美しい姿になり透明な光が出てきました。

これは数億年という単位で、水が薄く流れる鍾乳洞のような場所で少しずつカルシウムと水が融和してできたものです。水晶などは1㎜成長するのに少なくても100年かかります。数万年単位で水に溶けたシリカなどが固まって石になるのです。

つまりこの手元の石には億年単位の石の生涯があり、その美しさがあらゆる模様や姿形に出てくるのです。私はこの石に触れるたびに、その歴史やドラマ、地球内部での暮らしを感じて悠久の時を思い出します。

いつかは死に別れることもありますが、私の身体もまた自然物の一つで造形されたものですから違うものになっていくのでしょうがいのちの本体がなくなることはありません。

私たちが美しいと感じるものは、このいのちの本体に触れているからです。

私は芸術のことや専門のことはわかりませんが、美しいものは何かということは本能で感じます。人はみんな自然物ですから真の美しさがわかるはずです。自然物に触れて、一期一会に出会いつつづけることで美しい人生はさらに彩られていくものです。

日々の出会いを大切に、美しいものを見逃さないように丁寧に暮らしていきたいと思います。

自然に学ぶ心

先日、あることから久しぶりに星野道夫さんの文章を読み返す機会がありました。美しい写真を撮るだけではなく、美しい生き方に憧れよく自然から人間を観察された文章は心に響くものがあります。

その中で、ちょうど今の時期に相応しい星野道夫さんの言葉を見つけました。

「人間の気持ちとは可笑しいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。」

人の心は深くて、そして同時に不思議なほどに浅いというものに共感します。

人間には心とは別に感情があります。感情は常に鋭敏に自然の変化の真っただ中にありながら常に感応を已みません。小さな変化、生きている実感ともいえる感動を感得し続けているのです。つい目先のことに囚われて我執や固執してしまうのもまた、この感情が動いているからでもあります。

しかし同時に心は、深い海の底のさらにその奥のような深淵の世界が広がっています。海の上で風に揺れる波とは異なり、海底の深いところの海は静かで闇く穏やかなままです。

心は常に落ち着いていて丁寧です。人間はそう考えてみるといつも同時に2つの目を通してこの世を観ていることになります。感情の目と心の目です。浅い目と深い目とも言ってもいいかもしれません。

そこには自分からしか見えない狭い自己中心的な視野と全体や宇宙のような広大無辺の無の視野があります。まさに一物一心全体の自他一体の境地です。

日々に感情は波打っても、心はとても落ち着いて静かです。心の静けさに感情を合わせていくことで人は驚くこと豊かになれるのです。

私の言う暮らしフルネス™には、この暮らし方の意義もあります。日々の忙しさに追われてしまう仕組みが走っている現代社会において、如何に真の豊かさを持てるかは人類の課題になってきています。人工知能が発達すればするほどに、人はなんのために生まれてきたのかという課題に正面から向き合うことになります。

その時、人はどちらを選ぶか。

私は心の世界を大切にしている人が、感情だけではなく自他一体の境地で選択していってほしいと願っています。子どもたちに大切な人類の節目に、本来の自然からの英知と受け継がれてきた智慧を伝承していきたいと思います。

産業革命の進化と人間の真価

産業革命という言葉があります。ウィキペディアには、「産業革命(さんぎょうかくめい、英: Industrial Revolution)は、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった一連の産業の変革と石炭利用によるエネルギー革命、それにともなう社会構造の変革のことである。 産業革命において特に重要な変革とみなされるものには、綿織物の生産過程におけるさまざまな技術革新、製鉄業の成長、そしてなによりも蒸気機関の開発による動力源の刷新が挙げられる」と記されます。

この産業革命という視点から歴史をみると、世界ではこれまでに4度の産業革命が起きているといわれます。その始まりは18世紀後半です。少し整理すると、第1次産業革命は紡績機の発明と蒸気機関の改良です。これはイギリスが植民地から輸入した綿花を綿織物に加工して海外へ輸出するときに紡績機により大量かつ効率的に綿織物をつくるようになりました。それに蒸気機関によって鉄道や蒸気船が開発され、輸出も簡単にできるようになります。そして世界の覇権国家となって世界を席巻するのです。この産業革命はイギリスからヨーロッパ全体に広がり世界を飲み込みました。

そして第2次産業革命は重工業の機械化が実現し、主要エネルギーは石炭から電力・石油になります。同時に自動車や航空機、船舶の大量生産がはじまりマーケットの獲得競争が激化します。そのために必要な原料や労働力、マーケットの拡大が切っ掛けになり帝国主義がはじまります。

次が第3次産業革です。ここでコンピューターが登場します。運搬や溶接を行う産業用ロボットをはじめ今まで人間が行っていた単純作業が自動化され、産業構造における労働が激変しました。今では当たり前になっているインターネットの普及も第3次産業革命のうちに入ります。

ここまででもたかだか百数十年くらいなものです。

私たち人類の歴史の中では、まだほんの少し。ついこの間まではまったく異なる世界が動いていました。それが産業革命によって人類の社会構造は激変し、今ではその産業革命によって出来上がった新たな世界、つまり人間社会をつくりあげています。経済がまわるのもこの産業革命によってであり、その相互依存はもはや密接であり切り離すことも不可能です。

そしてこれから第4次産業革命が誕生するといわれています。簡単にいえば第4次産業革命はこれまで人間が担ってきた労働の一部がさらなる自動化が進みます。無人であることは当たり前であり、労働力である人間の削減が進みます。つまり、人間が働かなくてもすべて機械やITで代替えできる世界をつくりあげようとするのです。

ドイツでは第4次産業革命と似た概念の「Industrie 4.0」(英語では「Industry 4.0」)という国家施策がはじまりました。これは製造業の「デジタル化」「コンピュータ化」を進める(サイバーフィジカルシステム化)ことで、国全体を1つの工場化するというのです。

そして第4次産業革命においては、「IoT(Internet of Things:モノのインターネット)」「AI(Artificial Intelligence:人工知能)」「RPA(Robotic Process Automation:ロボットによる業務自動化・自律化)」が進みます。

つまり第3次産業革命の自動化から第4次産業革命の自律化に向かっていくということです。自動化は、人間がやっていることをプログラミングで自動化しました。しかし、自律化は人工知能をつかって目的に対して自律的に働くようにするのです。つまり、ほぼ人間の状態に近づいていくということでもあります。

目的に対して知恵を出し、目的を達成する。

これは本来、人間が働く中でとても重要なことでロボットであったこととの大きな違いであったものです。しかしロボットに知恵が入り、人間でしかできなかったところにまで機械やITで可能になったということです。

これにより産業構造は激変することは間違いないことです。

ここまでで百数十年、ということはこのさき十数年でこの世界は変わっているということも意味します。その時、私たちは何のために生きるのかという問いと向き合うことになると私は思います。

私の取り組む暮らしフルネス™は、まさにこの第4次産業革命時代にこそ必要な生き方になると確信しています。

引き続き、未来を見据えて子どもたちにとって最善な生き方と在り方を深めていきたいと思います。

野生の直観

ここ数日、藁ぶき古民家のことで野生動物のことしか考えていませんが何か懐かしいものを感じています。幼いころ、夕暮れ時の神社の境内や、深い森の向こうに野生動物の気配を感じていました。

どこか自分とは異なる世界にいるものとして、敬意を払いいつも適切な距離を保っていました。野生動物たちは怖さもありながらどこか純粋無垢の愛らしさもあり、ついこちらが近づきすぎるとハッとさせられることがありました。

野生に触れる懐かしさは、そこに何か捨ててきたものを感じるからかもしれません。

おかしな話ですが、今も時折、野生だったことを思い出していると懐かしさがあります。自然と一体になり、自然と同じリズムで呼吸をする。そして生きるために、いのちの差し引きをする。これは生きていくうえで、お互いに仕方がないこととして本能と語り合うのです。

今ではその必要ないほどに人間社会は食べ物が溢れ、安心安全が保障されてきました。野生の世界を垣間見ることはなく、ほとんどが野生動物とも触れない日々です。

私は衛星放送の動物番組が好きで、ずっと長い時間でも観続けることができます。東京に住んでいたころは、週末になると動物のチャンネルをつけ一日中ずっと眺めていました。特に野生動物の生きる姿を撮っているものには、感動と感激が多く言葉にならない共感がありました。

写真家の星野道夫さんのアラスカでの写真や、その文章にも同様の懐かしさを覚えています。動物と人がまだ一体になって暮らしていた時代、自然の中で分け合って尊重しあって助け合っていた時代、その境界のような世界を感じるのです。

本能的に私たちは野生の直観を持っています。

最適ないのちの距離を保ちつつ、これからの野生動物との距離感やかかわり方を子どもたちに伝承していきたいと思います。