語り継ぐもの

先日、ふとしたことから先祖の家系図を創ることになり色々と調べていますが壮大な物語に身震いする思いがします。約2000年前から現在にいたるまでの系譜を辿っていますが、よくぞここまで文献が遺っているものだと深く感動します。

各地域には所縁の土地があったり、遺跡があったり古墳があったり神社があったりと、足を運びその場所を調べていきます。不思議ですが、文献ではわからなかったことが、口伝で教えられたり、その土地の遺跡の周辺の伝記に書かれたり、歴史の一つ一つから辿っていけば見えてきます。

特に足を運ぶことで、懐かしく感じたり、そういえばとむかし自分がよく行った場所や、心休まる場所、過去に助けてもらった人たちや、今でよく仕事をしている人たちの姓が繋がっていることに気づくのです。

先祖は今でも子孫を見守ってくださっていると、調べれば調べるほどにに伝わってきます。その温もりややさしさは、拝まずにはおられず今まで気づかなくて本当に申し訳ない気持ちになります。

御先祖様を大切にとはよく言われましたが、ここまで見守ってくださっていると感じたのは今回系譜を辿っている中で実感しました。こんなにも幼い頃から私のことを見守ってくださっていたのかと、知れば知るほどに真心が感応していきます。同時に、自分が日ごろから先祖を感じていたことを思い出し、心安まるときはいつも身近に先祖の存在や御導きを感じていたことを実感したのです。

見えないチカラというのは、御蔭様のチカラのことで、御助けのチカラとも言えます。私たちが何かをしようとするとき、御先祖様が導いてくださっているのです。また御先祖様が、子孫にしてほしいことを伝えてくるのです。語り継ぐこともまた同様に、先祖がいつまでも御役目を忘れないようにと子孫に語り掛けてくるのです。見守られているのを忘れてはならないと訴えかけてくるのです。

御役目に出会うのは先祖との邂逅に出会うことです。

私の人生は一度、ここで終わり、先祖との邂逅で二度目が始まった気がします。愛は巡り、真心は伝わり続けます。子どもたちのために、譲り遺せるものを伝承し、語り継ぐものとしての御役目を果たしていきたいと思います。

 

  1. コメント

    祖父母や両親から聞く、曾祖父母の話が身近でご先祖様を感じるところですが、どの代もご先祖様を大切に敬って来たからこそ、今の自分があることを感じます。私にも子が生まれ、孫が生まれたならば、同じように私の両親や祖父母のことを伝えていきたいと思います。自分自身が一体何者なのかと悩んだ時、それがどれ程自分自身の救いになるか分かりません。そして同時に自分が見守って来て頂いたように、子々孫々を見守っていきたいと思います。

  2. コメント

    毎朝、仏壇に手を合わせてはいますが、私にとってのご先祖様は、総体というか、まだまだ漠然とした存在です。おかげさまで家族が日々無事に健康に暮らせていることに感謝はしていますが、ご先祖様が譲ってくださっている真心はまだまだ受け取れていないようです。

  3. コメント

    自分の血も身体も受け継がれてきたものを頂き、また子どもを見ても受け継いでくれていることを思えば、それ自体が奇跡のようなことだと思えます。常にという訳ではありませんが、要所要所でやはり御先祖様の導きがあって今に繋がっていると感じられることがあります。どれだけの想いが重なり合って今があるのかを時折思い返しながら、この生を生きていきたいと思います。

  4. コメント

    ここ最近は自分の活かしどころが変わってきました。お客様もそうですが、家族や、妻の親族も、姉弟も、随分と関わりが深まり、人生とは本当に色々とあるものだと実感しています。自分を役立てる機会を頂いているのはどのようなご縁なのかと思ったときに、妻のご先祖様は子どもたちのご先祖様でもあり、遡れば自分自身のご先祖様とも必ずつながっているということ。お客様ともきっとそうなのかもしれません。見えない繋がりを見ようとする力を磨いていきたいと思います。

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