暮らし方と生き方

日々というのは小さな所作の連続で過ごしているものです。起きてから寝るまで、私たちは「暮らし」の中に存在しています。そしてその暮らしは全て小さな所作から成り立っていることに気づけるものです。

例えば、朝起きてどのように過ごしているか、そして日中はどのように過ごしているか、夜中はどのように過ごしているか、その過ごし方の中にその人の日々の生活があり、その生活を通して人は毎日を生きているとも言えます。ある人は、朝起きてお湯を沸かしご飯を炊き味噌汁をつくる。太陽に向かって御祈りをし、その日一日の予習と準備をし心を整えて清々しい笑顔で挨拶をし丁寧に思いやりで一日を過ごし夜に内省をして就寝する。またある人の一日は、朝寝坊してバタバタとしご飯もコンビニで済ませ準備で散らかったままに仕事に出ていき忙しくし、夜は飲み会に出てお風呂も入らずに就寝する。もちろん同じ日ばかりではありませんが、同じような日を何度も過ごしているうちにその人の「暮らし」が習慣になってしまうものです。その暮らしの習慣が暮らし方であり、暮らし方がその人の生き方です。

暮らし方というのは、日々のその人の生き方のことです。心の余裕を持ち、心を穏かに心静かに生きていこうと決めている人の生き方と、心を失い心を亡くし、心せわしく生きてしまっている生き方があるとして、人生は一日一日の集積のことを言いますからどんな人生を送ってきたかは、その日一日の過ごし方が決めてしまうのです。

その人が人生で大切にしている優先順位は、いともたやすく暮らし方によって崩れるものです。日々の暮らしの中の小さな所作は自分が優先しているものを確認する大事なチェックポイントであり、その小さな所作の中にその人の初心が維持できているかを確認できるのです。そして丁寧に丹精を籠めて生きている人は小さな所作を決して蔑ろにすることはありません。掃除や食事、睡眠や日記、身のまわりのお世話をする意識を片時も外すことがありません。なぜなら「いのち」が生き方だからです。

この「いのち」というものは自分が大事に扱えば大事に扱われるものであり、自分が粗末にすれば粗末に扱われるものです。だからこそいのちを大事にするというのは、小さな所作を大切にしていくということです。

どんないのちとも触れ合っている状態を維持するためには片時も心を手放せません。心を手放さずにすべてのいのちを活かそうとする真心の中にこそ小さな所作が活かされます。

暮らしの中にある一つ一つのことに真心を籠める実践を通して、暮らし方を観直していきたいと思います。