希望を育てる

人は、どうしようもないと思うと諦めるものですがそれが本当に大切なことであれば諦めることで思考が停止してしまうものです。諦めるのにもいくつかあり、人事を盡して天命を待つのような諦めと、あとは周りがそう言っているのだからと諦めるものでは意味が異なります。

例えば、コロナによって私たちはマスクをつけて今の人と集まらないということを制限されていますがこれがこの先もずっと続くわけではありません。マスクをつけ続けることで発生している様々な問題や、人が場に集まらないことで発生する社会の問題や人間関係や心身の問題なども出てきます。

それをなんでも仕方がないと最初から決めつけて諦めてしまっていたらそのうちすべての思考が次第に停止していくものです。歴史を振り返ると人類は、どんな時も困難に向き合う中で主体的に自分の内側にある創意工夫や知恵を働かせて禍を転じて福とすることで今まで以上によりよいものを誕生させてきました。

私が取り組んでいる、様々な甦生もまた同じことです。

古い伝統的なものを捨てていく問題、伝統文化が消失していく問題、子どもに智慧が伝承されなくなっていく問題、それをすべて資本主義だからや時代の流れだから仕方がないと諦めてしまっているのは思考停止になっているに過ぎません。子どもたちの未来のことを思えば、それを最初から諦めるのではなくかえってすべて福にしていこうとする自らの知恵で今まで以上のものに仕立て上げて甦生していくのです。

人はそのものをどう見るかは、その人の美意識や心境、そして思考が決めるものです。ある人が不可能と思えることでも、他のある人ではそれは可能かもしれません。大事なのは、諦めないことなのです。

ある種、その諦めない中には明るさがあります。つまり楽しみや遊び、そしてもっと面白くしようと思う前向きさがあります。マジメジメジメとした悲壮感やマイナス思考ではなく、気楽さや喜び、そして感謝があったりするのです。

私が思う思考停止しない状態というのは、常に明るく前向きで物事を楽観的にとらえ、今まで以上に面白くして楽しもうという境地を持っている状態ということになります。心が常に動いているのです。

マスコミの影響などを受けて情報を他人任せにしているうちにコロナでなんとなくみんな周囲も思考停止しています。ずっと同じようなことが2年も続けば、みんな諦める人が増えてそれは暗くもなるでしょう。しかし、夜明け前のように様々な光の兆しが出ていますからそれを楽しみ膨らませていく中に希望があります。

未来の子どもたちのためにも、希望を育て導いていきたいと思います。

心を磨く

昨日、ご縁あった方々と一緒に滝行を行いました。この滝行は、古来からある修行法の一つで心身を禊清め、鍛え磨く効果があるといわれています。この時期の、とても冷たい水を受けることで心を強くし気持ちを一新する効果もあるといわれています。

本来、日本では大切な儀式のときや人生の節目にはこの禊や潔斎を行いました。その一つに滝に打たれて心を研ぎ澄ますというものがあったように思います。

現代では、楽で便利な環境下ですから厳しく不便な環境は慣れていない人が増えています。滝に打たれると聞いただけで震え上がる人も多く、滝行は人気があるとはいえません。

しかし時代が変わっても、大事な局面で自立して覚悟を決める何かがあるときこそ自分の弱い心を向きあい、乗り越え、強い決意をもって何かをやり遂げる心をつけることもでてきます。

世の中で、逃げようとする心を断ちたいと思う人は大変多いと思います。かの二宮尊徳も、成田山新勝寺で断食や厳しい修行を通して心を鍛え直し、もう一度復興の心を呼び覚まし、そこから最後までやり遂げていきました。

もちろん極端な修行がいいというわけではなく、今の人たちがどのようにしたらその覚悟を持て心身を鍛えられるかを時代時代に考える必要があると私は思います。あまりにも極端な修行や苦行では、自分自身と向き合うことはかえって難しくなると感じるからです。

今の時代は、苦から楽ではなく、楽を真楽にする方が導くのには効果があるのではないかと私は思っています。真の喜びを知ることは、真の喜びの苦を学ぶことです。楽は苦の種ですが、苦も真楽の種です。

この苦楽を共にする暮らしを通して、私たちは真楽にたどり着くのではないかというのが私の提唱する暮らしフルネスでもあります。

実践を通して、気づいたことをみんなで分け合い、子どもたちが仕合せに暮らし続けるような社会に近づけていきたいと思います。

一期一会のご縁、ありがとうございました。

 

只管打座の暮らし

先日、ある禅僧の方と一緒に瞑想をするご縁がありました。この瞑想というものは一般的には、足を組むなどして座り目を閉じて心を落ち着ける行為のことを言われます。広辞苑(第六版)には「目を閉じて静かに考えること。現前の境界を忘れて想像をめぐらすこと。」と書かれます。

私はこの瞑想の自分なりの解釈は、整えることを言うと思っています。常に暮らしの中で整えながら生活をしていくということ。私の暮らしフルネスは、この暮らしを整えることをベースにしています。

かの道元禅師は、「只管打坐(しかんたざ)」という言葉を遺しています。これはそのまま「ただ ひたすらに坐る」という意味です。その解釈としては下記のように説明されているといいます。

「瞑想を行い、そこから様々な功徳を得ている人は数知れない。あまりにも単純な方法だからといって、その可能性を疑ってはならない。今、自分が存在している場所で真実を見つけることができないというなら、一体どこに真実があるというのか。人生は短く、何人も次の瞬間が何をもたらすかを知ることはできない。心を養いなさい。その機会はいくらでも訪れる。やがて、すばらしい知恵を発見することになるだろう。そうすれば、今度はその知恵をほかの人びとと十分に分かちあい、彼らに幸福と平和を与えることができる。」

そもそも考えてみると、悟りとは何か、修行とは何かということを思います。悟りがあるから修行するのであり、修行するから悟ります。つまりこの悟り=修行は一体のものであり分けられるものではありません。悟ったから修行を終わるのではなく、修行したから悟るのではありません。常に、修行しながら悟り続けていく姿こそが真の道であるということです。

すると座禅というものもそこから考えるとわかります。ただ、座ればいいというものではありません。自分のいる場所で、修行し悟り続ける。この座るという字は、据わるともいわれます。居場所を保つことです。そして坐るというのは動作の漢字であり、座るというのは場に座すということです。

英彦山にも座主がいるように、このその場を創る人は座っているのです。私の場合は、「場の道場」(BA)の座主であるともいえます。どんな状況や環境であっても、自分の生き方や信念に座り続ける。まさに、道元禅師という方はそのような方だったのだろうと想いを馳せました。

私も、このような現代社会の中で人類の本当の生き方、そしてあり方などと正対しているとこの座禅は何よりも必要であることに気づきます。子どもたちが安心して自分の天命を生きられるように私も只管打座の暮らしを実践していきたいと思います。

 

場で遊ぶ

私は、場の思想や場の道場をしていますがそこには5次元という空間を体験できるようにしています。現在は、メタバースなど仮想空間とリアルと合わせた造語も出ていますがもともと空想と現実は常に一体になっていますからそれを目に見える形に科学技術で実現したということでしょう。

この先は、量子論などが取り入れられそのうち4次元という空間も科学技術で可視化できるようになるのかもしれません。

もともと私たちは感性や感覚として次元や空間というものを直感できるものです。例えば、ある場所にいくとなんだか心が安らいだり、もしくは畏怖を感じたりするものがあります。

これはその場所に、目には見えない様々な次元が集中していることを直感しているともいえます。私が使う「場」は、単なるプレイスではなくあらゆる次元の集積場ということになります。

あまりこういうことを言葉にすると誤解があるかもしれませんが、これからの時代は「場」こそもっとも世界が関心を持つものになると思います。

そもそも私たちはご縁の世界に生きているともいえます。今の自分があるのもこの世界があるのも、長い歴史の中で、常にあらゆる繋がりを創造し意識は融合されていきます。その場に、人だけではなくあらゆる物や意識も集まっていきます。まるでブラックホールのように、一度、高密度で存在をはじめた場には、何かを引き寄せるような吸引力が働きます。私たちの生命は、遠心力と同時に求心力も働きます。つまり、陰陽、拡大と縮小、相反するものを同時に循環させ一つのいのちとして調和させていきます。

これをもっとも小さくすると分子レベルでそれを行い、もっとも大きくすると無限の宇宙のレベルでそれを行います。こうなってくると仏陀の世界観になります。そう考えてみると科学は仏陀が感得していた境地をある程度修行もせずに誰でもそれが利用できる状況にしていこうとする試みに似ています。

しかしそれでもどうしても境地には到達できません。真理をなぞることができたとしても、真理そのものにはなりません。真理に近づいていく過程で真理に学ぶことはできます。真理を遊ぶ人は、道理を遊ぶ人でもあります。自然や宇宙を観察するのが好きな人は、そのうち遊んでいるうちに偶然にあらゆるものを発見したのかもしれません。

場の道場では、これからさらに場を磨き上げていきます。場を科学するアプローチは、まだまだたくさん発想できます。ワクワクしながら五次元を試行錯誤し、子どもたちと共に場を科学して遊びこんでいきたいと思います。

場の道場の心得

人は守るものがあることで強くなります。本当の強さとは、守る強さのことです。この守るは、何を守るのかでその強さの質が変わっていきます。人には、それぞれの正義がありその正義を守るために争ったりもします。

しかし本来、守るものは外側にあるのではなく自分の内なるものの中にあります。その内なるものの守るというのは、己の心の中にあるものです。己の心の中にあるものを守るとき、人は争うことをやめととのえようとするのです。

それは敵対するものではなく、自分の一部であることを深く感得するからです。その相対的な存在も含めて自分自身であると悟れば、私たちはそのものを許し、理解し、そのものと一体になった調和の道を探す必要が出てきます。

その時、私たちは己心の平安を保つために精進していくのです。

そうやって何千年も前から、私たちは「人」であろうと努力してきました。人であろうと努力するとき、人は本当の強さを持つように思います。その強さは、「人であることを守る」ということです。

徳を積むことや、恩義に報いること、真心を盡すこと、心を澄ますこと、また信仰や感謝の心で生きることはこの人であることを守るためにあります。外側から教え込まれた知識ではなく、自分の内面の奥深くに学びにいくというような学問がなくなっていき、今は自分をととのえていくことの重要性を理解しない場所が増えていきました。

人類は、過去の歴史がそうであったように一人ひとりが己心を平安に保つように修行しないと人ではなくなるような所業をします。人とは何か、真の人格とは何か、そういうものをむかしはとても重要な徳目として大切に向き合ってきました。

この先の未来、そういうものを学ぶ場が必要で人はそこに出会うと今までとは別人のように変化し学び直しをはじめます。志を持つことで人を本当の人に変えてしまうからです。

松下村塾などもきっと、「人」を育てたのでしょう。志をもって万事の源とすると吉田松陰はいいました。つまり、根源は志であり、それが学問の根幹であるということです。そしてその志に必要なのが、何を守るかという自問自答なのかもしれません。

場の道場では、これを学び、これを体験し気づけるような環境をととのえています。子どもたちの未来に確かな道がつながるように、精進していきたいと思います。

徳の回帰

大分県中津市本耶馬渓に「青の洞門」というものがあります。これは江戸時代、荒瀬井堰が造られたことによって山国川の水がせき止められ、樋田・青地区では川の水位が上がりました。そのため通行人は高い岩壁に作られ鉄の鎖を命綱にした大変危険な道を通ることでしかそこを渡れなくなっていました。

諸国巡礼の旅の途中に耶馬渓に立ち寄った禅海和尚が、この危険な道で人馬が命を落とすのを見て心を痛め、享保20年(1735年)から自力で岩壁を掘り始めたのがはじまりです。

この禅海和尚は最初は、自分一人で3年間ノミと鎚で穴を掘りぬき、その後も托鉢勧進によって雇った石工たちとともに30年余り経った明和元年(1764)、全長342m(うちトンネル部分は144m)の洞門を完成させたという話です。その後は「人は4文、牛馬は8文」の通行料を徴収して工事の費用をもらうことにし、これが日本初の有料道路とも言われています。

私はこの青の洞門に深く心が支えられていることがあります。周囲の誤解で事を邪魔されたり、すべてをひっくり返されるような出来事に出会う時、また一人でコツコツと地道に取り組んでいる最中など、ふとこの禅海和尚のことをいつも思い出し徳を偲ぶのです。

人は、あまりにも偉大なことを発想したり、あまりにも遠大なことに取り組もうとすると周囲から必ず誤解されたり疑われたり、変人や狂人扱いをされるものです。一生懸命それを何度も説明しても誰も本気にはせず、言い訳の一つやもしくは何か裏があるのだろうと思われたりもします。私の人生はいま振り返るとそんなことばかりの連続でした。不可能と思えることや、意味がないといわれることに取り組んでいくことは陰徳のようでそれを誰かに認められたいからなどの気持ちは入りません。でも人は人とあまりにも違う人をみると好奇な目もあり社会秩序などが気になってしまい黙ってはいられないのでしょう。

私の場合は、今まであまり目立たずにこっそりとひっそりとそっとしてもらいながら取り組んでいくように心がけていきました。時折、周囲が盛り上げて運動にしようとされますがそれがいつも返ってそれぞれの我欲望の養分になって大きな邪魔になってしまうことが多く、結局は静かに実践する人たちと穏やかに取り組んだ方が安心して結果が出るまでが早かったりするからです。

人は真の意味で人を信じることができるとき、本当の意味の支援や協力をしてくれるようになります。誤解されたり、いつまでも理解されないのは、まだ自分の真心が人々が信じるほどではないのだと諦めて真摯に取り組むしかありません。

この青の洞門は、そういう意味では私たちが真に徳を積むためのお手本であり模範です。この取り組みをベンチマークして学び、取り組むことで私たちはこの先人の智慧を活かしこの国も人々の心も甦生させていくことができると私は思うのです。

この禅海和尚は、初心を定めてから3年間はまずは一人で掘り続けました。すると3年目にしてはじめてお手伝いしてくれる人が現れ一緒に掘り始めます。その後は、一人二人と協力が現れみんなで掘り始める。今度は、石工たちに費用が払えるように托鉢が広がっていきます。最後は、有料道路にして通行料をとってそれを掘り修繕するための費用にします。この流れで、トンネルが掘られたのです。そしてこの景観と遺徳後世まで守るためにと、福沢諭吉が周囲の土地を買い取り守ります。その後は羅漢寺と共に、現代の資本主義の台風をいわばでしのぎながらも嫋やかにその陰徳を顕彰し続けるために維持します。そしていつまでも多くの人たちが訪れてその価値を学び続けます。それが私のように志を守る勇気をいただく原動力となって心にいつまでも徳が掘り続けられていくのです。

これは一つの真実であり、甦生やコンサルティングのもっとも王道のカタチです。

現在、英彦山の甦生に取り組んでいますが私がいつも心に抱いて見本にしているのはこの禅海和尚の志の貫徹する実践の姿です。信仰というものの本当のチカラは、人々の心に徳を回帰させていくことです。

徳が回帰すれば、人々はその偉大なことをいつまでも学びそれを世の中を導く原動力にしていきます。ひょっとしたら福沢諭吉にもこの禅海和尚は偉大な影響を与えたかもしれません。子どもたちは、このような遺徳が養分になり健康に成長していきます。

1000年後の未来のために、逆算して今、何をすべきかをこれからも真摯に取り組んでいきたいと思います。

 

暮らしフルネスの本懐

万物にはそのものの徳というものが備わっています。それを磨き明らかにしていくことを、明徳という言い方をします。この明徳は、大和心そのものでもあり日本人に連綿と続いてきた大切な生き方です。私は、この大和心の甦生のことを「暮らしフルネス」と定義しています。もっとシンプルにいえば、この徳を明らかにし、徳を循環し徳によって治める世の中になっていくことが暮らしを実践する理由ということです。

私が本業として取り組んできた見守るという保育も、またむかしの田んぼや伝統固定種の高菜、そして古民家での智慧の甦生やあらゆる現在の取り組みに至るまですべてはこの大和心がそうさせているともいえます。

和というのは、徳が引き出されることでわかります。和食であれば、素材のもっているそのものの味や魅力が引き出されたことをいいます。私は料理人ではありませんが、井戸水や炭火をつかい素材そのままで味わうものを好んでつくります。余計な味付けなどしなくても、そのままの味が出た方がその徳が明らかになるから好むのでしょう。

このみんなが使っている「和」や「暮らし」は、本当の意味になっているのでしょうか。なんとなくわかりやすく使われていますが、日本人の和や日本人の暮らしではないものがほとんどになっているようにも感じます。

そもそもこの和や暮らしは、長い歴史の中で用いられた言葉です。歴史を学ばずして、先人の智慧の伝承なくして使うようなものではありません。現在は、何か新しい知識やそれを上手に分かりやすく便利なした言葉がすぐに独り歩きしていきます。しかし、本来は長い年月を経て醸成された発酵したような言葉であることが本質です。

だからこそ、知識ではわからないものが「言葉(言霊)」の中に存在しているともいえます。同じ、「暮らし」という言葉を使ってみたとしてもです。その暮らしという言葉は、使う人の持つ歴史や伝統によってまったく意味が異なっているということです。

私はもともと「和風」という言葉が嫌いです。和風は和ではないから、言葉遊びのようになるのが苦手なので嫌いという具合です。本物の「和」は、和風のものとは一切異なります。ひょっとしたら、昔気質なのかもしれませんが日本人としての誇りがあるからどうしても和風が馴染まないのかもしれません。西洋の文化や他国の文化はいつも尊敬しています。だからこそ、この便利な和風はどこか失礼ではないかとも感じてしまうのでしょう。これは決して和風がわるいと言っているのではなく、少し苦手というニュアンスで書いています。

刷り込まれた知識や、社会通念があるということが前提ですが私たちは何が本来の和であるのか、何が本来の暮らしであるのかをみんなで実践を磨き合う中で学び直す必要性を感じています。

私がこの場の道場での取り組みは、それを子どもたちに伝承し未来を智慧で満たすためです。先人の深い愛や思いやり、そして暮らしを次の世代へ伝道していきたいと思います。

湯たんぽとぬくもり

最近は、毎晩、寝床に湯たんぽ(行火)をいれて就寝しています。色々と使ってみたのですが、今は銅製の孟宗竹を縦に割ったような形のものを使っています。この上に足を置いているとすぐに眠くなり、朝方は足元が暖かくて心地よく心身が癒されます。

私は寒いのはあまり得意ではないのですが、冬は私の大好きな炭が使えるのと温熱をつかったおもてなしができるので仕合せです。仕事が忙しくなると、すぐに空調に頼りますが本当は冬の楽しみはこの自然の熱源を楽しむことだと私は感じています。

そもそも行火というのは、日本を代表する歴史の暖房器具の一つです。はじまりは、古代の焚火からです。以前、むかしのアイヌの暮らしを再現している施設にいったら家の中心には必ず焚火をする場所がありました。それが縄文時代からの囲炉裏になり、奈良時代に入ると火鉢というものが登場します。そして行火が平安時代に入り出てきて、室町時代には炬燵が登場してきます。行火というのは、火を運ぶという字から出てきます。つまり、本来は中心に置いていたものを色々な場所に移動して使うということで行火になったということです。

これはなんとなくの想像ですが、火を囲んだ暮らしの中でみんなが集まりその火を分け合います。また残ったぬくもりに布をかぶせてその中でみんなで温まろうとします。それで今の行火や炬燵が登場したということです。

ちなみに行火(湯たんぽ)の名前の由来ですが、「湯婆」の唐音読みといわれます。中国から渡来してきたものが「湯婆子(tangpozi)」「湯婆(tangpo)」という名前だからです。

この婆は「妻」や「母親」の意味で、妻や母親の温かい体温を感じることからその字をあてられたといいます。お湯を入れた容器を抱いているということからもこの字になりました。日本では、何の「たんぽ」なのかということで、お湯を温めるたんぽということで「湯」が付け加えられ「湯湯婆(湯たんぽ)」になっています。

湯たんぽには、お湯を入れるものと豆炭という石炭などを団子状にしたものを使うものがありますが私には豆炭は暖かすぎてお湯の方が相性がいいです。

私たちが感じているぬくもりは、決してただの物質的な熱ではなくそこには心があります。人のぬくもりややさしさ、そして自然の恵みなど、そこに慈愛のようなものを実感して安らかになるのでしょう。

身体が冷えても心までは冷えないように、思いやりとやさしさ、豊かな真心で大切な時間を過ごしていきたいと思います。

世界変革への門出

昨日は、聴福庵にてブロックチェーンエンジニアたちと一緒に鏡開きを行いました。お昼にはその鏡開きの御餅を使い、七つの穀物と七つの若草を使いお雑煮にしたり、かき餅にしてみんなで食べました。

鏡開きでは、まずみんなで鏡餅に感謝をして参拝して、その後は「おめでとうございます」と声掛けをしながら御餅を木槌で開いていきました。清々しい門出と福がみなさんにつながるようにと祈り行いました。

寒い日でしたが、炭をたくさん使った古民家はとてもぬくもり、またコロナでテレワークからなかなか会えない仲間たちと一緒に雑談をしたり学び合い、教え合う時間は、何よりも有意義でした。

畳になれていない人も多く、少し腰が痛いこともありましたが懐かしい未来の時間をみんなで過ごす豊かな時間です。

一昔前まで、日本人はどのような環境で仕事をしていたのでしょうか。そういうことを知っている人ももういませんし、たいした文献も残っていません。

しかしむかしから続いている場所で、むかしの真心をもって文化を継承している人がいるとそこには懐かしい未来の場が甦生するのです。私がそうであるように、私の暮らしフルネスの実践の中に人が入ればそこに何かを直感してくれます。

それは私が先人の智慧を尊び、日本人であることの素晴らしさ、文化の偉大さを実感しているからにほかなりません。現在は、都市化され国家を優先して生活というものを激変させましたからむかしからある本来の豊かな暮らしを失っていきました。

生きているということは、決して生活のためだけではなく暮らしのためにあります。この暮らしは、現代の暮らしではなく、懐かしい暮らしのことを言うのです。暮らしの定義を換えない限り、本来の私たちの豊かさは原点回帰しないのではないかとも感じます。

コロナで私たちは大切な何かを思い出し、そしてコロナ後に世界は人類のしあわせとは何かということを考えようと話していました。しかし、現在の社会情勢をみていたら原点回帰は元の経済優先の仕事中心に戻ることのように報道されます。

残念なことです。

人は一人ひとりの中での意識の変革によってしか世界は変わっていきません。まずは自分自身が変わることで、つまり暮らしを換えることで世界は真に変革していくと私は思っているのです。

子どもたちの未来、子孫たちの平和のために、世界の変革をこの場所、私のいる足元から変えるために実践を積んでいきたいと思います。

体験と気づき

人は体験するということは、自分の知らないことに気づくということです。知ってから体験すると、知っている体験をしようと思うあまりその体験を素直に気づくことができないものもあります。

例えば、太陽とは何かというものを知識で得たとしてもその太陽の持っている多様な力や徳を全部わかることは決してありません。人間は、固有の言葉を用いてそのものを分類分けて理解し、その言葉で語り合いますがその深さや真実を知るには膨大な体験と気づきが必要になるからです。

人によっては、ある真実や本質までたどり着いている人がいます。こういう人たちは、それぞれの分野である一定のところまでその事物や存在を深めてその体験から何が本当のことかということに気づいた人であったりします。

ある人は、自然界の観察から太陽を理解し、またある人は光や熱源というものから理解し、そのすべてを気づいたわけでなくてもその太陽というものの存在をあらゆるすべての存在を通して観ているとその本質に少し気づくことができるというものです。

ただ、気づいて知ったからといってコントロールすることなどできず私たちはその存在に寄り添い合わせていくしかありません。その存在を知ることは、その存在と一体になっていくからです。

この自他一体になる感覚というものは、万物とつながるための方法の一つです。本来は、分かれていなかったものをもう一度、一つに融和するということ。これが気づきを促進し、そのもののことを深く感じることができるからです。この感じる世界、気づきの領域というものは体験で近づいていきます。

良質な体験をし続けるためには、この感じる力、五感を研ぎ澄ませて素直な心で自分から傾聴し感謝し続けるという実践も必要です。謙虚であればあるほどに、この世の普遍的な事実に気づきやすくなるということです。

生まれたての子どもたちは、みんなその感覚の境地を開いています。それを閉じていくのが、知識でもあります。このような時代、知識に頼り過ぎてしまいその感覚の世界が失われてきつつあります。本来の人間の学びとは何か、子どもたちの環境を創造しながら見守っていきたいと思います。