成功の定義

以前読んだことのある外国の本に「なるほどこれは、自己実現としてのひとつの成功の定義になるな」とパソコンのメモに記録しておいたものがある。

その内容はこのようなものだ。

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「成功した人は、健康に暮らし、よく笑い、よく愛する。真の女性から信頼され、教養のある男性から尊敬され、子どもたちから慕われる。得意な分野で仕事を成し遂げ、当人が生まれたときよりも住みやすい世界をつくりあげてからこの世を去る。地球の美しさを賞賛し、それを表現することを忘れることがなく、常に相手から最高の部分を引き出し、自分の最高のものを与える。その人生は創造的刺激に満ち、その思い出は祝福である。」

・・・

これは身近で成功している人を客観的に描写したものだが心に迫るものがある。

人が起こす文章というのは実によく出来ていると思う。
書き手はどのような本質を伝えたかったかを表現するが、読み手は自分の共感したところにしか記憶にも記録にも残らない。

これが分かった理由に以前、ある本を友人と数人で読んで共感するところに線を引いたことがある。そしてそれを貸し合ったので気付いたのだがそのとき、まったくそれぞれが違った箇所に線を引いていたのだ。
同じ課題で同じタイミングで同じように学ぼうとしていても共感はまったく違うものだった。

つまり人は、どのような人に出会っても、どのような本に巡り会えても、共感している部分はそれぞれでまったく違うということなのだ。
だから、常に人の出会いは「一期一会」なのだというのだろう。

私の尊敬する教育者の中の一人に、森信三さんがいる。

「人は会いたい人には必ず会える、それも一瞬早すぎず一瞬遅すぎずに。」

これはその方の遺したひとつの言葉だ。
とても深い意味と、人生の不可思議が潜んでいるメッセージがある。
これもそういうことを言っているのだろうと思う。

さて話しを戻すと、成功の定義はそれぞれの価値観であるから定義は難しい。
しかし、一般的に言うところの成功者というのはきっとありのままに生き、あるがままに生き、自然体でありながら全てを受け容れ、すべてを手放し、そして誰よりも何よりも満足できる自身の思い出を持って穏やかに死んでいける人のことなのだろうと思う。

ゆっくりとやや急ぎながら、その時々の思い出を大切にし悠久の時間をただ素に往きたいと願い、その成功の定義を立ててみるとする。

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