国富論

国富論という書があります。これは1776年に哲学者のアダムスミスが現代の資本主義の思想の経済構造を提唱し出版されたものです。この本は西洋の古典ですが、これが西洋的な経済観念の実質的なはじまりのように思います。

シンプルに言えば、世界の経済は個人個人の利益を最大化させることで発展を続けていくという具合のことが書かれているといいます。そのために如何に生産性をあげるか、そして効率を優先するか、さらには分業するか、現代の経済の仕組みのことを書か書かれます。そして国が富むために必要なのは消費であると定義しています。

そうやってこの200年、世界の経済学は発展しみんな資本主義を導入して国家を富ませてきました。しかしここにきて、コロナも体験し果たして「国家は本当の意味で富んでいたのだろうか?」と疑問に思った人が増えたはずです。

日本は特に、戦後、海外からもエコノミックアニマルと名指しされるほどに経済の発展に集中して世界第二位の経済大国にまでのし上がりました。最近では中国に抜かれていますがそれでも世界の中では経済大国です。しかし実際の幸福度は下がる一方だといいます。

果たしてこれが本当に国が富んだと言えるのか、国が富むとは何か、本当の富とは何かということを今一度、見つめ直す必要があると私は思います。

かつての日本は富をはっきりと定義していました。それは「徳」のことです。つまり国が富むというのは、徳を積む人たちが増えて徳が蓄えられている国になること。それを国宝とも呼び、徳を宝として大切にしてきました。

今では徳は単なる経済の中の「得」でしかなく、本物の徳は戦後の教育によって次第に荒廃していきました。明治以前の日本人は、精神がとても成熟していました。心が素直で正直で感謝を忘れず、誠実であったのは日々の暮らしの中でこれらの徳目を実践し徳を国民全体で醸成する努力をしてきたからです。

黄金のクニである日本とは、本来は徳の溢れるクニである日本であったということです。もう一度、ここで国家の国富論を日本から世界に発信していかなければなりません。それは国富論ではなく「国富徳論」を示すということです。富国有徳という言葉もありますが、国が本当の意味で富むには有徳の社会をみんなで醸成していくしかないということです。

子どもたちが、仕合せにこのクニでいつまでも生き続けることができるように徳が循環する仕組みを私が必ず成し遂げ、このクニを甦生させていこうと思います。

 

 

美しい生き方

昨日、ご縁があって豊前市にある倫理法人会の創始者の丸山敏雄氏の古民家と天和会館を見学する機会がありました。まだコロナで閉館でしたが、事情を理解してくれてご親切に対応していただきました。

丸山敏雄氏の遺した言葉は、戦後の日本において倫理運動と呼ばれる生活改善運動を実践された方です。具体的に17か条の「万人幸福の栞」というものを掲げ、生活の中に具体的な実践を積み重ねていく中で倫理の道理を説いていきました。

第一条 今日は最良の一日、今は無二の好機  第二条 苦難は幸福の門 第三条 運命は自らまねき、境遇は自ら造る 第四条 人は鏡、万象はわが師 第五条 夫婦は一対の反射鏡  第六条 子は親の心を実演する名優である 第七条 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号 第八条 明朗は健康の父、愛和は幸福の母 第九条 約束を違えれば、己の幸を捨て他人の福を奪う 第十条 働きは最上の喜び 第十一条 物はこれを生かす人に集まる 第十二条 得るは捨つるにあり 第十三条 本を忘れず、末を乱さず 第十四条 希望は心の太陽である 第十五条 信ずれば成り、憂えれば崩れる 第十六条 己を尊び人に及ぼす 第十七条 人生は神の演劇、その主役は己自身である

現代の便利で人間都合の世の中では、実践を怠りただ日々を闇雲に忙しく過ごしていたらややもすると世の中の常識や風潮に流されて自己を見失い刷り込まてしまいそうなものです。それを実践によって撥ね返し、本来の自己を確立していくということ、教育者としてのロールモデルを示してくださっています。

自己の確立と仕合せは表裏一体です。自己という一人の存在、自分という二人が一体になっているもの。そのままあるがままのいのちに合致するとき、人間は本物の人間になります。それを狂わせるのは、環境であり場でもあります。知らず知らずに文化や場の影響を受けて人間は醸成されますからどのような処にいるかは知らず知らずに多大な影響を受けてしまうのです。そういう時、目を覚ますような人に出会ったり、気づきをいただき暮らしの指針が観えることで人間は自己を発見するように思います。

私は、このタイミングでご縁があったことに不思議な思いがしました。暮らしフルネスとは、生活の改善であり暮らしの改善です。本物の日本の暮らしが亡くなってしまっている今、暮らし改善運動が必要ではないかと思うのです。

私は宗教家でもなければ、運動家でもありません、ただ粛々と自分の足元で実践をするものです。しかし、今の世の中、子どもたちのことを思えば心配になるし、未来のことを思えば繋いでいかなければならないという使命にかられます。これから時間をかけて丸山敏雄さんの言っている意味の本質を少しずつ学び直してみたいと思います。

最後に、特に感銘を受けた丸山敏雄氏の「心訓十戒」です。

「人を大切にする人は、人から大切にされる。

人間関係は、相手の長所と付き合うものだ。

人は何をしてもらうかより、何が他人にできるかが大切である。

仕事では頭を使い、人間関係では心を使え。

挨拶はされるものではなく、するものである。

仕事は言われてするものではなく、探してするものである。

わかるだけが勉強ではない、できることが勉強だ。

美人よりも美心。

言葉で語るな、心で語れ。

善い人生は、善い準備から始まる。」

そうありたいと強く思い、子どもたちにその美しい生き方を譲り遺していきたいと思います。

暮らしフルネスの定義

現在、BAでの暮らしフルネスの準備をしていますが改めて働き方改革と前提を助けるのが暮らし方改革であることに気づきます。人間は、生き方改革というものもありますが実際には世の中の常識に沿った今までの生活を見直し、改めてどう生きることがもっとも仕合せなのかということに向き合うことが何よりも重要です。

なぜなら、何のために生まれてきたのかという問いがあります。

決してただ仕事をするために生まれたわけでもなく、利害損得ばかりを求めて日々を生きるわけでもない。大切なのは、自分の決めた生き方をどう展開していくかという勇気と覚悟が必要です。

しかしそうはいっても、それができる人は一握りの状態です。どこかで諦めてしまっていますが、工夫次第でいくらでも改革できるものこそ「暮らし」なのです。実際には、暮らしはすぐに改革できます。

例えば、通常の仕事だけ100パーセントの生活をしている人が心の豊かさを増やしていく生活に60パーセント切り替えればすぐに暮らしが充実していきます。それは自然の生き物と共生してみたり、絵画や音楽、あらゆるアートに触れてみたり、落ち着いて日々の手入れや手間暇のかかる食事を味わったり、実際には簡単に暮らしは改革できます。

改革できない理由は、それができないと思い込んでいる先入観なのです。私たちの会社は、日々の暮らしを優先し同時に仕事もしています。つまりは暮らしを充実させながら働くのです。ここでの暮らしは、仕事(利益)とはあまり関係がないかもしれませんが、利益を超えた徳があります。この徳をみんなで磨き、徳を楽しみ、徳を味わうことで私たちは暮らしをフルネスにしていきます。

暮らしフルネスは、私たちの造語ですが暮らしは日本人の生き方であり、フルネスは足るを知る心とも定義します。

いよいよコロナ後の未来に向けてBAでの暮らしフルネスをブロックチェーンエンジニアと共に創造していきたいと思います。

禍福一円

私たちの取り組む一円対話には、禍福一円という意味があります。これは禍福は一つのものであり切り離すことができないということ、それを一円の中で観ればちょうどいいことが発生していると受け容れるということです。

無理に転じようとすればするほどに自分の都合が入ってきますから、ちょうどいいとは思えなくなるものです。ちょうどいいの意味は、調和の意味です。調和するというように理解すれば、その禍福はすべてバランスを保つために存在するものです。

人生は、幸不幸が循環しているものです。その都度、喜怒哀楽があり様々な出来事によって人生の妙味を深く味わっていきます。また世界には一人一人別々の世界があり、人生があります。同じ人は一人として存在せず、生まれた時からそれぞれの別個の人生がはじまっているのです。

その人生を省みて、如何に様々なことをちょうどいいと感じるか。自分の主軸を自然の中に置き、自然と共に歩んでいく中ですべては運命に見守られていると実感して生きることで心は安らかになっていくようにも思います。

以前、新潟の五合庵で良寛さんの詩に触れたことがあります。

良寛さんは、すべてを聴き入れじっと受け容れることを重んじ、あらゆるものをちょうどいいとあるがまま自然体で生きられた方のように感じます。それは詩からその生き方や生き様が垣間見れ、宇宙全体と一体になっておられるような雰囲気を醸しています。

その良寛さんの遺したものに「ちょうどいい」という詩があります。なかなかちょうどいいと思えない現実ばかりの人生ですが、最期はやっぱりちょうどよかったと思えるような人生にしたいと祈ります。

「仏様のことば(丁度よい)」

 お前はお前で丁度よい

 顔も身体も名前も姓も

 お前にそれは丁度よい

 貧も富も親も子も

 息子の嫁もその孫も

 それはお前に丁度よい

 幸も不幸も喜びも

 悲しみさえも丁度よい

 歩いたお前の人生は

 悪くもなければ良くもない

 お前にとって丁度よい

 地獄へ行こうと極楽へ行こうと

 行ったところが丁度よい

 うぬぼれる要もなく 卑下する要もない

 上もなければ下もない

 死ぬ月日さえも丁度よい

 仏様と二人連れの人生 丁度よくないはずがない

 丁度よいのだと聞こえた時 憶念の信が生まれます

 南無阿弥陀仏

子どもたちにも、自分自身を全肯定して仕合せを自らが決めていく生き方になるように実践を積み重ねていきたいと思います。

心のこと

私の両親は小さいころから共働きでしたら、祖父や祖母がよく面倒をみてくれていました。弟の世話をする私や親戚の子どもたちも年が近かったらかよく一緒に過ごす機会がありました。

特に病気や怪我、そのほか何かのトラブルの時には祖父母を頼っていました。ただ病気や怪我をすると大袈裟なのであまり頼まなかった記憶があります。祖父は、無口で厳しく怖い存在でしたがその奥にある深い優しさを感じていました。

今でも思い出すのは、私が高熱やぜんそくが酷く苦しんでいると聞いた祖父が民間療法でネギを首に巻かれてそれを耐えさせられたことです。病気よりもその民間療法が辛かったので、治ったふりをしたくらいです。他にも、田圃でお米の収穫時の袋に入ったお米を運んで痒くなったり、山で一緒に遭難したり、思い出せばそれはすべて祖父の人柄との接点でした。

祖母の方は、慈愛に満ちていて私が痛い体験や辛い体験をすると自分がまるで体験したように感情を含め共感してくれて自分の方がそこまで大袈裟ではないと安心させようとして振る舞っていました。私が交通事故で病院に運ばれたときも、すぐに駆けつけては涙を流していました。心配ばかりしていた祖母に、心配かけてはいけないとその時心から反省したことを覚えています。

私は御爺ちゃん御婆ちゃんっ子でしたから、亡くなった時はとても悲しくて悲しくて涙が出ました。御爺ちゃんは病気で最期に言葉を交わしたのは沖縄に出張に行く前で、手を握ってくれて有難うと声をかけてくれました。御婆ちゃんは御爺ちゃんが亡くなってから3回忌をしてすぐに突然亡くなりました。

御爺ちゃんが亡くなってからはほとんど言葉が少なくなって、感情もあまり出さないようになり、身なりもそんなに気にせず、周囲との距離をおいてあまり人間関係が深まらないように離れていました。最期は、ほとんど印象がなく普段通りの挨拶だったように思います。

悲しみというのは、心から出てくるものです。

この心は現実の世界とまた別に存在していて、ゆっくりとじんわりと動いて生きています。脳や肉体などの反応とは別の存在で、心はまるで霧のように空中に浮いてはゆらゆらとまとまっています。

この心のことを人は魂と呼んだのかもしれません。心は霧や霞のように実態がないのですが、この揺られているなかで感受しては様々なことを深く味わっています。

たとえ頭で理解しても、心はそれを感受するのは時間がかかります。準備もいるし、そんなに簡単に味わえるものでもないのが死を受け容れることです。ただ悲しみは、そのまま心をつながります。

心は受け容れることで心を育てます。

いつか誰にも訪れるその日にむかって私たちは生きています。心の弱さを受け容れながら、心のままに心を大切に心にしっかりと明るさと美しさを保ち頂いた宝と記憶を磨いていきたいと思います。

コロナシフトの意味

世の中には本当のことだけれど、目を背けて誰も気づかないふりをすることで溢れています。これを常識といい、この常識を変えるというのは不可能だとどこかで諦めているものです。

時に、真実はこれまでの常識に気づかせる機会になります。しかし常識に気づいて、これからどうするかとなったとき、その常識は自分たちにとってとても都合よく再設置されていくのを感じます。

例えば、自然環境でいえば今回のコロナによる自粛で自然環境は驚異的な回復をみせました。CO2の削減にはじまり、あらゆる生態系が増えて同時に汚染が収まっていきました。過剰な経済活動と競争を繰り広げていく中でみんなが利潤を猛烈に追いかければ自然環境は犠牲にしてもいいというのは常識であったことに気づいたのです。

他にも、過剰に都市型社会に固執して密集させて便利にしていった結果、これが今回のコロナの最大のリスクになっていきました。古来から多様性の保持のため分散させてきた各々の地域での文化や価値観を、一つの文化や価値観ばかりを取り上げて一極集中してその強みばかりを追いかけつつそれ以外を弱さだと切り捨ててきたことで人間社会の信頼関係が非常に脆くなってしまいました。弱さを絆にすることが常識であったものを、弱さは悪であるとさえ語りそれを目に見えないところに追いやるのが常識であったことに気づいたのです。

この人間の欲望は、今更、切り離せない、だから前提は変えずになんとかできないかとみんな議論ばかりをしては部分最適ばかりで評価されてそれがさらに現在の常識の厚みを深めていくという悪循環です。

エコやエゴなど、もうすべてどうでもよくなる時が来ます。地球という家でステイすることもできなくなったとき、私たちはどこかの星に移住するのでしょうか。住みやすい世の中というのは、一体誰にとって住みやすく、誰にとって住みにくいのか。

本来、自分の家とは何か、歪んだ個人主義の先にあるいびつな家族像も気になります。生まれてすぐの子どもたちを観ていたら、社會の原型がちゃんと継承されているのを実感します。

むかしは、子どもは国の宝であり地球の宝だと定義されていました。個人的なものではなく、自然的なものとしてみんなで大切に見守り育ててきました。当たり前のことですが、果たしてこれが今はどうなっているのか。

人間は便利で自分たちにとって最高の環境にしてきたかもしれませんが、その人間にとって最高の環境が最悪の環境に突如と切り替わる日が必ず訪れます。その時、人はそれまで前提としていたものが崩れ、常識を無理にでも変える必要に迫られるのです。

環境にとって人が変わるというのは、真実だということも今回の体験で気づいたことです。引き続き、場の力を学び、どのような場によって新たな未来を子どもたちに譲っていくか、気を引き締めてコロナシフトを共に歩んでいきたいと思います。

リジリエンス~自然の回帰力~

私たちは復興力というものが備わっています。これをリジリエンスと英語ではいいますが、元に戻る力、言い換えれば回帰力のようなものがあるということです。すべてのいのちは、自然から発生して自然に回帰しますからシンプルですが私たちは自然の一部であることからは逃れられないということです。

これを必死で逃れようとするのが人間の科学なのかもしれませんが、逃れられないと思う瞬間が必ず訪れます。それは自然災害や天災、天敵が訪れるときです。今回のコロナは、天敵のウイルスです。この天敵というものは、決して敵味方の時の敵ではなく天とついていますから自然循環の中で調和を司る神様のようなものです。

科学がどれだけ進歩しても、いくら自然から離れて征服した気になったとしてもそんなものはほとんど通用しないことを自然は必ず私たちに伝えてきます。謙虚にバランスを保っていた日本人の先祖たちは、智慧を積み重ねて独特な自然との共生文化を創り上げてきました。

その智慧は世界でも類を見ないほどで、それを先人たちは「和」といい、この和の文化を通して自然と上手く折り合いをつけながら豊かに暮らしていく方法まで辿りきつきました。それを改めて見直す必要があると私は感じています。

そもそも自然の回帰力は、自然の状態に近づける力です。今回、コロナウイルスで人類が自粛しておとなしくしていたらあっという間に空気汚染がなくなり、山林や河川、海にいたるまで生態系が戻ってきたといいます。たかだか数か月、人間が科学をつかった現在の資本主義型の産業構造を停止するだけで自然は随分と回帰したのです。

いくら持続可能だとSDGsとかいって、わけのわからない経済活動ばかりを増やしては自然環境のためにとやっていてもかえってそれで仕事が増えているだけといった矛盾があることに気づくはずです。特に今回のコロナの御蔭で、人間が汚染をするのをやめれば自然は偉大なスピードで恢復するのを実感しましたからもう少し人間はそのことを真摯に受け止めて今の暮らしを換えていく必要があると私は思います。

自然を敵視するのではなく、自然の力をうまくお借りするという発想、自然を征服するのではなく、自然と共生し活かしあう関係を築くということ。これは何億年も前から人類が工夫してきたことの集積が今も伝統に生きているのを感じます。

欧米型の新しい価値ばかりを価値にし、古くからの智慧をなんでもかんでも捨てていきますが捨ててはならないものもたくさんあるのです。捨ててはならないものまで短絡的に捨ててしまうというその価値観が、人類を更に盲目にしていくのです。

だからこそ、そうではない生き方をする人たちによって本来の在り方を見直す必要があります。それは決して原始時代に戻れというのではなく、原始時代にも大切にしてきた智慧を、科学が発展しても守り続けて調和させていく努力をしていこうと言っているのです。

私が最先端技術に取り組みながら、まったく正反対の暮らしを楽しむのもまたこの人類の未来にむけて、子どもたちの将来のために必要だと感じているからです。徳積財団での活動を本格化する前に、仲間を募り同じような生き方をする人たちで新しい経済の思想を築きたいとも思っています。

コロナの御蔭でコロナからはじまる未来を楽しみたいと思います。

スローな暮らしの時代

昨日はBAの畑づくりをしましたが、敷き藁と支柱で懐かしい牧歌的な畑に仕上がってきました。モノづくりをするという環境からどのようなインスピレーションをいただくことができるか。私たちは、豊かな心でモノと接するには豊かな環境が必要になります。

それはなんでも効率優先で無視してきたゆとりや余裕の中にこそ非効率的な豊かさや暮らしの美しさがあるように思うのです。

一見、無駄だと思われて省かれる中に、そして不必要だといって捨てられる中にこそ心の余裕が入っています。この心の余裕とは一体何かということです。西洋ではこれを「スロー」ともいいます。このスローは、イタリアで起こったスローフード運動から派生したもので、効率や利便性を追求する現代人に、あらためて自分自身、また自分の生活を見直そうといった考え方であるといいます。

日本では田舎暮らしのことをスローライフとか言われますが、実際にはグローバル化された比較競争の資本主義経済の社会の中でも他人や社会に翻弄されないでゆっくりと自分自身の懐かしく美しい暮らしを実現させていくようなことを言うと思います。

コロナの御蔭で、世界は一度立ち止まることができました。その上で元に戻そうとする人、元には戻らないというする人に大きくわかります。つまり、元通りがよいという人、元よりももっと善い世の中にしていこうとする人ともいえます。

改めて行き過ぎた過剰な経済競争や欲優先の知性を少し手放し、子どもたちの未来のために自然との調和と人類の社会の平和のゆるやかなスローな暮らしの時代に向けて少しずつ変化していきたいと思います。

徳積BAFE~場の創造~

場を深めていると、その場の中に人も場になるという性質を知ることができます。その人がいるからそこに行く、その人が居ればなぜか別の効果が産まれる。つまり人が場になっていることが分かります。

例えば、私たちの会社にも感謝を磨くことを人生のテーマにしている女性の方がいます。この方がオンラインでも打ち合わせに参加されれば穏やかで安らかな場が生まれます。これはみんなそう感じていて、天然でオープン、自然体で周りを尊敬する姿勢がこの場を創るということでしょう。

他にも、一緒にお仕事をするある先生がその場にいるとみんなの議論が深く大きくなり志が共有され高揚感ができモチベーションが高まります。その人がいるだけで、世の中を変えていけるような自信と学ぶ楽しさを味わえるのです。その人がいるかいないかだけで学ぶ喜びが変わっていきますからこれもまた人が場を創っている証拠です。

場とは何か、これは大変奥深い問いです。

私は「場道家」を名乗り、場を研究して極めていこうとしていますが深めても深めてもまだまだ真髄は奥底に沈んでいます。それはいのちの存在そのものと正対することであり、宇宙という空間に触れていくということに近いからです。

そして人は心と向き合うとき、居場所というものの存在の大きさに出会います。自分の居場所とは、還る場所であり、帰る場所だからです。みんな安心したいと思っているのは、その居場所を思い出したいと願っているようにも思います。

懐かしいふるさとの存在によって私たちは、活動を揺るがないものにし、自分の生を全うする自信を得ますからこの「居場所」はとても重要なのです。

子どもたちに居場所を創るためにも今度の徳積BAFEは、実践研究の大きな役割を果たしてくれると信じています。私もカフェに参入しますが、誰も見たことのないようなものになると思います。子どもの憧れる生き方、働き方を追求していきたいと思います。

無双庭園の伝承

聴福庵のメビウスガーデン(無双庭園)が無事に完成しました。日当たりもよく、水はけもいい、そして風通しもよく、居心地の善い、新たな循環環境の徳を可視化する「場」ができたことが有難く思います。

まずこのつくりは、自然の雨をじっくり時間をかけて浸透するようにらせん状になっています。それに野菜や花に余裕を持たせた適当な空間を用意し山のように斜面によって全体に陽が当たるように設計しています。水も、日ごろは土から上がってくる水と雨で降ってくる水が行き来できるように水はけを考えて土を盛り、日照りのきつい時の水やりは浅井戸水を汲み上げて上から流せばらせん状に最下層のビオトープまで流れていきます。

よくパーマカルチャーのスパイラルロックガーデンと同じではないかと思われますが見た目は参考にしていますが、その思想は日本人である私が手掛けていますから同じところと異なるところがあります。

そもそもこのパーマカルチャーという言葉は、「パーマネント(永続的な)」+「アグリカルチャー(農業)」+「カルチャー(文化)」を合成した造語で1970年代のオーストラリアで環境問題や農業に取り組んでいたビル・モリソンとデビッド・ホルムグレンが体系化したものです。

具体的には、3つの倫理である、「地球に対する配慮」「人々に対する配慮」「余剰物を分配する」というものがあります。これを実践する12の原則として下記があります。

1、観察と相互作用 2、エネルギーの獲得と貯蔵 3、収穫せよ 4、自律とフィードバックの活用 5、再生可能な資源やサービスの利用と評価 6、ゴミを生み出さない 7、パターンから詳細までのデザイン 8、分離よりも統合 9、ゆっくり、小さな解決を 10、多様性の活用と尊重 11、接点の活用と辺境の評価 12、変化に対しての創造的な利用と対応

これらをデザインした暮らしを実現していくのがパーマカルチャーではないかと感じます。私はちゃんとした本も読んでなく、触れてもいないので実際にはその奥深さはわかりませんが私のライフワークとライトワークと共通しているところも多く、共感しています。

話がだいぶ逸れましたが、似ているところは以上の原理原則ですが異なるところもあります。それは日本人の文化を主軸に、この3つの原則と別に先祖が喜ぶかという基準をを持っているところです。私が古民家甦生をするのも、日本人の誇りを子どもたちに譲っていくためでもあります。

日本の文化を活用して取り組んだかどうかは、智慧の伝承につながっています。今回の無双庭園は、先人たちからの智慧を存分に取り入れて造園されています。例えば、炭や竹、瓦や井戸、発酵と伝統をデザインしています。

そもそも目的が異なれば、見た目の手段は同じであってもその本質は異なるものです。似て非なるものとは、その目的を確かめれば異なるところを見極めることができます。しかしその目的や理想のスケールによって、手段の意味合いも異なりますから奥深さがどこにもあるのです。

大切なのは、一体何の目的でそれをやろうとしたかということを理解し道に入ることだと私は思います。

時間をかけてじっくりと持続してきたものの御蔭で私は今あります。まさに徳の成果でしょう。その徳を譲り渡してそのままに永続していけるように場を守るのは今を生きるものたちの本来の使命です。

これからここに作物のめぐりがはじまりますから、この数年でできた新たな徳を可視化し、子どもたちの未来に確かな場を継承していきたいと思います。