自然との間

日本の伝統の中には、様々な動物や植物、その他の身近な自然から洞察し学んだことが文化の中に存在してくる。

神道でも神様の御遣いに、キツネやニワトリ、ウシやウマ、シカ、カメやイヌやハト、カラスなどこれらを眷属とし様々なお役目を持つことがある。

人間を見守り、神様との間を取り持つものとして自然との教えや繫がりをそこから感じ取っていたのかもしれないと思う。

不思議なことに、天変地異や気候変動、その他の境界線で起きうる出来事に自然にすべての生命は反応しようとする。

自然にある動植物たちは、雨が来ることを知っているかのように伸びるタイミングをいつも計っているし、動物はどの時期までには食べ物がどこにあるかというのを知っているかのようでもある。

自らで数を調整しながら、必要最低限で生きようとするのはそこに調和があってはじめて成り立つのであろうとも思う。

人間が一部だけのものを切り取って自然と勘違いしている今の時代は、どうしても不自然なことが起きそれを究明すればするほど対策も後手になっていくもの。

本来の自然というものがどのようなものであったのか、それを知る手掛かりは神話や眷属との関係性を通して元のものを見出すことができるもの。

私たちは、太古の時代から普遍的に繰り返されてきた命の営みの中で循環しつつ役割を果たしてきた。役割をその命から取り上げれば、その命は輝くこともない。

その人がその生き物が一体、どんな命の目的があり、その役割を見つけてそれを深く引き出してあげ見守ることが教育や保育の本義であると私は思う。

その生き物がもっともやりたいことを引き出していくことや、その役割を果たせて差し上げることが自然との調和を取り持つための真の鍵であると私は思う。

子どもの頃から今のような不調和不自然に役割を無理やりに押し付けられ刷り込まれる時代、これをどのように還元し自然と調和を新たにするかこれは我が道の志根でもある。

まだまだ私は歴史や伝統から正しく学べていないし、日々の自然に気づけていないことばかり、、さらなる感性を磨き、変化というものを感じ取っていきたい。

子ども達はそれをいつも私たちへ教えてくれる、この仕事の本当の醍醐味を味わって学びつつ心から楽しんでいきたい。