ナレッジマネジメント~活人仕法~

組織において情報共有の仕方をみればその組織の大事にしていることが観えてきます。例えば、スケジュールで共有する組織、思いやりで共有する組織ではその進め方が異なることはすぐにわかります。結局は、情報共有とは人が一緒に働く仕組みであり、一緒に働くときに何を優先して働くかが関係しているからです。

情報共有のことを英語では「ナレッジ・マネジメント」と言います。この「ナレッジ・マネジメント」はPF・ドラッカーが知識社会パラダイムにおける経営改革手法として紹介されています。次の社会においては、知識だけではなくその知恵を集めそれを具体的な日々の経営に活かす時代に入るということです。これは人を活かす経営か、人を殺す経営かと言い換えれるかもしれません。

人は単なる大量生産大量消費のモノではなく、人は智慧を創造するいのちであるという考え方でものと見直すと如何に一人ひとりの衆知を集めてその知識を智慧にまで高められるかということにかかっているように思います。

神話の中にも、何か問題が発生したとき八百万の神々が集まり話し合いをして智慧を絞り出して話し合って解決する場面が何度もあります。例えば、天照大神が天の岩戸に御隠れになったときも神々が皆で火を囲み車座になって衆議をしそれを集めて智慧にまで昇華して物事を解決しています。

誰かが専断専行するような独断と独占、独善的であることを良しとはせずあくまで衆議・衆知を集めることにこだわり「智慧を重んじた」ことが先祖の生き方として遺っています。そのあと、聖徳太子が出て「和をもって尊しとせよ」といったのは日本で明確にナレッジ・マネジメントをはっきりと示したように私は思うのです。

私たちは先祖代々より他を尊重してよく傾聴し共感し受容し、それができれば智慧になるというようにマネジメントの在り方を実践してきた民族とも言えます。今の組織でよく情報共有がうまくできなくなった理由は、その初心を忘れて不和になっているからかもしれません。不和とは偏った意見、誰かの意見だけに従う姿であり円満に事が進むやり方ではありません。

一円観のように、すべてを丸ごと傾聴し思いやることですべて善いことになっていることや聴けばいいことになっているというような安信した状態でいることで和は尊ばれるようにも思います。

そしてその和はすべて真心や思いやりによって行われます。情報共有は思いやりである理由は一緒に生きている仲間だからこそ、相手のことを思いやることで感謝が結ばれ絆が産まれ御互いに助け合うことができ衆知が集まり衆知を活かし、そして人々の持ち味を活かすことができるように思います。

持ち味を活かすには相手を思いやりそれぞれの考えを聴く必要がありますからよくよく話を聴く組織、つまり思いやりが溢れている組織ほど最高のナレッジ・マネジメント(活人仕法)ができていると私は思います。

引き続き、子どもの現場に働く大人たち一緒に先祖代々から伝承されてきた仕組みを温故知新し未来へと継承していきたいと思います。聴福人の実践を積み重ねていきたいと思います。