静かを守る 守静坊

秋の風がふいて道を枯れ葉がカサカサと走り抜けてきます。そのあとには緩やかで眩い透明な光と静寂が訪れてきます。寂びた風景に心が静かになります。

人間の喧騒はどこ吹く風で自然はいつもの自然の景色です。

大地や空、雲や海、それぞれに静かさを持っていてそれを捉える寂しさがあります。

人は競争させられたり、比較されたり、戦いを挑まれたりして揺さぶられると感情が波立つものです。そこに抗い、反発してまた乱れるものです。しかし自然はどうかというと、とても静かで素直です。ありのままの姿であるがままの姿です。自然の動きに従い静かに受け容れていきます。

謙虚さというものは一つの偉大な静かさであろうと思います。そして素直であることもまた静かさです。

静かさの中には、自然に生きるという天の道があります。この天の道を歩むとき、私たちは地球と共生をしていることに気づきます。そして人の間にも、連綿と繋がっている歴史やご縁があり、そこに人を思いやることの大切さを自覚する自己があります。

自己を磨いていくことは、自然と共に歩み日々を高めていくことです。

そんな天命を生きることにいのちは至上の喜びを感じるものです。

静かであることほど真の幸福はありません。

その静かさを守れるかどうかは、その人の生き方次第です。

徳を志すものは、たとえ独りの時であっても徳に恥じないように生きるといいます。言い換えるのなら、たとえ他人がどうであろうが一人静かに徳を実践するということです。

そしてそれほど仕合せなことはないという事実です。

一人一人がそう生きられるのなら、文明も人類も未来は希望に溢れています。子どもたちが憧れる未来へ向けて、どう生きるのか、引き続き自然から学び、研鑽を積んでいきたいと思います。

秋の味わい

この頃の雲のグラデーションはとても美しく、清らかで寂しい感じがします。秋が深まってくればくるほどに賑やかだった夏の気配がなくなってきます。哀愁の風が吹いてくるのです。

この季節というものは自然界だけに止まりません。人間界にも同様に四季があります。歴史の四季があります。繁栄と衰退、一つの季節がありまた次の季節へと時節が移ります。季節が廻り、それまでのことも一つの節目となり終焉します。そしてまた冬が来てすべてを雪が覆いかぶせます。

春になり新芽が出たらそれが新たな季節の到来です。その新芽を見守ることで、新たな季節がはじまります。新芽はどこにあるのか。それは自然の中にも人間の中にも、そして心の中にもあるのです。

私は振り返ってみると、新芽ばかりを見守る人生を歩んできたように思います。保育に関わる仕事というのは、新芽を見守ることです。この先、どのようにそれぞれの木に成長していくのかを見守るのです。

屋久島の母樹や、私の故郷にある楠や杉のご神木のように季節を廻ってもまだ存在し新芽を見守り続けているものがあります。どのように見てきたのでしょうか。何度も同じように秋を体験し、冬の時代を耐えたのでしょう。時に強風で枝が折れ、またある時には腐り枯れたこともあるのでしょう。

大地に根をはる強さゆえに、地球そのものの意思を持っているのかもしれません。

その点、私は夢半ば、挫折はしていませんが忍耐と葛藤の煩悶と歓喜の充実の日々です。何が子どものためにもっとも善いことか、童心と道心を掛け合わせながら暮らしフルネスという実践をしながらこの地に根をはっています。

何が一番長く、そして知恵を伝承させうるか。地球の知恵から離れずに如何に文明と折り合いをつけていくか。まだまだ答えはみえませんが、自分の答えは生きていきます。

秋の風景を観ながら、綴っていきましたが今は秋を味わいたいと思います。

日本語の感覚

私たちの日本語を改めて感じていると、そこに尊敬や親愛の気持ちが籠っているのが分かります。それを感じるのは「お」がついている言葉に触れるときです。

たとえば、おとうさん、おかあさん、おかげ、おれい、おちゃ、おさけ、おいのり、おひさま、おつきさま。あげればきりがないほどです。それはおいのちに対する自分の心の姿を顕現しています。

まるで自分の家族や兄弟、親子のように親しく近い存在として、また最も尊く偉大な存在として接していることが伝わります。これは自然に対する、私たちのものの見方であり、自然との接し方そのものともいえます。

むかしウェブの事業を立ち上げたときに、C3研究所として「かわいい」ということをテーマに取り組んだことがありました。日本語のかわいいは、小さくて愛おしい、素直で無垢なものが強く海外の言葉ではないものがたくさんありました。

私も古いものに触れるときに、懐かしいと感じて甦生していきますがこの懐かしいもまた尊敬や親愛の気持ちが入っているものです。

この感覚の正体はなんだろうかと少し掘り下げてみるとこれは慈母心であることがわかります。すべてを慈しむ優しい母親のような真心のことです。これは地球そのものの本体でもあります。

この世にあるすべてのものを慈しみ親しみ尊敬し愛する心、これは地球の存在です。この地球の存在と一体になることで、私たちはこの世のすべてものと一体一致する境地を得て感覚を結んでいくように思うのです。

言葉というのは便利な道具ですが、その言葉の背景には合理的ではない太古からの生き方や心が入っています。現代は、乱暴な言葉が氾濫し、心を用いなくても言葉だけで交わしている状態が増えてそれを学んでまた言葉の意味まで変わってきました。

日々の言葉を気を付けて使っていくことは、先人たちが目指した姿に近づいていくことでもあります。時代が変わっても、変わってはいけないものをよく観て気を付け、本来の歴史をつないでいきたいと思います。

徳積の本命

歴史というものは知恵そのものです。一般的にいう教科書の歴史は知識としては持てますが実際の歴史は知識ではありません。まさに先ほど書いた知恵です。知恵というものは、伝承されることで維持することができます。いくら知識で記録してもそこには知識しかありませんから活用することができません。

歴史の遺産や遺物が活用されずに朽ちていくのも、町の負担や負債のようになるのも知恵の歴史ではなく知識の歴史が使われるからです。私のところにも文化財の活用のことで相談を受けることがありますが、本当の知恵をつないでいない現代において知識をいくら活用しようとしてもそれでは活用になることはないのです。

私が取り組んでいる徳の甦生は、知恵の甦生でもあります。私にとっての徳=知恵であり、徳積みというのは知恵を磨くという言葉と同義です。なので徳積財団は何の財団だと聞かれたらそれは知恵の財団であると私はいいます。

知恵こそ本来の財であり、それを守ることこそが真の経済を豊かにすると考えているからです。

人はむかしから今に至るまで、たくさんの道を歩んできました。その道は古代から今でもつながっていてこれから先の子孫にまでずっと続いていきます。

その道を守るというのは、まさに徳を積むことと同じなのです。

私たちは先人の偉大な徳をいただき今があります。今の私たちは先人たちが歩んできた歴史のなかで活かされているのです。その活かされているという事実と真摯に向き合い、それを用いるというのが活用するということです。そのためにはまず知識になってしまっている歴史を知恵に甦生する必要があります。私はこの甦生することに使命を感じて取り組んでいます。

私たちの郷土、筑豊という地域は古代には「やまと」があった場所です。というより日本にはやまとがあるのです。私は英彦山の宿坊の甦生においてそのやまとの存在を実感しました。この日の本は、日の子の山のあるところにあったと知恵を感じるのです。霊山というのは、神仙ともいわれ人はいのちを育む偉大な水が産まれる場所を母としました。天地をつなぐところ、それが山なのです。

そして山からどのように歩み、いのちは育ち、道ができて今に至ったか。これは神話として知識にするものではなく、今も神道、かんながらを共に歩み知恵にしていかなければ天命を生きられないのです。

今でも私たちがそれを辿ることは道を甦生することでもあります。徳積財団の本命として、歴史の甦生は徳の甦生でもあります。これからじっくりと時間をかけて子孫へ徳を伝承し知恵を伝道させ、未来にも豊かな宝が活用できるように取り組んでいきたいと思います。

暮らしフルネスの理解

昨日は、ある自治体の職員さんたちが聴福庵に視察に来られました。あまり対外的には視察は受け容れていないのですが、かねてから深いご縁のある地域の方々でもあり共に学び合う気持ちで情報交換をする機会がありました。

私はよくそもそも論の話ばかりをします。そして目標よりも目的の話をします。また対処療法よりも根源的な解決方法について話します。時間軸も長く、短期的な評価は後回しに行動し実践している事例ばかりを話します。こういうことを並べていたら、世間一般的に流行っているまちづくりの話とは異なり聞いている方も固定概念との折り合いがつかず大変そうです。

しかし実際には、歴史を学べばその意味がわかります。

いくらその時々で最高のものであってもすぐに人が代わり時代が代わり価値観が変わればあっという間に最悪の結果になったりもします。その時々の最高の方法や答えだと思えるものほど信用のないものはありません。だからこそ私は先人の知恵や、伝承された文化の知恵を重宝してそれを現実の取り組みに取り入れているのです。

ただしこれはどれも評価しにくいものです。中庸のようなものであり、中心を捉えることができなければ理解していくことも難しいものです。世の中はほとんど二元論で考えられます。それは言葉という道具が便利な構造をしている分、分断したもので知識を理解するという仕組みになっているからです。

本来は分かれていないものも分けて考えているうちに専門的になって知識は偏りますが、実践していなければ中庸も中心も捉えることはできません。それが知恵だからです。

私はどうも知恵を話しているようで、そもそも知恵だから話でわかるというのは限りなく不可能です。なので共に実践して体験しながら学んでいく、共に知恵を使い共有していくという方法が必要です。

それがあまり視察を受けても意味がないことがわかり受け付けなくなっている理由にもなっています。一緒に実践したり学び合ったりするには場が必要です。その場をどのように創造するかは、共に志を持ち取り組む仲間になっていくということでもあります。これは自分に見返りを求めず徳を積み、子孫のために何をするか決めていくことに似ています。

まだまだはじまったばかりですが、同志が増えていくのを感じます。真摯に日々の暮らしフルネスの実践を丁寧に取り組んでいきたいと思います。

危機に備える

過去の飢饉のことを調べているとそのほとんどが人災であることに気づきます。もちろん、気候変動で寒冷化することはあっても死者の出ない場所もあれば、大勢の死者が出た場所があります。それを調べているとそのほとんどが人災が原因なのです。

例えば、古語に備えあれば憂いなしという言葉があります。飢饉や災害は必ずあるものとして、真摯に備えていれば災害がきても協力して乗り越えることができます。その災害のあることなどを完全に無視して、政治的に備えをすべて放出するようなことをすればそのあとに真の災害に見舞われます。食料危機はまさにそういう時に発生します。

現在、ウクライナとロシアの戦争で世界食糧危機になることも予想されています。世界の穀物を生産している両国が戦争することで食料が世界に流通しなくなっていきます。アフリカをはじめ、輸入に頼っている国が食糧不足で苦しみます。お金ばかりを追いかけて農業を儲かるものだけに特化したことで本来自給に必要な主食の材料が失われていることも危機を加速しています。

もろもとウクライナでは、ホロドモールとう飢餓がありました。これは1932年から1933年にかけてウクライナで起きた人為的な大飢饉です。この時、国民の5人に1人が飢饉で亡くなったといいます。5人といえば、家族に1人は飢餓で失ったという具合です。これはロシアのスターリンの政策によっての人災でした。すべての農作物や食料すらも徴収された人々は、鳥や家畜、ペット、道端の雑草を食べたといいます。そしてついには病死した馬や人の死体を掘り起こして食べ、子どもやお年寄りも食べ、そのことからチフスなどの疫病が蔓延してさらに亡くなりました。常に町の中は死臭が漂っているようだったといいます。

今の日本では想像もできないことですが、天明の飢饉でも同じことが田沼意次の政策によって発生しています。一人の政治家の間違った正義によって多くの人たちが死んでいく。これは時代が変わっても何も変わりません。

だからこそ、政治家をはじめ、統治する人たちは常に油断なく謙虚に将来の災害に備えて目先の損得ばかりを追いかけずに丁寧に備蓄を増やし、危機への対策をしっかり講じておく必要があるのです。

現場を無視し、現実を直視せず、誰かの理想論だけを信じ込まされていつも犠牲になるのは弱い立場の人たちです。よく耳を傾け、何が起きているのか、どうしてそうなるのか、そこに必ずヒントがあります。

先人の危機管理や危機対策に倣い、本来の政治を甦生する必要があります。本来、政治は、危機から救うためにあるものです。まずは自分自身が感覚がマヒしないように、常日ごろから危機に備えた行動を実践していきたいと思います。

自然と不自然

物事というのは分断することで問題を発生させていくものです。一般的には、分析することで問題を解析していきますが解析することでさらに問題は細分化されていきます。細分化された問題を解決してもそれは部分最適ですが、それがかえって全体の問題を大きくしたりすることもあるのです。

環境問題なども、最たるものでよかれと思ってやっていたことが実はさらに環境を悪化させたということもあります。何が自然で何が不自然かということも現代の人間社会では変わってしまっていますからそう簡単に解決にはならないものです。

私は物事を解決するための方法は、先人の知恵に従うことだと思います。長い年月、数千年、数百年続いてきた存在がどのような体験をしてどのように対処してきたか。そこから学び直すというものです。

本来、歴史というものは学校で教わるようなものではなく生きる知恵として子々孫々まで伝承されていくものです。伝承されたものを守り続けることで、困難を乗り越え、試練を耐え、生き延びていくのです。

よく格言というものがあったりもします。その格言もまた、よくみたら物事を根源的に解決するための大切な知恵であることがわかるのです。

例えば、あるインディアンの教えに「7代先のことを考えて決める」というものがあります。約300年先にどうなるのかと思慮して決めごとをするというものです。これも環境問題が部分最適にならないための知恵に溢れています。時間をかけて地球は循環しているのだから、今のことに対処ばかりしていても物事は解決しません。というより、そもそも解決することもなく問題も本当はありません。本来は、自然であるだけです。

自然を尊重して、自然と共生していく世の中であれば問題もそれは必然になり自然になります。

子どもたちには何が自然で何が不自然かがわかる感性や知恵を学び、これからの未来で何が必要になるかを伝道していきたいと思います。

 

言葉と時間

言葉というものはとても便利な道具です。言葉の御蔭で私たちは様々なものを分化して認識しそれを他人に説明することができます。説明したものは頭で理解し、なんとなく自分の経験の中で転化してイメージするものです。

しかしあくまでイメージしたものは同体験ではありませんから、それを脳が補正していきます。わかったように見えてはわかっておらず、知っただけであることがほとんどです。自分で体験して知恵を掴むには、むかしから師弟関係にあるように見て盗めとかいう具合になっています。

ほとんどの人は今の情報量のなかでその時間が取れず、全部を体験することはできません。だからこそ、知識で補おうとしていくともいえます。情報というものは時間を短縮できるものです。言い換えるのなら、時間そのものを便利に得ているともいえます。

時間はそれぞれに平等にありますが、その時間は人生のことです。この一生を何に使うのか、この人生をどう体験するのかはその人その人で異なります。

その人生の時間というものを認識するのに言葉を使いますが、実際には言葉にならないことの方がほとんどです。それは感じるというか、実体験により気づくということです。

人生の中で自分は何に気づいたか。そしてその気づいたことでどう生きようとするのか。これが大切なことであるのは言うまでもありません。

人は人と出会い、言葉を交わしますが実際には時間を交わしているともいえます。

一度きりの人生の中で、誰に出会い、何を一緒にするのか。

子どもたちの未来のために今、やるべきことを楽しんでいきたいと思います。

真の歴史

歴史には表に出ている歴史と裏で行われた歴史もあります。またその中間にある、陰で働いている歴史もあります。私たちが一般的に学ぶ歴史というのは、教科書に書かれているような国家に認められた歴史のことです。世界では教科書が変われば歴史も変わります。特に歴史は勝者の歴史というように、歴史上、その時代の勝者が過去を書き換えて自分たちに都合のよいものだけを残してきたものです。

それくらい歴史は、コロコロと時代の流れと共に入れ替わってきました。しかし、事実は事実として存在したこと、そしてその歴史が発生する必然的なものは「場」に残ります。この場とは、地理的な場であり、人の口伝というように伝承されたもの、そして生活文化や因果に照らしたご縁というようにあらゆるものを総合的に観て感知していくものです。

例えば、今の自分というものは突然今の自分ができたのではありません。ここまで来るのに一度も途切れずに存在している歴史があります。その歴史は、自分の肩書や立場、プロフィールなどは表の歴史というのでしょう。しかし実際には知られていない苦労や努力という評価できない裏もあります。さらに、それを助けてくださった大勢の方や家族、友人様々な神仏のご加護といったような「御蔭」があるのも事実です。

本当は私たちは何を学ぶことが大切なのか。それは表に出てこない部分、真実であることは道理です。歴史の本当の力は、この真実を学ぶことにこそあります。その真実は、知識だけで得られるものではなく生き方や伝承によって知恵として繋がり結ばれていくものです。

本当は世の中には、名前もなく人にも知られていないような方々のいのちがけの真心によって時代はつくられてきました。代表的な偉人の名前はただ、後世にその象徴としてその人が現れただけで実際にはその人一人が世の中で時代を創るには本当に大勢の御蔭の方々の尽力によって実現しているのです。

そういう方々への感謝を忘れないことは、真実を伝道していくうえでもとても大切なことです。特に神代という神話の時代、なぜ日本人は日本人なったのかや、はじまりのときにどのような生き方を定めて今にいたるのかということは真実として伝承されてこそ真の力を得られます。

時代が変わっても、変わらないものがその御蔭の中にあります。子どもたちにも自分の根が何かということを体験を通して理解し、今の先にある未来をよりよく生きてほしいと祈ります。

真摯に実践を通して、真の歴史を結んでいきたいと思います。

土間の魅力

昨日は、古民家の和楽で朝から掃除をしながら友人たちと一緒に銀杏拾いを行いました。土間では、色々な人たちが行き来してそれぞれに近況や雑談をして楽しみました。

土間は、縁側と同様に日本家屋の魅力の一つです。外と内をゆるやかにつなぎ、家と自然との境界を結ぶものでした。外からもは入りやすく、内からも出やすい環境は人をつなぎ、人との関係性も豊かにします。

この土間の歴史はもともとは縄文時代の竪穴式住居にあるといいます。あの建物を観たことがある人はわかりますが、床は全体が土間でその上に藁などを敷いて暮らしました。 藁ぶきの古民家の原型は、竪穴式住居であったことは簡単に想像できます。

長い時間をかけて、用途にあわせて発展させていったのです。これが江戸時代の頃には、土間から小上がりになり板間や畳といった裸足であるくスペースになりました。そのままご近居さんや友人、来客の交流の場になりました。

これは縁側と同じく、プライベートではありますがパブリックな空間になっているということです。かつて日本人がどのように生きてどのように周囲と協力して暮らしてきたかは日本家屋から感じます。

特にこの縁側と土間は、周囲に閉じずにいつも開こうとするつながりや関係性を大切にして見守りあってきたことを直観させます。現代では、個人主義が入ってきて家は完全にプライベートになっています。誰でも入ってくるということはまずありません。鍵が閉まっていて防犯上危ないからとなっていますが、外と内をつなぐゆるやかな関係性までなくなったことで孤立も感じやすくなったのかもしれません。

土間は他にもみんなで一緒に作業をする場所であり、共に食事をするところでもありました。また家畜といって生活を支え合った仲間を守る場所でもありました。土間にいると安心するのは、こういう先人の知恵がいつまでも空間に宿っているからです。

時代が変わっても、本来の生き方を体験すると安心して豊かです。子どもたちにも、先人たちがどのように長く暮らしを味わってきたのかを具体的な実践を通して伝承していきたいと思います。