むすびの真心

昨日は、カグヤの初心会議のワークショップで「むすび」の体験をみんなで行いました。具体的には、合気道の極意に触れるような体験をいくつか行いました。現代は、型を中心に形式的なものが武道になっていますがどの武道も突き詰めれば戦わない知恵を極めたもののように私は感じます。

矛盾ですが、戦わないで勝つというのが真の勝利ということでしょう。我をぶつけ合い、感情や闘志を戦わせるのは周囲は興奮しますがそんなものは本当の力ではないということでしょう。本当の力は、大切なものを守るためのものでそれはすべて生き方に関係しているようにも思います。

私たちにはもともと「軸」というものが具わっています。この「軸」は辞書では車の心棒、回転の中心となる棒。また 中心や基準となる直線。そして物事の中心、大切なところと記されます。

軸が定まっていないと、色々なことに振り回されてしまいます。言い換えれば、軸がどこにあるかで自分がブレなくなるのです。むしろ、周囲のブレの影響を無効化することもできます。

敵対関係というものも、敵にならなければ無敵です。

この無敵というのは、最強の力を獲得したから無敵になると思い込まれていますが本来は読んで字のごとく敵がいなくなるから無敵です。以前、木鶏の実践を学ぶ中で無敵になることを説明されている故事を知りました。闘鶏の話でしたが、最後は木鶏になり無敵になったということです。

これを同様に、軸を立てることができそしてむすぶことができるのなら私たちは無敵になるということです。無敵になることが目的ではなく、むすびの生き方を実践することが大切だということでしょう。

様々な他力や様々な自他一体の実践によって、大いなる一つの力そのものとむすばれていく。我を通そう、自分の力だけに頼ろうとすることは力を働かせたのではなく、力は偉大なるすべてのいのちを活かすときにこそ発揮されるということ。

頭でわかるのではなく、それを日々の暮らしや実践の中でととのえていくことが大切であることを学び直しました。暮らしフルネスに通じる体験で、すぐに取り入れられるものばかりでした。

子どもたちに、先人の生き方、その知恵を伝承していきたいと思います。

大丈夫、浩然の気を養い、臥龍となる

「大丈夫」という言葉があります。これは本来、儒教の言葉で孔子 の説いた「 君子 」と同一視されている言葉です。孟子は、これを「常に浩然の気を養い、高い道徳的意欲を持つ理想の人間像」と定義しています。

それが現代では少しずつ意味が変化し、使い方も多様になっています。例えば、頑丈でしっかりとしていて安心ということ、他にも間違いがなく問題がないこと、さらには必要や不必要、イエスやノーの返答でも使います。丁寧に断るときも大丈夫ですという言い方もします。

言い換えれば、君子も大丈夫も徳を志す生き方をする人たちの総称でもあります。この言葉は、時代が変わっても自分自身をどうあるかということを問いているように思います。仏教では菩薩のことを丈夫と呼ぶようになっていきます。

この丈夫というのは、本来は中国では成人男子を「丈夫」と言いました。その中でも特に立派な男子を「大丈夫」と言ったそうです。そこから日本では立派な男子という意味になります。立派な男子という流れになるのに孟子の思想や言葉が有名です。

孟子は人間には誰でも「四端(したん)」の心が存在することを説きました。この「四端」とは「四つの端緒、きざし」という意味です。具体的には、「惻隠」(他者を見ていたたまれなく思う心)。「羞悪」(不正や悪を憎む心)または「廉恥」(恥を知る心)。「辞譲」(譲ってへりくだる心)。「是非」(正しいこととまちがっていることを判断する能力)の4つの道徳感情のことです。

この元来備わっている四端を精進することで仁・義・礼・智という人間の4つの徳を磨くことができるといいました。この端というのは、「道に入ることができる入り口」というように私は解釈しています。そしてこの徳を磨く実践することにより、見事な精神性が高まりそれを浩然の気が備わるといいました。その浩然の気が備わっている徳のある理想の人物こそ「大丈夫」としたのです。

孟子はこのような問答のやりとりが「滕文公章句下」で記されます。これは景春という人が、大丈夫というのはその人がひとたび怒ると諸侯が恐れをなし、その人が安居していれば平穏になるそんな人のことではないかと申しに尋ねます。これに対して孟子は真の大丈夫とはどのような人物であるかを返答します。そこにはこうあります。

「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行ふ。志を得れば民と之れに由り、志を得ざれば独り其の道を行ふ。富貴も淫する能はず、貧賤も移す能はず、威武も屈する能はず。此れを之れ大丈夫と謂ふ。」

これを私が意訳すると、「どんなに時代が代わり変化していくなかでも自らその天命を信じ、徳を実践する。志が人々に認められ引き上げられたなら徳を周囲の人々と共に実践し、人々がいなくても独り、徳を磨き道の実践を行う。そういう人は、名誉や地位、富貴や金銭に惑わされることもなく、貧しく苦労し困窮しても動じない。権威や権力に媚び屈することもない。こういう人物こそが真の人物であり大丈夫な人である」と。

大丈夫を志、いつか立派な男子になろうと自らを磨き上げていく。そうして社会の中で、自然体でありながら徳を循環させていく人物になること。子どもたちのためにも、浩然の気を養い、臥龍となり、その時を静かに待ちたいと思います。

牛乳の徳

昨日、地元の中学生たちにノンホモ牛乳のアイスクリームを振る舞いました。もともと鳥羽公園のゴミ拾いを一緒に行った後にみんなで食べる予定でしたが大雨のため急遽日程を変更したために先に掃除の意味や目的などをレクチャーする時間を持つことになったのでその際に一緒に食べました。

もともと、このノンホモ牛乳は嘉麻市の吉村牧場でつくられています。吉村さんとはもう20年以上のお付き合いになりますが素晴らしい生き方をされております。牛を大切に尊重し、放牧して山の中の大自然でストレスなく自由に育てているからまた牛乳もとても美味しいのがわかります。

以前、私は東京でミルクランドというお店と一緒に自然食を守る活動を食べることで行っていました。会社のお昼ご飯はいつもそこの食事でみんなで味付けや内容などを付箋紙でアドバイスしながら生き方を応援し共に守っていました。コロナでやむなく、農園を優先して閉店しましたがその生き方は今も大切に受け継がれています。

そのミルクランドで小寺ときさんと出会い、本物の牛乳の話をお聴きしたのを覚えています。小寺さんがヨーロッパで飲んでいた牛乳と日本の牛乳が全く異なり、日本で子どもたちがアレルギーで大変な目にあい本物の牛乳を飲ませたいというところからはじまった活動がミルクランドでもあります。

今回、中学生たちにも本物の牛乳を飲んでもらいたいと思い吉村さんにお願いして用意してもらいました。

そもそもこのノンホモ牛乳のノンホモとは、「ノンホモジナイズ」の略語です。このホモジナイズ(homogenize)は「均質化」という意味で、これにノンが付いているため「無均質」という意味です。よくスーパーで購入するものは牛乳の中に含まれる乳脂肪分をホモジナイザーと呼ばれる機械によって均質化の処理がされています。これによって大量生産もでき安価で販売できるようになりました。しかしここに大きな問題もあります。そもそも大量生産で安くするということは、本来自然であるものをどこかしらを操作し不自然にする処理をするということです。

特に食品の問題は、そこがほとんど中心で添加物のことや防腐剤、環境ホルモンにいたるまですべて安く大量に販売するために行われているともいえます。便利になってなんでも安く買えるようになりましたが実際には安心して食べれるものがほとんどなくなったという健康の問題がでてきました。お金で健康は買えませんから、未来の人類の食べ物の問題は早晩必ず解決しないといけない問題です。お金にどこまで操作させていくのか、これは生命体の本来の在り方に関わっているように思います。

話を戻せば、このように均質化された牛乳をホモ牛乳と呼び、この処理を行っていない無均質の牛乳をノンホモ牛乳と呼ぶということです。私は、後者のノンホモを自然に近い牛乳と呼んでいます。

なぜ一般的な牛乳ではアレルギーになりやすいのか、その理由はもう科学的に分かってきています。それは高温の熱処理で脂肪球を壊し、その脂肪の膜に保護されていたタンパク質などが急速に体内に取り込まれることで下痢やアレルギーが発生するということです。

本来、牛の赤ちゃんが消化吸収しやすいように自然に乳にしたものを高温で熱処理、均質化したことで胃袋での消化ができなくなり腸に負担をかけることになりました。消化はゆっくりとした方が身体の負担は少ないのですが、それが時間をかけなくすることで消化不良となっていきます。

アレルギーはもともと、消化するときの問題が関係することがほとんどです。つまり吸収できない量が発生するか、そもそも吸収したくないものであるかということです。

吸収しない、できないものを使ってアレルギーが出ているのならそれは自然の反応です。不自然に対してアレルギーが発生しているということでもあります。それは環境のアレルギーもいえるし、人間の感情にもアレルギーがあります。

本来の自然にみんなで近づいていくこと、そして本物を子どもたちに体験することはこれから大切なことです。私も子ども第一義の実践のなかで、常に本物を意識しています。

これからも自然を尊重する生き方をしている人たちを応援し、その徳の循環を増やしていきたいと思います。

基本の深化

先日から続けて創作料理を食べる機会を得ています。創作料理の定義は基本となる料理の伝統や文化を守りながら新しい味への挑戦で生まれた料理といわれます。これは伝統と革新と同様に、温故知新、復古創新したものということになります。

基本を知っているということが大前提ですが、場合によっては身勝手な料理になっているものを創作料理という人もいるように思います。何かが足りないと思うのは、その基本が身についていないということがあるように思います。

基本というのは何か、それはテクニックの基本もあればそのものの素材や成り立ちの基本というもの、さらにはその取り組む際の基本というように、基本にもあらゆる基本があります。

その基本が全部丸ごと自分のものになっていることではじめて基本は身についているということになります。基本が身に着くまでには長い年月が必要です。なぜなら基本は、頭や知識でわかるものではなく長い時間をかけた経験と知恵によってはじめて獲得するものだからです。

基本は探求心が重要になるように思います。よくこだわりが強い人が基本をよく理解しているように、とことん追求していくのでそのものの基本の起源や根源的な意味、そして素材の持っている価値などを深めていきます。そういうものを深めていくなかで、基本が次第に沁みついていくのです。

言い換えるのなら、基本とは物事を深めていく根本的実力ともいえます。

根本的な実力を持っている人は、どの分野においても基本が入っていますから応用もできるようになっていきます。一道を極めていくことは容易ではありませんが、一道を極めるからこそその真価が直観できるようになるということでしょう。

基本はその基本への姿勢が重要ですから、どんな時も基本を怠らずに基本に忠実に取り組んでいきたいと思います。

意味の甦生~お中元~

私が小さい頃は、この時期はたくさんのお中元が自宅に届いていました。お盆のご挨拶に、近所の方々や父親の会社の方々がたくさんお中元の贈答品をもってご挨拶に来られました。中身も、お菓子や果物やジュースが多かったのでとても楽しみにしていたのを覚えています。

今ではあまりお中元を贈り合うような文化はなくなりました。世の中の価値観の変化はこういう行事の消失と共に感じるものです。

この「お中元」はもともと中国の道教の旧暦の1月15日は「上元」、旧暦の7月15日「中元」、旧暦の10月15日「下元」の中の「中元」から来ています。この「上元」「中元」「下元」は「三元」と総称され道教の3人の神様を意味します。

この三人は三官大帝(天官、地官、水官)はどれも龍王の孫であり、天官(天官賜福大帝)は福を賜い、地官(地官赦罪大帝)は罪を赦し、水官(水官解厄大帝)は厄を解く神徳があると信じられていました。

中元は、罪を赦す地官赦罪大帝の誕生日である旧暦7月15日が贖罪の日になり、同に地官大帝は同時に地獄の帝でもありましたからその死者の罪が赦されるよう願う日となり今のお中元になった経緯があります。つまりこの日にお供えをして供養することで、罪がゆるされたという行事だったのです。

仏教の年中行事である「盂蘭盆会(うらぼんえ)」も以前ブログで書きましたが、仏陀の弟子の目連が地獄に落ちて飢えに苦しんでいるお母さんを助けるため仏陀の助言に従い、旧暦の7月15日に百味を盆に盛って修行を終えた僧たちに供養して救えたという話がはじまりの由縁です。この仏教と道教、お盆とお中元が結びついてお盆の時期に贈り物をするようになったといいます。

日本人は、時間をかけてあらゆる宗教や信仰を上手に暮らしに取り入れて融和させていきました。その御蔭で、日本ではあらゆる行事の中で知恵が生き続け活かされ続けています。その恩恵はとても大きく、私たちは知らず知らずにして知恵を会得しそれを子どもに伝承して暮らしをさらに豊かにしていたのです。

話をお中元に戻せば、お中元が食べ物が多いのはお互いに共食といって同じ釜の飯を食べたり、煮物を分け合い一緒に食べることがお互いを信頼し合う関係づくりにもなったからです。家族のように心を開いて一緒に食べることで、お互いの結びつきやご縁に感謝することもできます。

これは神道の直会と同じような意味で 神様に供えた御神酒や神饌を弔問客でいただき身を清める、という神事の一つでした。

みんなで分け合う、助け合う、共食することで神様やご先祖様の気持ちになって穢れを祓い、平安の心に甦生します。

むかしの人たちは、このお盆や正月は身を清めるような暮らしをととのえていたように思います。現在はあらゆるものが形骸化して、意味が分からないままにカタチだけになったものが増えてきました。しかしちゃんと意味を理解し、実践する人たちの背中や実践が意味を甦生させてくように思います。

子どもたちにも、本来の姿、何のために行うのかを伝承していきたいと思います。

心おもてなし

この時期はいつも御先祖様をお迎えするためにお墓のお手入れや古民家の掃除や室礼を行っています。先祖を辿ることがあってからご先祖様が増えてお参りするところやお手入れするところも増えていますから結構長い時間をかけて取り組んでいます。

本来は、場所も数も増えて大変だと思われますが実際に実践しているとご先祖様に供養させていただける豊かさや仕合せに包まれていきます。お盆のこの時期だけでこの有難さ勿体なさを感じますから本当はもっと事あるごとにみんなでこの時を味わい楽しむ時間が持てたら世の中はさらに徳が循環していくのではないかとも感じます。

私たちは御先祖様の供養の大切さなどを知識で最初に教わります。それは祖父母からか、あるいは学校からか、もしくはお寺などからです。しかし押し付けられた知識では逆に反発をして、失礼かもしれませんが正座してお坊さんの長い話を我慢したり、蚊の多い話の中での墓参りや猛暑厳しい中で厚着をしてじっとすることなど辛かった思い出が多く楽しいなどとは思いませんでした。

しかし手を合わせて線香の香りとおりんの音を聴いていたら心が落ち着く感覚は覚えていました。それが年を重ねていく中で懐かしいものや古いものと接する中で、磨いて甦生させたり、お手入れし寿命を伸ばしていくなかで、このご先祖様の存在に助けられ、守られているのかを感じられるようになってきました。

そして具体的に目には見えませんが、今の自分と共にある存在を直観していると心が満たされ幸福感が訪れてきます。この幸福感は、自分に流れている縦の時間、歴史の空間、記憶のご縁などを味わっていることで得られているものです。

私たちは目には見えないものを心で感じるとき、心が満たされる感覚を持ちます。そこは目に見えないプロセスや想いや願い、祈りからのあらゆるものが入っているのを感得できます。

これは料理などと似ていて、手間暇をかけて心を籠めて大切に素材を育て調理して器に盛り、最適なタイミングで自分の心を運び提供したものに人が感動するように心はそういう目には見えないものを味わうことができるのです。

今の時代は特に目の時代で、目ばかりを酷使し疑心暗鬼になりがちです。しかし、心を大切にして心が味わいたいと思っているものに自分を寄せていけば自ずからご先祖様の見守りにも感じられるようになるように思います。

このお盆の行事は、忙しい現代の心を和み休めるための大切な節目になります。ご先祖様の存在を感じながら、心おもてなししていきたいと思います。

本来の伝承

そのもののはじまりというものを深めていると、なぜ今、そうなっているのかのプロセスを辿ることができます。どのような変遷を経て今があるのか、そこには壮大な歴史と物語が溢れています。

私たちはそれに触れていますが、もう目には映りませんが心にはその情景が映ります。それは空間の中に存在し、その場所で確かに行われた記憶として遺るからです。それを甦生して現代にも伝承をつなぎ直すとき、そのはじまりが今でも続いていることを人々は気づくのです。

例えば、私が手掛けたものに宿坊があります。宿坊といえば、巡礼する際に宿泊する場所の一つ、僧侶が住んでいる場所といわれます。しかし本来は、廟のある場所でありその廟を守る人たちが住んでいるのが宿坊です。もともとお山には、先祖や霊が宿ると信じられていました。故人の魂はみんな山に還ると信じられていたからです。

そのお山に住むというのは、宿直し故人の霊や魂を守るということでもありました。そこには廟があり、日々に祖霊に参拝して鎮魂や供養をする場所が宿坊ということになります。

私は現存する英彦山最古の宿坊を甦生する過程で、何回もその感じを空間に覚えました。手探りで家を触り、お手入れを続けているとその場所が本来はどのような場所であったのかがわかります。そして先人たちは、そこでどのように過ごしていたのかも想像できます。これは、その場所から学ぶという地理的な発想が必要なのかもしれません。

偶然にも、この宿坊の10代目坊主の長野覚先生が地理的な研究から英彦山修験を甦生させていかれました。その発想は地理、場所から直観し、そこから探知して感知し知識として分析し解明するという方法です。

私も場道家を名乗り、場所から同じように洞察し観察感知し、あとはお手入れを通して一つ一つの歴史の記憶を感得していきます。そうやって甦生していくなかで、情報や知恵が集まり本来の姿に回帰して歴史を紡ぎ直すということをやっています。

本来の姿になるというのは、はじまりの意味に戻るということです。分化していくこと、複雑化していくこと、それは時があるから仕方がありません。しかしそれをもう一度、はじまりに回帰すると最初からまた物語は繰り返され、今度は別の歴史を辿ることができます。これが循環の理でもあり、私たちのいのちの仕組みでもあります。

時と空、これで時空と書きます。

この時空というものは、場に宿ります。まもなく科学が追いついてくると思いますが、先人たちが感得していたものを今の時代でも継承し、本来の伝承を続けていきたいと思います。

甦生という技術

滝場との関係性が深まってくると、滝行する際の滝との関係性も変わってきます。この滝は、流れ続けている水であり澱んでいるものはありません。また岩場から流れ落ちるものです。その水は、ただの水ではなく信仰のある人たちは「お水、お滝」としいのちあるものとして接していきます。

このお水やお滝を大切ないのちのある存在だと深く尊敬している人には、形が同じものではなくなります。毎回、そのいのちに触れるたびに感覚が異なることに気づくように思います。

それは単に水量や水温、天候の違いだけではありません。その時、流れているお水やお滝の状況や状態、そして自分自身の内面、身体の状況で異なります。

時には、非常に冷厳で凍てつくような強いときもあれば穏やかで心地よく透明な風が吹き抜けていくような優しいときもあります。その時々のお水やお滝に触れることで自然と一体になることができるのです。

私たちは自然から離れることで様々な問題を抱えていきました。自然との共生をやめたことで苦しみや不自然が溢れてきました。そのことから自然の循環にある喜びや仕合せを感じにくくなり、心身の病も増えていきました。

人間だけが創り上げた世界や社会のストレスは、心身を蝕みます。愛を学び、人間であることの喜びも感じますが知識が氾濫し、分化し続けてきた複雑な状態は私たちの暮らしに大きな負の影響も与えます。

そういうものとのバランスをととのえるには、暮らしが重要です。ここでの暮らしは、仕事の余暇としての暮らしではなく自然と共生し一体になる暮らしのことです。すべての地球や宇宙の生命が循環しているいのちのリズムともいっていいかもしれません。

暮らしをととのえるというのは、この自然との調和に他なりません。その自然との調和の要諦は、甦生であることは間違いないことです。いのちは澱むと元氣が失われますから、定期的に甦生させていく必要があります。私たちが朝起きて夜眠るのもまた甦生の繰り返しです。他にも、火や水を活かしていくのも甦生の技術です。

科学がもっと進めば、本来の自然テクノロジーの価値も見直される日が来るかもしれません。今はまだ、時期尚早でオカルトや宗教などと偏見を持たれてしまいます。しかし先人たちが知恵を伝承して子孫たちにつないできたものは、確かな最先端の科学であることはそのうち証明されるはずです。

それまでの間、地道に粛々と子どもたちに伝承が途切れないように徳を磨いて積んでいきたいと思います。

使命の全う

昨日からハーバード大学で修験道の研究をされているカナダ人の方がBAに来られています。色々と情報交換をしていると、この道に入ったことの理由やその哲学などを語り合い豊かな時間を一緒に過ごしています。

もともとこの方が大学生の時に、仏教のことを教えるいい先生に出会ったことが切っ掛けだったそうです。この先生は、仏教の教えとして苦労することの大切さ、そして森羅万象の死について話をされたそうです。そこで価値観が転換し、仏教の道を学び始めたそうです。

その後は、カナダの先住民族の儀式で日本でいうお祓いのような行事に3年間をかけて参加して自分の中の価値観を醸成されたそうです。もう日本は12回目の訪問で、少し前までは出羽三山で研究を進めていたそうです。

このカナダの先住民の儀式をきくと面白いもので、シャーマンが石を火にかけてそれを円の中心に置き、サウナのようにみんなでその中に入ります。その石に、聖水や薬草のような何かをいれてかけてその水蒸気を浴びながら祈る、謳うという具合です。夕方17時くらいからはじまり深夜まで行われたそうです。まるで温泉やサウナに入ったあとのようなととのうような感覚だったそうです。

これを何のためにするのかと聴いたら、先住民族の方々は「甦生するため」とあったそうです。毎週1回、これをすることで生まれ変わることができるという意味だそうです。

この感覚は、私の取り組んでいる暮らしフルネスの「お手入れ」と同じです。私も、生きていたら日々に穢れもくすみもでてきます。それは物事が分化して複雑になっていくからこそ、初心に帰るように原点回帰していくためにも行います。

掃除も同じく、洗濯も同じく、使うと器が汚れるからそれを濯ぎ洗い拭いて仕舞うのです。私たちの心身は器ともいえます。その器には何が入っているのか、それをある人は心ともいい、またある人は魂ともいいます。どのような呼び方であっても、私たちは器に盛られた一つの存在です。

どのように生きるのか、器と一緒にどこに向かうのかは自分で決めることができます。どの時代においても、先を観て何が大切なのかと伝承してきた人たちは古から知恵を受け継いで現代も暮らしをととのえています。

暮らしがととのうことは、人間が自然の叡智をもって自然と共生し平和を保っていくことです。人間がこの甦生や生まれ変わりをしなくなれば、そのうち穢れも積もり悲しい出来事が増えていきます。

苦労も死も、私たちがどうにもならない諦観を持つための材料として存在します。何を諦めて、何を諦めないのか。現代のように人間中心の世界や社会が広がるなかで、どのような空気を吸っているのか。私たちは蓮の花のように汚泥で美しい花を咲かせる時、先人の偉大な徳を感じるものです。

子どもたちのためにも、自分の使命を全うしていきたいと思います。

かんながらの道

先日、ある方から本をいただきそこに「誠実自然」という言葉を見つけました。誠実と自然をそのまま並べていた言葉でしたので気になって改めて意味を深めてみました。そもそもこの誠実という言葉は、辞書をひくと「誠実」とは、私利私欲がなく、誠意・真心をもって人や物事に対する様子と書かれます。

さらにこの誠の文字の成り立ちをみると、「神様への祈りが成る」と書き、「想いが神様に真実と証明されたこと」ことを意味するそうです。そして「実」は實とかき、「本当のことがみちる」意味になります。字も「祭壇に貝(’宝)をたばねたものの組み合わせでここから真に中身があるものとされました。

誠実とは、嘘偽りなくそのままであるという意味です。

そしてこのあとの「自然」という言葉、この言葉もまた誠実と同じくあるがまま、そのままであるという姿です。別に無理に自分を装うのではなく、いつもの自分のままであること。これは別に自分のすべてを見せるという意味ではありません。いつも心を開いて神様や天に対して恥じることのないありのままの自分でいることを心がけようとするものだと私は思います。

自然体というものは、自分の定めた初心に対して正直で素直であるということです。つまり自分の心を優先していく生き方を実践しているということです。西郷隆盛なら敬天愛人ともいいましたし、吉田松陰は至誠ともいいました。

天地自然の一部として自分が自分のままに心に正直に生きていくことは、そのまま自然の天命を生きるということでもあります。天寿を全うする生き方をすると、人はその人をみて感動するものです。

私たちは地球が創造したものですから、心は地球そのものです。地球の心を生きることができたとき、そこは自然になります。これを私は「かんながらの道」と呼んでいます。

立場や生まれも異なっても、同じように生きた人。大和魂や武士道を実践した人がいることを知ると嬉しくなります。子どもたちのために、私も生き方を大切に残りの人生を自然体で全うしていきたいと思います。