伝統野菜の本質

伝統野菜というものがあります。この伝統野菜は在来品種で地方野菜とも呼ばれているもので明確な定義はありませんが日本各地で古くから栽培されてきた在来種・固定種のことです。

長い時間をかけてその土地で種を繰り返し自家採取して育ててきた遺伝資源でもあります。この遺伝子は、一度失われると二度と元に戻ることはありません。伝統文化の伝承もですが、それだけ貴重なものであるのは間違いありません。

現在、この伝統野菜はスーパーなどではほとんど残っていません。それは戦後に、野菜生産の工業化、F1という改良した種により均質な野菜を中心にした標準化、さらには自家採取をやめ種子販売が中心になったことで伝統野菜は消えていきました。

私が取り組む伝統野菜、堀池高菜もほとんどが大手の種子メーカーが改良した高菜の種になったことで地元でも育て自家採取する人がいなくなりました。その地名になった堀池も、ありとあらゆる大手のフランチャイズ店や飲食店、お菓子屋から薬屋などが乱立し田んぼや畑もほとんどなくなりました。高菜も大量生産の仕組みにあおられ、中国産が入ってきて価格が崩れむかしからの伝統の老舗漬物店もすべて廃業していきました。そして地元の食文化であった高菜離れも進み、戦前戦後は必ず食卓にあがっていた高菜もほとんどなくなり今では一部の農家や飲食店で使われるほどです。

本来、野菜は買うものではなく育てるものです。それは人間も同じです。みんなで育つ中でお互いに必要とし合い成長していきます。それが風土であり、故郷です。自分がどこで何を食べて生きてきたか、その生育歴こそが今の自分です。

人間も本来は、その土地の伝統的な人間であったものが均一化する教育と食事、そして改良された種、そして自家採取ではなくどこかで買ってきたものというようになるのが常識になるのは本当に残念なことですし不自然なことです。

この先の時代、様々な環境の変化、気候変動に対応できるのかと考えたときのリスクは計り知れません。だからこそ多様性や遺伝的な強さを持つそれぞれが個性を発揮することで何かあったときにこそお互いに活用し合い助け合って生き延びようとしたのが共生してきたいのちたちの戦略だったはずです。

一番危険なのは目先の安心安全などに翻弄され、本当にやってくるリスクに備えないことです。だからこそ、今の時代、原点回帰が必要だと私は感じます。言い換えれば常に原点を持っている存在が必要ということです。それが伝統であり文化なのです。

私は堀池高菜を守っていますが、同じようにこの土地でその伝承をする仲間を集めていこうと思います。子どもたちに、未来もかつてのむかしと同じような安心安全を推譲していけるように取り組んでいきます。

聴福人の境地

私が庵主をする聴福庵の実践は、文字通り聴くことです。この聴くというのは、何を聴くのか。そこに生き方があり、場が醸成されています。来られたことがある人は、その意味を理解して皆さんとても感動されます。また一緒に過ごした人たちは、その生き方や取り組みに感化されて変化していきます。

人は聴くことがあって先に、話す言葉が出てきます。言葉が出たのではなく、いのちが声を聴いたから言葉が顕れたということになります。

日々の天候も気候も変化は已みません。同時に何百年も前、もしくは数千年も生きているような心が入ったものはいのちの声を放ち続けています。そういう声を聴ける他人と、何も聞こえない人がいます。

人間の耳は、雑音を遮断する機能が脳についています。都会にいけば最初うるさいと思っていた音が次第に聞こえなくなります。深山のさらに奥深いところにいけば、雑音などはありません。あるいは、冬の高い場所の雪山であったり、洞窟の中なども同様に雑音などありません。静けさのなかに、聴こえてくる音があるのです。

私たちは心を鎮め、いのちの静けさに気づけば耳が働き声が聴こえてきます。どの境地で物事や出来事、そして今を聴くかはその人の心やいのちの状態が重要になります。

暮らしというものは、日々にどのように心の声を聴いているか、いのちを活かしているか、徳を磨いているかということが試されます。暮らしフルネスというものは、そういう生き方や暮らし方の実践の集大成でありそれが自然体やかんながらの道というものともつながっています。

聞きたくないものは感情の中にもあります、そして心の声も内省をどれだけ謙虚に素直に取り組むかでも変わってきます。西郷隆盛は敬天愛人とも言いましたし、吉田松陰や孟子は、至誠通天ともいいました。

聴福人とは、そういう境地に達した人物ということです。

これからも私の天命を確認しながら、丁寧に誠実に取り組んでいきたいと思います。

仲間の刺激

友人が佐賀県の長崎街道の塩田で古民家を甦生しブロックチェーンエンジニアを育成しています。今から2年半前に、色々とアドバイスをしてから地道に自分の手を足と身体を使い工事を進めて形にしてきました。私もやっている自分を客観視することがありますが、まるで自分を観ているようで元氣や勇気をいただきました。

周囲の声が色々とあるなかで、自分の直観を信じるということは大変なことです。特に条件が悪かったり、常識が異なっていたりすればするほどに信じることが難しくなります。しかし着実に一つずつ、形にしていくなかでその人の中にだけある構想や思想、そして夢が現れていきます。

どのようなクニを創ろうとするのか、どのような生き方を遺そうとするのか、それはその人自身の問題です。周囲に合わせて、迎合していけばそれは実現しません。最初は一人であったと思いを決めて、覚悟をもって取り組むことで前進していきます。

2年半ぶりにお会いしたら、別人のように風格も知識も自信も増えていて見た目もですが中身も研ぎ澄まされていました。そしてその姿に感動して仲間があつまり、10人以上のメンバーも増えていました。

私も自分の何がどのように人に影響を与えているのかを感じ直し、自分の取り組む生き方や後ろ姿によって新たな道が弘がっていくのも味わういい機会になりました。

私だけがやっているわけではないけれど、私のいる場所から世界に変化が伝わっていくという事実。人が感動するのは、感動しているまま実践する人の感化力であることも再実感しました。

挑戦を続けていけば、挑戦する人たちの勇気と元氣になります。自分だけではできなくても、みんながそれによって変わっていけばそれが真の復興になり甦生にもなります。

切磋琢磨できるような仲間が増えていくことに仕合せを感じています。刺激をいただいたからには私も結果で応えていきたいと思います。

ありがとうございます。

懐かしい未来

懐かしい未来という言葉があります。この懐かしいというものは、むかしから今も続いているものです。そして未来とは今のことです。今の連続こそが未来そのものになるからです。

本来、むかしにどのようなことが行われていたのか。時間という概念のなかでは過去のことはほとんど覚えていないということになります。しかし時間という概念がないとするのなら、過去のことは今であり今があるというのは過去はないということになります。そうなると今はむかし、むかしは今となります。

つまりは過去がないのだから、今こそまさにむかしそのものを象っているということになるのです。

そういう意味で、神事というものは過去のものではありません。今のものであり、今もむかしと同じことを続けているだけということになります。

私は時間軸でいえば1000年前も100年前のことも覚えてはいません。しかし、そのころに同じ心で同じように場を設け、みんなで一緒に味わっていたであろうことは思い出します。それは今の心から思い出します。過去への推測ではなく、今感じているものに歴史やその当時の人々の心を直観するのです。

私たちは過ぎ去ったものを歴史と呼びます。しかし本当にそうでしょうか、この大きな勘違いと常識によって今というものがわからなくなります。今を生き切る、今にいるということの大切さは本当の自分たちを知り、本来の未来を実現するということです。

懐かしい未来というものは、そういうものであり私が実践で取り組んでいる暮らしフルネスもまた同様にこの今、此処に真心を籠めて生きることでもあります。それは私のいる「場」に来ればすぐに学べ伝わります。

子どもたちに懐かしい未来のままで喜びや仕合せの初心を伝承できるようにこれからも精進していきます。

永遠の今

本日は、妙見神社(ブロックチェーン神社)の4回目の例大祭です。この日は、この神社創建の日であり一年で最もハレの日として盛大に御祭りをしています。ここの神社にご縁ある方、いつも見守っていただいていると感じる方々と共に神様を喜ばせるような清々しい一日を過ごしています。

よく考えてみると、一人の人から祈りがはじまりそれが長い歳月を経て多くの人々が祈る場所になります。この世のすべての神社や仏閣もまた、同様にはじめは一人からはじまったものです。

今では当たり前にどこの神社でも寺院でも参拝できますが、むかしはそこには何もありませんでした。そこに一人の人物が覚悟を定め祈りはじめそこから祈りは広がり子孫をはじめ今も祈りは続いています。

この祈りこそバトンの正体であり、その祈りを通じて私たちは大切な初心を伝承するのです。この祈りとは、まさに行そのものであり今でも実践を通して太古の人々、親祖と呼ばれるはじまりの先祖の真心に触れることができます。

私はご縁があって神社創建の機会をいただき、むかし人がどのような気持ちで信仰をはじめようとしたかも体験させていただきました。ずっと永遠を願い祈ることは、永遠の平和と仕合せをいのることでもあります。

ここは秩父神社から八意思兼神、妙見神社から闇雄神の御霊に御鎮座いただいています。智慧を司る神様と水を司る神様です。不思議なことですが、同じ想いで繋がっていくからかその祈りと共に歩む方々ばかりがこの場に来ていただき一緒にお祈りや御祭りをするようになりました。

今でも私たちは歴史の中にいて、むかしからずっと今にして祈りを続けています。連綿と永遠に道は続くのです。

その大切な日を忘れないことはハレの日を常に甦生し迎え続ける目出度い真心の養生です。みんなで喜び合い仕合せを感じることこそが、この例大祭の本質ではないかと感じます。

永遠の今を味わい、一期一会の喜びに感謝していきたいと思います。

季節の巡り

明日は、節分でいよいよ2月4日は立春です。二十四節気もここからはじまります。私は自然暦というものを直観して暮らしをするのでこの時機は自分の季節感覚を初心に戻す大切な期間としています。

二十四節気は季節を感じるのにとてもよく、自然が今どうなっているのかを意識的に観察できます。ちょうどこの立春までの間はは最も寒さが厳しい大寒というもの。そして立春の期間を過ぎれば天候は雪から雨へと変わり雪解け水が大地を潤す頃という意味の雨水になります。すでに三寒四温が繰り返され、朝晩の霜も降りず大地は次第に水気を帯びてきています。

春というのは、すべての生き物たちが夏に向けて準備をはじめていきます。5月の節分を迎える初夏のころには新芽が旺盛で一斉にすべての生き物たちが子孫繁栄のための成長を開始します。春は、まさに長く厳しい冬を超えたいのちが福をいただきお目出度い心のままに目覚めるのです。

私の家の近くでも野良猫たちが騒ぎだし、池の畔の鳥たちも賑やかです。

気が付かないだけで周囲はみんなそれぞれの役割や役目に集中しています。本来、人間は他人のことばかりに時間を使わずに自分自身に集中していく必要があるように思います。自然、野性の生き物たちは、自分自身の直観に正直で素直です。

その季節季節の巡りに対しても今、どうあるかを直観で判断して行動しています。そんなに頭でっかちに考えていることなどはありません。頭は悪くても、行動力と直観力があるのが野生です。

今年は野生の勘というもの、自然の直観というものをどれだけ優先できるか。それをさらに磨く一年にしていきます。英彦山とも再会し、歴史とも出会い直し、修験道や自然道も拓きました。

新しい一年を迎えるまで、心を調えてこれから掃除を味わいます。懴悔懴悔六根清浄して、また新たな道を一歩一歩開いていきたいと思います。

闘魂を燃やす

昨日、一緒にブロックチェーンのソフトを開発している方からアントニオ猪木さんの話をお聴きしました。その方は、ずっとむかしから猪木さんの生き方を尊敬していて今でも日課のように猪木さんの動画や本から生き方を磨いているそうです。

その中に「燃える闘魂」というものがあります。猪木さんは色紙にあるときから燃える闘魂という言葉を書くようになったそうです。もともとは師匠の力道山が書いていたものを観て、自分も自然に書くようになったそうです。その意味を、引退の時の動画の中でこう語られます。

「わたくしは色紙にいつの日か「闘魂」という文字を書くようになりました。それを称してある人が燃える闘魂と名付けてくれました。闘魂とは己に打ち克つこと。そして闘いを通じて己の魂を磨いていくことだとおもいます。」

人は道を歩むとき、魂をふるいたたせて自分の道を切り拓いていくものです。そこには自分という唯一無二の一人との正対があります。自立のことです。その自立は、何によって磨いていくのか、それは日々の自分との生き方との向き合い、自分との約束、自分との対話、自分の決めた覚悟や優先順位、そして内省などによって磨き上げていくのです。

自分にはこの道しかないと覚悟を決めるとき、人は闘魂がはじまります。常に闘魂をし続けているか、自問自答をしながら道を噛みしめるという生き方。その姿に人々は感動をして、自分はどうかと鑑にしていくことができたのでしょう。そういう生き方は、人々の心をつなぎ、そして道が後に続きます。

そしてそのことも同時に引退動画で語れていました。心に沁みる言葉です。

「さいごにわたしからみなさんに、みなさまに、メッセージをおくりたいとおもいます。人は歩みを止めたときに、そして挑戦を諦めたときに年老いていくのだとおもいます。」

『この道を行けば どうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 踏み出せば その一足が道となり その一足が道となる 迷わず行けよ 行けばわかるさ』

と。

最初の一歩を踏み出すのは怖いものです。新しい扉を開くことも躊躇うものです。しかし闘魂はそこからがスタートなのです。最初の一歩を踏み出せば、何の奇跡と出会うか、その奇跡が闘魂だということかもしれません。

人生には教科書のような答えはありません、そんなもの暗記しても何の役にも立ちません。なぜならそこに闘魂はないからです。闘魂は自ら燃やすものです、いいかえれば燃え続けているときが闘魂であるのです。死ぬまで闘魂、それをアントニオ猪木さんは生き方で私たちに見せてくれました。

つまり、生死は度外視、大事なのは「生き方」だと。そして生き方を歩むと決めたなら働き方を変わります。自分はどれだけ闘魂を燃やしているか、日々は一期一会、二度と同じ今は訪れません。

だからこそ己の恐怖や不安、逃げる気持ち、焦る気持ち、あらゆる感情と向き合いながらもそれを燃料にして灰になるまで燃やし続けるのは自らの意志です。生き方の先輩や同志に熱源の影響を受けたならその恩返しに周囲へも情熱を与え燃やせる存在でいたいと思います。

ありがとうございます。

天命を楽しむ

天命というものを実感する人は、泰然自若として焦ることもありません。その人たちは天命を楽しみ、今に生きています。言い換えれば、天命を自覚しているということでしょう。天命というものは何か、これは中国古典に色々と記されます。一般的には、天から与えられた寿命、そして天から与えられた命令ともいわれます。

つまり天という、人間ではどうにもできない宇宙や神のような存在がありそこから命令を受け命を授かって今の自分があるという思想です。私たちもどうしようもない事実を受け容れるとき、これが天命だったという言い方もします。時間があるのなら、あるいは偶然の組み合わせでというような人知では及ばないことが発生した時に使います。

そもそも人知で及ぶ範囲というのはどこまででしょうか。目先の手が届く範囲くらいでしょう。実際には、無限の組み合わせと結びつきで今は変わり続けます。人の出会いも、また自分の呼吸も、その決断一つで変化を已みません。呼吸している間中、何か私たちは天命を感じるものです。心臓の鼓動が止まってしまえばそこまでで天命、あるいは自然災害や人災に巻き込まれてしまうのも天命ともいえます。ではどうにもならないことだから、何もしないでいいということかというとそうではありません。

この瞬間も心臓は動き、血液も流れ、生きています。どういう結果になったとしても、そこまで最善を盡すことが与えられた天命を楽しむということでしょう。

中国の易経にこういうものがあります。

「與天地相似。故不違。知周乎萬物而道濟天下。故不過。旁行而不流。樂天知命。故不憂。安土敦乎仁。故能愛。」

意訳ですが、天地はあるがままである。これはすべてにおいて自然であり真理でもある。だからこそ、私たちは天を楽しみ命を知るだから憂えることもない。天に対して地球が安心してすべての生命を真心で包むように、私たちもそうあればいいと。

あれこれ迷い惑わず、じたばたと焦らずただ日々に天地自然の真心と一体になり自分を盡することを楽しむこと。それが天命であると。

天命という言葉は、今を生き切ることにとても楽天的に感じられるものです。

最後の瞬間まで、どれだけ天命を生き切ることができたか、楽しむことができたか。それが本来の人生の妙味であり醍醐味です。

色々と世の中の流行や変化、社会の評価や人の意識や動向に影響を受けますが、実際には天命とは何の関係もありません。天命を生きるのは、豊かに仕合せに楽しく、自然が元氣で快適であるような心と一体でいることかもしれません。

今日も天命を楽しみたいと思います。

暮らしと聴く

私たちは日々の暮らしのなかで様々な季節の変化を味わいます。その味わう中で、それぞれのいのちがどのように反応しているのかを観察しています。私たちは元々、光と同じように反射や反応というものですべてを認識できるようになっています。

つまり直接的ではなく間接的に物事を認識しているということです。そう考えると、私たちが直接見ていると思っているものは直接ではなく、物体から反射しているものを観ているということです。反射は関係性でもあります。そのもの、そのご縁、そのつながりではじめて認識が可能ということです。

だからこそ、その反応したもの反射したものは何かと認識するとき間にあるものを聴く必要があるように私は思います。聴くというもの一つも反射や反応です。音がそうであるように空気やそのものとの触れたもので形成されます。音も耳や体を水や空気が響きあって認識できるのです。

私たちが分解してみているものは、本来は一つではありません。外の雪一つでも、そのほかの多くと結びつき関係をもった雪ですから雪単体などはありません。風景のなかの雪であり、空気や水と一体となった雪ですから雪単体ではないのです。音も同様に、音単体ではなくその部屋や環境によって異なりますから音単体などないのです。

だからこそ暮らしは面白いのです。

ありとあらゆる生活の中で、私たちはその様々なものをつながりの中から感得し感知し感受します。それは非常に豊かなものであり、私たちはその一部としてそこに存在します。季節であれば、美しい山の中にいて自分も山の一部としての認識になります。その山の空気も、風も光もすべては一体として認識するのです。

私が「場」というものを理解するとき、私はこの場にあるすべてのものを聴くのです。聴くからこそ調い、聴くことで私たちはその場を創造します。私が場にこだわりそこで一円対話や聴福人をするのはその理由からです。

まだ科学ではわからないことは、自然そのものの本体です。その本体は、私たちはすべての感覚で直観できるようにできています。なぜ目が見えるのか、なぜ耳が聴こえるのか、心とは何か、そういうものはすべて同様です。

子どもたちから学び、子どもに暮らしと聴くを伝承していきます。

 

徳積の初心

論語の大学には、「明明徳」「親民」「止於至善」の三綱領と「格物」「致知」「誠意」「正心」「修身」「斉家」「治国」「平天下」の八条目があります。これらは、大学のはじめにある「大学の道は明徳を明らかにするにあり、民を新にするに在り。至善に止まるに在り」に続くものです。

この大学はとてもシンプルです。人間が自然の道に入ること、自然であるとはどういうことか、自分になるということ、自分であることの大切さを説いているように私は思います。自分の原点、改良される前、真に澄んだ素直な自分であることがわかれば徳は明らかになります。その徳を使って、今度は世の中も同じようにしていけば天下は永遠に平和になるということでしょう。

しかし実際にやるのは簡単ではありません。歴史というものは、改良や刷り込みの連続ですからもはや最初が何だったのか、原点が何か、根本はどうかなど知ることがほとんどできません。それを真に実現するには、先ほどの三綱領や八条目の実践が有効だと言っているように思います。

二宮尊徳先生は、幼少期から亡くなるまで大学を手放さなかったといいます。まさにそのような生き方をされ、天命を全うされました。

二宮尊徳先生の語録191にこのようなものがあります。

『孔子は、「大学の道は、明徳を明かにするに在り。民を新(あらた)にするに在り。至善に止まるに在り。」と言った。これを田畑にたとえれば、明徳が物欲に覆われているのは、荒地ができたようなものであり、明徳を明らかにするのは、荒地をひらくようなものである。そしてその産米を得たならば、その半ばを食って半ばを譲り、繰り返し開墾して荒地を起させていく。それが「民を新にする」ということである。そして、この開墾と推譲の道は、万世までも変るべきではない。これが「至善に止まる」である。』と。

意訳ですが二宮尊徳先生は、誰もが捨ててしまった荒廃した田畑を開墾してそこでお米を収穫できるようにしました。そのうえで収穫したものを全部を使い切らず、半分で生活をさせ残りの半分を翌年や今後のために譲りました。それを繰り返し行うことで、人々の暮らしが調っていきました。それを遣り続けることこそが最善の永続であり自然の循環であるとしたのです。

もう一つこういう言い方をします。

『私の本願は、人々の心の田の荒蕪を開拓して、天から授かった善い種である仁・義・礼・智を培養して、善種を収穫し、また蒔きかえし蒔きかえしして、国家に善種を蒔き広めることにある。大学に明徳を明らかにするにあり。民を新たにするにあり。至善に止まるにありと。明徳を明らかにするは心の開拓をいう。』

私が真に取り組んでいることは、荒廃した田んぼのようになった人々の心の荒廃を開拓して、もともとその人が先天的にいただいた徳、つまりは真心や思いやり、やさしさなどを培養し、その心の種をみんなから集め、その心の種を何度も蒔いては蒔いてそれを国全体に蒔いて広げていこうとしたことです。大学の明徳とは、つまり心の開拓をすることです。

自分自身が心を開拓され、その真心や思いやり、やさしさに触れたからこそその心の種をもっとたくさんの人たちに広げていこうと思うものです。見守られた人は見守りたくなり、信じられた人は信じたくなります。それはそうやってその人の心の中に、その種が蒔かれて芽生えたからだともいえます。

私が取り組む実践は、この二宮尊徳先生と同じ志です。

元々の徳を明らかにして、生き方を調え、いのち徳積みの実践を丹誠を籠めて弘めていきたいと思います。世界が平和になるように、私のできることから今、この場から今日も取り組みます。