心の甦生

人間は、心の中の記憶と共に生きているともいえます。忘れ去られなければその人は多くの人々の中に生きているともいえます。だからこそ、いつまでも覚えている人がいることで記憶として生き続けます。

それは人の数が多い少ないは関係がありません。

むしろ深いか濃いかの方が記憶は鮮明になります。また適当で曖昧な記憶であれば、あまり覚えていないその人のことになります。もしかすると、勝手な思い込みで別の人になっているかもしれません。

人間の脳は、基本的には忘れるようにできています。いくら強烈な体験をしても、ずっと覚え続けることはできません。新しい記憶や情報に触れれば、前の記憶は上書きされていくからです。

しかし心の記憶というものがあります。

これは脳ではなく、心の中に感動としていつまでも記憶が生きているものです。

人は感動したことは忘れにくいものです。この感動は、心がするものです。全身全霊で魂が揺さぶられる体験です。それは一期一会の出会いでもあるし、別れでもあります。他にも助けてもらったり、偉大な尊敬をする出来事などでもあります。

心の記憶は、時間をどれだけ経過しても心の中にいつまでも生き続けていきます。

不思議なことですが、それは人間だけにあるものではありません。家という存在であったり、石や木などという存在、そしてお水に至るまで記憶は鮮明に遺ります。これは何を意味するのか。

それはどのような存在にも心があるからという証明でもあります。心を通じ合わせていけば、虫であっても動物であっても、無機物な石や鉄などであっても記憶を共有していけるのです。

そのどちらかが忘れていなければ、記憶は甦生する。

私はそれを感性や直観、手触りによって感得することができます。

引き続き、甦生の実践を通して心を通じ合わせ心の甦生を大切に守っていきたいと思います。

お水との暮らし

昨日は、久しぶりに雨が降りました。ここ1ケ月ほどまともな雨が降っておらず、田んぼをはじめ木々や植物たちは大変でした。まだまだ猛暑も続き、この後の気候が読めませんが雨が通ったことで少し安心もあります。

お水というものは、それぞれ川や通り道というものが存在します。それは地上だけではなく、上空にも存在するものです。お水の流れのあるところに生態系は豊富に増えていきます。お水の流れが生命のゆりかごのようになり、生き物たちを見守ります。

実際には、雨が降らずに地面からカラカラに乾いていても地下ではお水が流れています。この地球ではお水が循環して生命を育みますから、お水がないということはありません。どのような砂漠の下であっても、地下水は存在します。

その地下水はどこから来たのか、もちろん直近の雨から数か月前の雨の水もあります。しかし実際には数万年前などの化石時代のお水もあります。水は長い時間をかけて力に溜め込まれ静かに悠久に流れ続けているものです。

そのお水の流れを調えていくことで、私たちも悠久の循環の恩恵を受けることができているともいえます。

気候変動の御蔭さまで以前よりももっとお水の存在を実感するようになりました。

当たり前にある空気にも水があります。そして水がなければ生きていくことはできません。

だからこそ先人たちはずっと今までお水を大切にして感謝を忘れないのです。

お水を大切にするとは、ただ祈ればいいのではなく、お水の流れを調えることです。これは自然だけではなく、自分の身体でも同様です。

引き続き、お水との暮らしを磨いていきたいと思います。