学ぶ心

人はみんなどこか必ず自分に似たところがあります。古語に「我以外皆我師」という諺があります。これは人に限らず自分以外のものはみんな先生であるという意味です。自分が驕り高ぶり思い込みを持てば人の話を聴かなくなります、そうやっているうちに学ぶ心を忘れてしまっては成長が止まってしまいます。

人はみんな未熟だからこそ、周りをみては自分が未熟であることを実感していくから学びが深くなってきます。人間関係というものは、自分自身と向き合うのにとても大切なことのように思います。

自分に似ているところが良いところもあれば、自分にとって似ているのが嫌なところがあったりします。他人の嫌だなと思うところは自分にとっても嫌悪しているところが多く、自己嫌悪すればするほど他人を嫌悪していくものです。自己嫌悪が他人嫌悪のようになり次第に人間不信になっていけばより一層自分自身のことを認めることが出来なくなります。

自分が自分を認めることは、未熟な自分を認めることです。その上で未熟だからこそ改善していこう、未熟だからこそ学び直していこうと精進できる有難さに気づけるようにも思います。

今の時代は、教育の刷り込みからか周りの評価を気にして自分の価値がどうなっているのかを気にするあまり本来の自分(自己)というものとの付き合いが出来なくなっている人が増えているように思います。

自分というものを認めることが他人を認めることになり、自分が学び直すことが他人から学び直すことにもなります。この逆に自分を認めなければ他人を認めませんし、自分が学ばないから他人からも学べないのです。

人間関係はまさに自分を磨く砥石です。御互いに似ているところがあるからこそ、何を気をつければいいか、何を教えてくれているのか、相手の姿は自分の鏡だと思い自分からその鏡に向かって直していこうとすれば相手もまたその鏡によって変化していくように思います。

他人の善いところを沢山見つけられ発見できる人は、自分の善いところも沢山見つけられる人です。他人のことが尊敬できる人は自分のことも尊敬できる人です。もっとも身近な自分のことを大切にできなければ、自分の大切にしたい人を大切にすることができなくなります。

だからこそ自分自身の人格の一致、これが何よりも大切なことです。そして言行一致した自と己との一体感は自分自身に安心を産み出しより自然な成長に原点回帰していくのでしょう。本来、人間が学ぶ意味は「学び直し」にあります。だからこそ我以外皆我師という実践を行うことで、評価の刷り込みを取り払い、常に自分自身を学び続けて精進し、高め続けて人格を磨き醸成する仕合わせを味わうことができるように思います。

道は誰しもその人に与えれてもらっている天与の道ですから、他の方法論などはなく「学ぶ心」を高めることで未熟さが成熟し納得のいく人生を送れるようにも思います。だからこそ日々に自分の間違いに気づける謙虚さと、日々に間違ったら直そうとする素直さを大切に自分の中にある子ども心と未来の子ども達のためにも持っていたいと感じます。

我以外皆我師として、内省を怠らず学ぶ心を育て、学び直しを続けていきたいと思います。

近代史から学び直すこと

明治のことを調べていると、そこには近代日本に向けてどのように変革が行われてきたのかが観えてきます。開国を迫られ、不平等条約を結び貿易をする中で如何に西洋が持っている技術を自分たちが取り容れて対等に貿易をしようかと急速な変化を優先した結果がその当時の様子に見てとることが出来ます。

西洋の持つ人工的な科学力、その文明を真似て自分たちのものにしようと貪欲に学びこんだ人たちが近代化を促進したのです。それまでに築いた循環型の暮らしを手放し、西洋と同じく消費型の暮らしに変わったのもこのころからだったように思います。

ちょうど明治に入ったころ、「御雇い外国人」という人たちがいました。約数千人の御雇い外国人を世界から招き学校をつくり様々な教育を行い技術者を育てていきました。

その中の一人に「大日本」を記した英国のヘンリー・ダイヤーがいます。この方は工部省工学寮(東京大学工学部の前身)の教頭に任命され多くの日本人に技術を教育してくださった方です。近代技術工学の父と呼ばれ、エンジニアリングとは何かということを常に優先して指導に当たったそうです。著書「大日本」では東洋の小国がわずか30年で近代化を果たした原動力は何かを解き明かしています。

彼の指導を受けて建築家の辰野金吾やアドレナリンを発見する高峰譲吉、土木技術者、工学者の田邉朔郎など多くの人材を輩出します。

「理論に実践が伴って初めて工学の価値が生じる」という信念を持ち、理論よりも実践を重んじ大学在学中の5年間の中の2年間は常に現場で場数を踏ませて学ばせることを重んじました。さらに、社會を換えるもっとも影響があるのは「ものづくり」をすることで改革されるとし、エンジニアとは社會を変革する人物でもあるとしました。

そのヘンリー・ダイアーはこういう言葉を遺しています。

「これまでさんざん言い古されてきた、『日本人は非常にモノマネが巧みだが、独創性もなければ偉大なことを成し遂げる忍耐力もない』といった見方は、余りにも時代遅れというものである。」(ヘンリー・ダイアー著『大日本』より)

実際に指導にあたったヘンリー・ダイアーは、この逆を見ていたということです。日本人はあっという間に西洋の技術を自分たちのものに変換していきました。実際に日本に来て次々と形にしていく技術者の姿に如何にその評価が間違っていたのかを記しています。

また指導にあたり日本人の特徴や特性も見抜いています。

「日本の学生は、何でも本から学ぼうとし、それよりもはるかに大切な観察と経験を疎かにする傾向がある。・・・工学に携わる人は、どんなに立派な理論を知っていても、知識だけの人にはなってはいけないし、また、どんなに器用でも、無知であってはならない。」(明治 第二集 模倣と独創~外国人が見た日本~ 2005.4.16 番組内の説明より抜粋)

知識だけの人に成ってはならない、器用でも無知ではならないと言います。つまり経験と場数を踏んで現場から学ぶことの方が本よりも価値があると言います。理論より実践を伝えてくれた教師だったからこそ、日本の近代化は進んだとも言えます。

しかしヘンリー・ダイアーは晩年に日本の未来を憂い下記のようなことを記しています。

「日本人は自分たちの国をすばらしいものにし、国民の生活を充実させるためには、西洋の科学と文明を利用すべきだが、同時に、日本人の生活と品性の特性を持ち続け、その個性を失わないようにすべきである。みずからの過去を忘れ、独自の特質とを棄ててしまうような国民には、真に偉大な国民となる資格がないし、またなれるものではないのである」

そしてこうも言います。

「日本は強大であるだけでなく、善良な国でもあることを示してほしい。」

その後、理念なき成長が軍事大国へ向かうことになり戦後の今の日本があります。今も昔も何よりも大切なのは、日本人らしい日本人としての成長であってその理念や理想を優先して日本人の徳性や品格、その歴史や個性を失わないことです。

近代史は、直近に先祖たちによって行われた私たちの歴史です。その歴史をよくよく検証し学び直しこれからどのようにかじ取りをしていけばいいかを決めるのは今の私たちの使命であり未来の子ども達の為にも私たちが向き合わなければならないことです。

引き続き、暮らしの再生を通して譲っていきたいもの遺していきたいものを深めていきたいと思います。

観光の本質

時代と共に言葉の意味は変わっていきます。それはその時代の人たちの価値観によって言葉は変化していくからです。かつて使われていた言葉が、かつてと同じように使われていなければ同じ言葉でもそれは全く異なる言葉になってしまいます。

何かを深めていくとき、その言葉がどこからはじまったのか、その語源が何かということを調べることはとても大切なことです。それはその意味を自分なりに深め、なぜ今のような言葉になったのかの経過を知ることになり、そのものの本質を再確認することが出来るからです。

例えば、「観光」という言葉があります。この言葉は本来、中国にある「易経」の「観国之光」から抜粋された言葉です。意味は、直訳すると「他の国へ行って、良い点を見て学んでくる」ことになります。

この言葉が日本で使われるようになったのはちょうど幕末の頃、アメリカと条約を結ぶための使節団が乗った船に「観光丸」と名付けたことが、日本で「観光」という言葉が使われた起源であるとも言われています。そして大正以降、「tourism(ツーリズム)」の訳として用いられるようになり、昭和に入り観光は旅行や娯楽、遊興、物見遊山や見物のように使われています。平成になると、娯楽、遊興、余暇や余興を楽しむことのようにその意味は変わっています。

本来、この観光の意味する観るのは光、この光とは文化のこと。正確には「観國光」という意味であり、言い換えるのならクニに暮らす人々の精神性、生き方、生き様、さらにはその国の持ち味、徳性、美点、善いところなどを見極めることが観光の醍醐味でもあります。

人々がその土地に行き、観光をするというのはその土地の大切な文化を学び直すことです。そしてその風土の文化に触れて、その文化の美点を吸収し、善いところをたくさん学ぶために行う学問の実践ということです。

同じ言葉であっても今の時代の観光とかつての人々が行った観光が異なるのは言葉を見れば明白です。だからこそ、その土地や風土の観光を考える人たちは本来の意味での観光を見つめ直さなければならないと私は思います。

なんでも経済とばかり結びつけてしまうと、儲けることばかりや儲かることばかりで営利を優先して本来の観光からかけ離れてしまうこともあります。以前、ある観光地へ訪問したときその場所でお店を出している人たちはみんな都会から商売のためだけに週末にきて稼いで帰る人たちばかりで地元の人たちはほとんど誰もいませんでした。

いくら観光名所にしたいからと、本来の意義や目的が変わってしまえばそれは単なる娯楽場所で終わり行楽は流行がありますからいずれは廃れるのが目に見えています。その土地の文化、その美点をいつまでも錆びさせないように磨き続けて光らせ続けるのが私が思う観光の本質です。

古民家の再生をしながら、家をただただ磨き続けていますがその磨き続ける先に強度の未来が光ってくるようにも感じます。子ども達に美点や良い点、また徳性や風土歴史の素晴らしさを伝承していけるように暮らしの再生を実践していきたいと思います。

暮らしの再生

昨年より「暮らし」について考える機会が増えています。この暮らしとは何かといえば、私の定義では生き方のことで道のことです。どのような道を歩むのかが暮らしの本質であり、道があるから暮らしがあります。道なきところに暮らしはなく、どのような道を歩むかが暮らしの再生とも言うように思います。

昔は人々が歩いていくところに道ができました。山野にいけば、獣道というものがあります。自然農の畑にも、雑草の合間に小さな道ができています。そこを通っている動物たちが何度も何度も行き来するうちに次第に道ができてくるのです。今は道をアスファルトで固めてしまっていますから、通ろうが通るまいが道ができたままで存在していますがかつては通らない道はなくなっていったのです。

つまり何度も往来するからこそ道ができ、その道が絶えないのはそこに歩んだ暮らしがあったということです。

例えば今はあまり神社に参拝する機会が少なくなったように思います。古来から私たちの先祖は受けた恩徳を忘れずに感謝の心で謙虚に暮らしていました。そのことから神社への参道はその往来の中で真心が洗い清められ清々しく澄んだ空気が道に宿ります。

それをある時期から宗教だと分別され、本来の暮らしの中にあった神道も今では暮らしから引き離されたところで理解されていることも増えているように思います。古来のかんながらの道には、常に御縁を信じて御縁に活かされその天恩や徳恵、御蔭様を忘れずに暮らしてきた様子が随所に遺っています。

遺っているものを省みると、その時代時代に生きた人たちの生き様が道として顕れます。その道とは「暮らし」のことで、その暮らしが受け継がれてきたことで道は存続してきたとも言えます。

その道が変わってしまうということは、暮らしが変わってしまうということです。暮らしは生き方でもありますから、生き方が変われば生き様もまた変わります。日本人としての生き方、日本人としての生き様、世界は多様性を発揮する時代に入っていますから私たちの個性の大元である日本の真心がなくなれば世界で活躍できることが少なくなるかもしれません。

子ども達は今のような答えのない時代、さらに発展すれば近い将来にはそれぞれの持ち味を活かして世界に貢献していくことになるのでしょう。その時に如何に多様性を持つかは国家の存続と大いに関わっています。日本人が世界で活躍できるように私たちは暮らしを持つ必要があります。暮らしの再生とは、日本人らしくあることの再生でもあります。

引き続き子ども達のためにも暮らしを見つめ直し、道を歩んでいきたいと思います。

内省の実践

人はどうありたいかを決めたら実践し近づいていくしかありません。自分の理想とする自分に近づくことは夢をカタチにしていくことでもあります。その時、もっとも大きな課題は自分に打ち克つことができるかということになってきます。

自分自身の心情のコントロールができるようになることが実践の意義のようにも思います。例えば、したくないなと思うことを敢えてやることや、先延ばしできることを今やること、また面倒だなと思うことを丁寧にやること、こういう一つ一つの実践の中に実践の醍醐味があるとも言えます。

先日、理念の話の中で忙しくなって余裕がなくなると理念から離れてしまうという相談を受ける機会がありました。その際、理念ができるかできないかよりも忙しいけれど忙しくしないことや余裕がないけれど余裕がないようにしないことが実践であることを話しました。

つまりは、「ふり」をすることも大切な実践であるということを言いました。この「ふり」というのは「振る舞い」のことです。これは先ほどでいえば忙しくないふりをすることや余裕があるふりをすること、他にも愉しそうなふりをしたり、笑顔を絶やさないふりをすること、この振る舞いは行動のことであり、実際の心情とは異なっていても行動の方を変えてみることです。

実際に自分の心情に嘘をつかないとそのままであればそれが自分の目指す姿から遠ざかったり周りに悪影響を与えることがあります。そんなときは振る舞いを直して自分自身、己との対話をして己に打ち克つしかありません。そうやって振る舞いという行動を変えていくことが実践であり、これらの実践を積むことで次第に日常の自分自身も次第にその振る舞いの心情になってきて平常心が醸成されていくように思います。

そして実践を続けてたら、自ずから自分自身の振る舞いのおかしさに気づき、「ふり」を正すことができます。それが続けば、「他人のふり見て我がふり直せ」という 工夫ができるようになります。人は結局は己自身との向き合いによって変化するものだから、みんな自分自身と正対していくしかなく、そこに実践することの必要性が出てくるのです。

また我がふり直す内省を通して己自身の中に感謝の心や御蔭様を忘れていたことを知り、反省して振る舞いを変えていきます。振る舞いが変われば心情も変わり、次第に謙虚で素直な自分に近づいていきます。

実践の大切さは、我がふり直す内省に気づけることです。

子ども達のためにも引き続き、内省の実践を積み重ねていきたいと思います。

奥ゆきのある暮らし

「奥ゆき」という言葉があります。奥ゆかしいという言い方もしますが、これは表から奥までの距離が深いときに使われるものです。またこれを人に例えると、知識・思慮・人柄の奥深さで使われます。この奥ゆかしさというのは、慎み深さになり日本人の大切にしている心とされてきました。

この奥ゆかしさというのは、町家の再生を通して何度も感じ直します。特に町家は、繊細なつくりで奥行きがあります。今、復古創新している聴福庵も間口を入った隣から部屋から一列に三室あり、その奥に庭がある造りになっています。奥に光が差し込み明暗が織り連なる様子はまるで神社の杜のように物静かで落ち着きます。

この「奥ゆかしい」とは何か、少し深めてみたいと思います。

この奥ゆかしさの「ゆかしい」は、「行く」の形容詞化したもので心がそちらにひかれるさまを言います。他にも慕わしく心ひかれるさまにも使います。決して派手ではなくても深み懐かしさを持っているさまの意で人にも自然や感覚的事象などにも用いられる表現です。

この奥ゆかしさというのは、穏やかという言葉と共に用いられることが多く人柄や雰囲気の中に和の心があるということでしょう。この穏かで奥ゆかしい人とはどのような人物であるか、それは謙虚な人物ということだと私は思います。

つまり徳を磨く精進を怠らず、克己復礼に自らを高め続けている人物とも言えます。そういう人物は自ずから次第に品格というものが備わってきます。そこから上品であること、謙虚であること、慎み深い穏かな人物像が出てきます。世間では、控えめで出しゃばらないことを奥ゆかしいと勘違いしている人もいますが、実際の奥ゆかしさとは隠れた日々の鍛練と実践によって磨かれて薫るものです。

この町家の中の奥ゆかしさは、日々に家を手入れし怠らず日々の暮らしを丁寧に生きている人たちの情緒深さ、また奥にいけばいくほど魅力があることを感じます。表面上ばかりをよくみせて中身がない建物というものは、奥ゆかしさを感じません。それよりも表面はシンプルで質素であっても、中に入ってみたい、奥行きを感じてみたい、好奇心から奥がどのようになっているのかを知りたいと感じられることが奥ゆかしさの価値だと私は思います。

そしてそのように奥ゆかしさを引き出すことができるのは、その人物や家に「思いやり」があるからです。表面上の対話ではなく、深く相手を思いやっている人はその思いやりの中に奥行きがあります。聴福庵の目指す聴福人の姿もこの奥行きのことで、対話を通して「きっとこの方にも私には分からない何か大切なことがあるんだろう」と傾聴すること、そしてきっとまだ奥があると共感し受容すること、最後はその真心に感謝するということを実践目録としています。

奥ゆきのある暮らし、奥ゆきのある人々、奥ゆかしい生き方を子ども達には譲っていきたいと思います。引き続き、復古創新をしつつ日本人としての暮らし方を観直していきたいとおもいます。

お祭りの真価

昨日、地元の神社の宮司からお話をお聴きする機会がありました。現在、過疎化や高齢化が進み神社での活動を維持することが難しくなってきています。かつては氏子という神社のある地域で暮らしていた人々が地域の発展に貢献し、祭祀を神職の人々ともに執り行ってきました。

例えばお祭りなども祭祀の一つで、日本では古来よりお祭りを通して地域の人々の心の穢れを祓い清め、仲睦まじく暮らしていくことを実践していたとも言えます。これは海外でいうイベントではなく、日本伝統的に古来より伝承した神事です。

このイベントというものは、主催者がいて新しく始めるものであり、それに対し祭りは昔からの風習であったり何かを祀るものがある際に使われる言葉であるといいます。なぜ今はイベントになってしまうのか、それは経済効果を狙って企画者がイベントサービスを通して提供者と受給者が分かれてしまうところに由ります。しかしお祭りは本来地域の人々と一緒一体になって行われるものであり、そこに提供者と受給者が分かれません。

つまりは皆が主体的に自発的に参加するからこそお祭りになるのであり、そのお祭りを通して人間関係を円満に保ち、先祖たちや祖霊への感謝の心を取り戻し己に負けないようにみんなで精進してきた実践でもあります。

今では神社でのお祭りも宗教だとされることもあり、宗教の自由を名目にお祭りを廃止させたり参加を禁じたりする人もいるとのことです。

昨日、宮司の言葉でとても印象的だったのが、「地域の神社の荒廃こそが、その地域の荒廃そのものになる。祭りがなくなれば地域がなくなる」と仰っていたことです。地域の祭りがあればコミュニティが発生し犯罪率も下がっていくという統計があります。祭りが地域を繋ぎ、祭りが助け合いの文化を醸成するのです。

今年は祭りを深めていますが、祭りの持つ本来の意味を考え直してみたいと思います。古来から私たちの先祖は祭祀を通して謙虚であること、素直であることを優先していこうと皆で助け合って暮らしを実現してきました。

暮らしが消失してきている今では、次第に地域での祭りも失われてきています。イベントは長続きせずその場限りで終わってしまいますが、人々の心の中にある感謝の心が祭りを継承し伝承させていきます。

もちろん地球温暖化とか、世界経済の悪化とか世界に目を向けることも大切ですがその足元にある地域のことを考えずに世界を語ってもそれは本質的に改善改革をしているわけではありません。

地域の文化、町並み風景などから切り離され繋がりや絆がなくなると人々は生き甲斐を失い急速に衰えていくといいます。今の日本がどこか元気がなくなり、挑戦する気風が衰退するのは地域が弱っているからではないかと私は感じました。

暮らしの再生は地域の再生でもあります。

目に見えない価値が分からなくなってきている今の時代、損得勘定では測ることができない徳の価値を再定義し、目に見えない価値を可視化していくことは私たちが古来から安心し勇気づけられた付加価値に気づき直すことです。

引き続き、子ども達のためにも何を伝承していくのか真摯に向き合い見つめていこうと思います。

 

 

暮らしの再生~生き方の再生~

町家の再生をする中で昔の人たちは「職住一体の暮らし」を何よりも優先していることに気づきます。なぜそれを優先するのか、それは生き方が関係するからです。

本来。日本人らしい生き方があってそこに暮らしが付随しますから、かつての日本人の生き方を学び直すためにも暮らしの再生は欠かせません。今のように伝承されにくい時代になっているからこそ、遺していただいたものと対話しそれを再生させていかなければなりません。

私が定義する「暮らし」はその人が何を大切に生きていくかの初心のことであり、初心を実践する日々の人生道場でもあります。もしも初心が実践できるのなら自ずから暮らしは安定し、暮らしは自ずから充実していきます。

人は何のために生きるのかを突き詰めていけば必ず暮らしを見つめる必要が出て来ます。自分が何を大切に守るのか、その守るもののためにも暮らしがあるのです。

例えば、感謝の心を忘れないと決心した人が日々の生活の中でどれだけ感謝に包まれて生きていくか、そうした実践を通して道具も集まり、人も集まり、場が出来上がっていきます。その場は感謝の場であり、その感謝の場という暮らしがはじまります。

一たび暮らしがはじまるのならば、その暮らしそのものがその人でありその人が暮らしそのものになります。

そして今、再生している町家というものは職住一体でできています。なぜ職住一体であるのか、それは生き方と働き方が分かれていないからです。この生き方と働き方の一致こそが「暮らし」として顕れ、その暮らしが発展するのはその人がそれを実践して怠ることがないからです。

そして暮らしを実現するのは、まず理念や初心を定めなければなりません。何のためにこれをやるのかといった初志と動機を定める必要があります。それがあってはじめて「暮らし」となりますから、自ら日々に省みて己に打ち克っ実践ができているかどうかを大切に過ごしていくことが豊かな暮らしを実現させていくのです。

もしも理念や初心などとかけ離れてしまっている生活はとても暮らしているとは言いません。暮らしはその人そのものですから、暮らし方にこそその人の生き様が薫るのです。だからこそ大事なことは、常にどんな時も理念と初心から離れずに生活することが「暮らしの再生」なのでしょう。

引き続き、暮らしの再生を通して子ども第一義の実践を積み重ねていきたいと思います。

 

省みること歩むこと

人は振り返ることで歩みを進めていく生き物とも言えます。この時の振り返るとは、単に再び思い出すという意味ではなく「省みる」ということです。日々というのは大きな変化の中で過ぎ去っていきます。その情報量は自分が思っている以上に膨大なものが入ってきており、その情報量を処理することも難しい時代になっているとも言えます。

しかしそのまま情報を処理しないままでいると心が忙しくなり、目の前のことしか見えなくなってしまいます。そうなってしまえば自分が何のためにそれを行うのかや、何の意味があって今こうしているのかなどの価値も感じなくなってしまうものです。また周りの人たちとの御縁や、自分の影響力なども気にならなくなってしまいます。

そういう時こそ、自分のやったことを一度省みることが何よりも重要だと思うのです。そうやって省みることではじめて、本当はどうしたかったのか、本来はどうありたかったか、また自分自身の改善と修養につとめようと思い直すのです。

江戸時代の儒者、伊藤東涯に「君子はおのれを省みる。人を毀(そし)る暇あらんや。」があります。(立派な人間になろうとする人はまず己自身を省みるものです。他人の文句や批評などをしている暇などはあるはずもない)といいます。

また論語にも「曾子曰わく、吾(われ)日に三たび吾が身を省(かえり)みる。人の為に謀(はか)りて忠ならざるか、朋友(とも)と交わりて信ならざるか、習わざるを伝うるか。」があります。

これは味わい深い言葉で、いつも内省をするときに自分自身はどうであったかと思うと未熟な自分が恥ずかしくなり改善しようと思い直すのです。これらの省みるということは、停滞していた自分自身を前に進めることであり、現実の今をあるがままに受け止め自分自身がどう変わっていこうかと感じることでもあります。

人は自分が変わることで、流れに身をゆだねていくことができます。それはまるで清流の中のたまりにつかまってしまっている落ち葉を水が押し流すように、朝靄の真っ白な景色が風によって吹き流されていくように、ふたたび歩みがはじまり時が進んでいきます。

忙しい時だからこそ敢えて省みることや、大変な時だからこそ内省を怠らないことこそが己に負けず己を活かす克己の工夫になっているように私は思います。

引き続き内省することの価値や大切さを、実践を通して周りを感化できるように日々に怠らず取り組んでいきたいと思います。

 

 

永遠の物語~魂の綴り~

加速度的にスピードが増していく時代、それは何でも捨てていく時代だとも言えます。一体何を捨てているのか、それは物語を捨てていくということです。日々の暮らしも永い目で観てどのように暮らしていくかを省みるのではなく、刹那的な目でその場しのぎでこの一瞬さえ乗り切ろうとすることを繰り返しているようにも思います。

本来、今立っている場所をよく観直すと今まで久しく紡いでくださった時間の重みを感じるものですがそれをも感じることがないくらい目の前のことに追われていく日々を人々は送ります。

この目の前に追われていく忙しい日々になったのはなぜか、今の心の問題や社会問題もここに集約されている気がします。

昨日、クルーのみんなと一緒に福岡県八女市の福島地区を見学する機会がありました。その中でかつてのものをかつてのままに修復し修繕しながら町屋を再生していく姿を観ました。

簡単に新しいものに換えてしまうのは歴史がなくなってしまうからと、本物のままに遺そうと工夫を凝らしてパッチワークのように古材を活かしながら修理をしていきます。これは単に古いものを守ろうとしているのではなく、物語を守ろうとしているのだと感じます。全ての”もの”には記憶があります。それは一緒に暮らしていく中で、関係性や御縁の中で同じ時を共にした大切な思い出の存在だとも言えます。

だからこそその物は単なるモノではなく、その物には掛け替えのない一期一会の物語があります。物語があるということは無機質の存在であってもいのちが宿っているとも言えます。例えば何百年も前からある柱に子ども達がせいくらべをした痕跡があったり、屋根裏に隠した落書きがあったり、道具一つにはその時代を共に生きた人たちの魂の痕跡があります。その痕跡と共にあるものは、その痕跡の御縁に今も結ばれているとも言えます。

そうやって愛し愛されたものの思い出は時代を超えて今に伝承されていきます。そのものの物語を新しくその物語の続きを綴るのが私たちの存在そのものでもあります。

昨日の振り返りで特に印象深かったのが、今の時代ではもう素材が手に入らず修理できないまま壊れているものがあるという話です。それをどうするのですかとお聴きしたら、「材料がないからこのままにする、後は来世の楽しみにとっておく」と仰っていたことです。

今世でそのものを修理できなくても、来世生まれ変わったら修理してあげたいと願う心。思い出を大切にして何度もその思い出と触れていきたいと、いつまでも感じる心の中に魂の邂逅と勿体なく生きている人間と先祖たちの生き様が観えてきます。

来世もあるからこそいい加減な関わりは持つまい、そして捨てるのではなく大切に物語を紡いで綴りたいと感じるのです。この魂の綴りこそ時を超越して悠久の中でご縁に活かされる豊かで仕合わせな暮らし方の証明だと私は思います。

勿体ないという言葉、おもてなしという言葉、真心という言葉、それは全ての中心に「物語」があるということです。物語がないものがないからこそ、どんな物語を温故知新していくかは自分の生き方次第です。

悠久の時の流れの中にある今の御恩に報いられるよう、また来世の子ども達のためにも全ての機縁から学び直して紡ぎ直して永遠の物語を語り続けていきたいと思います。