心音のチカラ

昨日は妙見高菜の種まきのために畝を整え表土を削り草をかけたりと一日中畑作業をしました。バッタやコオロギなど秋の音楽が畑中に広がり、ススキやその他の夏草たちが命を全うする景色に季節の移り変わりを感じます。

地球にはリズムがあります。私たちは様々な音楽の中で暮らしを営み、全身全霊で地球で聴こえてくる音楽に耳を澄ませて心を委ねていきます。

夜になれば夜の音楽、朝になれば朝の音楽があります。

また風が吹けば風にのって響いてくる音楽が聴こえます。

土に手を当てて、土の中の音楽を聴けばそこにも地球の息吹きを感じます。

私達の呼吸一つ、私たちの暮らしの中には耳には聞こえなくても聴こえてくる脈動のような心音があります。この心音は心を澄ませたとき、響き渡ってくるものです。

頭で計算したり、人工的に計画したりをやめてただ地球の音に耳を傾けてみる。
そしてその存在が和合してつながりを持ち合っている波長にあわせてみる。

宇宙にはいつもぐるぐると回転している闇の音楽が鳴り響いています。

闇のチカラとは決して悪いものではありません。闇は私たちが自然から離れ忘れてしまった太古から流れる脈動です。

その脈動に耳を澄ませて心が音を感じることができるなら大きなやすらぎと平和が訪れます。

瞑想というものの本質はこの闇の音楽に耳を傾けることです。

引き続き自然をよく観察し、自然と和合し、自然を学び直して自らを変化させていきたいと思います。

持ち味の発揮

ブランディングという言葉があります。全てのものにはブランドといものがあります。ブランドという言葉の語源は、他人の牛から自分の牛を区別するために牛のわき腹に焼き印を押すという意味の「burned」が語源であると言われています。そこから転じて他と区別するという使われ方になっています。このブランドの意味について深めてみようと思います。

英語ではBRANDにINGがついてブランディングということになります。これは名詞ではなく動詞です。私はこのブランドは無機質ではなく生命であると思っています。目的や意志を持ち、生きるものには生命が宿るからです。そして私はこのブランディングの定義を持ち味であるとしています。なぜならこの持ち味は、その社會全体の中で存在するもので単体では存在できないものだからです。

例えば、他人によってはブランドを差別化戦略などという言葉を用いる人もいますが本来、何を使命にしているか、自分たちが何のためにという目的を明確に打ち出して取り組むかでそれぞれの持ち味は変わってきます。その組織やその人が明確な理念があるのなら、次第にそれはブランド化していくということです。人は無理に周りと比べて違いを出すのではなく、理念を優先する中で無私になるとき己の持ち味が引き出されて全体に感化していくのです。まるで自然界がそれぞれの植物たちが多様に共生するようにそれぞれは自然の理に沿って真摯に生き切っているだけですがその中で全体にとって必要な役割と持ち味が発揮され全体が循環していくのと同じようにです。

そしてブランドがINGが入り動詞であるというのは、社會の中での意義や理念がそれぞれに生き続けて時代の変化の濁流の中でも杭がしっかりと立っていることを証明します。

アメリカの広告会社TWBACEOのジャン・マリー・ドル―氏が「アップルは反抗し、IBMは答えを出し、ナイキは熱く語り、ヴァージンは啓発し、ソニーは夢を見て、ベネトンは抵抗する。 つまり、ブランドとは名詞ではなく、動詞だ。」と言いました。

ブランドというものは、それぞれの使命が社會の中で生き続けていることでありその生き続けるものが実践され顕現するほどに可視化されたとき周囲にそのものの目的が伝わりはじめるのです。

そしてその目的がたくさんの人たちに共感されることで、そのものの価値や持ち味が認められるのです。そしてこれは決して単に見せかけで見た目だけを誤魔化してできるものではなく、創業者をはじめ一緒に取り組む仲間たちが強烈に一つの思いのためにいのちを懸けて真摯に実践を積み重ねたうえではじめて味が出てくるのです。自己をなくすほどに渾然一体となった祈りや願いや行動は自我の色を超えて透過した存在になっていくのです。まるで空気のようなもので、ないようにみえてここにはなくてはならないそのものの持ち味があります。

つまり持ち味とは、自分の根源的な性質が引き出されることを言います。つまりは比較や数値などでは測れず、点数もつけられず評価もできないものが出てくるということです。つまりは存在そのものの意味や、自分を超えた存在が滲み出てくるということです。それは産まれながらに持っているものであり、地球の味や月の味、宇宙の味が出てくるのに似ています。そのもののもっているあるがままの価値がブランドとして顕現するのです。

ブランディングというのは日々の小さな理念の実践、その思いの積み重ねによって実現するものです。

一日一日はそのブランドが練り上げられる修練の日々でもあります。これは稽古と同じで、怠ることはできません。持ち味の発揮は無私による真心の実践ですから引き続き理念を省み真摯に挑戦していきたいと思います。

 

むすびと御祭り

御祭りを深めていますが、そもそも日本人の和の精神とは何か、和を実践するとは何か、そこから考えてみると改めて御祭りの本質が観えてくるように思います。

和というものは、言い換えるのなら「むすび」のことです。出雲大社の注連縄のように、一本一本が強く結びつき束になることで強固な絆が産まれます。何を大切にして生きていけばいいか、それは親祖の時から私たちに神社の姿として伝承されてきています。

稲作を通して、稲作の行事の在り方を学び、そこから顕れてくる様々なプロセスを伝承の仕組みにしていたのが先祖の智慧です。もっとも食べる主食は私達には欠かせず、それをどのように見守り育ちそして収穫し感謝するかはその一連の流れを通して私たちの魂に呼び覚まされ維持されてきたものです。

今では生活が一変し、生活が消失して暮らしから遠ざかり只管に労働することばかりが優先されて社會そのものがなくなってきています。

本来、社會とは結びつきによって存在するものです。その結びつきとは古来からの「むすび」のことで、結束のことです。結束していくことで社會が強く優しくなり安心して暮らしていける風土が醸成されていきます。

何よりもその風土を守っていくことが、私たちの先祖たちが人類に戒めたことでありその風土を破壊してしまうバラバラが結束を崩していきます。それぞれが我儘にバラバラになったら人類はとても弱く自然界では生きていけません。そういうことがないようにと、様々な暮らしを通して私たちが結束を確認することを行っていたのです。

御祭りも同じで、結束を確認し、結束を強くするために使われてきた伝統行事です。伝統というものは、理念であり初心のことです。それを継続することで継承するのが私たち子孫の姿です。

御祭りが続いていくというのは、御祭りの本質を守り続けていくということです。今の時代のように単なるお祭り騒ぎやイベントを御祭りにしていてもそれは結束を強くするものではなく娯楽の域を超えません。

大事なことは何のためにそれが行われるのかを忘れないことです。改めて継続しているからこそ、初心を忘れずに本来の目的を見落とさないように大切に改善を続けていきたいと思います。すべての行事は神事であり、私たちは先祖と一緒に結ばれていますからそのままの真心を大切に紡いでいきたいと思います。

御祭りに御先祖様と風土をお祈りしたいと思います。

 

御祭りの原点

かつて神話の中にあった御祭りに現代における御祭りの意味に通じるものを深めてみると色々と観えてくるものがあります。

御祭りの語源は、民俗学の折口信夫は「たてまつる」とし柳田国男は「まつらふ」としました。つまり「祭り」「祭る」の語幹である「まつ」と「待つ」がそのものであると二人は言いました。以前、京都の町家の主から祇園際のことをお聞きしたことがあります。その際お祭りはお祭りの前の夜こそが本当の御祭りであり心の穢れを祓い清め、神様が降臨されるのを籠ってじっと待つことこそが御祭りの本質だと伺いました。そして夜に待ちに待った神様が顕れたことを籠った方から外界の人々へと伝えると、「芽出度い!」と民衆たちが御祝いをしたのが今の御祭りの姿になっているということです。

籠って待ったものは目立ちませんから、その後の「御祝い」の方が御祭りとして目立ったということです。本来のお祭りはすべて神様が降臨するのを待つことであり、その待つ心の中に信仰の根源があるように私は思います。待つことは信じることであり、信じることが待つことですから「まつらう」ことも「たてまつる」こともこの「まつ」があってこそのものです。

そして神話の中で最初に御祭りしお待ちした有名な伝承神事はアメノウズメと神々による有名な天照大御神の「岩戸隠れ」の物語です。これは「天照大御神の弟である素戔嗚尊の傍若無人な振る舞いに天照大御神が天の岩戸の中に隠れ引きこもってしまいました。すると国中から光りが消えてしまいこれに困った八百万の神々はなんとかまた出てきてもらおうとあらゆる計画を立てました。彼らは岩の中の天照大御神の気を引こうと、鳥を鳴かせたり、鏡や勾玉を捧げたり、祝詞を読み上げたりといった宴会を行ない騒ぎ立てても一向にでてきません。そこでアメノウズメという女神が自ら全てをさらけ出し裸になってでも真心で舞を踊ったところ他の神々は大いに笑い心が開け明るくなりました。そして天照大御神が岩戸から顔を出し再び世界に光が戻った」という物語です。

これは私の解釈ですが、アメノウズメは禍を転じて福にした神です。世の中が暗く陰気に気枯れてしまってどうしようもないとき、和来い(笑い)によって人々の穢れを取り払い洗い清め福に転じたことで世の中が明るくなったということです。

この物語は日本の御祭りの原型を顕すものです。つまりは、「禍を転じて福にする」という御祭りの本義を示しています。私たち日本人はお天道様に恥ずかしくないようにと、清く明かるく美しく正直に思いやりをもって勇気を出して暮らしていくなかでどうしてもその気が弱っていくことがあります。その気をお祭りによって甦生し再生することでいつまでも神様の波長や波動に合わせて生きていこうとするのが御祭りの神事です。

こういう日本らしさというものは、自然の波長や波動、気候風土に沿って暮らしていこうとした先祖からの智慧の塊です。

引き続きお祭りを深めつつ、何を温故知新するか、何を復古創新するか、実践を積み重ねていきたいと思います。

暮らしを祀る実践

御祭りの体験からいろいろと現代社会のことを省みる機会が増えています。都内だけではなく全国各地では年々御祭りに参加する人も少なくなり御祭りが次第に廃れてなくなっていくところが出ているともいいます。人口の減少、少子高齢、過疎、都市化、神社の荒廃と共に、お祭りができなくなっていくところや伝統の価値が消失し人気が失せて続けられなくなったところもあります。

かつて日本では御祭りというのは暮らしの年中行事であり、当たり前に実施されていたものです。お米づくりにはじまり収穫祭、その他の穢れを払う年中行事のなかであらゆる御祭りは神事として皆で大切に執り行われました。

今では御祭りはかつての伝統の神事としてよりも経済活動や一過性の地域活性化の企画としてイベント化しているところも増えています。イベントになってしまえば企画次第ではやったりやらなかったり、それまでの御祭りの本質を歪めてしまっています。

本来、先祖たちが当たり前に大切にされてきた感謝報恩の御参りやいつも心を澄まして周りと助け合い思いやりを和を優先していこうとした生き方などが行事を通して実践していたのです。しかし今日では、その実践することだけが失われてしまったということです。実践というものは初心を忘れないために行うものですから、実践しなくなればすぐに初心は失われてしまうのです。

そしてこの実践というものは一過性の経済効果や結果だけをみて一喜一憂すればいいというものではありません。実践は、初心を忘れないために続けていくことや省みること改善することを通してその体験は何だったかをそれぞれが自己の内面と深く対峙してその体験を積み重ねてその本質を磨き昇華していくことです。それは真玉磨きであり、魂を高め真魂を透明に澄ます日本民族の思想根本と繋がっているのです。

そして日本の御祭りにおいては更に「和」の心を尊び、自然に沿った道を歩んでいこうとあらゆる御祭り行われてきました。また穢れを払い、洗い清めれば和楽が訪れるという神話の歴史で語り継がれてきたような体験をいつまでも忘れないように実践で伝承し継承されてきました。

今ではその初心伝承をするためというよりも、集客力があり経済効果があるイベントとして主催者が一方的に行っているものになりました。御祭りは地域の人々みんなが参画して感謝のカタチをいつも見守り鎮守してくださっているその土地の神様に示すものです。

本来は御祭りは自分の暮らしにとても密着していたものです、暮らしが消失しているからこそ御祭りもまた消失していきます。政府は「働き方の改善を」と言いますが、実際に暮らしが仕事と切り離され、働くために仕事をする人ばかりになってしまった今日、かつての先祖たちのように暮らすために働く人がどれだけ増えるかは政治の在り方と人々の生き方に懸っています。

神事と共に暮らしていく豊かさというものは、御祭りを通して再認識できるものです。先祖たちが今まで私たちに繋いでくれたもの、今の自分たちを下支えしてくださっている存在、それまでのさまざまな御恩、暮らしはそういうものとつながって生きていく私たちの人生の実践であるのです。その暮らしは年中行事に顕れていますから御祭りはその「暮らしを祀る実践」ということになるはずです。

引き続き、何が日本人で何を実践するのが日本なのか。視野を広くして深めてみたいと思います。

御祭り~和魂を揺さぶる~

昨日は、稲刈りをしたあと東京都の目白にある御祭りに参加し御神輿を担ぐ御縁をいただきました。人生ではじめて御神輿を担いで二時間ほど街を練り歩きましたが、今までにない体験をすることができました。

そもそも日本の御祭りは、民族の伝統文化です。世の中には宗教とかいう人もいますがこれは生活文化であり日本人が古来から大切にしてきた生き方を示すものであり道徳の姿を遺すものです。つまりは私たちの先祖が、どのように暮らしてきたか、何を大切にみんなで優先してきたかを体験をもって伝承していく大切な伝統なのです。

御神輿のルーツとして有名なのは、奈良時代(749年)に九州の宇佐神宮にある八幡の神が、東大寺の大仏建立に無事祈願というお告げを出しました。その八幡の神が遷座する紫色の輿のがはじまりだと言われています。

つまりは私達を見守ってくださる高貴な神様(御魂)が、別の場所へと移動するときに使われたものということです。以前、氏子として地元の神社の御社の建て替えに参加したことがあります。その際にも、神様に御神輿のようなものへ入って移っていただきみんなで新たな御社へと運んでいきました。

日頃、御山に鎮座する神様が御神輿に乗って街を練り歩くのは人々の心の穢れを払うために行われたと言います。皆で、私たちの土地や風土を見守ってくださっている存在に祈り祀り、心を澄ませて仲良く助け合い思いやる様にと和を尊び待ち望む。

御祭りの「わっしょい」という掛け声も、語源には「和を背負う」「和一処」「和一緒意」となったともいいます。和を一処にするというのは、どのように子孫たちが道を歩んでいけばいいか、先祖や親祖が子ども達に何を大切に暮らしていけばいいかとその祭りの神事、行事によって先祖たちが大切にしてきた真心の暗黙知をカラダで伝承するのです。

重たい御神輿も、みんなで息を合わせて声を合わせて担ぐと不思議と苦しさよりも有難さが増して大変ですが楽しく豊かな時間を過ごせます。御神輿を揺らし、御神輿を掲げ、さらに揺さぶれば神威が増していきます。この神威とは何か、それは私たちの民族の根底に深く眠る魂の故郷のことです。

古来より時代を超えて魂が揺さぶられる体験というのは、このお祭りによって行われるのでしょう。もう一度、急激な近代化によって停滞した民族の和魂を揺さぶり起こし、呼び覚ますのはこのお祭りのチカラからもしれません。

和を取り戻す一つの仕組みとしてのこのお祭りの意味を、子どもたちの未来の伝承へ向けて再発見し、日本に祈りたいと思います。新たな三種の神器を得た気がして有り難い御情けとご縁に勇気が湧いたとともに感謝の心に充ちました。引き続き、子ども達に譲れるものを温故知新して社業に邁進していきたいと思います。

 

 

幸福な目覚め

人間は同じような境遇にあっても同じように幸福を感じるわけではありません。例えば全てを持っているような人であったとしても、ある人は仕合わせを感じてある人は不幸だと嘆きます。これは貧富でも、境遇でも関係なく人は心と精神の持ち方次第でどうにでも見え方が変わるからです。

アメリカの教育者にデール・カーネギー氏がいます。自己啓発をはじめ、自分を自覚し目覚めさせるためにあらゆるプログラムを考えた方です。どのように生きるか、幸福とは何か、そういうものと向き合いそれは自分の考え方次第であるということをあらゆる角度から話してくださっているように思います。

「同じ場所で同じ仕事をし、名声も財産も同じような二人の人間がいても、一人は幸福で一人は不幸だ。理由は精神の持ちようが違うからである。」

「幸福はあなたが何を持っているのか、あなたが誰か、あなたが何処にいるのか、あるいは、あなたが何をしているのかで決まるものではない。ただ、あなたが何を考えるかで決まるのだ」

幸福とは何か、それは精神の持ち様であり何を考えるかといいいます。そして「幸福になりたければ、見返りを求めるな。ただ、ひたすら、他のために尽くせば良い。」ともいいます。「見返り」を求めて他人のために尽して自己満足に終始している人たちが多い中、見返りを求めることをやめて盡せというのは真心のことです。

そしてそれが出来ないと嘆く人にはこう励まします。

「気のふさいだ馬を見たことがあるか?しょげかえった小鳥を見たことがあるか?馬や小鳥が不幸にならないのは、仲間に「いいかっこう」を見せようとしないからだ。」

自分自我中心になればなるほどに周囲に自分をさらけ出すことをしなくなって自分らしさは消えていくものです。いいかっこうを見せようとするから失敗を怖がり評価を気にし力が発揮できなくなります。全身全霊で打ち込むことは言い換えるのなら仲間に自分をさらけ出しているということです。そして自分を仲間にさらけだすからこそ気が開け、元気に活発に愉しく人生が豊かになっていきます。

そして自己を開発していくために大切な没頭していくことの重要性を説きます。

「もし人生に退屈しているなら、何か心からやり甲斐があると信じている仕事に没頭することだ。「この仕事こそ生き甲斐だ、死んでも悔いはない」という気持ちで働けば、夢のような幸福な人生が訪れる。」

悔いがないと思えるような真摯な仕事をどれだけ本気でやっているか、心技体を全て注ぎ込む鍛冶師のように命懸けで打ち込む中にこそ道はあります。道を志して生きる人は安易に楽かどうか、損か得か、もしくは評価を気にしていたら豊かさや倖せに気づく力が減退していくのでしょう。

最後に、「惺々着」という「目を覚ませ」という禅問答があります。デール・カーネギー氏も自己を目覚めさせ自分を改革するのは自分と説きます。自分が本当の自分に目覚めなければ誰もあなたを起こしてくれることはありません。せめて幸福で豊か、真摯に命懸けで取り組む仲間たちの前でいつまでも自分をかっこつけるような他人事の自分は持っていないでいてほしいと願うものです。最後にこの一文で終わります。

「人生とは、今日一日一日のことである。確信を持って人生だと言える唯一のものである。今日一日をできるだけ利用するのだ。何かに興味を持とう。自分を揺すって絶えず目覚めていよう。趣味を育てよう。熱中の嵐を体じゅうに吹き通らせよう。今日を心ゆくまで味わって生きるのだ。」

味わい深い豊かな人生を、子ども達に譲っていくためにも主人公であることを忘れず常に安易な眠りにおちないように常に目覚めて溌溂と生きていきたいと思います。

 

先に進む~先人の本質~

リーダーという仕事、指導者というものはその道で誰よりも先に進んでいる存在でもあります。この先に進むとは何か、それは別に能力が高いからではなく知識があるからでもなく、権力があるからでもなく、立場が上だから進んでいるわけではありません。先に進むというのは、自己修養を怠らないということです。言い換えれば、道を歩むにおいて誰よりもサボらずに真摯に向き合って学びこんでいる人物とも言えます。

例えば、サボる怠けるというのは楽を選ぶということです。自分がしなくてもいい方法や、自分が苦労を避ける方法を、安易に体験しなくてもいい方法など、自分自身で愚直に体験をし自分自身を磨くためにその出来事を向き合い深め研鑽を積んだりするのをしなくなるということです。もしもリーダーや指導者がそんなことをすると皆と一緒に一つの目的に向かって一丸となっていくことがありません。

誰かがやってもらって自分が楽をするのではそんな人には誰もついていかないからです。そしてついてこないというのはやらせているだけで何も一緒にもやっていないということです。みんなと一緒に進む中で先に進む存在は、その中の誰よりも真摯に現実と向き合い理想の実現に励み、苦労を惜しまずに努力をしているから周りよりも先に進んでいるのです。

この先に進むの意味は、リーダーや指導者の本質であろうと思います。自分自身がそれを怠りサボり、怠けていたら道から外れてしまいます。道というものは万人に存在する道理であり、その道を歩むものたちが仲間になって一緒に人生を豊かにします。一緒に旅をするのにその旅の目的を忘れ、楽して目的地にいくことばかりを考えていたら大切なものを失ってしまうものです。

人生の旅路において、思い出深く豊かで学びが深いものはみんな苦労することばかりです。しかしそれでも楽しいと思えるのは挑戦し続けることであり、精進を怠らないからであり、怠惰な自分自身に打ち克って道を極めて達しようとする日々の実践次第によるものだと私は思います。

人間には運がありますから、もちろんどうにもならないこともありますがその運を育て磨くのはそうやって先を進み徳を積んでいくしかありません。日々の苦労を感謝に換えて、日々の出来事を思いやりに換えて、自分自身と向き合ったうえで楽観的に御蔭様に感謝して生きていくのもまた実践の一つです。

今の時代は恵まれすぎて怠け心の方が育っていきやすい環境にあります。何もせずに楽して得たものの方が得をしたとかラッキーだとか思い込んでいる価値観も蔓延しています。苦労して眠れない日々と矛盾が魂を鍛え、人間関係のトラブルで感情と正対し精神を鍛え、大変さや疲れと休息が心と身体を鍛え、先人はみんな鍛錬して徳を積んできたのです。そうやって有り難い体験の中から日々の当たり前に感謝して、恩恵を忘れず、御蔭様をみては御恩返しをしようと向き合って反省していかなければいともたやすく日々に流されて怠けてサボってしまうものです。

果たして自分は道を先に進んでいるか、まだまだ未熟な自分を受け容れることができないでいます。

自分自身にそういう楽をする気持ちが出てこないか、妥協しようとする気持ちになっていないか、常に自分の理念から心を見つめ学び直し改善を続けて誰よりも強い熱量をもって道を実践しているか、子どもたちのためにも日々を省みて先を進めるように精進していきたいと思います。

自分を知ること

人間は自分のことが分かるまでに相当な時間を要します。ひょっとすると人生一生かけても自分というものが分からないものかもしれません。これは明治以降に個性という教育を受けてきたから余計に難しくなったとも言えます。古代においてはそのような自分という自覚もなかったときに発揮されてきた個性と、近代以降に個性と言われるものではその性質が全く異なるからです。

自分自身というものを知るには、本当の意味で人間のことをしらなければなりません。子どもを知ることも同様に人間理解が必要です。そしてその理解は自分を理解することで深くなります。そして自問自答といって人は自分と対話をしながら日々に決断していくものです。曖昧にしたままでいたら何も決まらずそのうち決まらない自分が分からない自分になっていきます。初心を忘れないことも、理念を優先することもそういう主軸を用いて自分自身の心を知り修正していく中で自分を理解していくもののように思います。

本来、自分というものがなかったらどうなるか、それは自然の一部になっているということです。私たちが目にする道具やすべての存在は自分と相対的に観ているものです。自分というものを思うことで相手がうまれ、自分というものと分けることで世界を分けます。

名前を持ち、相手と自分とを明確に分けてしまう。それ自体が人間の特徴でもありますが、自分というものを正しく理解するのはこの広大な宇宙の真理や自然の絶妙な法理など学ぶことが沢山あります。しかしもっとも学べることは、周りのために自分の真心を盡していくことのようにも私は思います。

自他一体というものは、自分が相手だったら、相手は自分だったらと自他を分けずに習慣を創りなおしていくことでもあります。そのうち、本当の自分はどういうものかは相手によって学び直します。相手を思いやるうちに自分の心境や自分の存在がどのようになっているのかが自明してくるからです。

人は自分のことが分からないのと悩むよりも、周りのために自分を役立てていこうと実践していく方が自分自身を自覚していきます。そうやって人は信頼関係を築くことで自分ということの本質に出会うのです。

自分のことは自分が考えていなくても周りがよく自分のことを知っている、そして自分の心配をしなくても周りはいつも自分のことを自分以上に心配してくれる。そういう根っ子にご縁への感謝の精神を持ち共生と貢献ができるのならその人は自立した人とも言えます。

自分という刷り込みを如何に脱却するかは評価をせず自他を裁かず、真心を盡して取り組んでいくことが何よりも肝要なのでしょう。引き続き、頼まれごとは試されごと、信頼こそ人間の根源の自己修養だと日々を練り上げていきたいと思います。

 

後世に糸を紡ぐ

聴福庵に布団を入れていますが、昔の懐かしい木綿布団をつかうことにしています。今ではほとんどがベッドでの羽毛布団が中心になりかつての馴染み深い木綿布団が消えていきました。私の小さい頃に、東北の母の実家で寝た木綿布団の感覚が忘れられません。確かに最初は冷たくまた重いのですが、布団に入ってから寝ているとなんともいえない心地よさに布団の有り難さを感じたものです。

今ではほとんどが布団は使い捨てになり、かつてのようなお仕立て直しや打ち直しというリサイクルや循環のシステムも一緒に失われました。安価でポリエステルなどの化学繊維が混ぜ込まれ次第に本物の木綿の品質も下がってしまいみんな木綿から遠ざかってしまいました。これは日本酒が純米酒から醸造アルコールになり発酵させずにアルコール添加に換えたことで次第に日本酒から遠ざかり西洋のお酒ばかりが人気になり昔ながらの酒蔵がなくなっていたのと同じ仕組みです。

大量生産大量消費、効率優先の社会では安くて大量に売れる便利なものを扱うことが価値があるような価値観に埋め尽くされています。数と量の論理ですから、少量生産少量消費、手間暇優先という昔から大事にされてきたものづくりの真心は全否定されてしまいました。

そうしているうちにかつての伝統まで絶滅に追い込まれ、後を継ぐ人もいなくなり技術も精神もまた品質も一緒に消えていきます。いくら物は今の技術で近づけても、かつての生き方は近づけることはできません。そろそろ豊かな社會の創造に向けて私たちはその生き方にお金を払う時代になってもいいと思います。

木綿の話に戻ります。

木綿というものは、アオイ科のワタのまわりにできる白い綿毛からとれるものです。このワタは古代からずっと人類が活用した道具で紀元前8000年くらい前の遺跡からも出てあるそうです。日本では799年に三河国へ漂着したインド人によって木綿布が伝来したと日本後記にでています。そして日本では戦国時代以降に急速に普及したといいます。

木綿が流通するまでは麻を使って着物などにしていましたが、麻は冬は不向きでこれを何枚も重ね着して寒さを凌いでいましたが木綿の御蔭で冬は暖をしっかりととれるようになったとも言えます。それに日本の風土は高温多湿でこの木綿はとても湿気を吸い取ってくれます。乾燥も早く日本の風土に適した繊維なのです。羽毛においては湿気をためる性質もあり、今のように気密性の高く空調が整備されている室内においては便利ですがかつての隙間の多い自然と一体になった家屋の暮らしの中では木綿がとても理に適った繊維だったのです。

その後、明治以降は輸入木綿が中心になり高度経済成長と共に日本国内の木綿は失われていきました。和布団もまた、畳や木造、和室の減少と共に次第に洋物に変わっていったとも言えます。

現在、古民家を通して暮らしの再生をしていますがかつて職人たちに手作りされたものはそのものの素材と対話しその素材の持ち味を活かし切っていました。今では大量生産し同じものを画一化してスピーディに効率よく機械で生産するようになってそのような持ち味や旬などと言った言葉も死語になってきました。

すべての自然素材には旬と持ち味があります。こういうものは同じく人間の個性にもあります。同じ人間を大量につくり大量に消費する、顔の見えない使い捨ての文化は決してモノだけにおきている出来事ではありません。自分たちが同じように扱われたくないものを自分がやっていては次第に自分の価値観もそのようになってしまうかもしれません。

古来からの素材を活かした大切な道具を、如何に今の時代でも活かして使っていくかはその人の生き方が決めます。伝統が大切だとか継承が大事だと色々といいますが、日々の暮らしの実践がどうなっているのか、自分自身の生き方をまず転換する必要を私は感じます。

引き続き子ども達に遺し譲りたいものを磨き直し、後世にその生き方の糸を紡いでいきたいと思います。