場数とは

色々と挑戦する人は「場数」というものの質量が高まってくるものです。この場数を踏むというのは、経験を積んだ量のことであり、それだけ体験をして馴染んできたということです。

現在は知識や知った気になるばかりでこの場数というものをあまり重んじていないようにも思います。子どもの頃から様々な体験を積んできた人は挑戦することが学ぶことになっていますが、体験がない人は学ぶことが挑戦することとつながっていないようにも思います。

改めてこの「場数」ということについて少し整理してみたいと思います。

この場数の「場」は、単なる場所のことを言っているのではなくこの時の場は「道場」としての場であると私は定義しています。自分の道を定めて初心を決めたら日々は常に道場になります。道場になるということは、実践が必要になります。その実践をするときに場が産まれ、その場を繰り返し向上し続けることで場数が増えて経験値が高まり道が拓けていくのです。

場数を踏んでいる人の言葉というのは説得力があります。なぜならその人は単に知識で覚えたことを伝えているのではなく、自ら体験して経験したことを伝えているからです。裏付けられた経験値からくる真実は嘘偽りがなく、その言葉にはチカラがあります。

言葉というものも、単に文字遊びで使う道具ではなく文字通り道具として真実を伝えるために使われてはじめて効果があるのです。自分の体験したこと、そして実践したことを自分の言葉で伝えることほど思いやりや真心が入ります。

論語の三省に「習わざるを伝えしか」がありますが、知った気になったことを人に教えていないかということです。これもまた場数を踏んで体験し経験して掴んだものだけを伝えなさいと言うことでしょう。

場数を踏むことの大切さは、自分のやったことを内省しそれが何だったのかを意味づけしていく中で気づけます。単にやることに意味があるのではなく、何のためにやるのかと実践を続けていくことが場数を高めて道場としての精進を続けていくことになるのでしょう。

私は場数を大切にするタイプなので、色々なことをあらゆるジャンルであらゆる角度から学びたいといつも思っています。このブログが多岐にわたるのも、欲張りだからか全ての体験を場数にしたいと思っているからかもしれません。

実践こそ何よりの真実であることを伝え、子ども達にも素敵な場数を弘げていきたいと思います。

本質を磨く

先日、聴福庵の柱や天井をクルーと一緒にライスオイルを使って磨きました。磨けば磨くほどに木の木目が出てきて、すでに数百年経っている木の歴史や風格が顕れてきました。磨くことの面白さというものは、磨くと本質が顕れてくるということです。その本質は日頃は隠れていますが、磨くという行為を通して本質に近づいていくのです。これは私たちの人生体験にも言えるように思います。

例えば、古いものでもなんでも掃除をしなければくすんできます。そのものの色が分からなくなってきます。それを拭き掃除や掃き掃除を日々に行うことでそのものの色が浮き出てきます。これは個性も同じで、日々に掃除をしていくことで次第にそのものの個性が浮き出てきます。この浮き出たものは別になかったものが出てくるのではなく、あったものが改めて確認できるという具合です。これは温故知新とも言えます。つまりは、常に本質を顕し続けて怠らず磨き続けるということです。

本質が隠れてしまうからこそ、その本質のままに維持しようとする。これを初心を忘れないとも言います。人は別に何か心変わりしたから変わるわけではなく、本質を忘れてしまうから変わったと感じているだけなのです。

現に先ほどの数百年の木を磨けば、そのものの木目や年輪が出てくるのはその木がもともと持っていた本質が磨くことで思い出すのです。磨くということは言い換えるのなら「本質を磨く」ということです。磨くの陰には常に本質が隠れていて、本質的に生きている人は常に日々が磨かれているということです。

何のためにそれをやるのか、何のために生きるのか、そういうことを思い続けながら日々に生きているからこそその人は磨かれ温故知新して常に本質を維持していくことが出来ます。

磨くという実践は人生においては、自分らしく生きること、個性を活かすこと、そして目的を忘れずに本懐を遂げるためには何よりも大切な徳目なのでしょう。

引き続き、日々を磨くことを通して時代が変わっても世界が広がっても共通しているものを守り続けていきたいと思います。

子どもと場

現在、「こども食堂」という場が世の中に広がっているといいます。これはもともとは東京都大田区にある「気まぐれ八百屋だんだん店主」近藤博子さんが名付けはじめた実践が世の中に共感されているからだそうです。

このこども食堂という名前を聞けば、なんとなく子ども達が集まる食堂というイメージですがこれは子ども達だけが集まるのではなく高齢者をはじめ様々な人たちが集まる場だそうです。以前、新潟で拝見した「実家の茶の間」もそうでしたが如何に自分たちが居場所を感じられる茶の間を用意できるか、ここに今急速に失われている地域再生の根っこがあることを実感しました。

このこども食堂の定義は「こども食堂とは、こどもが一人でも安心して来られる無料または低額の食堂」となっていて子どもが一人ぼっちで食事しなければならない孤食を防ぎ、さまざまな人たちの多様な価値観に触れながら「だんらん」を提供することを目的にしているといいます。

つまりは一家団欒というものが地域から消えてしまったものを補うものでもあります。私が聴福庵の囲炉裏で用意しようとしているものにもここに共通するものがあります。囲炉裏を囲み、あらゆる多種多様な価値観が触れ合う中で一緒になって火(いのち)を囲む中に団欒があります。今はこういうものが失われたことから子どもは自分の持ち味や、自分らしさを実感できることが少なくなったように思います。

人は誰しも自分の居場所が見つけられることで自分の存在を確認できます。それは人格の根とも言え、自分の根がどこにあるのかを自覚することで植物のようにそこから養分を吸い上げ立派に成長していくことができるからです。

根元が不安定なものは、根なし草のようにふわふわと浮いていますし、根がないものはどうしてもその人生に不信や不安が付き纏います。自分が居てもいい、自分の居場所を認めてくれる仲間や家族の存在が合ってはじめて人は自分を肯定して自信を持て、世の中の社會に受け止められているという実感と自立が生まれるように私は思います。

自立も共生も、子どもの頃の多種多様な価値観、多世代交流、多体験によって育まれます。それは全てにおいて地域の見守りがあったことで成り立っていましたし、人類はずっと子どもを地域で見守り育て合うことによってここまでいのちをつないできたとも言えます。

昔は自然環境が厳しく両親が早死にすることもあり、もしくは自然災害で全員の身内を失ってしまうようなこともありました。しかしそういう時に、地域の人たちが見守り育ててくださった御蔭で立派にその後の子どもが生長し、またその御恩返しを地域にして発展し続けてきたともいえます。

そういう人の循環する「場」が失われているとしたら、これは共生社會の危機であり自立社會の危機でもあります。自分の個性が尊重されながらもみんなで一緒に生きていく仕合わせと心地よさを子ども達に体験してもらいたいと思います。

地域への伝承と合わせつつ、子ども第一義の理念を自分なりに発展させて貢献していきたいと思います。

豊かさを譲る

今、時代はかつて人類が大切にしてきたものを手放してきているとも言えます。特に最近の世界情勢をみていたら、自分の国の利害ばかりを優先し他国を省みない言動や行動が増えてきています。

本来、思いやりや優しさは利他から生まれ自分のことだけではなく一緒に生きている周りのことを思いやるやさしさこそが本来の国の強さのはずですがそれをもここにきてまた手放そうとしています。歴史を鑑みれば、こういう自利ばかりを追いかけるようになると紛争が生まれやがて必ず戦争に発展していきます。身近な人間関係とも同じで自分さえよければいいという考え方が孤独を広げていくのです。

如何にそれぞれが周りを思いやるチカラを育てるか、それは幼い頃から思いやりや真心、友情や愛情の居場所を持てるかどうかではいかと思います。多様な価値観を持つ人たちの中で、様々なことを学ぶと言うのはもっとも効果があるのが協働や協力、そして思いやりなのです。

かつては、おじいさん、おばあさん、近所のおばちゃんやおにいちゃんおねえちゃん、その他、近隣のお店の人々にいたるまで地域が存在していました。悪いことをすると叱ってくれるおじさんがいたり、あらゆることは地域の中で学びましまた。そうして気づいたことは、自分一人で生きているわけではない、自分勝手ばかりをしてはならないということでした。

人は多くの人たちの中ではじめて自分の存在に気づきます。自分の行動が周りに大きな影響を与えることを学びます。その影響を知ることが自分さえよければいい、自分のことだけやっていればいいという我儘が如何に周りに迷惑をかけるのかを自覚するのです。

周りの御蔭様で私たちは生きられる、そういう御蔭様の真心を幼い頃から体験することで子どもは思いやりややさしさの本質を学びます。今は、地域が消失し、壁に仕切られ一人ぼっちになってもお金さえあればやっていける時代だともいえます。しかしその事から孤独になり、次第に居場所がなくなり寂しい思いをしているお年寄りや子どもたちが増えています。

福祉というものの本質は決してそういう人たちにやってあげるのではなく、御互いが見守り合えるように如何に居場所を用意するかということです。利害ばかりを追求しているうちに大切なコミュニティを失い、利害の影響を受けて孤立してしまう人たちがいるということこそが貧しいということです。

豊かな国になったはずが、かつての心の豊かさはそれと反比例しどんどん貧しくなっていく・・・そういうことに気づいた人たちが自ら立ち上がり、行動を起こしその貧しさに立ち向かっていくことも増えてきています。そういう希望や兆しも増えていますから、私たちも子ども達のために何ができるか真摯に考えていきたいと思います。

大切なのはもう一度、豊かさの定義を皆で見つめ直すことかもしれません。結果さえよければいい、能力主義や成果主義、または競争社会、比較の刷り込みばかりをもっていたら貧しさがより一層深くなるばかりです。道徳と経済とは本来分かれているものではなく道徳経済でした。道徳が経済に切り離されたことにより様々な問題が深刻なものへと変貌しています。経済にどのように新たな風を吹き込むか、それぞれの自覚が再生を担います。

その時、先ほどのような「場」という教育の在り方が、この失われてきたものを原点回帰し再生するための大切な鍵になるでしょう。

引き続き、未来に真の豊かさが譲っていけるよう子ども第一義の理念に沿ってカグヤは「見守る」ということの実践を広めていきたいと思います。

渾然一体

明治以降に急速に西洋化をした日本は、西洋的な発展を自分たちの発展と入れ替えてきたともいえます。本来、それぞれの国はそれぞれの発展の仕方と言うものがあります。気候風土に合わせて人種も分かれ、肌の色も価値観も暮らしも異なっていました。こういう人々たちがそれぞれにそれぞれの場所で独自に文化を発展させてきて今があるとも言えます。

それが今では世界が交通網や物流が世界の奥地のあちこちまで行き届き、世界中から物が運び込まれてきて同時に人や文化も入り混じります。そこで様々な文化が衝突し、受け容れられないものは排除したりと人類は今、乗り越えなければならない文化発展の過渡期を迎えています。

本来、異質なものが混ざり合うということはどういうことかそれを少し深めていきたいと思います。

混ざり合うという言葉に「渾然一体」という言葉があります。これは別々のものが混ざり溶け合って、お互いの区別がつかないほど一体になるさまをいいます。もはや混ざり過ぎて何が分かれていたのかが分からない状態になるということです。

渾然というのは、異質なものが異質なままに一体になっている様のことを私は定義しています。同じにする必要はなく、異なっているけれど理念に対しては皆一体になっているということです。

理念でいえば私たちの会社には窓際に沢山の花壇があります。カグヤガーデンと呼んでいますが新宿の高層ビルの中にある総合空調の中では、外にあるような自然がなく、風も吹かず雨も降りませんし季節の変化もありません。徹底管理された空間においても、それぞれの持ち味を活かす工夫として混植という方法をとりました。

この混植というものは、一つの花壇の中に多種多様の種類の植物をひしめき合うように入れます。しかしそうすることで単一の花を花壇に植えるよりもよほど長く花は咲き、それぞれの持ち味を活かして美しく空間を彩ってくれます。単一の花が美しいと思っている人もいますが、百花繚乱に咲き誇るそれぞれの持ち味が活かされた花の美はなんとも自分らしく尊く感じられるものです。

この混植こそが渾然一体の姿であり、分かれていたものが一体になっている様です。

私は会社の理念を語るとき、このカグヤガーデンをいつも意識しています。この花を見るとき、私はこれからの時代、グローバリゼーションで世界が単一化していく流れと、その反対に世界が多様化して百花繚乱に美しく活かされていく流れがあると感じています。

子ども達に遺して譲りたいのは、混ざり合うことは悪いことではなく混ざってい一体になったらもっと新しい美しさがあることを自分たちの生き方を通して伝承していきたいのです。それぞれの持ち味が活かせるのなら、私たちは必然的に助け合い譲り合っている社會もそこに存在しているはずです。

いがみ合い仲が悪く、果たしては戦争でいのちを殺めるということは子ども達にはしてほしくはないのです。だからこそ、自分たちがまず渾然一体になることを目指し、異質なものを受け容れる寛容さ、長所を友とし、その人のたちの好いところ、美点を伸ばし、認めていくという実践を常に大切に積み重ねていく必要があると思うのです。

私たちが実践する子ども第一義の発達の中心には常にこの「渾然一体」があります。

自然から学び直すのもまたこの渾然一体に気づく大切さを学び直すためでもあります。何が自然で不自然か、自分たちの理念を実践することで文化発展のモデルを示し、周囲に伝承していきたいと思います。

 

 

初動の早さ

人は本気であればあるほどに覚悟を持ちますがその覚悟や本気を確かめるのに「初動の早さ」というものがあります。何でもいいと思ったらすぐにやる人は覚悟が決まっていて本気であると言えます。しかしいつまでも悩んでばかりで始めようとしない人は本気と覚悟が決まっていないとも言えます。これを少し整理してみたいと思います。

そもそも覚悟とは何か、私の定義では迷わないということです。

例えば「やる」と決めていることがあるのなら、どうしようかと迷う選択肢はありません。もちろんやるとは決めているものの、その障害の大きさを感じれば気分はよくなく、やりたくないなと強く思ったり、周りから聞きた助言を好き勝手に解釈しやらなくていい言い訳ばかりや、何か他に楽にできる方法はないかと逃げようとする感情は誰でも等しく出てくるものです。

しかしいつもそれを繰り返して結局は「先延ばし」していたらタイミングが全て悪くなり、「時間切れで仕方がない」という最高の言い訳を手にするだけで何の結果も変わりません。つまり初動の早さの反対は先延ばしということです。

よく覚悟を決めろとか、本気を出せとかいう人もいますが、それよりも「いいと思ったことはすぐにやる」習慣をつけた方がいいように思います。よくないと思ったらすぐやめるというのも同じことです。

不思議なことですが、心というものは気付きを持ちます。それは場面場面で内省したり反省する中で、「もっとこうありたい」や「これをやろう」といった行動に移りたいと心が感じます。その時、同時に「とはいえ」が出てきてやると大変だとか、やれなかったとき評価が下がるとか、感情が出てきて邪魔をし出すものです。そのうち心の方がしぼんできたり、心が枯れてきてやる気が起きなくなっていきます。時間だけが過ぎ去ってしまい、前に踏み出す一歩が出て来ません。

何でもそうですがこの「初動」というのは大切なのです。言い換えるのなら「すぐにやる」というリズムのことです。決めたらすぐにやるというのを行動力と言い、結局はやれるかやれないかではなく「やるかやらないか」という選択肢しかないのが現実の世界から正対し続けていくしかありません。

やってどうなるのかはやってみた後に必ず明白になります。やる前からどうなるのかを考えていても明白になることはまずありません。そして何のためにやるのかを決めている人はチャンスを逃しません。そのチャンスは、「今此処全て」です。

いいと思ったことをどんどん増やしている人は、好循環のサイクルを掴みます。またよくないと思っていることをすぐにやめる人もまた好循環の運気を呼び込みます。逆はすぐにやらない、いつまでも悪いと思う習慣をやめないですがこれが悪循環を呼び込み運気を下げる方法かもしれません。

迷わないということの効能は、人生においてとても大切なことのように思います。それは全身全霊のチカラが無理なく自然に発揮されるからです。余計なことを考えないで決めたことを遣り切る人には、覚悟と本気のチカラが加味されいつも追い風が吹いてきます。そしてたとえ向かい風のときにもまた、自分と向き合うチャンスに換えます。

覚悟力は迷わないチカラを持てるということです。初動の早さというものはリズム感ですが、それは迷う暇を自分に与えない克己の工夫ということでしょう。

「なんでもいいと思ったらすぐにやる、よくないと思ったらすぐにやめる。」ただこれだけの実践ですが、迷っている時こそ理念や本質に寄り添い原点回帰し、素直に正直に自分の感性を磨き、日々の習慣に手入れをしながら克己復礼に取り組んでいきたいと思います。

 

 

体験が学び

先日、奥庭の剪定でイラガやチャドクガに刺されました。イラガははじめて刺されましたが、急な激痛で熱を持ち、その後は小さな赤いぶつぶつができます。背中の棘の先から大量の毒を放出するようでその毒によりこちらが撃退されてしまうという仕組みです。チャドクガにおいては、毛を放出しその毛についた毒によって敵を撃退します。

今回はその両方の毛虫によって色々と痛く痒い思いをしていますが、こうやって体験することでその虫のこと、対策のこと、あらゆることを身体で学びます。体験の学びは、大変であればあるほど心身に沁みますからそのことから人は学ぶということがはじまるのでしょう。

今の教育は教えるばかりであまり体験を重視していませんが、本来は子どもは体験するから学ぶのです。体験なしに学んでいてもそれは学んだとは言わず、できる限り様々な体験を通してその体験が何だったのかということをフィードバックし内省することにより本来の学ぶ価値に出会えるように思います。自然というのは、そういう意味では私たちにとっての至高の先生です。

さて、このイラガとチャドクガですが特に殺虫剤を使わず枝や葉ごと取り除きましたがこの毒蛾の幼虫にも天敵はいます。例えば、カマキリや蜂、寄生虫、ウイルス、また一部の鳥が食べてしまいます。自然界はとても絶妙に調和していて、殺虫剤を使って全滅させるとかえってバランスを壊し一部の虫たちが大量発生したりします。

その都度、殺虫剤を使っていたら常にそこに全滅の状態を維持しなければならなくなり一度使ってしまうとずっと殺虫剤を使い続けなければならなくなったりします。自然の調和が来るのを待たずに結局は全滅させるとその後がもっと大変になるのです。自然農を学んでいるため、大変で面倒で危険でも手作業で手入れをしていきますが虫のことをもっと観察し学ばなければ今後も同じように刺される嫌な体験をしなければなりません。

どんなことでも体験をしてすぐ学ぶことが何よりも大切であり、その学びを次に活かすことで学びはさらに深まり学ぶ真価が出て来ます。自然の奥庭をつくっていますが、その自然の奥庭づくりが不自然では成り立ちません。いくつになっても「やってみたい」と思う子どもの好奇心があれば失敗を恐れる気持ちはなくなっていくものです。

引き続き、どんな失敗からも積極的に学び直し自分の方を変化させていく楽しみを挑戦と共に味わっていきたいと思います。

木との対話

今年の2月から修理に出ていた古い木の風呂桶が無事に戻ってきました。もともと木には寿命があり、長い年月経ったものですからあちこち傷んでいますが桶職人の方の深い愛情を受けて丁寧に修繕されていました。

その風呂桶は修理前に見たときよりも一層その生命力が増しているように感じ、愛着がさらに深くなったように思います。特に木という素材は不思議で使い込めば使い込むほど、また時間が経てば経つほどに善い色合い、善い雰囲気を醸し出してきます。

私達の風土や気候はとても木には最適であるようで、湿気を吸っては吐出し、まるで呼吸をし続けるように生き続けています。何百年、何千年とちょっとずつ年輪を刻んだ樹木は、その後私たちの暮らしの道具になりその育った年数と同じだけ異なるカタチになって生き続けます。

その姿はまるで地球の生命力を貯め込むかのような生い立ちです。

世界では樹齢数千年の樹がまだまだたくさん残っていると言います。厳しい自然環境の中で、じっくりと地下に根をはり年々の環境の変化に順応して生き残ってきました。私たちが暮らしてきた民家においても、木が用いられ大黒柱をはじめ家を支える元気なチカラをその後も放ち続けているように思います。

「根」という字は、「木」と「艮」でできています。この「艮」という字は、動かないで止めるという字です。そしてじっくりと成長するという意味もあり木が入るのでしょう。同じところに止まりじっくりと根をはり成長をするその逞しく健やかな生き方の象徴として私たちは「木」から様々なものを学んできたとも言えます。

諺に「根浅ければ則ち末短く本傷るれば則ち枝枯る」がありますが、人生も同じく根という基礎や基本がしっかりと張ってその上に成長しけるということです。根を深く張るというのは、それだけ日々の体験を着実に深め、その根からの養分を吸い上げて葉から吐出すという呼吸循環を通して揺るぎない信念を持つということです。

今の時代こそ根という見えない部分を大切にし私たち人間よりも長寿である長老のような存在にもういちど私たちは学び直す必要があるように思います。

引き続き、身近な木の手入れをしながら丁寧に関わり「木との対話」を味わっていきたいと思います。

 

不便の価値と人間の文化

先日から便利・不便について書いていますがそのことを少し深めてみたいと思います。

人は便利と不便を使い分けるとき、自分の感覚を用いないのか、用いるのかということで使い分けているように思います。例えば、鉛筆削りなどもそうですが今では電動であっという間に削れますが昔はナイフで自分の手で削っていました。ライターが普及すればマッチで火をつけるということもなくなりました。

他にも大きなことでは天気予報や災害情報なども今ではスマートフォンのアプリで勝手に知らせますが昔は自分の五感や感覚で天候や自然の状況を察知していました。今では自分の感覚を用いないことを便利といい、自分の感覚を用いることを不便と言います。

そのうち自分の感覚が失われていき、本質的に不便になっていきますが実際の便利と不便の定義もあべこべになっているように思います。動物たちにとっては自然界で生きるのに、自分の感覚を使うほど便利なことはありません。人間はすでに自然から離れ、都市化され加工したところに住んでいるとすべて自分の感覚よりもデータや道具の力でやった方が便利だと信じ込んでいます。都会の人が田舎にいったら途端に何もできなくなるような感覚があればその意味に気づけるようにも思います。

もちろん別に原始返りすればいいと言っているわけでもなく、動物の時のように戻れというわけではありません。大事なセンスや能力、五感はそのままに磨き続けて現代の技術を用いることが本来の人間の持ち味ではないかと私は思います。そういう意味で今の時代のような便利を追求するということは、自分の感覚を怠けさせるのではないかと思うのです。そして自分の五感や感じるチカラが減退するということは、それを生物でみれば本来の進化とは呼びません。今は急速に人の持っている感覚が消失しているのも、便利な道具に流され依存し自分の感覚を使わなくてもよくなったからのように思います。

結局は一つの価値観によって画一化されて単一化された道具で、誰でも簡単に自分の感覚を使わずに便利さや自由の中に埋没してしまうとより一層個性が失われていくということでしょう。これは自立と依存の関係がとくに現れていることであり、生きるために自立するのが大変だから依存していたいと怠けてしまうのです。

このような環境下で自分の感覚を使うというのは、常に決心と決断、その自立への覚悟が問われています。主体性が失われてしまうから便利な道具に流されてしまうのです。主体性を持っている人は便利な世の中であっても、敢えて不便の中に身を置き、敢えて不自由を遊び愉しんでみるという実践を必ず持っています。不自由と不便を使いこなしているからその人の人生は常に発見と発明、創意工夫、活気に満ち溢れるのです。

つまり便利さに流されるのは本人の自立の問題だということです。そして自立は自分の感覚を使う人のことをいいます。

今は世界中で単一画一が蔓延し、次第に調和のための多様性が求められてきました。こたえのない時代と言われているからこそ、子ども達はこの感覚を研ぎ澄ます体験がますます必要になってきます。不便さや不自由さは今からの時代に何より必要な道具であり、何よりの智慧であることは間違いありません。

今までの教育の概念を根底から見直す時代に入り、今までの価値観は転換され世界はもう一段成長した成熟した社會を望んでいます。

世界の責任のある一人の人間として、自分が不便不自由を謳歌しながら実践をし、子ども達や周りにその不便の価値と人間の文化を正しく伝承していきたいと思います。

家の恩徳

昔から家というものは、その土地や風土、その国の価値観を今でも色濃く建物の中に遺ってあるものです。山の中や海の近く、川の傍から谷の底など、その場所場所で家は工夫されてきました。また英国やオランダなどヨーロッパの家と中国や韓国などのアジアの家、それらは気候風土だけではなくそれでの伝統も家の中のつくりのなかに取り容れられています。

日本人の家は南は沖縄から北は北海道と気候風土も異なりますが、家の中にある価値観は同じようなつくりで建てられています。例えば畳、縁側、瓦、土間、障子、襖など、これは全国各地のどこの日本の家でも共通して存在していました。

今では和風建築に残るくらいで、ほとんどが西洋式の建物に変わってしまいそこに住む人々の価値観も次第に変わってきています。

日本の家というのは、自然の世界と人間の世界の境界線がほとんど曖昧につくられています。西洋の家では、塀や堀、また壁によって外界との共感線ははっきりと遮断されます。

たとえば、西洋などでは冬になれば全て窓を閉め切り完全密封して暖炉で家ごと暖めます。しかし日本は、隙間風も多く囲炉裏や火鉢、炬燵の近くに人間の方が近づいてじっとして暖まります。自然から切り離して人間の都合で人間の慾を満たそうとするのではなく、70パーセントの快適さ、腹八分目、ほどほど満足、足るを知るかのような境地でそれは少々我慢します。

たとえ部屋が暖まり快適にならなくても、みんなが火があるところに手が届く距離でみんなで暖をとれば、その分、人の暖かさで温もりがとれるという考え方だったのでしょう。日本人のこのような発想の工夫、自然の活かし方、人間の心の活かし方はまさに自然と人間が調和しているように思います。

もしも100パーセントの快適ばかりをめざし、いつも満たされていたら人間は次第に傲慢になっていくのかもしれません。数パーセントの不便をもゆるさず、その不便を克服するためにさらに自然から遠ざかっていくように思います。

しかし日本人の謙虚さは、自分だけを満たさず周りのことも思いやることで少々我慢しますがその分、思いやりが通じ合うことによる感謝やぬくもり、一緒に生きる人々の安心感が得られるのです。一人でなんでもうまくいけばいいとやればやるほど実は孤独になり、不安を抱えているという話はよく聴きます。自分勝手が人間を孤独にしていくとも言えます。実際には、人は一人では生きていけませんから不便だからこそ人は助け合い、不便だからこそ思いやれます。しかしその不便は安心というもう一方での眼には見えない心の快適や平安を産み出しているのです。

自然と共に暮らす安心感とは、いつも一緒につながりあっている安心感です。自然から切り離すことでその関係も切り離されます。日本人の持つ、御縁が結ばれているや絆があるという感性はこの自然との共生、人々との協働生活による調和の中から感性が磨かれてきたのです。天照大御神のときより共同していることを重んじるために永年実践してきた様々なまつり、稲作、暮らしの神事が今はものすごい勢いで消失してきています。

何を大切に生きてきたか、それがあったからこの気候風土の中で私たちは今まで生き残れてきたとも言えます。それを子孫へつなげないということは、この気候風土では長生きできなくなるということです。世界でもっとも自然災害を受けているこの国は、他の国のような暮らし方では通用しないから先祖はもっともその災害を通して学んだことを子孫へあらゆる暮らしの文化を通して遺してくださっているのです。

その思いやりはまるで父母の恩徳そのものです。

この父母の恩徳を感じ、それを継承することは自分がその父母の恩徳そのものになろうと実践することです。古民家再生は、家の再生ですが、家の再生とは父母との恩徳の再生でもあります。古民家の価値は、子ども達を思いやり続けた親祖父母の祈りや願いが籠っている暮らしの中にびっしり詰まって遺っています。まさに家の恩徳は父母の子どもを思う真心の結晶です。

末永く子ども達が安心してこの気候風土を楽園にしていつまでも仕合わせに生きていかれるようにと祈り、願う心のままに恩徳は今も息づいています。ひきつづき子ども第一義の理念を実践することで暮らしの再生を通じて伝承していきたいと思います。