見守り愛

自然と人間というテーマで考えていく中で、自然の慈しみの愛を感じつつ如何に人間を愛すかということに行き当たります。そしてそれは本来は分かれているものではなく、自然と人間とは御互いに愛が深い存在であることに気づくものです。この愛のつながりとは何か、それは信じ合うということです。

それは子どもたちの中に顕れてきます。

子ども達は好奇心で生きています。様々なことを好奇心を働かせて冒険していきます。時として危ういこともあれば、時として手を出したくなることもあります。しかし子どもはそのダイナミックな自然の中で自らで大切なことを気づき学んでいくものです。

それは直接的に論理を使い教え込まなくても、自然に大切なことを周りから感応し自らが気づき真実を掴んでいくものです。大人たちの心配をよそに、子ども達は様々な遠回りをしては大切なことに辿りつきます。

これは学びが直線的ではなく、混沌としていることを証明しています。例えば、思いやりということを学ぶのに教科書で教えれば人の嫌がることをしないと言えばいいのでしょうが実際には子どもは嫌がることをしたり喧嘩をしたり問題を起こしたり、そして泣いて悲しんで苦しんで笑って微笑んでと紆余曲折しながらついには思いやりに辿りつきます。

こちらが如何にそれを静止しても、それは静止できるものではなく学びたいからこそ事件を起こして経験をしたがるとも言えます。そんなとき、私たちにできるのは見守ることだけです。

この見守ることだけの時の自分は、自然の愛と人間の愛が一体になっていることに気づきます。人類を愛するからこそ、見守ることを拡げようとし、自然に見守られていることを自覚するからこそ私にできるのは同じように見守ることだけです。

どんなに遠回りをしても必ず気づくと信じている存在、それが見守り愛なのかもしれません。信じているからこそ、体験をさせたいと思う事。信じているからこそ、経験を許したいと思う事。これは大人の思い通りではないですが、自分が子どもの時もきっと同じように大切なことは自らの好奇心を信じて学んできたはずです。

人類がどんなに遠回りをしても、いつの日かは大切なことに気づくと信じること。

今の時代を生きる私たちができるのもまた見守ることだけかもしれません。

見守るというのは何もしないわけではありません。見守ることだけということの覚悟は、本気で見守るということですから当然、人類の先人となる私たちが一期一会に自分自身を世界の一人として独立自尊し、道を歩み切る実践を子どもたちに譲っていく必要があります。

見守り愛に包まれた自分をそのままに、子ども達を見守り愛で包んでいきたいと思います。

謙虚さと柔軟性

今年も自然農の畑に高菜の種を蒔き、来年に向けて高菜が育つのを見守ります。自家採種した種はもう3回目になり、季節の廻りを共にしてきた種をまた土に戻すのが心地よく、農家の人たちの愉しみが感じられ仕合せな気持ちになります。

年々同じ作物を見守り続けていると、カラダが自然にどうすればいいかを憶えています。それは頭で考えているのではなく、カラダが自然にその作物の生育と一体になってどう動けばいいのかを身に着けているのです。

これは作物に限らず、共に暮らす動物や虫たちも何が好みでどのようなリズムで生きているのかをカラダが憶えます。鶏が朝の挨拶をする時間に自分もすっと寝床から起き、このブログを書きはじめます。猫も同じ時間に起きては、すり寄ってきて挨拶をしてくれます。犬はもっとゆっくり起きてきて、小屋から出て来ては周りを見渡せるところでゆるりと過ごしています。

その他、カラスが活動をはじめ鳩がその後に鳴きはじめます。そうやってそれぞれのリズムで日々の生活を送る生き物たちのいのちをカラダが自然に聴いています。

私たちは本来、自然の一部であり自然の生き物です。

時間通りに決めて自分たちの思い通りになるように頭で考えて生きてもいますが、実際は自然のリズムに沿って私たちは暮らしてきた生き物です。どのようなものを育て食べ、どのような環境の中で周りを活かしながら住んできたかはかつての生き物たちと一緒に生きて観たらすぐにカラダが思い出すものです。

今ではスーパーで一年中あらゆる野菜を食べれますが、実際に野で作物と一緒に暮らしたらすべてには旬があり、その季節でしか食べれないものばかりです。それをうまく組み合わせて一年の食べ物を確保し、その作物の生育にあわせて自分たちの仕事や環境を柔軟に変えてきたのでしょう。

柔軟性が消失するというのは、自分の思い通りになるような生活ばかりを送ることで硬直し頑固になり変化できなくなっていきます。変化というのは思い通りにならない中にこそあり、自然に沿って自然体に謙虚に生きていく中に存在します。

変化しなくなるものは自然淘汰されていくのは自然の道理です。

変化を已まない暮らしというものは、全体に対して常に自分のカラダを合わせていき、自然の流れに従って逆らわず応じていくような柔軟で素直な状態を維持していくことです。それは自然の中に入っている自分のように、周りがもっとも活きる中で自分を活かしていくことに似ています。

自然から学び直す中でもっとも大切なものは謙虚さであり柔軟性です。

柔軟性は理念や初心といった自然の本筋、天地の王道に合わせる生き方をしていくことのように思います。三つ子の魂を持っているあの子ども達のように常に自然から学び、自らの変化を愉しんでいきたいと思います。

自然生態系を育てる

田畑に出れば様々な虫たちや動物たちが繁殖していることに気づきます。山林の中とは異なり、人間が作物をつくるために作業している場ですからそこには人間を中心にした独自の生態系が存在しています。

例えば、ピーマンやトマトを育てればそれを食べるカメムシが集まります。カメムシが集まればそれを捕食する虫たちが集まってきます。他にもそこに育てる野菜の種類によっては同時に増えていく虫たちもまた集まっていくのです。

このように生態系は自分たちが育てるものによってそれが餌になり、その餌を食べるものたちが増えることでまたその増えたものを餌にするものたちが集まっていきます。

一見、田畑では何も起きていないように観えても確実にそこには、人間の創りだした環境が出来上がっていると言えるのです。そうやって自分たちが用意した環境の中では、一時的に大量の虫たちが発生します。餌があるから増えることが出来るのですが、それを減らすために農薬をまいたりします。

実際は、少量ならば増えないものを一つを大量に育てるから別の一つも大量に増えていきます。そうやって増えていけばその周りにあった虫たちや動物たちの生態系も変わっていきます。本来、そこになかったものを育てるということは生態系を変えてしまうということでもあります。

田畑をはじめて何を育てるか、それは生態系を育てるとも言えます。それは自分のカラダにも言えるものです。人間の身体の中には無数の菌類が腸内で生息しています。その菌類の餌を何にするかは、腸内の生態系を変えてしまうことです。餌がどのようなものを食べ続けるかで腸内の菌類のバランスも変えてしまいます。あまりにも腸内のバランスが崩れるとお腹を崩しますが、これは田畑でも同じことが言えます。イナゴが大量発生したり、特定の虫や動物が現れて荒らされてしまいます。

自然界というものは常に生態系が関係しており、その場所や広さ、周りの環境と密接なのです。私たちが作物を育てるとき、それは同時に生態系を育てているとも言えます。どんな生態系を育てていくかは、その人の生き方がきめるとも言えます。どちらにしても、大量生産大量消費は同じく大量の生態系を産み出しますから生態系を乱す範疇を超えてつくるということはそれだけ生態系に対する認識が必要になろうと思います。

自然の許容範囲を知るということは、生態系を学ぶということに似ています。どこまでが許容範囲なのかは、周りへの思いやりに比例するように思います。分を超えるとすぐに問題は発生しますから如何に謙虚であるかは、自然界の理法に適うかどうかを左右します。

自然は正直ですから、謙虚である意味を正しく学べます。子ども達のためにも生態系を思いやる農法を学び直したいと思います。

自然の戦略~棲み分けの音色を聴く~

生き物たちは同じ地球で生きていますが、それぞれの時間で棲み分けをしているものです。これはもし同じ場所ですべての生き物が活動するならば、雑多大勢の生き物たちで混乱してしまいます。

同じ地球の中で如何に御互いが同じ場所で生きていくかは、それぞれの自分の特性に合わせて棲み分けしていくものです。

一日の中でみても、かなりキメ細かく時間帯で活動が分かれます。例えば秋の虫でみても、夜に鳴くコオロギやキリギリスをはじめ、かなりの虫たちが秋の音色を奏でます。その中でも夕方から夜に鳴くもの、夜中から深夜に鳴くもの、そして朝方に鳴くものがいます。もっとも虫の音色が静かな時は、山の鹿や猪など野生の動物たちが活動します。

同じ音を聴いていても、耳を澄ませばそれぞれの時間帯にそれぞれの場所を棲み分けるのです。自然界は極力無駄な戦いを避けようとします、それは天敵というものを自覚するからかもしれません。共生とは、助け合うことですから助け合うことを優先すればするほどに棲み分けは成り立つのです。

そしてこれは人間でも同じように思います。わざわざバッティングするところにいて混乱するのなら融通無碍に自分の方を戦わない方へと移動していく・・・これを戦略ともいいますが、生き物たちはみんな自然の戦略を自分たちなりに持ち歴史を生き延びてきたとも言えます。

そう考えてみると、自然の絶妙のバランスとは自然の戦略に存在しているのかもしれません。御互いに助け合い、御互いに活かし合う、その中に本来の自然というものの姿が顕現しています。

それぞれが助け合う時、もっとも自然は絶妙なバランスを魅せてくれます。自然の音色を聴きながら、如何にこの世の中がいのちに満ち溢れているか、如何にこの世界がみんなで分け合って生きているか、そういういのちの音色が聴こえてきます。

食べて食べられる関係の自然界ですが、余計な分を食べないのも食べる分しか殺生しないのもその根本がいのちの助け合いの中で存在していることを自覚して忘れていないからでしょう。

変に我を捨てるとか、我を手放すとか、頭で云々をぐるぐる回す前に、当たり前の生活を取り戻した方がいいのかもしれません。子ども達に譲り渡していきたい暮らしとは何か、しっかりと深めてカタチにしていきたいと思います。

ゆたかな家~暮らしの実践~

海外の格言に「男は家屋をつくり、女は家庭をつくる」というものがあります。これは家を持つということの役割分担を意味するのでしょうが、男か女かではなく、どちらにしても家屋と家庭は家族の象徴です。

この家族というものの定義は何か、それは親兄弟という意味だけではなくそこには「共に暮らす仲間たち」という意味があるように思います。もしも定義を大きくするならば、同じ時代に一緒に生きる地球上のすべてのものたちは家族だとも言えます。

この一緒に暮らしたものたちこそが家族だとしたら、家屋と家庭とはもっとも身近で生活を共にした仲間たちの住まいだとも言えます。それは決して独り身だから家族がいないというわけではありません。ある人は植物と暮らし、ある人は熱帯魚や虫たちと暮らし、その他動物たちと食べ物を分け合い、そして御互いを見守り合いながら暮らします。私の家も、帰ってくれば様々な生き物たちに「ただいま」と挨拶をし、「お変わりはないですか」と健やかで安らかでいるかを確認していきます。それは対話をしているとも言えます。対話がないというのは本当の意味で孤独であり孤立です。自分が共に暮らすというのは、そのものと対話しながら生きているということであり、関係性を結んだ仲間たちとの生活は安心し愉しいものです。

家に帰るというのは、一緒に暮らしている仲間たちに会いにいくようなものです。そこには御互いが思いやり、御互いが必要としあって存在している絆があります。仕合わせというのは、暮らしの中にありますから暮らしを亡くして働くというのはまるで幸せを遠ざけている生き方です。

一家の一員という意識は、周りの仲間との関係性の中で育まれていきます。「ただいま」「おかえり」という、戻って来る場所、原点、自分の心が休まる場所が家だとも言えます。家の中に生きている生き物たちや御縁があったものに囲まれることで自分が活かされ生きていることに気づけば心は自然に安まるものです。

よく孤独死だとか孤立死だとか将来を心配をする前に、まず自分の家がどうなっているか、そして「暮らし」がどうなっているかを今一度見直した方がいいのかもしれません。生き方が住み方であり、家の持ち方が生活の生き方ですから常に「暮らし」は生きていく上での初心ということでしょう。初心がどうなっているかが間違えば、暮らしから遠ざかり貧しくなってしまうかもしれません。いくら豪邸で立派な家でも、そこに暮らしがなければどこかそこに真のゆたかさは感じられません、それよりも質素で小さな家でもそこに「暮らし」があり一緒にいきている仲間がいるのならそこには本当のゆたかさがあり味わい深い「家」があり、見守り合う「家族」があります。

家屋・家庭・家族、それらを結び取り纏めている一家はその人のかけがえのない財産です。その財産に見守られているからこその安心感の中で人は生長し自立し、一生の物語を飾っていきます。そしてどんな仲間たちとの思い出に飾られた人生かは、一人ひとりが一緒に暮らした中で周りの家や家族に顕れてきます。つまりゆたかな人生を送る人には、一緒に生きるものたちとのゆたかな物語、ゆたかな暮らし、そしてゆたかな家があるということです。

一人ひとりのゆたかな暮らしこそが、社會全体のゆたかさを創造していきます。ゆたかさの実践とは「暮らしの実践」ですから、しっかり暮らす人は社会全体もゆたかなものに換えていくように思います。

暮らしのゆたかさが家の象徴であり、その人の象徴ですから子ども達のためにも「暮らし」を丁寧に見つめて実践し、仕合せを味わっていきたいと思います。

住まいと生き様

人はどんなものと一緒に暮らしているかで住まいは容どられていくものです。その人の生き様が住まいには出て来ますから、どんな生き様であるかは次第に身のまわりのものたちに引き寄せられ顕れてきます。

よく考えてみると、人生の御縁も同じくどんな人たちに出会ってきたかが人生の生き様でもあります。その人の出会い歴が、今のその人でもありますからどんな御縁に彩られてきたかがその人生の姿容に顕現します。

そう考えてみると、その人の御縁を辿ればその人がどんな方々に見守られ一緒に生きてきたかといった生き様歴を知ることでその人が一体何と繋がっているかを観ることができるようにも思います。

例えば、住まいでいえば住まいの中にどんな宝物を見つけてきたのか、何を飾り何を愉しむのか、そしてどんな思い出を持っているのか、どんなつながりの中に自分を置いているのか、何を大切に生きているのか、そういうものも住まいから感じ取れます。住まいとは生き様であり、生き方の根本を支えてくれる場所ですからそこには確かな魂が宿るようにも思います。

そもそも宿るという考え方は、人間はこの世に出てきて魂が御身体をお借りしている借りの宿という見方もあります。海辺に住む宿借のように、私たちも魂を守る宿をお借りして生きています。いつかは死んで元に返さないといけない日が来ますが、その日が来るまではお借りして生きていくことができるのです。だからこそその借りの宿の一つでもある住まいを大切にすることと自分自身を大事にすることは分けることはできません。

住まいの中の一つ一つには、御縁に彩られたストーリーやドラマに溢れています。その一つ一つをどれだけ大切にしてきたか、それが愛着だとも言えます。過去の記憶を美化し、今まで恩恵をいただき助けてくださった方々の御縁と御恩に感謝して今の暮らしに自分を見つめることは繋がり(御縁)の中に住まいを置いていることだとも思います。

最近は、住まいにも粗末にする生き方が出てきてすぐに気に入らないと捨てたり忘れたり投げ出したりなかったことにしようとしたりという風潮が多いように思います。不自然に教え込んだ刷り込みから間違った個人主義が蔓延し、繋がりや絆、家族や家といった本来の仲間という存在、魂の御縁をも私物化しているように思います。

どんなものにも、どんな人にも大切なご縁がありますからどんな御縁に導かれているのかを愉しむ心の余裕が住まいには遺っています。一生の中で出会ってきて、共に暮らしてきた期間こそが人が住んだ証です。

「もったいない」と人生を大切に生きていく人は、きっと良質な住まいに巡り会うと思います。

住まいは生き様ですから、自分の住まいを大切にして一つ一つの思い出を刻みながら御縁を愉しみ大切な日々を過ごしていきたいと思います。

暮らしと一体~和の住まい~

先日から「住まい」のことを深めていく中で、改めてここでも日本人と欧米人の主文化の違いについて考え直す機会になっています。

以前、ある人から「なぜアメリカの番組では、リビングで家族が集まってテレビを見たりするシーンが多いか知っていますか?」と聞かれたことがありました。これは日頃は個々人で部屋にいて出てこないので、家族の約束事としてリビングに集まる時間を設けていると言っていました。

また同じように週末に教会で集まるのも、個々人の家で離れているとコミュニティが薄くなっていくので敢えて村の決まり事として教会に集まりミサを歌ったりして集団である時間を設けていると聞きました。個人主義の国の文化は、個人個人が唯一絶対の神と契約を結び、それ以外のものには救いを求めず従いもしないということを約束しているといいます。なので個人での独立というものが強く要求されますから、敢えて個人主義を優先し、その上で集まると言った「個のつながり」が文化になっています。

それに比べ、私たち日本人は「和をもって尊しと為す」というように和の文化です。個のつながりではなく、八百万の神々といって一人ひとりが神様の一人だとしてみんなが神様でありいのち(尊)であるという御縁を中心に社會が繋がり合っています。つまりは和尊文化を持っています。

なので敢えて無理に個を独立させる必要もなく、最初から御互いにそれぞれの持ち味を活かしあって助け合い仲間や家族と一緒に生きていこうとするのです。この「一緒」にという考え方は、欧米のチームという言葉以上に私たちに日本人には大切な意味があります。

そこで住まいを考えてみると、戦後、日本の住宅建築は壁を作り、ドアで閉ざして広さや部屋の数を求め続けてきました。今でも豪邸と呼ばれるものや、欧米的な高級マンションをはじめ住居は部屋数と広さばかりが取り沙汰されます。

しかし本来、和の住まい、和の佇まいというものはそういう個人を膨張し拡張させていくような部屋ではなかったはずです。それは個の膨張や拡張を望むよりも住まいと一体になっている姿、言い換えれば「暮らしと一体」になっていることが私たち本来の先祖代々から連綿と続いてきた住居ではないかと私は思うのです。

味噌や醤油、その他の発酵食品を自前でつくり、そして家の中には様々な動植物や野草などと共生し、無駄なものは一切なく、すべて循環するように家の中を満たしていました。そしてそこで暮らすのは御縁を授かった「家族」ですから、それぞれに必要な役割分担があり、それぞれの持ち味を活かしつつ、一緒に末永く暖かく仕合せに暮らしてきました。

この「暮らし」というもの、それが住まいであるのです。

住まいが崩れるというのは、暮らしが崩れるということです。生活の基本は暮らしにありますから、暮らしをしようとしない生き方というのは自分でかつての和の文化を歪めていることに他なりません。先祖たちが一番大切にしてきた、自然との共生や、家族との絆などを自ら放棄して何でもかんでも捨ててしまっていては、つながりや絆、御縁や結びつきすらも感じられなくなって独立どころかそれは単に孤立して孤独になっていくばかりです。

自らが暮らしを捨ててハウスレスにならないように、自分たちの住まいの在り方や生き方から子どもたちのために見直していきたいと思います。和の住まいとは本当は何か、それを改めて深めてみたいと思います。

生き方と住み方

先日、あることから「住まい」について考える機会がありました。「住居」というのは、単なる部屋ではありません。住まいはその人の暮らし、つまりは生き方を支える器でもあり、それは家とも言い、家はその人生の中心とも言えます。

以前、「あなたはどんなものを食べてきましたか?」という食歴のことを聴くことを書きましたが、「あなたはどんな家に住んできましたか?」もまた住歴といって大切なことです。ここで確かめているのは、つまりどんな暮らし方をしてきて今があるか、そしてどんな生き方をしてきたかの確認なのです。

生き方が素敵な人は暮らし方も素敵です。生き方と暮らし方は、その全体の働き方まで決定づけますからここの中心や基本を蔑ろにして本質の方を正すことは難しいように思います。

人は「暮らす生き物」ですが、どのように豊かに暮らすかでその人の心の豊かさや醸し出す人柄が滲みでてくるものです。そしてその暮らしの基本が「家」であるのは自明の理です。

私が共感する建築家に清家清さんがいます。この方は「住居学」を深め、住まいとは何か、そして住み方とは何かということを突き詰めておられた建築家ではないかと私には感じます。私自身も、子どもの憧れる生き方や暮らし方、そしてそこから「家」を考え、どんな家に住み、どんな住み方するのかを考えるときの基本として参考にしています。

その方がこんな言葉を遺しています。

『住まいを考えることは、家族を考えることである。住まいをどうにかしなくてはと考えるあなたは、家族のことを案ずるあなたでもある。』(ゆたかさの住居学 エビデンス選書より)

この方の住まいの定義は家族であり、どんな家に住むのかはどんな家族を持つのかということです。そして住まいを大切にするのは、一家のこと家族のことを大切にしたいと思う自分自身がいるということの確認なのです。

私自身も、家に埋炭をしたり社内に備長炭を敷き詰めるのもすべては家内の健康や平安を祈る心から自生してくるものです。家を大切にしたいという思い、家内安全のネガイは家づくりにこそ出て来ます。

そして住まいについてさらにこう語ります。

『漢字には、住まいを指すのに二つの文字がある。すなわち「宅」と「家」である。この場合、宅はハードウェアとしてのハウス、家はソフトウェアとしてのホームにあたる。ところで、東京などの地下道で最近よく見かける路上生活者のことを、ホームレスというが、厳密にはハウスレスというべきであろう。』

つまり単なるカタチとしての「宅」ではなく、そのココロである「家」があると言います。ホームレスは厳密には家がないというべきであるといいます。家がないというのは、家族がないということでもあります。「家」ということの本質は、家族がいるということです。そしてよい家とはどのようなものが善いのかということでこう言います。

『よい家とは、お金をかけるだけではなく、本当に末永く愛着をもって住めるかどうかがキメ手なのである。』

お金をかけるかどうか、安いか高いかではなく、その家のことに暖かみを感じているかかどうか、そしてその家で暮らした日々に愛着を感じられるかどうかが「住まう」ということだという意味ではないかと私は思います。そこで暮らした日々は、そこで生きた思い出でもあります。だからこそ自分の人生史において、そこに愛心を感じて手入れをすることでますます家もまた家族もまた大事にしていけるように思います。

そして最後にこの言葉で締めくくります。

『家族の気配が常に感じられる家がいい』

家に帰ってきたとき、家族の気配がある家にしていくということ。それは御縁頂き授かっているものに感謝し、よく手入れをして日々に丹精を籠め、整理整頓掃除をし、よく行き届いている暮らしが其処にあるということ、そういうものに囲まれてその人の真心が息づいている、まさに豊かさが感じられるようなものが家であり家族であり一家であるようにも思います。

家はその人を顕すとも言います。そして生き方はまさに住み方ですから、生き方を変えるには住み方を変えていくことも大事なことです。家族や一家を大切にするというのは、家を大切にしていくことです。

子ども達に何百年も続くような安心した家を遺してあげられるように、住み方を観直し、生き方も観直し、引き続き深めていきたいと思います。

 

意識と能力

人が何かをする際や物事に取り組む際には、能力と意識というものがあります。能力があるからこなせる人と、意識があるから取り組む人がいます。同じ物事を取り組んでいても、そこには確かな差があることに気づくものです。

例えば、マニュアルを使ってテクニックだけでできるのならロボットでもできます。しかしそこに確かな意識を入れろうとすれば手間暇かけてでもその人の意識が籠ります。陶芸なども、機械で大量生産したものと手作りで丹精を籠めてつくられたものでは手に持った時の重厚な質感が異なるものです。

これはモノづくりにおいても、能力と意識とは確実に異なるものがあることを意味しています。では意識とは一体何かということです。

現在の科学では、意識のことをはっきりと証明できているわけではありません。意識を失うとあるように、一般的には脳が意識を持っているとして脳が死ねば意識がなくなると定義しています。しかし、実際は意識がないかというと生きているのだから生命は存在しているのです。例えば、動植物にいたるまですべての生き物には意識があります。意識というものが存在している証ですから、意識がないものは一切存在しないはずです。

バッタが飛び跳ねるのは能力ですが、バッタが生きているのは意識です。生きようとする意識があって、その次に能力が出てくるのが本質ですから能力が先ではないことは事実です。

人間はこれを勘違いして能力だけで物事をこなそうとしていると勘違いしている人がいます。仕事においても、能力があるからやっているという考え方では意識はあまり関係していないように思えます。しかし実際はどんな「思い」で取り組んだか、どんな「意識」でやり遂げているかで、その能力の違いはそのうち数百倍もの差が出てくるものです。

進化成長の中に能力がありますが、能力とは意識によって開花していくものです。意識が強ければ強いほどに、その人の能力はより一層周りの御役に立つために変化していきます。自分の意識がどうなっているのかを確認する機会は少ないでしょうが、どんな「思い」を持って取り組んでいるか、どんな意識で実践しているかは人生において何よりも重要なことだと思います。

「真心を籠める」という言い方もしますが、意識を籠めるというものも同義です。常にどんな意識で周りと接しているか、どんな思いで今を生きているかが本来の能力に比例して御力を発揮することができます。

できるできないと考える癖や刷り込みは、能力だけで物事をみてしまい裁いてしまう自分の価値観の思い違いです。まさに論語にある「今、汝は画れり」です。実際はできるできないではなく、やろうとしているか、本気かどうか、情熱的か主体的か、自らそれを遣りきると決心したかといった「意識」の方が本来は何よりも大事なのです。

意識はエネルギーですから、その人のエネルギーが強ければ強いほどに能力が開発され開花します。自分のエネルギーを常に高め続ける努力や、自分の意識をブラッシュアップし続ける実践は、何よりも自分自身の変革を促し、自分自身に近づいていくための智慧であろうと思います。

「意識が変わる」ことは人が変わることです。

自分の意識改革を行うためにすべての努力があるといってもいいかもしれません。心が感じたままに、心の感動を刺激し、魂を揺さぶり、意識を磨き続けていくことを大切にしていきたいと思います。

子ども達にも何よりも大切なのは「意識を籠める」「真心を籠める」ことだとし、行動と実践を積み重ねて精進するモデルになるように引き続き理念を高めていきたいと思います。

 

 

彼方の海道 完

久高島は、原始母系の社會が残存している島だと言われます。アマミキヨという女神を中心にノロと呼ばれる神女(巫女)たちが島でいのりを捧げる場所です。島では「男は海人、女は神人」という諺もあり、女性のほとんどが神職者として様々な祭祀を取り扱っています。女性は家族の守護者として、一生涯、夫、子をはじめ一家を見守り続けていく存在としています。

この島は、女性たちが完全に自給できる島であったと言います。島の東側にはたくさんのサンゴがあり、潮の満ち引きででてくる貝を採ったり、森には貴重な野草や、食べ物がありました。その他、近海の魚も採れ、暮らしを立てていたそうです。男の役割は、漁にでて留守にしていますからほとんどが女性たちで家を形成していたとも言えます。

フボー御嶽というところは、原始の魂が宿る場所と呼ばれ男子禁制になっています。アマミキヨといった祖神の魂が、その住居跡に遺っていると信じられています。ニライカナイをはじめ、「原始の魂」とは心の故郷でもあります。戻ってきたいと思える場所、帰ってきたいと思える場所、それが故郷「根のクニ」であろうと私は思います。そしてその根のクニには「見守られてきた思い出」がある場所だとも言えます。人は見守れるからこそ故郷(根のクニ)があり、見守られたところが故郷(根のクニ)です。そういう魂の故郷(魂の根)を持っているということは、生き死にを超えたところに存在するように思います。

民俗学の柳田国男さんが、同じ民俗学の折口信夫追悼会にて「根の国とニルヤのこと」としての言葉にはこうあります。

「つまり日本人が昔持っておったニルヤ、ネノクニという国は、モトの国、モトツクニであって、遠くの方、海の水平線の向こうのウナサカにあり、相応に楽しい所であり、人も時々は戻ってくることのできるところであったということであります」

海の彼方には根のクニがあったと言います。魂の故郷、自分たちが見守られた場所があったと言います。そこは魂の楽園であり、何かがあれば戻れる故郷があったといううことです。人々が疲れ斃れそうなとき、懐かしい場所があるということは何よりも魂を救います。かつてヤマトタケルの望郷の詩「大和はクニのまほろば・・」を思い出しました。私たちの望郷というのは、故郷への思いです。その故郷がいつまでもあることで私たちは外に出ていくことが出来ます。そして外に出たら帰る場所があるから安心できるのです。さらに柳田国男さんはこういいます。

『亡き人と会える場所と伝えられる』三井楽(みいらく)という地名の考証には、私は最初南島のニルヤ・カナヤが、神代巻のいわゆる根の国と、根本一つの言葉であり信仰であることを説くとともに、それが海上の故郷であるがゆえに、単に現世において健闘した人々のために、安らかな休息の地を約束するばかりでなく、なおくさぐさの厚意と声援とを送り届けようとする精霊が止往する拠点でもあると、昔の人たちは信じていたらしいこと、その恩恵の永続を確かめんがために、毎年心を籠め身を浄くして、稲という作物の栽培をくり返し、その成果をもって人生の幸福の目盛りとする、古来の習わしがあったかということを考えてみようとした。」と。

まさに久高島が「神の島」と言われる由縁です。一家を見守り、いのり支えられる場所、そして魂が戻る処こそ、私たちが永遠を確認する場所であったということでしょう。そこには神の仕業という仕組みがあり、具体的には稲作という稲を共に育てることをもっていつまでもその魂の故郷の生き方や暮らし方を見失わないようにという初心伝承があったのかもしれません。稲がどのように伝播してきたか、そして海上の道を先祖たちがどう歩んできたかの終始点は確かに琉球にあったのかもしれません。

そして同じ民俗学の折口信夫はこう言います。

「万葉人の時代には以前共に携へて移動して来た同民族の落ちこぼれとして、途中の島々に定住した南島の人々を、既に異郷人と考へ出して居た。其南島定住者の後なる沖縄諸島の人々の間の、現在亡びかけて居る民間伝承によつて、我万葉人或は其以前の生活を窺ふ事の出来るのは、実際もつけの幸とも言ふべき、日本の学者にのみ与へられた恩賚である。沖縄人は、百中の九十九までは支那人の末ではない。我々の祖先と手を分つ様になつた頃の姿を、今に多く伝へて居る。万葉人が現に生きて、琉球諸島の上に、万葉生活を、大正の今日、我々の前に再現してくれて居る訣なのだ。」

生き方を見つめるのならかつてどこから私たちが生き方暮らし方を訣別し分けてしまったのかを思い出す必要があります。分かれてしまって出来上がった社会が今の現実だとし、もしもこの今の社会が間違ったのではないかと心が気づいたのならまたそこでご破算にして初心からやり直せばいいのです。その初心を求めるとき、まだ全国各地の美しい故郷にはそれが遺っているはずです。そこに暮らす悠久の長い歴史を助け合い和の心で生き抜いてきた先祖たちを尊敬し、今の私たちの生き方をどう温故知新していくかは今を生きる私たちの本当の使命ではないかと私は思います。

そして私たちの先祖、「万葉人」は『言霊』を扱う民でした。その本来の万葉人の直流こそが琉球人だともいいます。私たちの先祖たちがどのように暮らしてきたかを求め探し出し、伝承する場所をどのようにして遺していくか、課題はまだまだ山積みです。

最後に魂を磨く時代、魂を救う時代、沖縄では魂のことを「マブイ」といいます。先日、沖縄で参加した朝礼である経営者の方から「魂を磨いている人たちをみると眩しい」と言われたことを思い出しました。

マブイを磨くのは、俗語ですがマブダチ(仲間)に出会い、マブシイ(本物の美しい姿)を顕現していくことかもしれません。引き続き、子ども達の三つ子の魂を見守るためにも、魂磨きを深めつつ実践していきたいと思います。

彼方の海道も今回で御仕舞ですが、引き続き島根へとつながりを愉しみたいと思います。子どもの故郷を遺して譲っていくために、いただいたいる御縁を大切に歩みを進めていきたいと思います。