水墨画の仙人

この季節の風は眩く、光をよく通します。水によく反射してキラキラするのは、水気を放つ新緑の緑が多いからでしょう。一年に数少ない、瑞々しさと纏った澄んだ気候です。

今週末は、英彦山守静坊で仙人苦楽部を開催します。今回の仙人は、水墨画の方で美しい自然画を描かれます。

もともと水墨画というのは、墨を使います。墨の歴史は古その起源は紀元前には既に存在していたともいわれます。そして壁画をはじめ文字、そして仏教画などと結ばれ次第にその精神や心も画くようになりました。

心の風景を通して、その人の内面の心を見通すことができます。心というのは捉えにくいものですが、自分の観える世界を描写していくことでその絵の中に心を観ることができます。心がどう観えているのか、心はどのような風景になっているのか、その「境地」を直観することができるように思います。

有難いことに私にいつも画のことをご指導してくださっていたメンターがいました。もうお亡くなりになりましたが、その方はいつもお会いすると自分の描いた絵を私に見せてくださって心を伝えてくださいました。多くの言葉を用いなくても、その絵から心の風景を見せてくださっていました。

その方は自然農を創めた方でいつも自然の持つ真善美を見つめておられました。日々に私にもその自然のいのちを描く実践を勧めておられましたが筆不精な私は色々と怠っていて心の画を通して対話したのは一度きりの一期一会です。

しかし英彦山の守静坊でかつての暮らしを甦生するなかで、その心の風景を学び直してみたくなりました。禅では、水墨画は修行として大切に伝承されてきました。心の風景を山水と同化して捉えるところにそぎ落としていく美しさを感じます。

もともと仙人たちが棲まう場だったからこそ、その原風景が今も場に遺っているのかもしれません。そんなことで、英彦山での山水画を画く仙人たちを甦生させてみたいと思います。

古代のずっと前

歴史を学び直す中で、古代史に目を向けていると古代史は結構いい加減なことをそれぞれが学説で語っていることがわかります。実際には、次々と遺跡が出てきては科学的に分析し判明してもそれまで教科書に書いてあるものとは違うことはなかなか認めません。むしろ教科書というのは、今振り返ってみても歴史においては曖昧なことを年号を記憶したなと思うくらいです。実際に体感する自分で味わう歴史は果たして本当にそうかというのは自分で納得するまで突き詰めていく必要を感じます。

例えば古代史では、稲作というのは弥生時代に渡来したことになっています。しかし実際には、6000年くらいまでの縄文時代の遺跡にお米をつくり育てて食べている形跡が出てきているといいます。先日、蕎麦を深めていても縄文時代から育てて食べていたとあります。しかもお米よりも前からあったともいわれます。

さらに水田も縄文時代からあったことも遺跡からわかってきています。中国から渡来したといわれていますが、実際には日本発祥ではないかともいわれるほどです。それくらい古代の歴史は、まだまだ未知なことが多いものです。

古代史は私たちのルーツでもあります。実際に、その地形や地図を歩いたり、自然や気候を観察したり、その地方の文化や作物がどのように変化しているのかなども観察をすることで観えてくるものです。

私たちの郷里でも、むかしの遺跡がたくさん出土します。土器はもとより横穴式の墳墓なども多く出ます。地域のお年寄りに聴くと、昭和以降に田んぼをつくるときにはあちこちたくさん遺跡が出たそうです。

いつからはじまったのかというのは、私たちが思っているほどの古代ではなくもっとずっとその前から存在していると思った方がいいことは誰でもわかります。最初の一人からはじまったことを考えても、その間、見つからないほどの狭い場所で相当な長い年月の暮らしがあったことも想像できます。

大勢に広がっていく段階というのが弥生以降だったということでしょう。歴史はほとんどが大多数の常識と思い込みでつくられます。本当の歴史を学ぶことは、自分の思い込みを捨て、大多数の常識をそぎ落としていくことが大切になります。

子どもたちにも自分で感じて味わい、現地でつかみ取った歴史を楽しめるような学び方を伝承していきたいと思います。

意識を磨く

私たちの意識というものはどこに置くかでその言葉や意味も変化します。例えば、鳥の声が分かるというのは、一般的にはわからないと認識しますがこれは鳥の声は鳥の声として人間が定めた意識の中で理解しようとするからです。他にも、石と話すとなると石は言葉を発しないから話せないと思われますが、磨き上げられた石工などは石と対話していくことができるともいいます。

先ほどの鳥に限らず、動物と話ができる人もいるともいいます。さらに言えば、植物と対話ができる人、酒造りや味噌など発酵に関わる人は菌と対話できるともいいます。

これは、その人の意識がどこにあるのかということで変化していることがわかります。赤ちゃんの時などは、特定の意識に定着していませんからあらゆる意識を持っているともいいます。それを両親や周囲の環境によって意識を定着させることによって、人間の社会に適応するために余計な意識をそぎ落とすのです。

これは私たちの耳が、よく聞こえる音を排除していくのと似ています。補聴器などをつけると、あらゆる雑音が聞こえてくるのも同じ原理です。余計なことは聞こえない、観えないようにした方が都合がいいということでしょう。

それだけ五感というものは、環境によって適応するということです。その適応したもので失っても、それが時に必要なものであったりもします。急に人工的な都市ではなく、自然の中で暮らすことになったりするとすぐに五感が必要になることがわかります。

例えば山に入り、時計も携帯もコンビニもお金も電気も水道もガスもなくなれば、意識を変えなければ適応できません。そこでは五感をフル稼働して意識を変えなければなりません。

人は失ってしまっていると思い込んでいるものでも、環境が変われば意識が快復することがあります。感性を研ぎ澄ませていけば、そのうちにその意識に回帰するのです。

これは記憶がまた思い出すように、むかしの感覚が戻ってくるように甦生してきます。しかし、よほどのショック療法でもない限り急に元に戻ることはありません。なので、少しずつ訓練をして意識を調整していく必要があります。

意識は実践や経験、体験により眠りから覚めていくように私は思います。色々とこの時代の変化を遊びながら、あらゆる意識を好奇心で磨いていきたいと思います。

お水の徳

私たちの日本の風土の中にもよく龍というものは出てきます。例えば、「龍穴」「龍井」「龍門」「龍宮」「龍脈」などあります。そもそもこの龍は中国が起源とされていますが、その龍はワニの一種だったともいわれます。インドでは蛇がナーガという水神であり、確かに曲がりくねった河をみると大きな蛇が水の正体のようにも感じたのかもしれません。

それが日本に渡来して混淆して、龍蛇神となったといいます。大国主なども龍の変化した姿とされ、出雲大社でも龍蛇神を御祭りする儀式など今でも大切に執り行われているといいます。

この龍という存在は、それぞれの国にはそれぞれの由来があります。しかし共通するものは、すべて「水」に関係するということです。今年は龍にご縁が増えたこともあり、龍神祝詞を唱えるようにしています。

作者は今でも不明ですが、とても力がある祝詞として今でも大切に伝承されています。

「龍神祝詞」

「高天原に坐し坐して天と地に御働きを現し給う龍王は大宇宙根元の御祖の神にして一切を産み一切を育て萬物を御支配あらせ給う王神なれば一二三四五六七八九十の十種の御宝を己がすがたと変じ給いて自在自由に天界地界人界を治め給う龍王神なるを尊み敬いて真の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて愚かなる心の数々を戒め給いて一切衆生の罪穢の衣を脱ぎ去らしめ給いて萬物の病災をも立所に祓い清め給い萬世界も御祖のもとに治めせしめ給えと 祈願奉ることの由をきこしめして 六根の内に念じ申す大願を成就なさしめ給えと恐み恐み白す」

とあります。

水というのは、私たちのいのちの根源です。この地球は水があることで循環し、水があることで存在します。空気も水が創りますし、光も水が創ります。水がいのちの全てを司ります。

龍というものは、水に対する深い尊敬とお祈りです。水の徳から学び直すことは、私たちが失ってしまった感性や、歪んでしまった認識を正す偉大な効果があります。今の時代こそ、この龍神というものの存在を深く感じて刷り込みを取り払う必要を強く感じました。

この時代に再定義再解釈を加え、原点回帰し、お水の徳を伝承していきたいと思います。

 

原初の感覚

今年は辰年ということもあり、龍とのご縁が増えているとブログでも書きましたが引き続きあまりにも龍に関することが次々に発生するので色々と深めています。

私の場合は、スピリチュアルでもなく特定の宗教への信仰があるわけではなく感覚や歴史を掘り下げていくことで好奇心に委ねながら学び直していきますが学術的かというとそういうわけでもなく自然から教えていただいたものをどう汲み取るかということを大事にしています。

例えば、英彦山の守静坊に滞在しお山やお水とずっと心を澄ませて触れていきます。すると、次第に月が身近に感じるようになり龍という存在とのご縁が増えていきます。龍が増えていくと、次第に役行者や瀬織津姫、あるいは弁財天など神仏混淆したものとのつながりが出てきて次第に出雲族のことや海神族、龍蛇族のことなどのことを深めていきます。また魏志倭人伝にある邪馬台国のことや、一支国のことが出てきます。ルーツというものは、今も繋がっていて辿っていくと原始や原初の存在に巡り会うようにも思います。

これは自分というものの存在も同じです。先祖を辿れば、先祖が通ってきた道を実感することができます。今の自分の存在の個性や魂が望んでいることや出来事、あるいはご縁のある人たちとの関係をよく観察して直観するとその理由があることがわかります。すべてのことは認知していないだけで、今、こうなっていることは全ては理由がありご縁があることしかこの世にはありません。

人間は不思議ですが、同じようなことを何回も生まれ変わり体験しその記憶を思い出し鮮明に甦生させているだけともいえます。時間というものの概念をもしも取り払うのなら、私たちの記憶こそが実体の正体でもありその記憶のために体験を続けているともいえます。

話を戻せば、龍というのは、月であり、水であり、夜であり、山であり海でもあります。夜の月明かりに照らされた海の一筋のゆらぐ光ともいえます。漆黒の闇を導く透明な光です。

私たちの心が澄んでいるのなら、龍はそこに顕現してきます。古代の人たち、あるいは原初の先祖たちは龍を感じていつも生きていたように私は思います。時代がどう変化しても、原初の感覚を研ぎ澄ましてかんながらの道を歩んでいきたいと思います。

子ども心を磨く

純粋さというものがあります。これは「余計なものが入っていないこと」や「私利私欲のない、まっすぐな気持ち」または「混じりけがないもの」や「一途でひたむき」であることなどが言われます。

そういう人に出会うと人は感動するものです。しかしその逆を言えば、そういう人が少ないからこそ感動するのでしょう。なぜ少ないのか、そこには純粋でない何かが入っているからです。では何が入っているのかということです。それを少し考えてみると、他人との比較、本当の自分というものではないことが混じっているということが分かります。

例えば、自分の天命を突き詰めていく人は純粋性を増していきます。自分自身の魂の道を研ぎ澄ませていく人ほど純粋性も高まります。そこには理由や言い訳など何か誰かに説明するものを用意しているのではなく、已むに已まれぬ何かがあるからその人は全身全霊をその天命に傾けていきます。そういう人には、混じりようがない自己との対話があり同時に周囲にどう思われようが自分自身を生き切ることに専念していきます。

偉人であれば吉田松陰氏などは、まさに純粋さを生きた方だったことが遺された文章などからも伝わってきます。

よく考えてみると、私も尊敬する偉人は誰ですかといわれると色々と出てきますが尊敬する誰かというよりはその人の生きざまや生き方に憧れて尊敬したように思います。

純粋に生きている人を観ると、自分もそうありたいと魂が揺さぶられます。するとその人物を尊敬するのですが実際には生き方の方を尊敬しているのです。

自分がどう生きたいか、どうありたいかは本当は自分にしかわかりません。他の誰かのこともわかりませんし、他の誰かがわかることもありません。その人にしかない役割や与えられた天命があります。それを真摯に向き合い、自己を研鑽し、精進をすることによって混じりけというものは流されて澄んだ純水のように透明になります。

もともと透明だったものが透明ではなくなり、そして透明になっていくというのが生死の循環であろうと私は思います。どう濾過するのか、どう浄化するのかが本来の自己を取り戻すプロセスであろうとも思います。

私が取り組み暮らしフルネスを通した甦生の仕法は、その中心にこの浄化の体験を場を通して実践することで感化していくものです。子どもたちがいつまでも本来の自己を創造し真に自立して仕合せに生きられる世の中にしていくために、子ども心を磨いてかんながらの道を歩んでいきたいと思います。

自然の道

人間をはじめ、すべての生き物には免疫というものがあります。この免疫がある御蔭で私たちは病気を平癒することができます。病気になるとすぐにドラッグストアか病院へという時代に入っていますが、本来は自然に治癒するのを待つのが病気でした。

むかしの人たちは健康を保つために、日頃から健康を保つような免疫を高める暮らしをととのえていたのが歴史からもわかります。それでも免疫が下がってくると様々な感染症になったり、他の病気を誘発したりなどどうにもならないこともありました。

免疫は腸内細菌が司っているともいわれていて、如何に食養といって医食同源、食べ物を気を付けていたかがわかります。現代のように食べ物が嗜好品になってしまっていると、食べ物で毒を食べて、また薬という毒で治療するという意味不明な悪循環が当たり前になっています。

特にサプリなどというものは、過剰な特定成分の摂取でその毒によって身体を傷めていたりもします。わかりやすいのも、飽食の時代に大量に摂取し、運動もせず嗜好品ばかりを食べながら痩せるためのサプリを飲むという具合です。それで病気になって入院をして病院食とリハビリで高額を払って治療するという具合です。どれもお金がたくさんかかる仕組みの中で生活をすることで、健康を害していくというプロセスです。

今の時代、色々と余計なものをもっていない方が危険に晒される確率は減っていくようにも思います。とはいえ、携帯をはじめ情報過多の時代ですから選択肢は無数にありまたお金が流通するようにありとあらゆるところに網がはりめぐらされていますから深山幽谷に籠らない限りそれを防ぐということはなかなかできません。

バランスよく日々の暮らしをととのえていくなかで、どう意識を磨いていくのかが先人の智慧から学べます。何が本当の仕合せなのか、そして何が真に豊かなのかを学ぶと、足るを知る暮らしの中でその工夫があることがわかります。

例えば、健康というものもまた病気にならないだけで仕合せなことです。仕事があるだけでも有難く、有志の仲間や家族に恵まれていることもまた深い感謝があります。

同じ環境下にあっても、暮らしのなかで意識を磨いている人たちは本質や自然なことに気づく感性が磨かれているようにも思います。何が自然で何が不自然かがわかるということや、何が本来の道であったかに気付けるということはそれだけ今の世の中の歪んだ現実に巻き込まれにくいともいえます。

一度気づいたからそれで終わりではなく、日々に真の豊かさを楽しみ味わう工夫があることで揺るぎない自然というものを理解できるようにも思います。直観のままにいて自然というのは、自然の道です。

子どもたちに先人たちの智慧や生き方が伝承できるように、日々の暮らしフルネスをととのえていきたいと思います。

情報の自立

世の中の情報を観察していると、如何に情報操作がされているかがよくわかります。本当のことを知るには、自分で確かめるしかなく鵜呑みにしていたら思考が停止してしまいます。

そもそもテレビなどは、自分で考えなくても勝手に考えてくれて答えを出してくれます。これは学校の勉強も同様ですが、暗記することを優先させられ暗記する頭ばかりを伸ばしてきたので頭がいいというのは暗記力が高いと思い込んできました。しかし、暗記力というのはAIやコンピューターが出現してきましたからそこにとって換われます。なのでより情報は確かなものを選別する、あるいは自分で情報を確かめる力が求められてきます。

情報操作というのは、一般的にはマスコミによって行われます。よくニュースを拝見していると、何かの事件があったら我先にと報道します。それが確かな情報でなくても、おおよそ合っていれば巧遅拙速に報道します。しかし後でそれが間違っていたとしてもそれを報道することはほとんどありません。報道する側にも責任が発生しますし、メリットもなく、その他のニュースがあるからわざわざそこまではということもあるのでしょう。

以前、広告の仕事をはじめテレビ局の取材、新聞報道などで記者や記事などに関わったことがあります。そうすると、その取材の裏側をみてはそんなに絶対的に確かなものではないことがすぐにわかります。

しかしそれが映像を含め、文章になり、音楽と共にテレビなどで配信されるとそれを見た人はあっという間に信じ込むものです。人間というものは、自分で考えるといちいち疑ったり、現地で裏付けを確認したりと面倒なことが発生します。その面倒なことをするのを避けるために情報を扱う人に情報を委ねるようになるのです。

これは医者に自分の病気を丸投げするのにも似ています。本来は、自分で治癒しなければならないものを薬や医者に頼り切って自分は何もせずに助けてもらおうとするのです。お金を払えば、治してもらえる、情報も同様にお金で買えると思っているのです。

人間の自立というものは、自分で考えること、自分の力で克服していくことと同じです。情報は、自分で突き詰めなければ本当の情報に辿り着くことはないのです。何をそこまでと思われますが、大切なものを守りたい、子孫や未来のために真心で尽力したいと思えば思うほどに自立はつき纏うものです。特に現代の自立は、環境が悪化したことにより刷り込まれないための目覚めや本質を見極める努力がとても大切だと感じます。

引き続き、情報の自立に精進していきたいと思います。

暮らしフルネスの体験

私たちは現在、様々な境界線を分けては物事を認識するようになっています。そうやって分けた方が理解がしやすく、物質的に物事を捉えていく方が合理的な部分もあります。しかし、一度分けてしまったものをまた元に戻すというのは大変なことで分けるのは簡単でも一つにするのは難しいということです。

例えば、過去・今・未来というものも分けて考えていますが実際には過去も未来も今も一つのものです。この今も過去と未来の結ばれたところにあるものでこのブログを書いている一瞬のうちにも過去になり未来がきて今になります。今よりも前のことを過去といい、今よりも先のことを未来ともいいますが実際には今の連続だけで過去も未来もありません。今の中にあるだけということが真実ということですが、この今というものを理解することが現代の人たちにとっては難しくなってきています。

そのことから過去に囚われたり、未来に憂いたりすることばかりで今から遠ざかるという矛盾が発生しています。ではなぜこれを分けたのかということになりますがそれが物事を認識するのに役立つからです。

これは何と聞かれて説明するのに一つ一つを分化していきます。名前をつけてはそれが一言でわかるように意味付けしていきます。似たものをそれで分類することで同じ認識をできます。これをすることで多くの人たちの共通理解や認識ができるようになりました。しかしこれは分類わけするときに必要な認識であって、それがそもそも本当は一体何かということを認識できるものではありません。

私たちはそのものを認識するとき、そのものと一体になっていく必要があります。それは自他の別をなくすほどに、そのものと和合するときそのものを直観できます。自然というものを理解するのに、教科書や文字ではわからないのと同じです。

自然を理解するには、自然の中に入り自然と一体なってはじめて認識できます。ヘレンケラーが水を理解するのに、触ってみて浴びてみて感じたのと似ています。感覚というものの理解の仕方は、感覚を優先するときに感じるものです。

感覚での認識は、頭でっかちではできずそこには感覚による体験が必要です。それが本質を理解し、自然と和合し真理や法則などを認識する近道です。

暮らしフルネスというのは、暮らしを通してそれを認識するための一つの生き方でもあります。むかしの人たちは、頭で宗教や信仰などを認識してから行動していたのではなく暮らしの中で自然に馴染むようにそのものと融和していきました。

時代がいくら変わっても感覚が満たされるという豊かさや仕合せは、いのちそのものは絶対的に味わいたいと願っているものです。子どもたちが自然の遊び、いのちが喜ぶように暮らしフルネスを通してその知恵を伝承していきたいと思います。

護符の伝統

護符をつくるなかで辰砂のことを知りました。もともとこの辰砂は、賢者の石や不老不死の霊薬とされていたり日本でも鳥居などに使われ魔除けの存在として重宝してきました。護符にこの辰砂が使われるのは、魔除けの意味も強かったように思います。

この辰砂は硫化鉱物のことで、水銀の主要な鉱石で有名です。2000年以上前から採掘されていて日本でも古墳時代や弥生時代にも石棺や壁画などで使われています。

もともと辰砂の名前の由来は、ウィキペディアにはこう書かれています。

「中国の辰州(現在の湖南省近辺)で多く産出したことから、「辰砂」と呼ばれるようになった。日本では弥生時代から産出が知られ、いわゆる魏志倭人伝の邪馬台国にも「其山 丹有」と記述されている。古墳の内壁や石棺の彩色や壁画に使用されていた。漢方薬や漆器に施す朱漆や赤色の墨である朱墨の原料としても用いられ、古くは若杉山辰砂採掘遺跡(徳島県阿南市水井町)、伊勢国丹生(現在の三重県多気町)、大和水銀鉱山(奈良県宇陀市菟田野町)、吉野川上流などが特産地として知られた。平安時代には既に人造朱の製造法が知られており、16世紀中期以後、天然・人工の朱が中国から輸入された。現在では大分県、熊本県、奈良県、徳島県、などで産する。」

現代ではあまり使われることがなくなりましたが、本来はこの鉱物に不思議な力があることを古代の人たちは直観したのでしょう。形式だけが残り、今では赤い色であればどれも同じだと思われますが本来はそうではありません。古来から絵具として使われてきたのにも意味があります。

絵もむかしは娯楽ではなく、一つの御呪いとして使われてきました。絵はそれだけ不思議な力があり、私たちの暮らしを支えてきたものです。

護符づくりを通して、古代の人たちが護符にどのような思いや願いを籠めてきたのかを学び直しています。丁寧に取り組み、さらに護符を深めてみようと思います。