嘘のはじまり

嘘という言葉があります。これは古語の嘯くという説、大和言葉の誤説と誣説という真実ではないという説、虚という説などあります。

どれにしても、空しいもの、または事実ではないことを指します。

嘘を観察してみると面白いことがわかります。どこから嘘がはじまったのかということです。本質や事実を大切にしている人は嘘がなくなっていきます。それは嘘ではないことを見つめ続けるからです。

つまり本質的に生きることや、誠実に生きるためには、事実や現実を直視する力を磨いているということになるのです。

その逆に、事実を湾曲したり、現実逃避をしたり、自分の都合のよいことばかりに解釈する生き方をしていると嘘ばかりの人生になっていきます。本質的ではないことを本質だと思い込み、何かがあれば揚げ足取りをしたり否定したりすることばかりになります。

嘘という原因を掘り下げてみると、嘘のはじまりは最初は小さな真実ではないことを誰かに話しているときにはじまります。もっと言えば、思い込みを誰かに話し、その思い込みを誰かが信じ、それが第3者を通して自分の耳に入ることで事実だと思いこむ。

嘘にならないようにしている人は、よくよく内省をし本当は何か、事実はどうかと冷静に客観的に正対していきます。それに思い込みがないかどうか、周囲の声を素直に傾聴していきます。

世界はそれぞれ自分の思い込みで出来上がっています。ある人は真実が観え、ある人はそれがわからなくなります。そしてその差を決めるのは嘘をつかずに正直にいるかどうかという覚悟と、日々の内省です。

ブログや日記の有難さは、本質を見つめる時間を持てる習慣です。

引き続き、真実は何かをよく観て行動していきたいと思います。

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