指示待ちの刷り込み

刷り込みの大きな一つに、「言われたことしかしない」というものがあります。仕事は、誰かから指示されてすることが仕事だと思い込んでいる人は、まさに文字通り指示待ち人間になってしまいます。

教育によって、誰かに何かを指示されることが当たり前になってしまうと指示されることが当然だと思い込んでしまいます。そうなってしまうと、自分から何かをやろうとは無意識にしなくなっていき指示が来てからはじめてやってもいいんだと思い込むようになります。

しかしよく考えてみると、指示を出す人というのは何かを考えて指示を出してきます。そこに参画するには指示待ちで指示が出てから考えればいいのではなく一緒に考えているから指示をはじめて理解して指示通りに行動することができてきます。つまりは言われたことだけやればいいのではなく、如何に言われたこと以外のことを考えているかで言われたことだけを正しく行うことができるのです。

よくあの人は言われたことしかやらないとか、言われたこともできないとか言われるのは刷り込みによって思考が停止させられているからだとも言えます。

まず指示が来てからが仕事ではないということを自覚し、「一緒に仕事をしているのだ」ということを強く持ち、「本当は何か、相手のニーズは何か、目的はどうなっているか、その手段はどうするか」と共に考えることが仕事であってもっとこうしたらいいのではないかと具体的な提案をし主体的に動くことが本来の仕事であると定義を変えるしかありません。

なぜ指示待ちで受け身がよくないかといえば、一緒にやっていないからです。一緒にやるというのは言われたことをやるのが仕事だと思い込みただ遂行すればいいのではなく、その仕事を他人事にせず自分の仕事だと思って相手以上に考えていく癖をつけることです。

当事者意識といいますが、もしもこれを自分がやるとしたらと考えていればそれは一緒に考えているということです。どこか相手から言われたら考えればいいや、相手が指示をくれれば動けばいいと思っていたらその仕事は他人事になってしまいます。

仕事は、自分の立っている部署や場所からみればその仕事が全体のように見えるものですが、実際は全体から観たり、高所から観ればどんな仕事も細部までつながって全体を形成しているのです。だからこそ自分の見えるところだけで与えられたところだけでそれを指示通りすればうまくいっているのではなく、全体から自分を見てみるとそれはとても大事な指示なのがわかりますから一緒に全体のために働くことが自分事にするということです。

大きな会社ならまだしも小さな会社で働く場合は、近くに経営者がいますから何処を観ているのか、この仕事の本当の目的が何かなど、一緒に考えていく中で近づいていくことができます。

主体性を取り戻すのは、刷り込みを取り払い他人事をやめてしまうということです。そのために必要なことこそが、チームや協力していくことであるのは明白なのです。

引き続き実践をしながら、実験を続けていこうと思います。

 

土から学ぶ

先月から郷里で伝統を受け継いでいる三代目の左官さんが、古民家の漆喰をすべて塗り替える作業を進めてくださっています。糊も海藻からつくり、漆喰も古来からの調合で仕上げていくというかつての伝統に沿って取り組んでくださっております。

現在の住宅では、漆喰の壁というものをあまり用いられなくなり若い左官さんは漆喰を塗った経験がある人も少ないそうです。もっぱらモルタルやセメントなどの塗りが多く、かつての伝統的な土壁の仕事は年々減っているといいます。

日本古来からある伝統的な家屋が失われていけば、それまで伝統と共に先祖の智慧を紡いできた職人さんたちの仕事が失われ大切な伝承ができなくなってきます。家は自分のためだけに建てるのではなく、先祖から子孫にいたるまでずっと長くこの気候風土の中で幸福に過ごしてほしいといった先祖たちの祈りと共にあるようにも思います。ただ安いからや便利だから、見た目がよく流行りだけで飛びついてしまえば建てるという本来のプロセスや意味を素通りしてしまいます。

現在の住宅は平成8年当時の国土交通省が発表した『建設白書』によると、日本の住宅の平均寿命は26年だといわれています。これは1920年代に化学接着剤が発明されそれから50、60年前に尿素系の化学接着剤で合板というものが市場に出て住宅用建材として多く使われたといいます。 このような住宅建材としての合板普及が日本の住宅の寿命を短命にしたといわれます。他にも短命になっている理由はコンクリートも中の鉄筋が腐食することで建物の強度は落ちますし、シーリングやコーキングも劣化により隙間から結露が入ってきます。

古来からの湿式工法は、気候風土、自然素材を相手に作業をするので職人の技量の差がでてきますが乾式工法はマニュアルどおりに施工すれば、ある一定の水準は維持できます。大量生産大量消費の考え方は、家にも入り込んできていて誰でも簡単便利にプロ風にできて早く安いものが主流になっているのです。それに会社側のお金の観点で見ても乾式工法の方が早く建てられ壊しやすく、また年数経てば建て替え需要もありますから迷うことなくそれを進めていくのでしょう。

改めて家を建てるのに何を基準にするか、誰も疑問に思いませんが物を正しく買うことと同様に観点を間違ってしまえば間違えた通りの家になってしまうということだと私は思います。家は人生のパートナーですから、どんな家に住むかで一生の運気が左右されてしまいます。

今回の古民家甦生では以前からあった漆喰を剥がして新しい漆喰に塗り替えていきますがその下地には120年前に塗った藁が入り混じった荒土が出てきます。その分厚い荒土に触れていると、歴史を感じ、この土が長い間のこの土地の風土に順応し、呼吸をして今でも息づいているのを感じると風土と一緒一体になって私たちと共に生きている家のいのちを感じます。

梅雨から夏の終わりにかけて大量に発生してくる水分を溜め込んだ土は、秋から冬にかけてそれを吐き出していきます。温暖湿潤気候の日本の風土で、年間を通して一定の湿度を保ってくれている家はとても快適そのものです。

吉田兼好が徒然草の中で、「家の作りやうは、夏をむねとすべし」といいましたが冷暖房をフルに使って電気代をかけて密閉住宅に住むというのはかえってお金がかかってしまうでしょう。お金をかけまいと乾式工法を選び、お金がかかる家に住む現代をみて吉田兼好はなんというでしょうか。

結局は、伝統というものが崩れていく背景にはこのお金というものの新しい価値観によって左右されていくということだと私は思います。これからさらに仮想通過やAIの出現により地域や風土を無視したものが増えていくと思いますが、振り子のように帰って本来の原点に回帰しようとする学び直しも出てきます。

一足先に取り組みつつ、時代の変わり目に子どもたちに大切なものを伝承していけるように思想も生きる姿勢も磨き直していきたいと思います。

小さな種火

日本には古来から民族が信仰してきた伝統があります。それはいつはじまったものか、誰がはじめたものかは神話までしか遡れませんが今でも日本人の暮らしの中に残存しているものです。

例えば、八百万の神々というものや自然への畏敬を崇拝しているところにも観られます。私たちは無意識に山川草木のすべてにカミを見出し、すべての物にも魂が宿っていると信じて勿体ないいのちと大切に接してきた民族だといわれます。

その根底にある古来からの信仰が日本の伝統的なしきたり、年中行事の根底に息づいているともいわれます。それがここにきて、西洋から流入した生活文化に影響を受けかつての伝統のしきたりも年中行事も失いかけています。それはグローバリズムの影響を受けたのは一目瞭然ですが、未来の子孫の安らかな暮らしを思うとき、私たちの世代で体験し気づいて反省したことを私たちの世代で改善していかなければと強く思うのです。

大きなことを言うのは簡単ですが、一人ひとりが自ら気づいてそれを実生活の中で改善していくことが世界を易えていくことです。そういう意味で伝統的なしきたりや年中行事を現在の暮らしの中に甦生させ創新することは最終的な世界の平和にも貢献していくことができます。

ハチドリの一滴ではないですが、民族の文化甦生の小さな日々の実践こそが世界の平和、人類の共生と繁栄に偉大な影響を与えると信じているから私たちは暮らしの甦生に取り組むのです。

話を戻せば、住環境の変化というものは古民家甦生を通して改めて実感することばかりです。昔は、農耕を主としその土地に住み、その土地から離れることはありませんでした。自分たちが生まれた土地を守ってくれる神を産土神とし産土神を祀る社を作り崇拝するようになりました。その土地に根付く存在として、その土地と共に大切に歩むという古来からの精神も美しい風土を守るための智慧の一つです。

今では若い人はどこにでも引っ越していきますし、マンション住まいになれば仏壇も神棚も置かなくなり、床の間もなく年中行事なども失われています。数千年、あるいは千何百年もずっと続いてきた伝統的な暮らしが失われる責任を私たちは感じなくなってきているのかもしれません。

民族が大切にしてきたものがなくなるというのは、民族がなくなるということです。日本民族が世界の中で多様性の一つとして世界貢献に発揮するためには私たちはその文化を今の時代でも昇華して世界に発信していかなければならない使命があります。子孫を思うとき、子孫はその伝統に見守られ世界で活躍していくのです。

改めて、日本民族の古来の信仰を学び直しそれをどんな小さな形でも子どもたちに譲り遺していけるように小さな種火を探し出しその火を絶やさないように守り続けていきたいと思います。

お盆の発祥

昨日からお盆に向けて、いつも見守て下さるご先祖様を迎え入れる準備をはじめています。よくお掃除をしてお供え物や迎え火、送り火の準備、そのほか様々なことを整えてこの期間を心静かに過ごします。

そもそもこのお盆とは何か、少し深めてみようと思います。

お盆という行事が最初に日本で行われたのは推古天皇の時代、606年だといわれます。日本古来の祖霊信仰とインドから入ってきた仏教が和合し、このお盆という行事が私たちの暮らしに定着しました。

このお盆は旧盆というものがあり、旧暦の7月13日から4日間ほど行われていました。しかし、その時期はちょうど農繁期で忙しくそれを遅らせようと明治以降からこの8月13日からの4日間をお盆の期間としたそうです。なのでこの時期は、月遅れの盆といいます。先日参加した京都の祇園祭は、旧暦のお盆と同時期に行われていましたから明治以降に暦が変わり行事の時期も変化したのが改めてわかります。

本来、行事の日程というのは古来よりその日でなければ風土や気候、自然との関係が薄れることから簡単に日程の変更はしてはならないものなのですが現代ではその辺の日時も珍紛漢紛になっているものが多く意味も薄れていっているようにも思います。

ご先祖様が故郷に帰ってきてくださる時期をこちらの都合で遅らせてもらうというのも微妙な気もしますが、どちらにしてもご先祖様への感謝の行事として私たちはこの時期はご先祖様の存在を身近に感じることができるように思います。

もともと「お盆」という呼び名は、インドで発祥した仏教の経典を中国の竺法護が訳した『盂蘭盆経』に由来する「盂蘭盆」が省略された言葉です。その盂蘭盆経にはこう読まれます。

『釈迦様が祇園精舎におられたときに、目連が初めて六神通を得て亡き父母に何かできないかと思った。その霊視力をもって世間を探した所、亡き母を餓鬼たちの中にみつけた。飲食も取れず骨と皮で立っていた。目連は悲しみ、すぐ鉢に御飯を盛って母のもとへ持っていった。母は御飯を得て、左手で鉢を支え右手で御飯を食べようとしたが口に入れる前に炭に変ってしまい食べることはできない。目連は大いに泣き叫び、釈迦様の所に帰って、このことを報告した。

お釈迦様は言うことには、あなたはお母さんの罪は重かったようだ。あなた一人の力ではどうにもできない。あなたの孝順の声が天地を動かし天や地の神々、邪魔や外道・道士に四天王まで動かしてもどうにもならない。まさに十方の修行している僧の力が集まれば解脱することができるだろう。これから救済の方法を教えよう。それですべての苦しみや憂いも消えるだろう。

お釈迦様は目連にこう言った。十方の衆僧が、七月十五日、「僧自恣」の日、まさに七世の祖先から現在の父母まで、厄難中者のためにつぎの物をお供えしなさい。御飯、多くのおかずと果物、水入れ、香油、燭台、敷物、寝具。世の甘美を尽くして盆中に分け、十方の大徳・衆僧を供養しなさい。この日、全ての修行者は或いは山間にあって禅定し或いは四道を得、或いは木の下で歩き経を上げ、或いは六種の神通力で 声聞や縁覚を教化し、或いは十地の菩薩が大人になり、神になり比丘になって大衆の中にあるのも、みな同じ心で、この御飯を頂けば清浄戒を守って修行する人たちのその徳は大きいだろう。これらの供養を「僧自恣」の日に父母も先祖も親族も三途の苦しみを出ることができて時に応じて解脱し、衣食に困らない。まだ父母が生きている人は、百年の福楽が与えられるだろう。もう既に亡い時も七世の祖先まで天に生じ自在天に生まれ変わって天の華光に入り、たくさんの快楽を受けられるだろう。

その時お釈迦様は十方の衆僧に命じた。まず施主の家のために呪願して七世の祖先の幸せを祈り坐禅をして心を定めしかる後に御飯をたべよ。初めて御飯をたべる時はまずその家の霊前に座ってみんなで祈願をしてから御飯をたべなさい。その時目連や集まった修行者たち皆大いに法悦に包まれ目連の泣き声もいつしか消えていた。

目連尊者の母は、この日をもって気の遠くなるような長い餓鬼の苦しみから救われ得た。目連はまたお釈迦様に言った。将来の全ての仏弟子も私を生んでくれた父母は、仏法僧の功徳をこうむることができた。衆僧の威神力のお陰である。将来の全ての仏弟子もこの盂蘭盆を奉じて父母から七世の先祖までを救うことができる。そのように願って果たされるでしょうか。

お釈迦様は答えて言う。

いい質問だ。今私が言おうと思ってたことを聞いてくれた。善男子よ、もし僧、尼、国王、皇太子、大臣、補佐官、長官、多くの役人、多くの民衆が慈悲、孝行をしようとするなら皆まさに生んでくれた父母から七世の祖先までの為、七月十五日の仏歓喜の日、僧自恣の日において多くの飲食物を用意して盂蘭盆中に安じ十方の僧に施して、祈願してもらいなさい。現在の父母の寿命が伸びて病気も無く一切の苦悩やわずらいも無くまた七世までの祖先は餓鬼の苦しみから離れ天人の中に生まれて福楽が大いにある。

お釈迦様は善男善女たちに告げて言った。

この仏弟子で孝順なる者はまさに念念の中に常に父母を思い七世の父母までを供養しなさい。毎年七月十五日に常に孝順の慈をもって両親から七世の祖先までを思い盂蘭盆を用意して仏や僧に施して、父母の長養慈愛の恩に報いなさい。もし一切の仏弟子とならばまさにこの法を奉持しなさい。この時目連、男女の出家・在家はお釈迦様の話に歓喜し奉行した。』

このように仏陀の説いたものが盂蘭盆経の中に記されています。

どんな意味があってこのお盆という行事が生まれ、何が起点になっているのか、古来を深めるということは先祖につながるということです。

引き続き子どもたちのためにも、お盆の行事を学び直してご先祖様との邂逅を味わっていきたいと思います。

いのちの原点

自然環境と共にある野性の生き物たちと触れると、野生の本能が観えてきます。媚びずあるがままに自然にある姿はどこか凛としていて、その美しさに感動するものです。

私たちは自然環境とは離れたところで生活しており、野生の本能は教育などによって次第に減退していきました。昔からもっていた五感は不必要となったことからその代わりに脳を肥大させていきました。

現在では、その脳の肥大の象徴のように人工知能が発達してきて人間に取って代わるほどになってきました。また仮想空間が現実よりも現実化してきたことで、さらに自然とは切り離されていくように思います。

人間らしい人間、人間であるということの原点も五感の減退と自然環境とのかい離によって失われようとしています。改めて私たちは野性の生き物たちが自然と共生しながら生きていく姿から本来のいのちの美しさを見つめ直す必要があるように私は思います。

自然はそもそも野性ですから、野性の性質によってそこにある生き物たちを野性化していきます。自然の野性はあるがままでそこで地球の姿そのものをいのちは顕現させます。つまり野性に生きているものは、地球本来の自然の姿そのものに近づいてそのものと一体化していくのです。それは自然はみんなで一つ、みんなが一つだからです。

私たちが観ている野性のいのちは、地球や自然のいのちそのもの象徴でありそれを観ることで私たちはその一つの光景に美しいと心が感じます。心が感じるこの美しさと懐かしさは、地球や自然と一体になって生きる丸ごと一つの融和の仕合せを五感で感じているのです。

野性を磨くというのは、自然本来のものに自ら溶け込んでいくということです。生きる力というものはこのいのちがもっとも燦然と輝く場においてその本領を発揮されるのです。

引き続き、人類の子どもたちにいのちの原点が譲り遺せるように人間として人間らしい進化の姿を譲り遺していくために挑戦していきたいと思います。

冒険の日々~新しい風~

人の視野には世界を見る自分と、世界から観える自分というものがあります。自分から見ている世界を世界と思うものですが、それでは見える世界が広くて大きい人の世界とそうではない人の見ている世界は同じ景色を見ていても異なってきます。

さらに世界から観える自分とは、単に客観的に世界の方を主としてみ見るだけではなく自分の見えていない何かがあると自分の思ってもいなかった出来事を感じてその御蔭様のようなつながりやご縁、見えない存在を観ている自分というものがあります。

人は自分の見ている世界だけになると、TODOリストのようなものを用い目標を計画通りに進めたことを最上と思ってしまいます。幼いころより、学校で目標管理をしてそれを実現すれば夢が叶うと信じ込んでくればそのリストを予定通り塗りつぶしていくことが自己実現だと思ってしまいます。

しかし自己実現が自分の欲を中心になって組み立てられたものであればそれは単に自己満足になってしまいます。自己満足は常に不満を生み出しますから、その不満が積りイライラにいつも苛まれてしまうものです。

本来、自己実現とは利他実現のようなものです。それは我欲ではないところ、大志や理想、全体が自分を活かしてくれていると実感するときに得られる感覚です。世界の中で自分が多くの人たちのお役に立っていると実感するとき、感謝の心が湧いてきます。

そのように自分自身がどのような生き方を選んでいるかで、自分勝手な人か、思いやりの人かが異なってくるのでしょう。この生き方というのは、それまでの自分が身に着けてきた価値観ともいえます。その価値観を変換するには、いままでとは異なる選択を連続してみなければなりません。それは小さな一歩を踏み出し、日々の一歩を大切に内省し繰り返し実行することであるとき、突然にパッと入れ替わります。

そのためには毎回、今までとは異なる方へと足を運ぼうと、今までの先入観や固定概念に縛られないような選択肢を持つ訓練をすることです。

利他実現であれば、みんなのことを考えてもっとも役に立つ選択をしようと決めたり、敢えて誰かのために苦労する方を取ろうと決めたり、周りが喜ぶように自分を活かそうと決めたり、みんなの安心基地になろうとオープンになったりと、自分というものに囚われず、見えない世界や御蔭様の世界の方に自分を置いていこうとすることで我欲を見つめていくことのように思います。

そして自分の今までと似て非なる尊敬する生き方の人と出会ったなら、その人の生き方を真似し、その人から生き方を学び取り、その人と同じような判断や選択、決断ができるような自分になって近づこうとすることが必要だと思います。

人間は如何に自分のそれまでの価値観を毀し、新しい自分に日々に出会っていくか、それによって自分を一段、さらにもう一段と高いところへと育てあげていくことができるものです。

だからこそ、今までの自分の価値観を疑い、観たことのない価値観を楽しみ味わっていこうといった学問の醍醐味、自分を好きになる努力、感謝や御蔭様を感じながら歩んでいく日々の有難さをもって成長していきたいものです。

引き続き、価値観を毀しながら新たな冒険の日々を子どもと一緒に歩んでいきたいと思います。

仕事はリハビリ

先日、ある高校生が会社見学に来て私たちの初心会議に参加してくれました。その高校生は、学校生活をイキイキと楽しんでいるだけでなく社會のことや未来のことに深い関心を持ち、自立してどのように生きていくかを積極的に模索されていました。

特に印象的だったのは若さですが、若いというのは年齢だけではなく柔軟性があるということです。自由に物事を考える力があり、なんでも固定概念に縛られず納得いくまで行動しようとするところにその人物の可能性を大きく感じました。

論語に「学べばすなわち固ならず」という言葉があります。ユダヤの格言にも「柔軟性を持っている者は、いくら年をとっても若い者だ」とあります。常に何か変化しようと日々を学ぶ人は、固執して頑固になり固定概念に縛られることが少なくなります。

過去の刷り込みにいつまでも囚われるのは変わりたくないという感情の束縛であったり、新しいことに飛び込んでいくと柔軟に対応することが増えて大変だからいやだとか、歳と共に変化を嫌がって硬直していくものです。そのうち生き方も頑固になってしまい新しい考え方や深い生き方に出会っても学ぼうともしなくなっていきます。

しかし時代の変化と共に、価値観も変わり、同時に常識も変わりますから昔良かったことがいつまでもそのままよかったことであることはありません。あるとき、気が付けば突然に世の中の常識が変わってしまい、昔は難しかったことができる世の中になっていたり、昔は認められなかったことが認められるような世の中になるのです。

そういう中でも大切なのは、常に柔軟性をもって自分を変え続けて創造し続ける自分を育てていくということだと私は思います。そのためには、日々の変化に挑戦し、自らを毀し続けるために新しい未知の世界へ飛び込んでいく勇気、そして常に自分はわかった気になっているのではないか、自分は間違っているのではないかと、今の自分を疑い、新しい自分を発見発掘していく努力によって自己維新していく必要があるように私は思います。

固定概念に縛られいつまでも昔のままに自分に固執してしまえばそのうち時代と合わなくなってきます。大事なものを守りたいのなら、それ以外のものはすべて柔軟に対応するという心構えがあって自分は変化していきます。いつまでも自分のプライドや自分の保身ばかりで構えていたら変化する切っ掛けも失ってしまいます。

そういう意味では仕事は常に世間や時代の象徴でありますから、仕事を通して自分を磨き維新する砥石として自分を変えていくことこそが本来の時代の変化に適合させていくというビジネスの本懐のようにも思います。

仕事はリハビリというのは、自分が時代に合わなくなったきたものを柔軟にしていくリハビリであるということです。

新しいことに取り組むことがリハビリになりますから、生き方や考え方を学び直し、さらなる柔軟性を磨き新鮮さを持ち続けることが一生自分を役立てていく力になると思います。

引き続き、子どもに学び、子どもが憧れるような素直に柔軟な心と魂を磨き育てていきたいと思います。

勇気の価値

なんでもそうですが新しいことに挑戦するのは勇気が必要です。この勇気は出そうとして出てくるものではなく、やっているうちに積み重ねて出てくるものです。昔から勇気は振り絞るものとありますが、ないものをみんな振り絞って取り組んでいくのです。

よく叱られるのが怖いとか、周りにどう思われるか心配とか、そういうことから言われたことしかできなくなったり、言われていないことはしなくなったりという態度をとることがあります。人は経験したことがないことには消極的になるものですが、その目的の意味を正しく理解すれば自分なりに行動していくこともできるようになるものです。

私の場合は、何のためにということをまず考え抜くようにしています。その自分の行動の判断基準が何のために行われるのかを正しく理解すれば、やったことはすべて無駄ではなくその目的につながっていると実感することができるかです。

無意味というものは目的が定まれば一切はなく、失敗という経験もまた目的に向かうための大切な体験の積み重ねの一石を投じたことになるからです。

教育の刷り込みによって、組織や集団の中にいれば言われたことしかやらない、言われていないことはしないといった歯車のように動くことを正しいことを思い込まされてしまいますがそうなれば自分で考えることをやめてしまいます。与えられた仕事だけを仕事だと思いこみ、何も言われなければこれでいいと信じ込んでいたりもします。目的を考えるのは上の人で、自分は言われたことをやればいいという心理は、目的を忘れた心理です。

大きな目的があるから人は勇気を出せますし、私の場合は子ども第一義という子どもの憧れた生き方や魂を磨くためにと思えば難しいことであっても不安や心配であっても、それがきっと子どもたちの未来に一石を投じるはずだと前のめりに歩んでいきます。

一歩進んで内省し、また一歩進んで内省すればその体験がすべて新しい経験になっていくことに気づきます。経験が少ないからわからなかったものも、経験を積み重ねることによって次第にコツがわかってきます。

コツがわかるまでやるというのが、経験をものにしていくことであり、分からないことはしないというスタンスはそこにはありません。分からなくてもやってみようと思ったり、やるなかで学んで深めていこうと成長を優先する生き方は、長い人生においてその質の明暗を分けてしまいます。

大きな使命や目的に日々に生きる人は、日々のすべてが挑戦であり、日々のすべてが勇気の連続であり、日々のすべては目的に達するための貴重な一歩です。

引き続き、誰もやったことのないことに挑んでいくのだから先入観を持たずにありのままに来たものを受け止めてそこから学び、新しい経験の上に立つ未来を信じて歩みを味わっていきたいと思います。

高潔な心情

菅原道真公を深めている中で和歌からその心情を読み取ることができます。特に九州に移動してからの歌には心に響くものが多くあります。あらぬ冤罪をかけられても、いつの日か真実が伝わり都へ帰れるという希望があります。

和歌にはそのままに清らかな心が映っているものがあります。自分のその時々の心情を自然の情景に照らして詠んでいるものは特に共感が深まります。

「このたびは 幣(ぬさ)もとりあへず手向山(たむけやま) もみぢの錦神のまにまに」

「ふる雪に 色まどはせる梅の花 鶯のみやわきてしのばむ」

「花とちり 玉とみえつつあざむけば 雪ふる里ぞ夢に見えける」

和歌はそのままに情景を照らしていけば、心に染み入るものがあります。自分の境遇がつらく苦しい時に詠んだあるがままの歌には、純粋な心が顕れます。どんなことがあっても清々しさを保つ菅原道真公の生き方が詠んだすべての和歌に顕れています。

私が和歌の中で、もっとも菅原道真公のことを感じるのがこの和歌です。

「海ならず たたへる水の底までに きよき心は月ぞてらさむ」

意訳ですが「月の光が海の水の底まで照らしてくれるように、清らかな私の心も一緒に照らし出してくれるだろう。」と。

心が沈んでいても、清らかな光は月が照らしてくれているという心情のように私は感じます。清らかさを保つというのは、高潔であることでどんな境遇であったとしても美しい花を咲かせ続けて実をつけていこうとするような梅の花のような生き方です。

この日本的な精神、穢れを取り払い、真心のままでいるという姿はまさに私たちの先祖が大切にしてきた精神そのものであったように思います。本来の菅原道真公が目指した生き方を、私たちもそこから学び直して、子どもたちに伝承していきたいと思います。

古井戸の甦生

郷里で古民家甦生を続けていますが、昨日ついに手掘りで彫り続けた井戸に念願の水が湧き出てきました。一か月も前から少しずつ掘っていましたがいつまで掘ればいいのだろうかと仲間と不安にもなっていましたが、湧き水が出てきたことで一安心です。

今回、私たちがやったのは古井戸の甦生です。かつては使用されていた井戸も、もう何年もそのままに放置され、大量のごみが井戸の中に投げ込まれていました。出てきたものは、前の住人の方の遺品やガラス、陶器、金属の破片や井戸蓋、鉄筋コンクリートなども出てきました。その他、粘土や真砂もありましたがほとんどがゴミとして誰かが井戸に投げ込んだのでしょう。

昔は水神様として井戸を大切にしてきたといいます。それは暮らしの中心に井戸があり、暮らしを支える存在として水は欠かせないものであったからです。その井戸に感謝して、井戸神さまをお祀りしていつも清浄にしていた暮らしがありました。

火の神様はガスの出現でいなくなり、水の神様は水道の出現でいなくなり、火と水を祀るという暮らしも失われていきました。

私が取り組んでいる古民家甦生というものは、古民家再生とは異なります。なぜなら、古民家はそのままあったものを再生していくものですが私のやっているのは現代になりすでに壊されて失われていたものをもう一度、かつての暮らしをお手本に甦生していくからです。

私にとっての甦生は、この古井戸の甦生と同様に現代ではいならなくなったものを拾い、それを新しくしていくプロセスを通して子孫へと伝承していくものです。

ただ水が欲しいから井戸を掘るのでもなく、ただ珍しいから竈を使うわけではありません。本来、大切にしてきたものを粗末にしていく現代においてなぜそれが大切であったのかを教え諭すためです。

学問が今ではただの受験勉強のようにすげ換っている様相を見せる現代において、本来の学問とは教えずにして教え、学ばずにして学ぶものであったということをこの寺小屋のような古民家甦生を通して伝承していくのです。

日本の家は私たちの日本的精神を磨かせ、日本の道具や暮らしはそれを活かすことによって文化を伝道してきた継承の仕組みを支えているのです。

引き続き、古井戸の甦生を通して子どもたちに先祖からの智慧を譲り渡していきたいと思います。