なつかしい未来

人間は誰にしろ「懐かしい」と感じる心を持っています。まだ幼い子どもがある景色をみて懐かしいと感じたりします。この感覚はいったいどこから来ているかということです。

「懐かしい」という字を辞書で調べると、(1 心がひかれて離れがたい。2 かつて慣れ親しんだ人や事物を思い出して、昔にもどったようで楽しい。3 引き寄せたいほどかわいい。いとおしい。4 衣服などがなじんで着ごこちがよい)(コトバンクより)などと書かれています。

本来、この懐かしいという言葉は「なつく」という語源から来ている言葉であり慣れ親しんでくる、つまり馴染んでくるという意味で用いられていた言葉と言います。

昔ながらの田舎の棚田をみて、稲作をしている人たちの仕事ぶりや様子をみると何か心に惹かれるものがあります。また古民家で暮らしている人たちの様子をみるとまた同じように心が何かを思い出しています。また一緒に暮らしてきた犬や猫、牛や馬、ツバメや雀なども今でも近くにおいて共に生きていこうとします。

私達は知識で認識できないものであっても、心は慣れ親しんだものをいつまでも宿しています。かつての記憶は私たちの心に生きています。思い出せないと思っていても、実際はなつかしいと感じる心が遺っていますからそれは忘れてはいないということです。

何百年、何千年と同じようにその場所で生きてその場所で暮らした記憶は慣れ親しんだ情景と共に心の中に生き続けています。そしてその安心感があるから、人は先祖とつながり、先祖がいてくれた御蔭様で今が在ることに心から感謝するようになります。

懐かしいという言葉を使う時、それは単に過去に戻りたいと言っているわけではありません。私が思う「懐かしい」という言葉は、慣れ親しんだ文化、自分たちの風土にあった馴染んだもの、その居心地の善さのことを言います。それは言い換えれば自分らしくいられること、日本人らしく生きること、自分たちがどのようなものと共に永らく道を歩んできたか、自分たちの個性を取り戻すということでもあります。

なつかしいままに未来があるというのは、多様性を維持しながら進化成長していくということです。画一的な西洋一辺倒の文化が先進的で価値があると思い込み、それを単にコピーするだけでは地球はもう発展を持続することができなくなってきています。成熟した社會を創造するには、もう一度原点に立ち返りそれぞれの違いを認め合い共に尊重して助けあっていきていかなければなりません。

世界は今、過渡期であり欧米、アジア、中東にある大国をはじめ様々な国家が成熟できず行き詰まりをみせています。なつかしいままに未来を切り開くというのは、本来の慣れ親しんだ文化を大切にしながら新しい時代を革新していくということです。それは自然に沿って人々が調和していく社會を築けるかどうかということです。何千年も生きてこられた智慧を捨てるのか、拾い直すのか、ここが人類の分水嶺ということです。子ども達のためにも何もしないまま指をくわえて待っているわけにはいきません。

温故知新の温故とは、この「懐かしい」という意味と同じです。本来の日本人らしい日本人のままに世界に出て自分たちの自然文化から世界の調和のために貢献できる成熟した人間を育てていく必要性をひしひしと感じます。

そのためにも何よりも自らの改革と実践あるのみです。伝承という懐かしさを深めつつ、何を新たにしていくか、子ども達のためにも日々に創意工夫し挑戦していきたいと思います。

 

転換時期

明治維新から長らく日本の体制というのは変わっているようで実はほとんど変わっていないように思います。人口が増加し成長していくという経済構造は、これから人口減少で縮退していくという時代の変化に対応していく必要があります。

色々な政策をみてはどこか自分には大きすぎてイメージがわかないように感じられますが、簡単に言えば地方の小さな村々で起きていることが今の日本に起きているということを考えればわかります。高齢化で過疎化、人口が減りそこに政治や経済がまったく行き届かないということ。子ども達がおらず、多少生まれてもどこか違う場所へそのうち引っ越してしまう。お年寄りは老人ホームか都市に引っ越し、次第に空き家も増えてそのうち誰もいない廃墟のような村になってしまうという構図です。そしてその村々を捨ててコンパクトシティ化といって都市の一か所に集めようという動きが進んでいます。

これはどこか遠くで起きている事例ではなく、今の日本の国のあちこちで起きていることです。大なり小なりどんな場所でもこのような姿は次々に発生し進行しています。もう前から分かっていることでしたが、これが日本の未来に抱える今の課題ということです。

なぜこのようになるのか、それは今まで信じられてきた右肩上がりの成長信仰、グローバリゼーションによる消費拡大のロジック、スクラップアンドビルドによるハコもの投資がもはや通用しなくなっていることの証明なのでしょう。

日々に追われるばかり、また自分のことで余裕がない人ばかりになっていて全体構造を根本的に変えるような一人ひとりの実践が追い付いていないように思います。

日本の未来はすぐに子ども達の現実になります。古い体質や旧態依然の態度のまま何も変化していなければ必ず行き詰ります。これは人の成長と同じで、よくないとわかっているのにいつまでも以前のままの習慣を続けていればそのうちにそこから綻び破たんしてきます。

一人の人間の改革は一国の国の改革と同じです。

大きなものを身近な小さなものに換えてみると、そのものの本質が分かるのです。如何に国を形成するのは一人ひとりの当事者意識と自覚、己に克つことが影響するのかが分かります。

かつて二宮尊徳が、村々を復興させていくのに際しそれを「心田開発」と名付けました。「わが道は、人々の心の荒蕪を開くを本意とす、心の荒蕪一人開くる時は、土地の荒蕪は何万町歩あるも憂ふるにたらざるが故なり」といいました。

どんなに村が荒廃していても、一人の人間の心の姿を換えてしまえればどれだけ大きな村々の復興であってもまったく心配する必要がなくなると言いました。では二宮尊徳はどの刷り込みを取り払って何に心を開かせたのかということです。

これは今の時代でも通用する普遍的な知恵であることに気づきます。

あの時代も同じように人々が行詰る何かの刷り込みをみんなが持っていました。自前で物事を解決せず、藩政に文句をいい、自分がやらない言い訳ばかりを募らせ、自分のことしか考えないで誰か任せにし誰もなにもしようとしませんでした。

そこに二宮尊徳が本来の姿が何かに気づかせ、一緒に実践していくことで村を復興させていったのです。一人の人間が、その時代に与えた影響は大きく子孫たちはどのように今の時代を復興させていけばいいかをその時の歴史の真実の事例に学ぶのです。

もちろん過去と未来では現象は異なります、今のように近代化して西洋文明が入り複雑であった時代とは異なります。しかしよくよく共通するところを観ていたら普遍的な人間の問題も観得てくるものです。それは時代を経てもまったく関係なく、同じことが人々の心の中に発生していることに気づくのです。

一人の実践と一人の改革は、国の改革を担っています。

子どもたちのために、自分自身ができることをそれぞれで他人任せにせず自分の立っている処から何を実践していくのか一人ひとりが取り組んでいく必要があるように思います。誰かの政策は魔法のように何かを解決していくものではありません、世の中が変わって価値観も変化していく中、かつての栄耀栄華をいつまでも忘れないままで愚痴をいってもいつまでも同じことの繰り返しになってしまいます。

価値観が変わるときは、常に発想の転換も必要です。今、まさに時代は転換時期に入っています。そして私達は子ども第一義の理念を掲げて実践をする会社です。引き続き、子ども第一義の理念に沿って温故知新に取り組み足元から新たな実践を増やしていきたいと思います。

 

場とは何か1

古民家を再生していく中で「場」について考える機会が増えています。古来より「場」というものにはチカラがあります。その場を活かして人々は神事を行い、暮らしを実現させてきました。この「場」とは何か、これから少しずつ「場」について深めていきたいと思います。

例えば、山野に行き清らかな川のせせらぎの澄んだ空気の中で休んでいるとします。その時、私たちの心は清浄な気持ちになってきます。この時、自然が私たちに働きかけるものと私たちが自然を感得していく相互作用があります。つまりその時、そこには確かな「場」が存在しているということに気づきます。

この「場」は御互いの主体的な影響力によって高められます。これはもともと其処にあったものに自分が近づいていったのか、もしくは自分の心が感応してそれを創りだしていくのか、それはお互いの結びつきや繋がりに由って変化していくものです。

さらに例えるのなら、庭をつくるときその庭に対して自分がどのように関わるか、どのように美しく育てていくかと接していけばその庭は次第に変化していきます。そして庭が変化するとき、その庭には「場」が創出されます。そこには美しく育てていく仲間が集まり、一緒に育ち合い成長をし続けて「場」のチカラを発しています。

私たちは何もなかったところに「場」を産み出します。そしてその「場」が私たちに関わり始めます。つまり環境というものは、場の働きのことであり、場が働くということは人間と環境の相互作用によって発生しているのです。この相互作用は共に働き次第に相乗効果を産み出します。

この相乗効果こそ自然界のバランスのことであり、調和はこの場の働きによって行われているのが自然なのです。自然というものを感じるとき、自然は場によって創造される調和であることに気づきます。

自然農の実践において感じるのも、自然の様々ないのちが複雑に絡み合ってその土地の風土の中で私を含め一緒一体に暮らしていく中でその人を含めた自然の田畑が出来上がっていきます。ここには人と風土の一体感の中で発生した「場」ができたのであり、自然の働きと人の働き、その相互作用によって安心安全な作物ができ、風土の他力が働き相乗効果の「場」のチカラが発揮され続けます。言い換えるのなら、生き活かされる共生の場ができるということです。

人類が今、課題になっている協働や協力、共生や自立といった社会問題のすべての課題はこの「場」のチカラによって再生も回復もできるように思います。

子ども達にどのような「場」を譲っていくか、そして私たちがどのように「場」から学び直しをしていくか、見守られてきた過去の自然や歴史を省みながら温故知新していきたいと思います。

好循環の実践

古語に「勝ちに不思議な勝ちあり 負けに不思議な負けなし」があります。この言葉は江戸時代の大名で剣術の達人でもあった松浦静山の剣術書『常静子剣談』で出てくる言葉です。

これを紐解けば「道にしたがい、道をまもれば、勇ましさがなくても必ず勝ち、道にそむけば必ず負ける」と記されています。

この考え方は、百戦錬磨の場数を踏んだ実力のある人が持つ境地のことでありこの時の不思議な勝ちとは何かということです。この不思議というものを少し深めて見たいと思います。

不思議というのは私にとっては他力のことです。自分以外のチカラが働きそのチカラによって物事が動いていくということです。自分は何もしていないのに、自分の思っている以上のことが起きて結果的に勝ってしまう。まさに運の善さというか、好運をいつも持っている人は不思議なチカラでいつも幸福に恵まれていきます。また逆に何をやっても不運である人がいます、自分の力を頼り自分の力のみを信じてやっていてもいつも邪魔が入り負けてしまいます。この理由は何か、それはチカラというものの理解に由ると私は思います。

もともとチカラとは何か、それは自分が引き寄せるチカラのことです。それを王道や自然の道といってもいいかもしれません。どんなに自分が頑張ってチカラを入れていても、それが自然の流れとさかさまであれば動かすのは至難の業です。しかし、もしも自然の流れに従って重力や引力を活用し上から下へとチカラを活かせばほとんど自分の力を使わなくて頑張らなくても少しの工夫で自然に重たいものは動かせます。

このようにもともとあるチカラを用いることは自分の力ではなく、「御蔭様のチカラ」を活かそうとする考え方です。これを道ともいってもいいかもしれません、自然のチカラを使えるようになるには他力が観える必要があります。

例えば運の善い人がいます、まずそれは物事が動くのは自分のチカラだと慢心していない謙虚な人のことです。なぜ謙虚な人が運が善いのか、それは周りの御蔭様に気づいて感謝しているからです。周りが動いてくださっているからと周りが動いてもらえることに素直に感謝する心が他力を活かすことをその人に感得させます。その他力のチカラが観える人は、自分が何をすれば周りがもっと動くのかを知っています。これは自然に精通しているといっていいかもしれません、こういう無我の境地を持つ人はいつも真心を活かして真心を盡すことが出来るのです。

古語に「積善の家に余慶あり」という諺もあります。善いことを積み重ねていく人はいつもなぜか不思議なチカラが入り好運が起き続けていくということです。これこそまさに不思議の価値を知り、その不思議がいつまでも続くように謙虚に好循環の実践を日々家人たちが積みかさねているのでしょう。

また負けに不思議の負けなしというのは、全部自分に何らかの問題があるということです。負ける人は自分には非がない、自分のせいではないと、いつも自分の言い訳をします。また自分が言い訳をするのは自分がやっていると勘違いしているからです。御蔭様が観えない人には、自分がさせていただいているとは露ほども思わず自分がやっているから上手くいっているという勘違いをしてしまいます。自分がやっているのは、あくまで御蔭様の他力を引き出す努力であって自分がやっていることはないのです。人の道は、謙虚さや素直さ、また感謝の心でいることで道に従い道にそむかないことになることを言うのでしょう。

好循環の実践を行うことで確かな勝ちを積み重ねていくことこそ古今一流の流儀だと思います。世界でも通じる本物の実力者とはみんなこの共通の境地を会得しているように思います。

子どものためにも、どんなときにも好循環の実践を繰り返し積み重ね余慶を愉しみ真心を盡していきたいと思います。

便利と不便

人は一人で生きていけば分からないことも、二人以上で生きていけば分かることが増えていきます。誰かと一緒に生きるというのは、それだけ御互いの中に思いやりを学びます。この思いやりを感じることができれば人は豊かさの本質を学びます。

便利な世の中というものは、一人で何でもできる世の中を目指していきますがそれでは相乗効果という自然の豊かさに気づくことはありません。

不便であればあるほどに人は不便の中にある大切なものに気づき直すものです。人間関係の中にある不便とは御互いを思いやり配慮するから不便であって、自分勝手に何でもできるから便利であるという事と対照的なものです。

たとえ自分が不便だからとお金を払って不便を他人に押し付けて目に見えないようにして隠していても必ずどこかで誰かに多大な迷惑をかけています。だからこそ不便を楽しむといった境地を体得することで昔の人たちはその不便の中にある豊かさを感じていたのでしょう。

例えば不便の中にある豊かさといえば、囲炉裏であれば火を熾しゆったりと鉄瓶で御湯を沸かし、一杯のお茶をのむのは大変な時間も手間もかかります。今は瞬間湯沸かし器でスイッチ一つですぐにお湯が沸きますからそれに比べればとても不便です。しかしその不便さを通してその中でゆったり内省したり、火を囲んで周りの人たちと談笑したり、火を見て心を穏かに落ち着いたり、暮らしの道具に囲まれてつながりや手作りのいのちを味わったりと実に豊かな物語が増えていきます。

これは誰かと一緒に生きていくのも同じです。

自分の思い通りにしたいからと一人で生きていこうとすることもできますが、誰かと一緒に生きていけばもちろん感情のストレスがかかってきます。思い通りにいかないときにメンドクサイと感じるのでしょうが、だからといっていつも一人で仕事をしたり一人でやっていたら便利ですがその中にある豊かさはなくなってくるように思います。

一緒にやる中にある感情は確かに辛く苦しいこともあります。時間を守らないとか、情報共有してくれなかったとか、裏切られた気持ちになったとか、自分を大事にしてくれていないとか、感情が沢山湧き起ってくるものでしょう。しかしその一緒にやることを通して人は様々な物語を味わっていくことができます。嬉しさ、悲しさ、喜び、出会いと別れ、そして愛、真心などその人間関係の中に人の仕合わせと豊かさがあることに気づき不便ですがそれが実に豊かな物語だと思えるのです。

先ほどの囲炉裏の話では、ただ湯を沸かせばいい、ただ火をつければいいのではないのです。そのプロセスの中にこそ、真の豊かさがあり、真の情緒があります。また自然界の持つバランスは相乗効果ですから、様々な御縁が折り重なって結ばれ新しい出会いや感動が生まれてより豊かさが増していきます。人間が一緒に生きることが出来れば人ははじめて自分に自信を持てます、それは御互いに存在を分け合えるからです。確かに成功だけを求めたり結果だけ求めて何でもできる人になるのは便利なことです。すぐに利用価値があり、すぐに効果がある方がいいと思い込みますがそれは使い手にとってそうであるだけで本人にとっての豊かさとはまた別物です。

便利な世の中になればなるほど、不便を楽しむという実践が必要は思います。このような物質経済に溢れる時代だからこそ便利か不便かではなく、豊かさとは何かということを自問自答していくことこそこれからの人間の健やかで素直な生長には欠かせないと思います。

だから敢えて私たちは一緒にやるのです。

引き続き、人類のためにも子どもたちのためにも「一緒にやる」ことの豊かさを子ども達に継承していけるように様々な感情と向き合いながらその中にある物語を味わっていきたいと思います。

日本人の原点

町家再生を深めている時、町家大工棟梁の「京 町家づくり千年の知恵」山本茂著(祥伝社)という本に出合う機会がありました。その著書の中で京都の枳穀荘という旅籠が紹介されていました。

今回、その枳穀荘に御縁をいただき宿泊しお話をお伺いすることができました。千年の知恵とは何か、改めて日本人の原点について考えました。それを少し整理してみたいと思います。

そもそも日本人というものはこの自然風土に融け込み自然と一体になって暮らしてきた民族のことです。自然は悠久の年月でじっくりと循環していく存在ですから、その偉大な循環に沿ってその中で自分たちも一緒に暮らしを育んできました。もしもその自然の循環に逆らって生きていたら千年持つということは考えられないと思います。

昨日、枳穀荘の当代から日本建築のことをお聴きしました。その時、日本建築の素晴らしさを教えていただきました。日本建築とは、日本の気候風土に合わせて建てられたものです。町家は、通り庭、おくどさん、季節のめぐりに沿って建具を変えて風を通し水を活かします。木は、夏の湿気で膨張し冬の乾燥で縮小する、このように呼吸しながら今も生きていると言います。

京町家を視察し、様々な暮らしを体験していると千年生きる人たちが如何に「自然と調和」しているかに気づきます。美しい暮らしの中には、千年が今も息づいています。その千年に映る自然は、謙虚に自然の廻りに沿って町を形成し町を活かした町家の姿があります。

町家の中の調和は、千年の仕組みで満ち溢れていました。木、土、石、そして水、風、光、その調和は美事なほどで、お祭りを中心に風土に沿った年中行事を実践する。そこに代々受け継がれている人々の文化を感じると、流れている歴史、悠久の循環を感じます。風土の中にいにしえから今まで続いているものを自然との調和、美しい暮らしを同時に思います。それをふたたび「千年」という尺度で観直すとき、日本人の原点を感じ取るのです。

今回、私が最も感じた千年の知恵とは自然に逆らわない千年の都の中にある自然との調和、美しい暮らしのことです。

今の時代は便利か不便かで判断をし、そのどちらかに偏っているように思います。しかしそのモノサシで行動するのではなく、これは千年持つのかという千年のモノサシを持つことで常に自然との調和が働くように思います。

本来、私たち人間も自然物の一つであり日本の先人たちは自然と調和することを何よりも重んじてきた民族だったからこそ、その暮らしぶりもまた自然と調和していることを優先して生きて来たということです。まさに先祖たちの継続の偉大さはこの一点に尽きると私は感じます。

これからの時代、膨張から縮退へと時代は刻みます。少子高齢化はますます進み、経済の姿は一変することでしょう。その際に必ず日本人は原点回帰を迫られてくると私は思います。

本来の日本人が何を大切にしてきたかを学び直し、それを正しく実践することが、子ども達の未来に今の世代の私たちが責任を果たすことになります。引き続き、町家再生を通して日本人の原点を磨いていきたいと思います。

 

日々新たな感性

人間の感覚と言うのは、集中力を発揮するときに活かされるものです。今まで気にしなかったものが突然目に入ってきたり、今まで感じることがなかったことが突然感じられたりするのは五感が活用されているからでもあります。

例えば一つのことに集中していると、それに関する物事や出来事ばかりが繋がっていきます。同じ景色であったとしても、その人の観念によって見える景観が変わっていくのです。これはその時々の感性や心の様相でも変化していきますがその観える世界がどのようになっているのかを自らで確認していくことで自分自身を知るキッカケにもなるものです。

しかしこの集中は時として強い思い込みにもなったりします。もしも自分見た世界でのみ世界を視れば、その世界しか存在しないようにしてしまいます。それを価値観の窓ともいいいますが、自分自身の価値観でのみ物事を観ていたらその価値観だけを正しいと信じ込み真実や現実がたとえ事実と違っていても思い込んでしまうものです。

一度その価値観に囚われればその中でいくら考えてみても、自分の価値観を抜け出すことはありません。そうなってしまいと思い込んでいることが強すぎて誰の話も聴こうとはせず、何のアドバイスも受け容れることができなくなります。これを固定概念とも言い、自分がきっとこうだと思い込めば思い込むほどその思い込みの世界が実現するように五感が働いていくのです。例えば疑い出せばキリがないように、いくらでも自分の思い込みで見える世界を変換してしまうのです。

このように人間の五感も使い方次第で、善きにも悪しきにも使い分けることができるものです。しかしまずその五感を磨ぎ澄ますことが大切なことのように私は思います。五感を磨ぎ澄ますというのは、「思い込まないこと、先入観を持たないこと、自分の価値観に固執しない」ことです。

これを融通無碍ともいいますが、言い換えれば素直な心を持つということです。

素直な心があれば、こういう見方もあるんやなと思ったり、それも一理あると感じたり、間違っているのは自分かもしれない、非があるのは自分の方にもあったと素直に反省して自分の価値観を柔軟にして円熟させていくことができるからです。

人が生長するというのは五感を使って新しい世界を変革していくことだとも言えます。時代がどんなに変わってきても、それに応じて自分自身を変化させていくという柔軟性。この中にこそ、進化成長、温故知新の人間の自然の姿があるように思います。

五感を使わないで頭でっかちになんでも知識のみで補おうとする中に、心の用い方の訓練や感性の磨き方の必要があるように思います。本能が減退しないように、常に物事をゼロベースにしていくこと、常に本質は何かと深める工夫がその人をその人らしくしていくように思います。

子ども達のためにも、日々の変化を味わい愉しみながら日々新たに感性を磨いていきたいと思います。

尺度

四季を通じて様々な生き物たちが生長をし活動しています。つい都市で働き時間に合わせて生きていると、身のまわりの植物たちや魚や鳥などの生長には気づかないものです。ある時、ふと立ち止まり周りの声に耳を傾けていると次第に季節がどうなっているのか、周りの生き物たちがどのように伸びているのか、また何が増えて減ったのかといった自然の景色が観えてくるものです。

自然界とは別に人間は「時間」というモノサシをつくりました。ひとつの基準として昔は星時計、そして日時計、今では分刻み秒単位でデジタル時計が出てきています。これは人間の間で御互いにモノサシを持つことで、一つの基準を定めたと言えます。このモノサシとは尺度のことで、言い換えるのなら人間の価値基準ということです。

この価値基準というものを疑わず、もともとそういう価値だからとその価値観の中に囚われてしまうことを刷り込みとも言います。物事の本質を捉えず、周りの価値観を真実だと思い込めばそれ以外の世界は見えなくなります。

先ほどの景色も同じく自分の刷り込みや思い込み、価値観の尺度ばかりの中にいれば自然界のことは分かりません。人が自分の尺度を観直すとき、それは自然界の中にある実相を観るときに行われるように思います。

宇宙も同じく計り様のないものを計っても計ったところまでしかわからないのが人間の尺度でもあります。この尺度をどの尺度で観ているかが、その人の世界観を決めています。

歴史の尺度、宇宙の尺度、自然の尺度、いのちの尺度、いろいろな尺度を持つことができることが思い込みや刷り込みを外していくためのコツかもしれません。常に本質は変わらないからこそ、本当は何かといった尺度を磨くための実践を積み重ねていきたいと思います。

近代史から学び直すこと

明治のことを調べていると、そこには近代日本に向けてどのように変革が行われてきたのかが観えてきます。開国を迫られ、不平等条約を結び貿易をする中で如何に西洋が持っている技術を自分たちが取り容れて対等に貿易をしようかと急速な変化を優先した結果がその当時の様子に見てとることが出来ます。

西洋の持つ人工的な科学力、その文明を真似て自分たちのものにしようと貪欲に学びこんだ人たちが近代化を促進したのです。それまでに築いた循環型の暮らしを手放し、西洋と同じく消費型の暮らしに変わったのもこのころからだったように思います。

ちょうど明治に入ったころ、「御雇い外国人」という人たちがいました。約数千人の御雇い外国人を世界から招き学校をつくり様々な教育を行い技術者を育てていきました。

その中の一人に「大日本」を記した英国のヘンリー・ダイヤーがいます。この方は工部省工学寮(東京大学工学部の前身)の教頭に任命され多くの日本人に技術を教育してくださった方です。近代技術工学の父と呼ばれ、エンジニアリングとは何かということを常に優先して指導に当たったそうです。著書「大日本」では東洋の小国がわずか30年で近代化を果たした原動力は何かを解き明かしています。

彼の指導を受けて建築家の辰野金吾やアドレナリンを発見する高峰譲吉、土木技術者、工学者の田邉朔郎など多くの人材を輩出します。

「理論に実践が伴って初めて工学の価値が生じる」という信念を持ち、理論よりも実践を重んじ大学在学中の5年間の中の2年間は常に現場で場数を踏ませて学ばせることを重んじました。さらに、社會を換えるもっとも影響があるのは「ものづくり」をすることで改革されるとし、エンジニアとは社會を変革する人物でもあるとしました。

そのヘンリー・ダイアーはこういう言葉を遺しています。

「これまでさんざん言い古されてきた、『日本人は非常にモノマネが巧みだが、独創性もなければ偉大なことを成し遂げる忍耐力もない』といった見方は、余りにも時代遅れというものである。」(ヘンリー・ダイアー著『大日本』より)

実際に指導にあたったヘンリー・ダイアーは、この逆を見ていたということです。日本人はあっという間に西洋の技術を自分たちのものに変換していきました。実際に日本に来て次々と形にしていく技術者の姿に如何にその評価が間違っていたのかを記しています。

また指導にあたり日本人の特徴や特性も見抜いています。

「日本の学生は、何でも本から学ぼうとし、それよりもはるかに大切な観察と経験を疎かにする傾向がある。・・・工学に携わる人は、どんなに立派な理論を知っていても、知識だけの人にはなってはいけないし、また、どんなに器用でも、無知であってはならない。」(明治 第二集 模倣と独創~外国人が見た日本~ 2005.4.16 番組内の説明より抜粋)

知識だけの人に成ってはならない、器用でも無知ではならないと言います。つまり経験と場数を踏んで現場から学ぶことの方が本よりも価値があると言います。理論より実践を伝えてくれた教師だったからこそ、日本の近代化は進んだとも言えます。

しかしヘンリー・ダイアーは晩年に日本の未来を憂い下記のようなことを記しています。

「日本人は自分たちの国をすばらしいものにし、国民の生活を充実させるためには、西洋の科学と文明を利用すべきだが、同時に、日本人の生活と品性の特性を持ち続け、その個性を失わないようにすべきである。みずからの過去を忘れ、独自の特質とを棄ててしまうような国民には、真に偉大な国民となる資格がないし、またなれるものではないのである」

そしてこうも言います。

「日本は強大であるだけでなく、善良な国でもあることを示してほしい。」

その後、理念なき成長が軍事大国へ向かうことになり戦後の今の日本があります。今も昔も何よりも大切なのは、日本人らしい日本人としての成長であってその理念や理想を優先して日本人の徳性や品格、その歴史や個性を失わないことです。

近代史は、直近に先祖たちによって行われた私たちの歴史です。その歴史をよくよく検証し学び直しこれからどのようにかじ取りをしていけばいいかを決めるのは今の私たちの使命であり未来の子ども達の為にも私たちが向き合わなければならないことです。

引き続き、暮らしの再生を通して譲っていきたいもの遺していきたいものを深めていきたいと思います。

観光の本質

時代と共に言葉の意味は変わっていきます。それはその時代の人たちの価値観によって言葉は変化していくからです。かつて使われていた言葉が、かつてと同じように使われていなければ同じ言葉でもそれは全く異なる言葉になってしまいます。

何かを深めていくとき、その言葉がどこからはじまったのか、その語源が何かということを調べることはとても大切なことです。それはその意味を自分なりに深め、なぜ今のような言葉になったのかの経過を知ることになり、そのものの本質を再確認することが出来るからです。

例えば、「観光」という言葉があります。この言葉は本来、中国にある「易経」の「観国之光」から抜粋された言葉です。意味は、直訳すると「他の国へ行って、良い点を見て学んでくる」ことになります。

この言葉が日本で使われるようになったのはちょうど幕末の頃、アメリカと条約を結ぶための使節団が乗った船に「観光丸」と名付けたことが、日本で「観光」という言葉が使われた起源であるとも言われています。そして大正以降、「tourism(ツーリズム)」の訳として用いられるようになり、昭和に入り観光は旅行や娯楽、遊興、物見遊山や見物のように使われています。平成になると、娯楽、遊興、余暇や余興を楽しむことのようにその意味は変わっています。

本来、この観光の意味する観るのは光、この光とは文化のこと。正確には「観國光」という意味であり、言い換えるのならクニに暮らす人々の精神性、生き方、生き様、さらにはその国の持ち味、徳性、美点、善いところなどを見極めることが観光の醍醐味でもあります。

人々がその土地に行き、観光をするというのはその土地の大切な文化を学び直すことです。そしてその風土の文化に触れて、その文化の美点を吸収し、善いところをたくさん学ぶために行う学問の実践ということです。

同じ言葉であっても今の時代の観光とかつての人々が行った観光が異なるのは言葉を見れば明白です。だからこそ、その土地や風土の観光を考える人たちは本来の意味での観光を見つめ直さなければならないと私は思います。

なんでも経済とばかり結びつけてしまうと、儲けることばかりや儲かることばかりで営利を優先して本来の観光からかけ離れてしまうこともあります。以前、ある観光地へ訪問したときその場所でお店を出している人たちはみんな都会から商売のためだけに週末にきて稼いで帰る人たちばかりで地元の人たちはほとんど誰もいませんでした。

いくら観光名所にしたいからと、本来の意義や目的が変わってしまえばそれは単なる娯楽場所で終わり行楽は流行がありますからいずれは廃れるのが目に見えています。その土地の文化、その美点をいつまでも錆びさせないように磨き続けて光らせ続けるのが私が思う観光の本質です。

古民家の再生をしながら、家をただただ磨き続けていますがその磨き続ける先に強度の未来が光ってくるようにも感じます。子ども達に美点や良い点、また徳性や風土歴史の素晴らしさを伝承していけるように暮らしの再生を実践していきたいと思います。