一円観

「論語」や「大学」を読み進めるうちに二宮金次郎に出会うことになった。

二宮金次郎のことは、幼い頃に通った小学校にその銅像がありいつも目に留まるところにあった。しかし、その頃はなぜ薪を背負って本を読んでいるかなど知りもしなかったし興味を抱くこともなかった。

そして先日、ある方に「あの薪と一緒に読んでいる本が中国の四書「大学」「論語」であるのを知っていましたか?」と聞かれた時に強烈な衝撃と関心が生まれいてもたってもいられず、すぐに参考文献を取り寄せこのお盆中にじっくり時間が取れたのでその二宮金次郎の生き様に触れることになった。

世の常の不思議というか「思い」というか観得ない世界では根本思想は繋がっていて、自然に引き合わせていくのだと思うとどれだけ自分の心が常日頃からしっかりと世界の発展と未来の平和に対して方向性が正しく根付いているかが問われているのだと思うと改めて厳粛に自分を省みることができる。

師匠との出会いからの数々の教えも全ては天地自然に一本木の大樹に貫かれており、そしてそれは自らが人間であるがゆえに出会わなければならない業のようなものに彩られ作為に創られているではないかと私は思う。

師匠はすべて同じことを違う言い方で仰っているだけなのだ。

この方も、日本の未来、如いては世界の平和のために実践を貫かれた方だったことを知り心から尊敬するともに改めて今の自分の不肖に気づくことになった。

よく私は「分かった気になるな」と座右にしてながらどうしても自分の脳が分かった気になろうとする衝動に負けてしまうことが多い。その都度、どうしても片方に思想が偏り決め付けてすべての戒めを忘却させようとしてしまう。

今では昔とは違ってそれではだめだと今では本能や潜在意識や深夜の夢で目覚めさせてくれたり、はっとした気づきを身近な出来事で与えてくれるようになってきたがまだまだその回数は多くすぐに揺らぐ自分に何度も三省するようにして道を繋いでいる。

私は常々ゲームやテレビ、アメリカ型近代化の倫理観がズレた今の時代がイケナイのだと思っていたら、この二宮金次郎の時代であっても同じように人と天の間にある軋轢、キョリや刷り込み封建的なズレなど今の時代とまったく変わらず人間がそこにあるがゆえの宿命が同じように関係していることが分かった。そしてその中で自らの厳しい実践を通して、結果を出していたことに改めて心から感動した。

ここでも気が付くと自分の都合がいいように解釈して悩んでいる振りをして逃げているだけの自分が居ると思うと、二宮金次郎のように不動心に自らを燃えさかるところに身を置き一生を掲げる覚悟をもってやっていたかと思うと情けない自分への思いと今からでも間に合うぞという決意新たな思いにかられる。

私が特に心が震えるほど衝撃を受けたのは、成田山新勝寺での21日間の厳しい断食と参篭による悟りの境地、不動尊からの「一円観」だ。不動尊とは、不動明王の持つ「動かざること尊し」のこと。

   『一円観』

すなわち、善や悪などを世の中のありとあらゆる対立するものを、ひとつの円の中に入れて観るということ。

「打つこころあれば打たるる世の中よ 打たぬこころの打たるるは無し」と詠んだ。

(人には絶対の善人もいないかわりに、絶対の悪人もない。至誠をもって当たれば、復興事業を妨げる人々の心をも動かすことができる)

それから二宮金次郎は、

「神徳(天地自然のめぐみ)、公徳(社会の恩恵)、父母祖先の徳(肉親のおかげ)に報ゆるに、わが徳行(報恩、感謝、積善)をもってする実践の道」と定義した。

そしてこれを論語の以徳報徳(徳を持って徳に報いる)「報徳」とし、その真髄を極めるための道の実践に生涯を捧げた。

さらには、その実践に於いて【至誠】【勤労】【分度】【推譲】(誠実勤勉に働き(至誠、勤労)、収入に応じて支出に限度を設け(分度)、余裕を生み出してその蓄えた余裕を、次世代や地域のために譲っていく(推譲)を自らの理念として実行した。 (「二宮金次郎の一生」三戸岡道夫著 栄光出版社より)

どの言葉も、今の私にはズシンとくるものでこれ以上これ以下のない方向性を示したものとなった。

そしてその凄まじいまでの信念の中に、理想を掲げて妥協をしない生き方を学んだ。理想郷と誰に何と言われようが、好きに言いたければ言え、自分の理想は自分だけが知るという境地だろうか。

世界のために、そして次世代のためにやるべきことを選択して生きていく。

こんな素晴らしい方が日本に居て、今の私が居ることがどれだけ自分を勇気づけてくれるかと思うと感謝で泪がこぼれる。

「道徳を忘れた経済は罪悪である。しかし、経済を忘れた道徳は寝言である。」

まだまだ分かった気になってはいけない。

私は経営者で会社という企業をもって教育界とともに次世代に貢献していくと誓ったのだ。正しい入りと出、利と不利をもって世の中に感化する信条を大事にしていく。

これからも、日々の実践を積小為大の信念を持って向かっていこうと誓う。

いつの日か、子ども達が変わらない大切なものを座右にしながら平和な世界を築けることを願い、この邂逅にも先祖が導いてくれていることを感謝して歩みを深めていきたい。