漢方と不老園

昨日、久しぶりに郷里の有名な漢方医のところを尋ねました。一つには、叔父さんの体質改善のアドバイスをいただくことで、もう一つは、古の英彦山の生薬「不老園」を甦生するための相談です。

改めて、色々と発見したこともあり、少し整理してみます。

まず漢方医学というものがあります。これは調べると「狭義では漢方薬を投与する医学体系を指す。また漢方は、漢方薬そのものを意味する場合もある。広義では、中国医学を基に日本で発展した伝統医学を指し、鍼、灸、指圧なども含む。」とあります。しかし、実際に漢方医の診断を拝見していると総合診療をしているのがわかります。つまり全身の症状、体格、骨格、内臓の状態、皮膚の状態、体力の程度、生活環境、生活リズム、精神状態、自律神経、きりがありませんがあらゆるものを総合的に分析して経験や知恵を活かして直観的に何が問題であるのかを判断します。そのうえで、それを治癒する方法をあらゆる手段を用いて実施していきます。

昨日も漢方医のお話をお聴きしていたら、西洋医学で末期がんの医者が治療に来たことがあるとも仰っていました。自分たちは西洋医学で治療しているが、がんが治らないからここに来たという具合です。実際に、その医院ではがんを完治した人の話がたくさんあり、どの話も納得できるようなことばかりでした。

例えば、心の持ち方、生活の気を付け方、回復までのプロセスに寄り添いながら漢方薬を煎じていきます。時間はかかっても、確実に体質改善を行っていくのです。私が、以前、取り組んでいたコンサルティングも対処療法と根源治癒がありました。緊急のものは対処療法しますが、実際に理念や初心を含めて盤石な状態にするにはやはり時間をかけても体質改善をするしかありません。今、会社で取り組んでいる一円対話もまた未病であり、体質改善につながるものです。

ここから話を英彦山の生薬の話に換わりますが、先生と一緒にこれから不老園を復活させてみることにしています。これは山伏たちの暮らしの中心にあったもので、千数百年も前から重宝され、全国各地の病院たちを治癒したものです。

もともと山伏の生薬については、求菩提資料館にこう書かれていました。

「近世の山伏は民間祈祷師であるばかりでなく、人々にとっては頼りになる民間療法の専門家でもありました。つまり、病気を治すための加持祈祷を行うかたわら、薬草・薬石をそえることを忘れなかったのです。山伏たちは、本草学に関する知識を持ち、山中で薬草を採取あるいは栽培して、さまざまな薬をつくりました。つくった薬は年に一度の檀家廻の際に配って歩き、翌年檀家を訪ねた折にもしもその薬が呑まれていれば、代金を頂くといった具合でした。「入れ薬」のはじまりです。」

明治のころから、民間医療薬が禁止されまた修験道廃止令も出て、この伝説の生薬である不老園は徐々に世の中から消えていきました。今では古文書の中にいくつか書かれているのが残っているだけで生薬はどこにも販売されておりません。

先生とお話をしていると、この不老園は特に自律神経を整える成分でできていると仰っていました。かつての山伏たちは、心身を治癒する医師たちでもありましたからこの生薬はとても人々の病気を治癒し、未病を維持するのにもとても重宝したはずです。

しかし明治の頃というのは、調べれば調べるほどとんでもないことをしていることを実感します。明治維新のことばかり話しては、やってきたことを肯定していますがよくよく吟味して否定して改善する必要性を私は感じています。歴史を変えたり、消したり壊したら、ちゃんと責任をもって日本人のためにやり直すべきはやり直す必要を感じています。

子どもたちのためにも、先人たちが人生を懸けてつないで結んできた叡智を甦生させて伝承していきたいと思います。

ご縁と未来

人の出会いやご縁はとても不思議で歳を経るたびにそれを実感していくものです。だいぶ以前に、出会った人と数十年後に再会することもあります。その時は、深いご縁でなくても再会後に非常に深い関係になり人生をご一緒することもあります。

人の出会いには、タイミングがありその時々で必要な時にお互いに関係が発生していくようになっているからです。時折、未来がすでに決まっているのではないかと思うほどに過去にあったことが繋がってきて結果を先に見せられているかのようです。

以前、未来がもしも先に見えたならと想像したことがありました。

人はみんな先々のことを知りたがりますが、もしも知ってしまえばとてもつまらないものになるようにも思います。運命論者ではないですが、先に諦めてしまい何もしなくなるからです。しかし、実際の人生には選択というものができます。選択できるから、当然、その未来も変化していくのです。

ご縁というものも同じで、選択をしていきます。

その選択の連続の中で私たちは生き方も選択していきます。生き方とは、どうありたいかというものの選択です。どんな運命であっても、どのような人生、どのようなご縁であっても、それをどうあるかと決めるのは自分ということです。

自分が決めた人生は、自分が選択した生き方であるということでしょう。

どんなご縁も感謝にしていく人、また大切にしていく人は、未来もまた同時に感謝と大切な人たちに恵まれます。未来は変えれないのではなく、未来は生き方で変えることができるということでしょう。

子どもたちの未来を変えていくために、生き方を優先していく人生を送りたいと思います。

遺徳

昨日から久しぶりに石見銀山の阿部家に来ています。松場ご夫妻と懐かしいお時間を過ごしながら阿部家の余韻に触れています。この阿部家はいつも新しく磨き上げられています。古民家ではなく、新民家です。私もこの場所にきて、その暮らしの美しさに感動して今があります。

人は、どのように日々を暮らしていくかはその人の選択です。

美しく生きようとする人には美しい暮らしがあり、感動して生きようとする人には感動する暮らしがあります。その実態は、その人の心の姿そのものであり、生き方がそのまま暮らしになるということを意味します。

つまり何を暮らしにするかを決めるのはその本人であるということです。人生という言い方でもいいかもしれません。どんな人生を送ってきたかは、その環境や場所に残存します。それを余韻ともいいます。

私自身もいつまでも人々の心に美しい残り香のある暮らしがしたいものだと感じるものです。それを別の言い方では、「遺徳」ともいいます。

徳を積んでいく暮らし、徳を磨いていく暮らしは人類の原点です。

色々な教育がでてきては、あれやこれやと複雑になっていきますが本質や根源は一つです。私たち人類は、何を捨てて何を求めていったのか。そして今、何を本来拾い直すときで何を手放すことが必要なのか。

そのきっかけを与えて気づかせることもまた徳を積むことになるのでしょう。

私が暮らしフルネスに取り組む本質的な理由は、本来のあるべき人間の心を子孫たちに先人が私たちにしてくださったように繋いでいきたいからです。改めて、原点を思い出しました。

一期一会の出会いとご縁に深く感謝しています。

道心の中にこそ真の暮らしはある

最近、別々の人たちから「道心」のことを聞く機会がありました。具体的には、「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」というものです。これは天台宗の開祖、最澄の遺した言葉で一心戒文というものの中に出てきます。

この一心戒文は最澄の弟子、光定(こうじょう)がまとめたものですがこれは同じ道を歩む人たちへの心得と心構えを遺したものです。

この道心とは、以前このブログで書きましたがこれは徳を高めて道を志す道徳心です。最澄が目指した世界はどこにあったのか、これは1200年前からずっと今にいたるまで世界の人類がみんなが最終的に目指すゴールの姿も同じです。

如何に平和を譲り遺せるか、そして人は如何に思いやりに満ちた仏さまのような心を保つことができるか。人間の徳を磨き続けて、いつまでも平和の世の中にしたいと発願した人たちの御蔭で私たちは今でも平和のカタチを心に遺して学び続けていけるように思います。

もしもこのような道徳心というものを知らなければ、私たちは文明や文化そのものを真の意味で発展していくことはできません。どの時代であっても、私たちは目先の利害や損得、欲に呑まれてしまい本当の人間の幸福や豊かさの意味を忘れてしまいます。

そうならないように、お手本になること、そしてそうありたいと願う生き方の中にこそ真の教えはあります。今でこそ、宗教は何か学問とは別の信仰と区別されていますが本来は宗教は学校であり学問のもっとも磨き抜かれた道場でした。

その道場で学んだ教師、むかしは聖人といいましたが彼らが各地を巡り、どう生きることが人々の真の仕合せにつながっているかを初心を忘れないようにと伝法していたのです。そうやって、人が持つ地獄のような苦しみから解き放ち、手放すことを教え、共に実践し心と現世の幸福に導いたのでしょう。

しかし、実際にはどの時代にも人間は目先の欲に呑まれます。自戒として、最澄が「道心があるなかにこそ真の暮らしは存在する」といったのではないかと私は思うのです。

現代の人たちが理解しやすくしようとするとこの「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」の「衣食」を「仕事」という言葉に置き換えればピンと来るのではないかとも思います。

「道心の中に仕事あり、仕事の中に道心なし」

です。

仕事ばかりして生きていますが、その中に真の暮らしはあるのでしょうか。本来、人間は真に暮らしをしている中にこそ、本当の意味の仕事があるのではないでしょうか。志や理念、初心を忘れないで働く人は、暮らしをととのえて働いているでしょう。しかしそういうものを持たずに単にお金のためだけに仕事をしていたらそこに真の暮らしはないということです。

どの時代も、真理や普遍性というものは変わることはありません。しかし時代と共に、欲が形を変えていきますから私たちもまた先人に倣い対応していくしかありません。

最澄は、大乗仏教を唱え、能力のあるないにかかわらずすべての人々を救おうと志しました。そのため、誰にでもできること、特別な能力がなくてもどんな人でも救われる方法をその時代に突き詰めたのでしょう。それがこの一心戒文の中で感じ取ることができます。

私が「暮らしフルネス」を提唱し、実践し、それを弘めようとするのもまたこの道徳心を磨く、そして徳を積むことを誰でもできるようにして道心を甦生させようと発願したからです。

最後に、最澄のこの言葉で締めくくります。

「国宝とは何者ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。故に古人曰く、経寸十枚、これ国宝にあらず。一隅を照らす。即ち此れ国宝なり」

道心ある人が国宝であると、徳を積み、道を歩む中にこそ平和と天国があります。宝とは、すべてこの真の暮らしの中にこそあるということです。

子どもたちのためにも、自分の志を生き、自分の道に専念していきたいと思います。

天候と感情

日々に天候というものは変化を已みません。時には快晴で穏やかな天候の日もあれば、急に荒らしのような天候の日もあります。私たちは天気のよい日に活動し、天気が悪い時はあまり活動しません。これは動物なども同じです。天候が悪い時は、じっとしてやり過ごして天候が回復するのを待っているものです。

この天候というものは、私たちがもっとも身近な自然に合わせていくものであり私たちが長い年月で身に着けてきた地球で暮らしていくための一つの偉大な智慧でもあります。

私たちの地球はこの天候の変化でバランスを保ち、一つの生命体を維持していきます。そしてその一つの生命体と一緒に暮らす私たちもまたその影響を大きく受けているともいえます。

たとえば、現代のように気温が上昇したり、地殻変動がおき火山の噴火や地震なども地球の生命活動の一つです。北極や南極の氷が融けて、海の水分量があがり海流が変わります。地磁気も変化して太陽からの太陽風なども降り注いできます。宇宙を太陽系と共にらせん状に移動していくなかで他の星々との影響もまた受けていきます。

マクロでの変化と、ミクロでの変化の中で私たちは生きています。そのミクロでの変化の中に日々の天候の変化があるのです。この日々の天候の変化は、私たちの感情と似ています。

感情も穏やかな日もあれば、感情が荒れるときもあります。よく機嫌という言い方もしますが、自分の機嫌をととのえていくことで私たちは感情という天候とうまく付き合っていくのです。

感情が荒れるときは、台風や火山、地震のような激しさもあります。またその逆に、静かに穏やかに和むものもあります。自分の感情がどうなっているのか、これは日々の天候のように確認して過ごしていくことで私たちは自然と共生するのです。

日本語の対話では、おはよう、こんにちは、ごきげんようなどという挨拶があります。このごきげんようは、自分の感情を確認している行為にも私は感じます。如何に、自分の日々の天候を確認して対応していくか。それは日々の天候をみて対応していくことに似ているのです。

感情は時には狂気にもなります、また或いは時には神々しいことにもなります。今の時代、感情と向き合う感情と上手に付き合うことが苦手な人が増えてきています。天候の変化に柔軟に素直に対応していけるように、日々に自然との関係づくりが重要になってくるように感じます。

子どもたちは自然そのものです。子どもたちに倣い、地球規模での天候の変化が激しくなってきていますので、上手に気候変動と共生していきたいと思います。

集大成

「集大成」という言葉があります。これは辞書では、多くのものを集めて、一つのまとまったものにすることとあります。この集大成の語源は、中国の孟子(もうし)の逸話や問答を集めた『孟子』巻10・万章章句下に記された言葉です。

「伯夷は、聖人の中でも清廉な者でした。伊尹は、聖人の中でもすべてに責任を感じる者でした。柳下恵は、聖人の中でも人との調和を大切にする者でした。孔子は、聖人の中でも、時勢にしたがう者でした。つまり、孔子は、彼らの「集大成」と言えます。

この集大成というのは、鐘を鳴らして磬などの玉や石製の楽器で演奏を終えることと同じです。鐘を鳴らすのは、曲のながれを始めること。そして、玉や石の楽器は、曲のながれを終えるということだからです。曲のながれを始めるのは智の仕事であり、曲のながれを終わらせるのは聖の仕事です。

智は、例えるなら弓を射る技術。聖は、例えるなら弓を引く力。百歩の距離から弓を射るとして矢が届くかどうかは、弓を引く力によるます。しかし矢が当たるかどうかは、引く力によるものではないのです。」

漢文だと「集大成」のところの文章は「孔子之謂集大成、集大成也者、金声而玉振之也、金声也者、始条理也、玉振之也者、終条理也」と書きます。つまり「孔子之謂集大成(孔子は之を集めて大成す)」と書いています。孔子はまさに多くの徳を集めて人生を大成した人物だと。

今まで、徳を実践し容どってきた人たちがいて孔子はそれを倣い、それを実践し、孔子が一つのまとまったものにしたということでしょう。

つまり孔子一人が完璧で全部もっていたのではなく、「繋がってきた徳を集めてまとめた」ということです。ここに私はとても大切な意味があると思うのです。以前、坂本龍馬が船中八策という新国家体制を起草したものがあります。これは坂本龍馬が出会った人たちからつむいだ言葉をまとめたものだともいえます。これがのちの明治政府の五箇条の御誓文になったといわれます。

そう考えると、みんなの遺志や生き方を真摯に学び聴いて実践しそれをどうまとめたかということに尽きます。「人は一人で何かを為すのではなく、みんながつながってその中で集大成によって為る」ということです。

私が今世で取り組んでいることも一つの集大成でもあります。

先人たちやご縁あった方々の遺志を尊重し、守り、育て、子どもたちの未来のために紡ぎ纏めて容にして伝承していきたいと思います。

 

原始の信仰

日本には今まで、独自の信仰形態がありました。それが修験道です。この修験道は、はじまりは山信仰からはじまったものですがそれが時代を経て様々な神様が融和して人々のこの世とあの世の境界の聖地としてそこで心を磨き精神を整える場として発展してきました。

神話や古事記、日本書紀の中でも、カミガミが山頂までいき修行を得て霊験を経ている話がたくさんあります。御神体が山そのものというのは、原始から続く私たちの信仰の形態でした。

それを明治に入り、神仏分離令というものを発令しことごとく山そのものが御神体という信仰形態を破壊していきました。その代表が修験道ということになります。この神仏分離令は、言い換えれば神仏習合を禁止するということです。

多神教を一神教に変えなさいという命令でもあります。明治のころは、海外の列強が日本を侵略しようとしてどうしても明治天皇を中心に国家を統一し直す必要があったのかもしれません。しかし今まで日本は、天皇一神教だった時代はなくずっと原始からの信仰形態をもっていた民族でした。

それが時代を経て、仏教を取り入れ、密教も融和し、他にも様々な叡智を山が包容して日本独自の神仏習合のカタチをつくってきたともいえます。そして、その信仰形態は私たちの伝統精神、伝統文化を育みました。

つまりいのちを重んじる自然崇拝です。

山はいのちが生まれてくる場所です。水が湧き、植物や木々が生え、森を形成し、生きものたちを誕生させます。そしてその山を中心に、山の周辺には豊かな暮らしの場が広がっていくのです。

山を守る、山を信仰することは、いのちを守ることであり私たちは自然と共生して里山のような循環型の暮らしを実現して今日まで心穏やかに永続する豊かさを手にしてきました。

現代、その信仰形態は破壊されたままで日本人の精神文化は別のものに入れ替えられてきているようにも感じます。それは身近な自然破壊の現状をみても明らかでしょう。

決して私は何か宗教的に正しいとか正しくないとか、宗派がどうかとかの話をしているのではありません。迷っているとき、大事な局面のときには原点回帰が必要と実感しているのです。

原点回帰すれば、私たちが今まで何を信じて暮らしてきたのかという先人からの初心に気づきなおせます。そしてそれは私たちの血肉になって文化として根付いていますから、その根から栄養を吸い上げられ元氣が湧いてくるのです。生きる力、いのちの源泉からの力を得ることができるように思うのです。

日本という国、いや日本という生き方がこれからの世界には必要です。資源が枯渇していのちが消えていく前に、私たちの役割を果たしていきたいと感じます。子どもたちのためにも、暮らしを甦生させていきたいと思います。

遺徳

現在、英彦山の宿坊の甦生を手掛けていますが朝晩の冷え込みはかなりのものです。じっとしていると体温が奪われて身体の芯まで冷えていきます。音も静かになり、空気も澄んで遠くから冬鳥たちの鳴き声が聞こえるだけです。これから雪が積もっていきますが、工事が無事に終了することを祈るだけです。

英彦山という場所のことを改めて調べているととても不思議なことが分かってきます。もともとこの甦生中の宿坊は長野覚先生のご実家で、長野先生自身も守静坊の10代目坊主でした。そして地理の先生でもあり、ご自身の御先祖様を辿り整理するなかで英彦山の本当の歴史を知ります。そして地理的研究を通して、英彦山の歴史の真実を突き止めるのです。

そして山伏というものはかつてどのような暮らし、生き方をしてきたのかを発見し世界へとその事実を伝道されました。その山伏こそが、日本人の原点を持ち、日本人を導いてきた存在であったことを示されました。

歴史というものは、常に権力者によって書き換えられていくものです。本当の歴史を守ると都合が悪くなってきた人たちが、自分たちに合わせて真実の方を歪めていきます。

時には改ざんし、時には消し去り、時には入れ替えたり、また時には別のものをさも最初からそうだったかであるように創作してしまいます。私たちは、素直であれば歴史は正しく子孫たちへ伝承されていきます。しかし、欲望に負けて自己を正当化しようとするとき子孫たちは別の歴史が伝承されていくのです。それが教科書になり、私たちはいつまでも思い込みの歴史を真実のものとして後世に伝えていきます。

そのことから間違えていることがわからない歴史がはじまります。それは偽物の歴史であり、事実とは異なる世界を新たに作り出すことでもあります。歴史は人類を守るほどの偉大な力がありますが、逆にいれば歴史は人類を滅ぼす力ももっているのです。

例えば、その土地や風土の伝統を改ざんし入れ替え消し去ったとするでしょう。すると、それまで自然と共生してきたその風土と組み合わせて長い時間をかけて発明して磨いてきた智慧が消えていきます。それは特産品であったり、衣装であったり、工芸であったり、またあるいは人々の気質であったり、生活文化そのものも失われます。

そのうちアラスカで東京の人たちのような洋服や暮らしが伝統といわれたり、私たちの使っている言葉もアラビア語になったり、食べ物も砂漠の人たちのようなものになったり、おかしなことになっていることはその時はすぐにわかります。しかし、それが長い時間をかけて歴史を信じ込まされると非効率で非合理であってもそれが今までの伝統や文化や歴史だと思い込むのです。

しかし不自然ですから、その不自然さゆえに私たちはそれまで培ってきた膨大な時間や体験、そしてその風土自然との共生ができなくなっていきます。すると暮らしが替わり、不自然な暮らしを続けては次第に自分たちも弱っていくのです。

私たちが健康で末永く豊かに生きていくには、風土や自然の智慧が必要なのです。それは、今までどうやって暮らしてきたかということを伝承していくことなのです。まだかすかに残っている歴史や文化、そして伝統をその風土と一体になり自然と共生し、子孫たちに自分たちのルーツは何か、どのように今まで暮らして辿ってきたかを伝えることが千年先の平和のためには必要だと私は感じます。

途切れる前に、みんながいのちのバトンと共に智慧が伝承していけばと祈ります。長野先生の遺徳を感じながら、真摯に宿坊を甦生していきたいと思います。

原点回帰

私たちは様々なものを分類してきました。人間の発明した言語はその分類わけの象徴でもあります。人間と動物を分けたり、男女を分けたり、大人と子供を分けたりとあらゆるものを分けていきます。

そうやって自分と他人ともわけて、自国と他国とも分けているうちに別のものとして同じ存在として感じることがなくなってきました。先進国と後進国や、富裕層や貧困層などあらゆるものを便利に分け隔てていきます。

そのうち、なんでも他人事のようになっていき気が付くと人類の危機にまでその状態から追い込まれてきました。分類わけを発展や繁栄だとし、細分化して成熟しきった世の中が今であるともいえます。

もはや分けようがないところまで分けたことを学問が進んだとしたりして、奇妙な言語も増えてきました。現実から乖離した言葉遊びのような学問では、現実が変わることがなくなってきています。

こういう時代、何が必要かと向き合ってみるとそれは「原点回帰」であることがわかります。原点回帰とは、分かれたものを一つにするという意味です。今まで分かれていたものは、本来は一つであったということ。そのことに気づいて、もう一度、正しく整理していく必要があるということです。

つまり人や動物、昆虫などではなく「いのち」とすること。また世界とか国とかではなく、「地球」とすること。他にも、文明か文化ではなく「暮らし」とすることなど、今一度、きちんと言葉として言語を磨きなおしととのえていく必要があると私は思うのです。

なぜなら言語は分けることで人は言葉を自分事ではないものにしています。すべてを自分事になり自分の責任とみんなが思うからはじめて世界は改善され変化が形になるのであって、どこかの誰かのせいにしたり、自分には無理と諦めたり、他の誰かに期待して何もしなかったら人類は滅びてしまいます。しかも、他の生き物たち、いのちにも大きな迷惑をかけてしまい結果、共倒れしてしまうのです。

分けないというのは「一緒に生きる」ということです。この一緒という字は、つながっているという意味です。一緒の存在、一緒のいのち、一緒の暮らしと今一度、すべてを一緒に考えて生き方を見直す時機だと感じています。

人類は何度も文明が崩壊し、その都度学び直してきました。今までは文明が滅んでも、人類自体の滅亡は免れてきました。隕石が落下したり、地殻変動や気候変動で滅亡しかけたことはあっても自滅するのは悲しいことです。

いのちまで分けることをやめて「いのちは一緒の存在」へと人類の精神や心がアップデートしていくことで禍転じて福になるようにも思います。人類のゴールは、世界がいつまでも永遠に平和で豊かで幸福な暮らしを実現することです。

子どもたちに遺していきたい未来のために挑戦を続けます。

人類存続の智慧

私たち人間の平均寿命はいくら長くても約100年くらいです。むかしはもっと短く30年くらいの時もあったでしょう。そして一家族がもしも10人くらいいたとしても、その歳まで生きられた人はどれくらいただろうかとも思うとかなり少ないものです。

100年でも3世代、1000年になると30世代くらいは繋いでいきます。縄文時代は1万年ですから300世代くらいということになります。

自分の代で人類が終わってしまうような危機は何度もあったはずです。祈るような気持ちで、子孫たちにいのちのバトンをつないでいったのでしょう。

そのいのちのバトンを渡す側の気持ちはどのようなものだったでしょうか?そしていのちのバトンを受ける側の気持ちもどのようなものだったでしょうか?

私たちはその先人たちのバトンを受けているから今を生きています。

よく何百年も続く老舗企業に言われることですが、老舗企業が廃業する一番の理由は不景気の時よりも好景気のときといわれます。時代が滅びに向かう時もまた、同様に悪いときよりも良い時です。人間は、欲に呑まれて謙虚さを失う時、いのちのバトンが消えかけます。

子孫たちのことを思う時、私たちはどのくらいの長さを想定していのちのバトンを渡そうとするでしょうか。自分の子どもや孫くらいは誰もが考えます。しかし本当は人類の子孫というもののことももっと真剣にみんなで考えて議論する必要があると思っているのです。

国の違いや、人種の違い、地理的な分け方とは別に地球全体のいのちをどうつないでいくかという視座で私たちはもう一度、原点回帰するときが来ているように思います。

なぜならこのままの状態であと1000年後に果たしてどのような未来が来るかが想像できるからです。世界中の資源を消費し続け、貧富の差で富を摂取し続けて地球にないからと宇宙に探しにいくというのはあまりにも欲に呑まれていると思うからです。欲は生きるエネルギーですが、それを謙虚に制御していくことで先人たちは永続する暮らしを実現してきました。

それを人類存続の智慧と呼ぶのでしょう。

人類存続の智慧がそろそろ消えかけてきています。それを甦生し、すべてのものを原点回帰してやり直す必要が出てきています。言い換えれば、学び直しの時代というkとでしょう。

子どもたちの未来が、真に豊かで平和になるように脚下の実践をさらに真摯に取り組んでいきたいと思います。