修繕の心~いのちの記憶~

今年は様々な古い道具を修繕し甦らせ活かしていくご縁が多かったように思います。どれも年季が入ったもので、ほとんど壊れていたものをちょっとずつ直してもう一度大切に一緒に生きていく仲間にしていきます。

物には思い出が宿っています。私のところに来たときは、その思い出と一緒にやってきます。その思い出を拭き清め洗い清めてもう一度、一緒に再出発します。どこまで一緒に居れるかわかりませんが、新しい思い出を一緒に創り上げていくのです。

蔵や倉庫に眠っていたものは、再びご縁があったものと一緒に結ばれます。お互いに呼吸仕合、互いに活かしあって日々を積み重ねていきます。これが共に生きるということです。

物は壊れることもありますし、また壊されることもあります。今年は壊される現場も見ましたし、骨董で捨てられていく現場も見ました。物には心がないと思っている人もいますが、実際には物には心があります。それは古いものを修繕し活かしてみるとすぐにわかってくるものです。

もう一度、役に立てる仕合せ、そして活かされる喜びは心が通じ合ったときに響いてくるものです。だからこそ勿体ないという心が結ばれるのです。今、時代は大量生産大量消費の社会ですから直せる人や修繕ができる人が次第にいなくなってきています。

まだまだ活かせるものを、寿命が来る前に廃棄してしまうというのはいのちの世界から観ればとても寂しくつらいことです。古いものに価値を見出し、その古いものを新しくするというのは修繕の心です。

思い出が宿っているものをどのように大切に扱っていくか、その思い出を美しいままにどのように包みこんでいくか、そしてその思い出が籠ったものをどのようにいつまでも大切にしていくか、その一つ一つの繋がり方には「いのちの記憶」が無限に結び合って広がっていくのを実感します。

まだまだ私の古民家甦活は始まったばかりですが、有り難いご縁で本当に大切なことを学び直しました。修繕の心を引き続き磨き、古からの伝統や伝承を身に着けて後世に生き方を伝道していきたいと思います。

 

 

家が悦ぶ

今年は4月から古民家甦生の御縁を通してたくさんの出会いがありました。失われていく日本の文化を守ろうとする方々、またその文化を復興させようとする方々、地域を活性化しようとする方々、懐かしい未来を遺そうとする方々、暮らしを豊かに味わって生きようとする方々、本当に多くの出会いがありました。

その一つ一つの御縁を通して、私の中でも大きな変化があった一年であったと思います。私自身は御蔭様で日本の先祖たちが行ってきた実践を後追いして学び直しができています。あらゆるところを磨き清め、洗い清めながら家を直していきますが、一緒に家人たちともその暮らしを通して美しい思い出もたくさんできました。

家を大切にするというのは、一緒にお互いに本来の心を大切に磨き合うことのように思います。私たちはその土地に住み、神徳恩恵をいただきいのちを活かしあって共生していく生き物の一つです。お互いの御蔭様に感謝してもしも自分があなただったらと思いやり、真心のままに生きてきたのが日本の精神です。その日本の精神を家があることで磨き合えるのです。そしてこの家の空間の中には、その大切な記憶が暮らしの中に残存していつまでも子孫を見守り続けていくのです。家はその記憶によって甦生し続け悦びます。

この家が悦ぶというのは、ここでの暮らしが美しく仲睦まじく仕合せであった記憶が積み重なっていくということです。これは人の一生と同じく、家が自分のカラダだとしたらそこでの暮らしは魂の悦びなのです。いつも清浄無垢にして素直に謙虚に感謝で生きていけば家もまた澄んでいきます。家に住むとは、家に澄むのです。こういう家をどのように築き上げて子孫へ譲っていくか、それが悠久の時を味わい生きていく妙味であろうと思います。

家の甦生は、日本人の甦生であり、人類の甦生です。

時代が大きく変わり、異常なことが正常だと語られる昨今。正常であったことはほとんどすべて異常に取って代わられ何が本質だったのかすら片鱗が遺っていないほどにこの世の中は元の姿が分からなくなってきています。

古い民の家を甦り活かすのは、愛する子どもたちがこの先もずっと自然と共存共栄し八百万の神々と仕合せに暮らしていくためです。引き続き、本来の姿を求めて復古創新していきたいと思います。

死から観た世界~一期一会~

昨日はさいたま市中央区にある全国の伝統や風習をアレンジした歳時の室礼によるもてなしで有名な国登録有形文化財の屋敷にて会席料理店「二木屋」を営む小林玖仁男様にお話をお伺いすることができました。

以前から小林様の著書「あの世に逝く力」を拝読していたこともあり、そのお話を中心に今回は私たちに向けてご講演をしてくださいました。小林様は間質性肺炎という不治の病を持ち、その中で死生観を見つめられました。そのお話はこの先もずっと生きているだろうという楽観的な視点ではなく、必死という死の側から観た視点でお話をしてくださいます。

私もかつて4回ほど死ぬような機会があり、一期一会で生きることの大切さ、日々を生き切ることの貴重さなどを感じたこともあり、共感することばかりでした。

小林様のお話で最も印象に残ったのは「今日が最期として生きると楽しくなる」というお話でした。「いつまでも先のことがあると思っている人はまた明日があると思っている。しかし死ぬということが分かれば今日が最期だと思えてくる。するとこの瞬間瞬間を楽しみたいと思ってくる。死が近づくにつれて毎日が楽しくなってくる。」というお話でした。

本当は毎日は同じ日など発生することもなく、自分の思い通りに一日が過ぎていくわけではありません。この二度とない一日をどのように生きていくか、それは言い換えるのなら明日死ぬかもしれないと思ったらどれだけこの今を大切に生き切るか、それが転換されていくのです。

主体性や自発性というものは、将来のことを不安視したり過去のことに後悔していたらどんどん減退していくものです。よく今此処にという言葉もありますが、それは死が身近にあって死を受け容れているからこそ顕れる現実であろうと私は思います。

私の座右の一期一会も、二度とない人生、無二の邂逅だからこそ何よりも尊くいただいたご縁を大切に過ごしたいと思うから毎日を必死に一生懸命に生きていくのです。もちろん、人間だから疲れるとかいやだなとか、なるべく避けたいなというものもあるのでしょう。しかしもしも死が迫って来ているとしたらそんなことを気にしなくなるものです。

自分の選択肢の中で如何に日々を楽しむかはこの死生観、必死という感覚をつかむことにあるように思います。人はご縁や運命や定めを受け容れるとき、どうしようもない現実に感情が揺さぶられます。しかしそれをきっと善いことになると信じて福にできるのはこの今の生き方や生きざまがブレていないからのように思います。

与えられた自分の生を生き切るということは、本当に難しいことだと感じますがだからこそ人生は深い学問の醍醐味に出会えるようにも思います。その後、クルーたちと一緒に会席をいただきましたがこの一期一会の意味を改めて実感した一日になりました。

「おもてなし」の心についても、小林様と二木屋の丸ごとの生き方を通して学び直していきたいと思います。ありがとうございました。

安心する環境

先日、自然農の畑で高菜の移植作業を行いました。今年は種蒔きから虫の問題、猪の問題、天候の問題など色々と大変でした。無事に育ってくれるかどうかを悩みましたが今ではその大変な困難を乗り越えて生き残った高菜はとても力強く生命力に溢れているように感じました。

うまくいかないのではないか、失敗したのではないか、育たたないのではないかと思うと焦る気持ちが生まれ心配ばかりが増えてきては、あれもこれもといった無理にでも育てようとすることを考えるものです。結果ばかりを心配するのは焦りが出て待てなくなっているということです。待てるというのは結果を度外視して信じるということですから、現象に左右されずに丸ごと信じて真心でやりきっていくのが善悪成否を抜けていけるように思います。

例えば高菜でいえば、手作業で一つ一つの草を除きつつ声掛けをして畑で高菜が安心して育つように場を整えていきます。また高菜に心を寄せて定期的に畑を見にいき、高菜が今、どうしているかを確認して見守ります。

大事なのは、高菜が安心できる環境に醸成されているかといったところをよく見直していきます。

農産物をつくる農家や百姓は、作物が育つ環境になっているからこそ作物が育ちます。今では人間都合で肥料や農薬、遺伝子組み換など環境よりもそのものを変えようとしますが、ますます自然から遠ざかっていきます。

信じるというのは自然と一緒にあるからこそその御蔭様を感じる生き方をすることでもあります。人間都合であまり結果ばかりみて変えようとばかりに躍起になっていると、ますます自然から遠ざかる方ばかりを選択してしまいます。

長い目で観て、私たちは自然の恩恵に上に成り立っているものですがその恩恵を感じて感謝のままに素直に謙虚でいることが安心する環境を醸成するように思います。

失敗するとか結果がどうかもありますが、信じる気持ちのままに深めて学び直していくことで結果を超えた御蔭様の姿が感じられたりもします。そう考えてみると信じることこそが尊いのであって、良いか悪いかはあまり関係がないのが自然だということです。

引き続き子どもたちを信じる自分を磨くためにも自然農を通して、自然の持つ絶妙な見守りを学びたいと思います。

 

本物と本物風

先日から障子の張り替えを行っていますが、枚数を重ねるごとに腕も上がってきています。昔からの方法で張り替えると、如何に丁寧で丹精を込めて細かい作業をやっていたかがわかります。以前、着物や織物などを拝見したことがありましたが日本人の繊細で緻密な感性はお家芸ではないかとも感じました。これは暮らしの中で培われた技術だったのかもしれません。

最近、簡単便利に使えるようにプラスチックの障子?が出てきて売れているといいます。破れずに頑丈、物持ちもよく張り替えがない手間暇がかからないことが人気のようです。しかしよく思うのですが、プラスチックでかつての製法をまったく無視した障子風のものの名前まで障子にしていいものなのかと感じます。先日の畳もそうですが、い草を一切使っていない畳風のものを畳と呼んでもいいのか。絨毯も布団も、大量生産で安価でできる化学的なものを用いているのに伝統と呼んだりしています。

選ぶ側もよく見極めなければその差が分からず、また見た目だけ同じであればかつての本物と同じもののように見せようとする。これは日々の仕事でも同じく、理念風のものをやっているコンサルティング会社が果たして理念と呼んでいいのか。経営や方法論ばかりを優先するところが理念経営と呼んでいいのか、今の時代は真贋が見極められず偽物が本物のように語られる時代ですからよくよく先祖古来から代々普遍的に遺っている生き方や道具から本物を学び直す必要があると思います。

話を戻せば障子は、コウゾやミツマタ、それにガンピが使われています。これは和紙の材料ですがそれに対して洋紙は木材やパルプが使われます。現在は、紛らわしいことに木材やパルプのものでもすべて和紙と呼んでいますから何が和紙で何が洋紙かもわかりません。

本来の和紙は、材料が日本古来のもので製法も日本古来のものを言うと思います。この和紙には多孔性というフィルター効果があり自然な形で換気と清浄化が行われます。吸湿作用も高く室内に湿気がこもるのを防ぎ、湿度の高い日本の住環境には和紙はとても重宝します。

先ほどのプラスチックにはそのような効果がほとんどなく、元来の和紙のもつ効果はありません。現代の機密性の高い住居でればクーラーや暖房器具などで湿度を取り払いますからプラスチックでも問題がないのでしょう。かえって昔の畳や障子は、機密性の高い中では風も通らずカビの温床になったりもします。住環境が自然から離れれば離れるほどに昔の日本古来の伝統道具が合わなくなるという流れです。こうやって文化は人間都合にすればするほど風土から離れ消失していきます。

どちらにしても先ほどの洋の和偽装も微妙な話ですが、本来のものとまったく異なっているものを同じものと見なすという無茶苦茶な考え方も問題のように思います。そういえば最近ニュースでプラスチック米が出ていてそれを輸出するとかしないとか問題になっていました。プラスチックであって米でないのに、プラスチック米として食べるというのはおかしなことです。砂糖ではない石油系の甘味料も砂糖として誰も疑問を感じずに食べるような時代、当然かつての伝統の材料もまた同じように別物に入れ替わってもたいして問題にしないのでしょう。

古民家甦生の中で感じるのは、この辺の曖昧な伝統をはっきりさせていくことかもしれません。本物でないからそのものが価値を輝かせなくなり、本質でないからみんな手放して離れていくのです。今の時代は本物を敢えて見直し、その本物に原点回帰していく必要を感じます。

本物と本物風では、その本質がまったく異なることを学び直す必要があります。これだけ周りが本物風になってしまうと本物の方が陰をひそめていますが改めて本物の価値に回帰してこそ本物風は駆逐されていきます。

本物風は短期的な目線でつくられますから、長期的な目線で本物の価値を伝道していくことが何よりも時代です。そういう意味で体験できるような機会を用いることや、実際にそのものの価値が分かるようにしていくのは今の時代には必要不可欠な力なのかもしれません。後世の人たちのためにもっと私たちは考え直す必要があるように思います。

引き続き、本物を追及して子どもたちに伝承していきたいと思います。

 

 

和合と伝統

先日から障子の張り替えを行っていますが、昔ながらの手漉きの和紙の障子は風合いもよくしっかりしています。和紙を辞書で調べてみると「ミツマタ・コウゾ・ガンピなどの靭皮 (じんぴ) 繊維を原料として、手漉 (す) きで作る日本古来の紙。強靭で変質しにくく、墨書きに適する。 美濃紙・鳥の子紙・奉書紙など。俗には、和紙に似せてパルプ・マニラ麻などを機械で漉いた洋紙も含めていうことがある。日本紙。わがみ。 」goo辞書と書かれています。

和紙と呼ばれるのは明治以降に量産のため機械化されてからでそれまでは紙はすべて和紙のことを指しました。この和紙は厳密にいえば原料の違いなどもあるのですが、製法が元来の昔からの方法で造られたものを言うように私は思います。

これは和紙に限らず、和蝋燭も同じく昔ながらの手仕事た手間暇をかけて素材そのもののいのちを活かすようにつくられました。この和とつくものは、他にも和包丁など西洋からの似て非なる技術が入ってきてから敢えて「和」と着けるようになったのでしょう。

この洋と比べた時の和は何をもって和というか、それは伝統を守った方法であるから「和」というのではないかと私は思います。

伝統的なものは、すべて「和」であるとしたら日本古来からの精神のことは「和魂」というのでしょう。熟語に「和魂洋才」という言葉があります。これは日本古来の精神を大切にしつつ、西洋からの優れた 学問・知識・技術などを摂取・活用し、両者を調和・発展させていくという意味の言葉です。

この和魂洋才は、伝統的なものを大事にしながら何を守り何を磨くかを見極めこの「今」を新しくしていくということです。つまりは伝統的な精神、日本人のままに今の時代を生き切るということです。これは決して古びれたものを守ればいいというのではなく、本来の生き方を貫きながら今の時代ならどう創意工夫して和合させていくかということです。

だからこそ様々なことを和合していくためにも、先祖たちはどのような暮らしをしてきたか、その生き方や道具の余韻から学び直しながら今を刷新していくのが私たち子孫の使命なのです。

自分の文化が根っこに基礎として確立されているからこそ多様な文化を取り入れる素養が身に着きます。歴史を体現するものこそ、今の時代に真に存在していることになります。

引き続き子どもたちのためにも、様々な日本古来の伝統の道具から生き方を学び直していきたいと思います。

広げると広がる~継続は力なり~

何か物事をはじめて取り組むとき、それが人々に情報として広がっていくことがあります。今のような情報社会の中で、如何に情報を広げるかはそれぞれの企画の会社が取り組む課題でもあります。しかし情報には、広がるというのと広げるという考え方があります。広がるのは自然発生的に広がるのであって、広げるのは意図的に広げるということです。

この「広がる」と「広げる」というのは、情報リテラシーを学ぶ上でとても大切な認識となります。

私たちの商品の一つにミッションページというものがあります。これは理念実践の発信を行うことですが、何か広報で広げようとするのではなく自ずから広がるまでそれぞれ全員で日々に積み重ねた実践を発信していきます。

人は情報が多い中でも本質的に「何のためにやっているのか」を確認しているものです。情報過多になればなるほどに、本質や目的はわからないまま判断できなくなりますがもっとも親切なのはその本質のままに本物であるのなら情報は迷うことはありません。今は本質よりも大きく見せたり、本物のように誇張したりと、実際の現実とは異なったもので注意関心を引き付けようとするから広げることが増えています。TVCMや雑誌の広告などもそうですが、如何に広げるかに躍起になっています。

広がるというのは、自然発生的なものです。

これは植物を育てるのと育つこととの違いに似ています。育てるのは人為作為的であるのに対し、育つのは自然自発的です。同じく広げるのは人為作為的であり、広がるのは自然自発的です。

この広がるというのは、道が広がるということにも似ています。無理に広げても広がらないものもこの世にはあります。それが生き方や働き方などもそうです。しかし実践する人たちが豊かに仕合せに楽しく取り組んでいる姿があれば、自然に自分もそうありたいと同じ道に入ってくる人たちが増えてきます。

そうやって同じ道を歩む人たちが増えてくれば、自ずから道は踏み固められその道を歩む人が増えれば道が広がってきます。今では道路工事などで無理に道路を広げていますが、かつては道は自ずから人が歩くことで広がっていったのです。

どうしても人は焦ると無理に広げようとしたり、広がらないことに悲嘆したりしますが、広がるのを待つ心があれば理念を実践を真摯に取り組んでいくことができるように思います。

イエローハットの創業者、鍵山秀三郎さんが一人から掃除をはじめて今では日本だけではなく世界にその掃除道が広がっています。これなどはまさに広げることとは異なり、広がるということの意味を証明しています。その鍵山さんの座右の銘に「十年偉大なり、二十年襲るべし、三十年歴史なる」があります。広がるのを信じるのなら、継続を怠るなということです。まさに諺「継続は力なり」の本質です。

継続を怠けようとする時こそ、無理に広げようとするのが人間です。そうではなく、自分の実践を継続することで広がるのを待つという心境を大切に焦りが出るときこそ真摯に心を込めた日々の実践に回帰することのように思います。

引き続き、初心を忘れずに広がるのを楽しんで待つ心境で日々に豊かに取り組んでいきたいと思います。

暮らしの体験

今週はずっと仲間と一緒に聴福庵で過ごしましたが、家も心も温まる素敵な暮らしをたくさん実践することができました。餅つきにはじまり、家の修繕、掃除、また明障子の張り替え、畳づくり、そのどれも貴重な暮らしの体験をすることができました。

実際に暮らしを体験していると、暮らしの合間に仕事をしている感覚がよくわかってきます。都会では暮らしそのものがなくなり仕事漬けになっていますが、本来は暮らしがあって仕事があるのです。それもまた今ではわからないくらい都会は便利で全てが揃っていてお金さえあればほとんどのことができるような環境になっています。

便利さというのは、かえって暮らしを遠ざけていきます。例えば、漆器や陶器など昔から大切にしてきたものを使えば食後すぐに洗って拭いて乾かすという行為がいります。しかし紙コップや使い捨てのものを使えばゴミにしてしまえばその労力は必要ありません。簡単便利の方を優先するのは楽ですが、その時大切な暮らしが失われていきます。

暮らしの中には、すべて感謝する機会があります。感謝する心や恩返ししたいという気持ち、御蔭様を感じる精神はこの日々の暮らしの実践の中に存在します。私たちは暮らしを通して感謝を学び、暮らしを通して生き方を直してきました。自分の我慾に打ち克ち、いつも平常心で本質からブレナイ生き方ができたのも暮らしがあったからです。

人間は人間の都合を優先すればするほどに暮らしと感謝する機会が失われます。そして同時に心の豊かさというものも消失していくのです。物が溢れ成功したけれど豊かさがなくなってきたという人は沢山増えてきた今の時代。なぜそうなったのかを突き詰めてみるとそこに「暮らし」が関係しているのは自明の理です。

私たちは物質的なものを有り余るほど増やしそれが自由に搾取できれば豊かさであると刷り込まれていますが、その豊かさは本来の豊かさの本質とは意味が異なっています。物が豊富にあれば豊かなのではなく、暮らしがあるから豊かなのです。暮らしが優先されていく中に、そこに暮らしを彩る道具も物も人もあればそれは感謝に包まれる幸福な日々が訪れる、その豊かさが本物の豊かさなのです。

国が富むというのは、自国を成功させようと必死になることも短期的には必要ですし確かに結果も大事です。しかし長期的に観れば同時に人間はただ生きながらえる生物ではなく、そのプロセスの思い出や体験こそが人生の生きがいと喜びになりますからそれを大事に積み重ねていくことで唯一無二の自分の人生を謳歌できますし国もまたその人材たちによって真に豊かに発展していきます。

私たちのやっている古民家甦生は暮らしの甦生です。

引き続き子どもたちのためにも、自分たちが実践して先祖の暮らしから気づいたことを伝承していきたいと思います。

 

明障子~自然と寄り添う姿~

昨日は障子の張り替えをクルーのみんなで行いました。手すきの和紙を糊をつかい昔からの方法で一つ一つ貼り合わせていきます。慣れない作業は大変ですが、一つ一つを丁寧にやっていくと自分の性格も観えてきて、また指先などの手仕事の豊かさも感じられ日本の家屋にまた学び直すことができました。

この障子は、襖が誕生してのち約100年後の平安時代末期に登場したといわれます。間仕切りとしての隔てと採光を両立させた明障子は画期的な発明だったといいます。実際に和室の中の木や土、竹や草、つまり畳や土壁に入るこの紙の明障子は空間を引き立たせ柔らかい灯りを家屋全体に与えます。

まるで杜の木漏れ日の中にいるような感覚になり、その陰翳礼讃には心が清々しくなり灯りの円やかさに時を忘れるようです。

日本人は、かねてから自然と対立するのではなく自然と寄り添い自然と溶け合い暮らしてきた民族です。日本の瑞々しい気候風土に合った生活は、自然を遠ざけるのではなく自然を身近に感じられるように随所に工夫されています。

例えばこの明障子というものも、家の内と外を遮断するのではなく敢えて自然とつながる状態を維持するようにつくられています。それは光や音、空気、薫り、それらが遮断されずにつなぐ役目も果たします。

そもそも遮断という発想は、自然との対立から生まれます。あくまで自然を遮断するのではなく、自然と接続するという考え方が自然との共生です。それは自然と一緒に生きていくという考え方が大前提になっています。

人間はいつも自分たちを活かしてくださっている自然に感謝の心を持てば、その自然と遠ざけようとはしないものです。それを自然と切り離して人間だけの社会をつくり、自然を遮断し一時的に快適な暮らしをできたとしても長期的に観た場合はそれは快適なことではありません。短期的快適と長期的快適とでは同じではなく、長期的快適さというのは自然のリズムと自然の流れに添って暮らしていくことだと先人たちはみんな知っていました。

私たちは球体の地球の中に住ませていただいていますから、すべてのことは循環して円転していきます。つまり今の暮らし方が循環して近しい未来に必ず因果応報の摂理に従い自分たちに帰ってきてしまいます。長い目で考えるのは循環することを知っているからです。巡り巡って必ず自分のやったことが戻ってくるからです。だからこそ如何に周りに良い影響を与える暮らしをするか、それとも自分だけが良い暮らしをするかは、長い目線で観た時に必ずその利害が明白になっていきます。

古民家甦生をしながら感じるのは昔の家屋は捨てるところがなくほとんどが甦生し新たな役目を持つものばかりです。それは自然からできているものであり、自然から離れないことで自然の摂理に合致しているから循環するのです。今のように大量のゴミを出し、それを廃棄し燃やしていくというのは多大なエネルギーを消費します。

本来の日本の気候風土に合致した暮らしは、いかに自然とつながり一緒になりながら豊かに暮らしていけるかという考え方が必要な気がしています。

そういう意味でこの明障子から学ぶものが多く、この自然と接続する謙虚で柔軟な姿から接続の仕方を教えてもらえているように思います。

その明障子は、正しく用いて張り替えていけば100年でも200年でも持つそうです。

自然に逆らわず、自然と寄り添い生きることを選択してきたご先祖様たちのような暮らしを今の時代でも実践していくことで子どもたちにその豊かさの本質を伝承できます。引き続き、日本文化、伝統に触れながらひとつひとつを五感で味わっていきたいと思います。

い草道

昨日は、聴福庵にて畳づくりを畳職人と一緒に行いました。私たちが手伝ったのはほんの少しでしたが、い草の表を藁のクッションの上に敷きそれを加工し糸で縫い上げていきます。い草のいい香りがする中で、一つ一つの畳を丁寧に手作業で創り上げていくプロセスを一緒にすることで畳の持つ魅力となぜこれが日本文化とつながっているのかを再認識することができました。

また今回は、熊本の八代からい草の生産ではとても有名な草野さんご夫妻に来ていただきイグサのことや育て方、その生き方までお話をお聴きするご縁をいただきました。

聴福庵に導入されたい草の畳は丈夫で艶のある品種のい草「せとなみ」「涼風」の中から厳選され選り抜かれたい草のみで織り上げたものです。その風合いはまるで美しい草原が和室に入っているようなもので、その上に座りじっと佇んでいるとうっとりします。時間が経てば経つほどに好い飴色の雰囲気を醸し出すこの畳は私たちの暮らしにとても大きな豊かさを引き立ててくれます。

まず草野さんは「畳は工業品ではない、農産物です」という言葉からはじまり、「生物として生きているからこそ「いのち」を扱っていることを大切にしている。いのちがあるからこそ、畳の色も香りも変化してくる。喋らないから生きていないのではなく、植物も生きているということを忘れてはいけない」と仰いました。

私がお話の中で特に感動したのは、「自然の恵みを受ける農業は、自然から授かるのだからもっとも神聖なお仕事です」という言葉です。また続いて「自然は素直で必ず自分がやったことがそのまま帰ってくる。だからこそ素直な心で自然と向き合っていかないといけません。」

私も自然農を実践して6年目になりましたが、ここにも自然に寄り添い自然の道に学ぶ人がいて、草野さんから醸し出す雰囲気はとても謙虚さに溢れ優しく日本人らしい懐かしい精神を感じました。私が尊敬している自然人はみんな、同様に自然の畏敬を忘れずに自分自身を変え続けている人です。そして自然の御蔭様に感謝して楽しみ喜びの中で暮らしている人々です。

かつての日本人はみんなこのように優しくて素直な雰囲気を持っていたように思います。風土が育てた純粋な日本人はみな、このような無垢な自然体を持っていたように思います。今ではその日本の風土と異なった人間都合の生活の中で風土に合わせた生き方をする人たちがいなくなってきています。

草野さんは「自分がい草に寄り添いながら生きてそれを喜びにすることでい草を使ってくださる方の喜びをつくり、そして竟には社會の喜びにしていく」といいました。それを「共存共栄」と定義してその生き方が草野さんの理念になっていました。そのために「本物の製品をつくり続ける努力を怠らない」といいました。これは単にものづくりにおける精神ではなく、真摯に真心を込めて生き切る生きざまと生き方を感じてそういう方の畳とのご縁をいただき尊いご縁に有難い気持ちになりました。

そしてこれは私のこだわりではなく、当たり前であることと仰る姿に草野さんの道楽の境地を感じて私も精進していきたいと改めて学び直しました。

最後に草野さんの言葉です。

「子どもや孫たちにしてほしいことをやっているだけす。そうして自分たちが真から楽しく、喜びの真ん中にいればいい。よい思いは周りも変わっていくのだから。またこれは自分の生き方だから、それを子孫へ押し付けるつもりもない。どんな時も自分がどうありたいかが大事、まずは、自分の心が素直で真摯かどうか。それがすべて。そうはいっても自分の中に反発心とかもあるけれど、それでもやりきることが大切。イグサとも、そういうことをやっている。そして私の楽しくは、泣いても苦しくても楽しい。面白くで楽しいではなく、そういう思いでやっているのです。」

ここに私は「い草道」を感じました。

道を歩む先覚者たちの言霊はみんな同じ響きを持っています。有難いご縁に感謝し、このご縁を活かせるよう子どもたちにこの出会いを還元していけるように引き続き心の在り様を見つめて伝道していきたいと思います。