自由という教材

自由というものを深めていると創造や独創という言葉を直観するものです。つまりは一人ひとりは天才であり、その天才が自分自身を発掘するプロセスにおいて自分なりの方法で自分らしい答えを創出していくということです。

とことんまで天命を追求していけば、自分にしかできないことに人間は出会えるものです。そのうえで、自分の実体験から考えたことはすべて独創的で創造的なものですからそのプロセスを重んじることで人生は唯一無二の自分自身に近づいていくように思います。

自由という言葉は、そもそも誰とも比較しないという前提があります。似ている言葉では私の解釈ですが、独立不羈なども同義であろうと思います。これは辞書をひけば「他からの束縛を全く受けないこと。 他から制御されることなく、みずからの考えで事を行うこと。」とあります。その本質は「自らものを考え、それを行動に移し、移した行動については自ら責任を持つ。それが、独立不羈の精神」です。

本来の自由の意味をどれだけ深く理解しているか、そのためには常に自分自身と向き合い自分自身の人生のプロセスを味わえる芯の強さが必要になります。

そこに本物の自己自立があります。

徳と才を兼ね備えるには、自分のかけがえのない人生を自分自身が主人公として磨いていかなければなりません。世間の常識に縛られたり、誰かの制約を受けたり、そういうものを乗り越えて自分自身であり続ける精進があって自由を満喫することができます。

誰かから与えられた自由や不自由にばかり囚われ、自分自身であることを忘れてしまえば本当の自由は遠ざかるばかりです。

如何に世界でたった一人の自分を仕上げていくかは、その人の生き方次第です。自由という教材は、それだけその人を磨くには都合の善い価値のあるテーマです。本来の自由にどれだけの子どもたちが気づき、それを自分なりに咀嚼して世の中に唯一無二の個性を発揮していくことができるのか。

私自身の人生のプロセスを省みながら、その文化や存在価値をどのように次世代へと継承していくのか、新しい時代の教育と学校というものの復古創新を同志たちと共に進めていきたいと思います。

近未来の創造

先日、ある小学校で子どもたちに将来の夢について就きたい職業を書きなさいという課題があることを知りました。そこには、それぞれに将来自分が就きたい職業を書いて提出するものになっていて、子どもたちは経営コンサルタントやサッカー選手、ミュージシャンなど色々と書かれていました。

先生の課題のねらいまでは確認しておらずよくわかりませんが、今の職業が将来残ってという可能性が低くなっているのは世界情勢からもわかります。

グーグルの創業者で現CEOのラリー・ペイジ氏がファイナンシャル・タイムのインタビューの中で、「20年後、あなたが望もうが、望むまいが現在の仕事のほとんどが機械によって代行される。」 といいました。さらに必ず起こると断言していることは、人工知能の急激な発達により、現在日常で行われている仕事のほどんどをロボットが行うというもので、近い将来、10人中9人は今とは違う仕事をしているだろうと言っていました。

オックスフォード大学の調査でも、20年後には約47%の職業が機械によって代行されなくなっていると予見しています。

現実として、人工知能が出てきたことは間違いなく知識を使った労働に対して大きな変革をもたらします。人間が今までやってきたことを、力の部分だけではなく知識の部分、さらには智慧と呼ばれた部分にまで人工知能やロボットが肩代わりしていくという事実は、世界を席巻していくのは間違いないことでしょう。この良し悪しを人類が時間をかけてじっくり語り合うこともゆるされず、技術の急激な進歩はもはや誰にも止められません。

人間はまだその現実に心が着いてきておらず、多くの人はこの問題を直視しようとしていないことが多いように思います。しかし近い将来、10人中9人が他の仕事をしているという事実は簡単に予想されますから、あるかどうかわからない職業を求めるよりも如何に今の自分が自分らしく新しい分野を創造していくかと考える方が価値があるように私は思います。これを逆手にとって考えれば、機械や人工知能にはできない人間らしい新しい仕事を9人が開拓したということでもあるからです。

人工知能が出現しているすぐそこにある近未来において、果たしてどんな新しい仕事を創造していくか、子どもたちはそれを自由闊達に語り合い学び合い、未来を豊かに切り拓いていく存在であります。

だからこそ自分の実体験と人生経験で振り返り大切だと感じるのは、柔軟性や楽観性、また五感を磨いたり、遊び心を蓄えたり、さらには自国の独自の文化や、先人からの智慧に触れ、生き方を素直に学んだりすることが人工知能にはできない人間の持ち味の発掘になるように私は思うのです。

今の大人は現実を直視できないこともあるかもしれませんが、子どもたちは次の時代を生きていく存在です。その存在たちを信じて見守れるように、今、私たちが何をなすべきか、心とよく正対し向き合う必要があると私は思います。

自分のことばかりを考えて疲弊するのではなく、もっと豊かに未来に何を譲り遺していきたいかを語り合いそのために今を大切に遣っていくことが未来の子どもたちを助けることになるように思います。

先祖たちが何代もあとの子孫たちのために木を植え続けたように、私も今の時代の木を植え続けていきたいと思います。

 

ボタを拾う

昨日は知人と一緒に、郷里のボタ山周辺で石炭を拾ってみました。石炭とは、数億年前の植物が完全に腐敗分解する前に地中に埋もれ、そこで長い期間地熱や地圧を受けて石炭化したことにより生成した物質の総称のことをいいます。

今では見たことも触ったこともない子どもたちも増えていますが、少し以前まではこの石炭が燃料やエネルギーとして私たちの近代化の発展を支えていた材料でした。石油も化石燃料ですが、この石炭もまた化石燃料です。豊かな湿地帯や水辺、砂や泥が多いところに巨大な森があったところから石炭は出てきます。かつてここ筑豊一帯は、大きな森に覆われていたことが分かっています。

そしてこの筑豊にはボタ山というものがあります。石炭でも燃えなくて使い道がないものを炭鉱夫はボタ(捨石)と呼び、それを捨てたところが山のようになっていることから名づけられました。このボタ山は、炭鉱閉山後は自治体から「負の遺産」として位置づけられることが多く石炭産業に代わる産業として炭鉱跡地に工業団地を造成したり、最近ではソーラーパネルを設置したりと急速に数が減ってきています。同時に日本の近代化を支えた石炭産業の象徴としてボタ山を恒久的に残し、維持管理していこうとする動きも出始めて歴史遺産として遺していこうという活動もあります。

郷里には、優美な美しさから「筑豊富士」と呼ばれる日本最大級のボタ山があります。これは大正7年から集積され始め、昭和40年の閉山までに10tトラック70万台分がたまっていきました。なんと高さ141メートル、敷地面積は22.4ヘクタールあります。

40年以上前に使われなくなったボタ山も、時代の流れと共に子どもたちには忘れ去られていきます。歴史というものは、学び直すことと価値を再発掘することでこれから生きる私たちに風土の大切な教えとして発展を約束してくれるものでした。なんでも均一化し、平均化していく世の中で、如何に風土の個性や歴史の価値、また文化の智慧を継承していくかは今の大人たちの課題です。

色々なご縁を味わいながら、歴史を学び直し、風土の魅力を再発見し、子どもたちに風土とは何か、文化とは何かを復古創新し、伝承していきたいと思います。

 

人生の鉱夫~着宝~

先日、人生の鉱夫のことを紹介しましたがなんでも掘っていくうちに発掘できる喜びに出会うものです。掘り下げていくことは、今まで観えなかった世界に出会う喜びであり、今まで知らなかった自分の心に出会う旅でもあります。遠くにいかなくても、今いるところを掘っていけばそこに自分の運命や天命、宿命があることに気づいていきます。

そしてそのすべてを受け容れ認めるとき、「ああ、そうだったのか」と自分自身の持って生まれた才能や自分の興味がある本質に気づき仕合せな気持ちになるのです。

掘り下げている最中は、ほとんどが泥や砂ばかりです。しかしいつの日か、宝石に出会えると信じて掘っているのならその掘り下げる最中は仕合せな時間でもあります。すぐに人は、掘っても何もないではないかと文句を言ったり、悲観的にこれだけ掘ってもでないではないかと結果主義を突き付けて早々に諦めたり他人を批評したりしますが「掘っている最中こそが本来の仕合せ」であり、いつか掘り当てるかもしれない自分にしかない宝石に出会えるかもしれないと「希望を持って歩んでいく人生」こそが「自分を磨き自分を宝石にしていく」のです。

ちょうど、聴福庵の前には炭鉱王と呼ばれた伊藤伝右衛門の旧邸宅があります。この伊藤伝右衛門は、皆が途中で掘るのを諦めてしまうような岩盤の大きなところを自ら選びそこを掘り下げていった人物です。あと少し掘ればいいところを、最後の壁にぶち当たってみんなやめてしまいます。しかしその最後の分厚い岩盤の中にこそ人生のロマンがあり、自分の人生全てを懸けてその岩盤を掘りぬくことで良質な石炭、黒ダイヤモンドに辿り着いて成功した人物だったのです。それを炭鉱夫の言葉で「着炭」といいますが、今の時代ならこれを「着宝」といってもいいかもしれません。

人間は、自分の才能や能力を誰かの役に立てようとします。しかし泥や砂、石ばかりがゴロゴロ転がっている暗闇を掘り進めることは本当に精神力がいることです。ほぼ宝などないと感じる最中かもしれません。しかしその最中こそが、自分を磨いて光らせていると信じていけば、必ず自分が光り輝く宝に変化していきます。

もしもそうなるのなら宝は出なくても、宝になっているはずです。

掘り下げていく人生というのは、自分を磨く人生のことです。このブログも、日々の実践もすべて掘り下げてはじめて自分を磨けます。意味を深めたりご縁を大切にしたり、出会う人の幸福や目の前の人の仕合せのために自分を使っていくことこそが磨かれて光るプロセスです。

引き続き、人生の鉱夫との出会いを通して現代の磨きの黒ダイヤモンドを掘り当ててみたいと思います。ご縁に感謝しながら、永遠の子どもたちのために精進していきたいと思います。

 

人生という鉱山~物語を仕立てる~

人生の中ではいろいろな出来事が起こります。それは予想のつくものもあれば、まったく予想外であることもあります。それは日常と非日常の異なりと同じく、予想がつくのが日常で予想外が非日常です。その両輪を行き来しながら人は一度しかない自分の人生の物語を自分で創造していくものです。

かつて文化庁長官を務めた河合隼雄さんは、心の専門家としてとても素晴らしい言葉をたくさん遺されています。私もこうやって日々に心に正対してブログを書いていますが、共感するものが多く、不思議なご縁を感じております。その河合隼雄さんの言葉で、

「物語の『主人公』は自分。人間は一人ひとり違うのですから、それぞれが自分の物語を作っていかなければなりません。」

「『せっかく生まれてきたこの世で、自分の人生をどのような物語に仕上げていこうか』という生き方の方が幸せなんです。」

があります。

人生はどうなっていくのかと不安がる前に、大切なのはこの自分の物語をどのように創造していこうかとしていくことこそが豊かな生き方であるということです。よく幼少期から周りの大人や学校で夢や目標を設定され、それに向かっていくように教えられます。しかしそうするとそうならなかったら不幸、叶わないことがよくないことのように勘違いしてしまうものです。

それよりも、どんな出来事があったにせよどのような物語にしようかと自分の人生を自分なりに物語にして楽しく豊かに語っていければそれはもう仕合せといっていいものです。この仕立てる仕合せというものは、自分なりに生きていいということあり、まるで一反の反物を自由に誰とも比較せずに織っていいんだよという天の声のようです。

比較競争し目標管理をすることが社会の通念になっている中で、如何に自分らしく自由に生きていくかはこの「物語」を仕上げていくという心持に由ります。

今日はどんな物語がある一日にしようかとワクワクドキドキし、一日の終わりにはどんなことがあった一日だったかと内省しご縁と仕合せに充実していく。こういう繰り返しによって人生の物語は彩られ、主人公としての自分に磨きがかかってくるのです。

昨日は、石炭のボタに文字を彫りこんで磨いて石と対話し歴史を感じ心が感動して泣いている人を観ました。その人は夜には私たちは炭鉱夫のようなものだとも言いました。人生の物語を主人公として生きていく人は、どんな出来事もご縁も出会いもすべてドラマチックにしロマンチックにしていきます。同じ人生であっても、心持一つでそれは変化していきますから純粋無垢な心をどのように仕立てていくかも自分次第です。

最後に河合隼雄氏の言葉です。

『人間というものは自分で自分を知らない鉱山のようなもの。自分を生きるということを考え始めると、「こんなこともできるんじゃないか、これもやれるんじゃないか」――と自分を発見することができます。』

これもできるこれもやれる、なんでもできるじゃないかと思うところに夢はあります。夢に向かって挑戦していきたいと思います。

子ども第一義の第一歩

明日からの天神さまのこども縁日の準備で故郷に帰ってきました。これからいつものように天神様に所縁のある掛け軸や木像、牛や梅などをお祀りし準備を整えていきます。天神様が喜んでいただけるだろうか、また古民家が喜んでいただけるだろうかその気持ちの中に古来からある日本のおもてなしの精神が入ります。

天神様の菅原道真公は、「和魂漢才」といって菅家遺誡には「わが国固有の精神と中国の学問と。また、この両者を融合すること。日本固有の精神を以って中国から伝来した学問を活用することの重要性を強調していう」と記されます。「菅家遺誡」は、菅家の子孫のために言い遺していく遺言のようなものです。

現代の西洋文化にとって代わられた姿を観ていると、菅原道真公はどこまで先を観通していたのかと畏敬の念が湧いてきます。

この和魂とは、大和魂のことを言い日本の民族精神のことを指します。たとえどのような海外からの技術が入ってこようとも、その根底に日本的精神があるのならどんな技術すらも柔軟に正しく活かすことができるということです。

現代は様々な新しい技術が渡来してきます、衣食住だけではなくそれはIT技術であったり、遺伝子組み換え技術であったり、核融合の技術であったり、ありとあらゆるものが猛スピードで世界で行き来するような時代になっているともいえます。まもなく人工知能が発展し、私たち人類は大きな岐路に立たされることになります。

その技術の本質や意味を正しく咀嚼できなかったり、直観的にその技術が何をもたらすのかを掴むこともなく、便利だからと深く考察せずに便利な技術に飛びつけばその後、そのことから取り返しのつかないような事態に陥ることもあります。なぜなら便利な道具は使い方次第では人間にとってとても危険なものにすげ換ってしまうこともあるからです。それは歴史がすべて証明しています。

だからこそ人類が優先する必要があるのは自分たちの先祖たちが自らの人生体験で築き上げてきた経験からの反省や改善してきた生き方、いわばその暮らしの文化を学び、その精神を民族の一人ひとりが責任をもって身に着けることとです。

私たちの場合は和魂といい、それは私たちの先祖が自然との共生の中で築き上げてきた風土の智慧です。それを大和魂といい、どうすればこの地球上において長く平和に睦まじくお互いに貢献し合って生きていけばいいかを精神に宿し遺し文化にまで高めたものです。

その代表的なものに日本民家があり、暮らしの行事があります。この日本民家と暮らしの行事は、日本文化を幼少期の子どもたちに伝承するために遺された先祖の遺誡であり、智慧の結晶です。それを幼少期に体験することで人類はその風土の文化を学ばずとして学び、教わらずして教わったのです。

この伝承の大切さを私は気づき、それを恩返しの柱にしているとも言えます。明日からの子ども縁日は、子ども第一義の理念を掲げる私たちの会社の大きな第一歩になると信じております。

天に問う

先日、天神祭の中で新宿せいが保育園の藤森平司園長から「学問」についてお話を拝聴するご縁がありました。その中で、学問の「問う」とは何かそれは天に問うことであるということをお聴きしました。

今では学問は知識を詰め込むことのように思われがちですが、古来からの学問の本質は「天命を問う」ことであったように思います。

江戸時代の藩校の最高峰であった昌平坂学問所に佐藤一斎があります。この方の遺した「言志四録」はその後、多くの日本人を育ててきました。明治維新の際には、維新の志士たちの座右の書として長く愛読されてきました。その中の一つに天命について記されたものがあります。

「人は須らく、自ら省察すべし。天、何の故に我が身を生み出し、我をして果たして何の用に供せしむる。我れ既に天物なれば、必ず天役あり。天役供せずんば、天の咎必ず至らん。省察して此に到れば則ち我が身の苟生すべからざるを知る」

意訳ですが、「人間は真摯に省みる必要があります。それは天がなぜ自分を創造し、私を何に用いようとなさっているのか。私はすでに天が創造したものであるから必ず天から命じられた大切なお役目がある。そのお役目を慎んで果たそうとしないのならば必ず何かの天罰があるはずである、それを真摯に省みるのなら自分勝手に安逸に生きていくことはできないと知ることになるだろう」と。

そもそも自分は自分のものではない、自分はすでに天のものであるという考え方が根本にあるのなら、自分の生は天命であるという覚悟が決まるように思います。天が何を使役させようとしておられるか、天が何をしてほしいと願っているか、「主語」を自分ではなく「天」にすることこそ本来の命を活かせるということでしょう。

この「天に問う」とは、自分の天命を知るために問うように思います。天命を知るためには、人事を盡してのちよく慎み省みて天が何を与えてくださっているのかに気づかなければなりません。

自分に与えられている道はいったいどんなものなのか、誰かの道ではなく自分に与えられた道があるのだからその道を歩まなければ天罰があるはずです。その天罰は、そうではないよ、そっちではないよと教えてくださる偉大なる罰のことです。それを素直に謙虚に聴いて歩んでいくのなら、後になって「ああ、これが私の天命だったのか」と知るに至るのです。

迷わずに生きている人は、とても強いように思います。あれもできるこれもできると選択肢が多い人よりも、これしかできないと選択肢がない人の方が迷いがありません。迷いがないから自分の天与の道に専念できるように思います。

人はできないことをやろうとするのは自分が主語になりすぎるからです。できないことは悪いことではなく、自分にしかできないことをやることが本来の学問の意味であり天意を知ることにつながると思います。

私は善い師に巡り会い人生の早い時期に、自分にしかできないことは何かと考える機会を多くいただきました。その師の根底の精神には常に「天に問う」があったように思います。

論語では、「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」とありますからこの十年はしっかりと天と対話しながら歩んでいきたいと思います。引き続き、子どもたちの未来のためにも今を大切に生き切っていきたいと思います。

 

 

 

子どもの姿を~何を変え何を変えないか~

貨幣経済が優先され、古来からある日本の伝統的な文化や生活習慣は次第に便利さに流され失われてきています。歴史を鑑がみてもそれぞれの国家の発展と繁栄はその国の風土の文化で育成された民族の個性が発揮され多様な世界の中で自国の強みを活かすことによって成し遂げられてきました。

便利さとは楽の追求ですが、この楽は「楽しみ」とは異なるものです。今では大多数の人たちが便利な方を選択したり、楽な方に進むように子どもたちにアドバイスをする人も増えています。進んで苦労をしなさいというよりも、できる限り苦労はない方がいいと言ったりもします。近代に入り、技術の進歩と共に便利さが発展すればするほどに精神の方は本来は高まっていかけなければなりません。

なぜなら道具や技術を用いる側の人間が成熟していなければそれを使いこなすことができないからです。どこまではよくてどこまではよくないか、これは人生の自立と自律の話と同じで楽を選んでも人生は楽にはならず、人生を楽しくするには楽との付き合い方を知らねばならないからです。

例えば、暮らしというものを考えてみてもお金さえあればなんでもいつでも手に入れることができる状態になれば食事も生活もすべて便利なもので済まそうとします。すると健康が害され、より時間のスピードがあがり心の余裕も次第になくなってきます。大都市に住めば、ほとんどのことがお金で解決するような環境になっています。しかし人間を磨き高めているような古来からの自然な暮らしを実践している人は、日々に自律をし健康管理や生活リズムの維持、運動や学問などの時間を環境に左右されずに丁寧に工夫して生きていきます。

いくら技術が進歩しても、人間としての進化とは別ものですからなんでも便利に効率化したからといってそれが人間の幸福や豊かさにはならないものです。

子どもたちが置かれている環境は今は便利なものであふれています。最近では乳幼児のスマートフォン率がかなり高くなっているともいいます。かつて子どもにはよくないと危惧されていたことのほとんどが今の世の中では実現してしまいました。子どもは環境の中ですぐに流されてしまいます。一時的に大人の圧力で厳しくしつけたとしても、大人になれば何でも自由に自分で選択できますから楽に流されることもあります。だからこそ保育環境は大切なのです。

人生の豊かさを感じる環境をどれだけ幼少期に用意できるか、それは未来を見据えて今どう生きることが将来の真の豊かさにつながるか自分の経験から見つめ直せばいいのです。そうして大人たちは今の社會現象と真摯に向き合い未来を真剣に考える必要があると私は思います。

世の中が進化が求められるとき、いつの時代も下支えしてくれたのは根とのつながりです。根があるからどのような環境下であってもしっかりとその養分を吸い上げながら成長していくことができるのです。この根のつながりは、日本の伝統的な文化や先祖の智慧が凝縮された暮らしの中に色濃く遺っています。

今、私が暮らしの甦生に取り組むのも幼児教育の現場で子どもたちの姿が変わってきていることに危機感を覚えるからです。日本民族の存続を懸けて、風土で育まれた古来からある子どもの姿を変えてはならないのです。

何を変えて何を変えないか、それを正しく見極め行動できることこそが人間の成熟であろうと私は思います。今の社会現象を洞察しつつ、この先子どもたちが乗り越えていくであろう課題に対し少しでも多くの選択材料を私の人生を使って遺していきたいと願います。

 

丁寧と工夫と暮らし

人間は心が忙しくなると雑然としてくるものです。これはいろいろなことがありますから、目先のことに追われてその意味や目的を省みる時間がないときに起きるひとつの現象とも言えます。

しかしこの現象は、心がけと工夫次第ではいくらでも丁寧にしていくことができます。この丁寧は「暮らし」と直結しておりどのような心で生きていくかが日々の修練によって磨かれているともいえます。

古民家甦生を通して暮らしの甦生をしていますが、この丁寧さと創意工夫は今の時代の個ばかりが優先され我や利己的な部分ばかりがせめぎ合うような環境の中で改めて大切なその人の生き方の資質になってくるように思います。

イエローハットの鍵山秀三郎氏にこういう言葉があります。

「丁寧な生き方をする人を消極的で弱い人と勘違いする人がおります。大きな誤解です。積極的で強い意志がないと出来ません。その上、時間と手間、忍耐と工夫がなければできません。丁寧な生き方は強固な精神力を育みます。」

私も同感で、この丁寧な暮らしを実現するには強固な精神力が必要です。どんなに状況が千差万別しても常に初心を忘れずに創意工夫しながら目的に対して粛々と実践していくという信念。まさに暮らしは、継続するものですから自分の決心した生き方を日々の充実した生活へと昇華していく必要があるからです。

今は働き方改革などといって、それぞれに工夫するように国家としても取り組んでいますが私の思う働き方改革は自他一体であり、相乗効果でもあります。

よく勘違いされるのは、残業時間を減らすとか、もっと効率的にするとか、手段ばかりが語られ議論されることがありますがそれは働き方改革の本質ではありません。

働き方改革は、生き方改革ですから生き方が変わるから働き方が変わるのです。

雑然と生きているうちは雑然とした働きをしてしまいます。一つ一つを丁寧に取り組む実践は、心を入れずに処理をしていくことではありません。それは作業の一つ一つの意味を確かめながら、心を籠めて感謝や真心で取り組んでいくという心の作法が求められます。

質の充実というのは、日々の暮らしの実践の積み重ねの上に存在するものです。その場しのぎでは、生き方までは変わりませんから働き方も変わりません。生き方を見つめるということは、如何に限られた人生の時間の中で自分のいのちをどのように使っていくかといった優先順位の確認が要ります。

会社や社會では、「理念」というものがあり自分勝手にみんながバラバラにやるのではなくその中でも自分よりも少し優先するものを持つことこそが自利から利他になるコツになります。この理念は目的ですから、人生の目的に近づき忘れないために丁寧に工夫する暮らしが創造されていくのでしょう。

引き続き暮らしの甦生を通して、日々の生き方と働き方を磨き直していきたいと思います。

縁日

来週末開催の「まちづくり×古民家甦生=観光創生化」の準備のために聴福庵に来て色々と段取りをしております。午前中は、まちづくりのファシリテーターとの座談会。午後からは地域の子どもたち向けの縁日を開くことになっています。

そもそもこの縁日とは、「有縁の日」の略語であり、神仏の降誕・示現・誓願などの縁があり、祭祀や供養が行われる日のことをいいます。先月は、地域の氏神様である天神様をお祀りし天神祭を開催しました。これもまた一つの縁日とも言えます。近代以降はお祭りもセットになり、露店などが出て賑わうようになりましたが本来は有縁の神仏の祭祀と供養のために暮らしの一つとして家々においてそれぞれに有縁の日に実践されていたものです。

それぞれの風土で実践される縁日には、それぞれに受け継がれている思いや願いがあったり、大切な歴史的意味があったり、御先祖様からの伝言や文化の伝承であったりするものもあります。

例えば縁日で有名なものに8、12日の薬師如来、15日の阿弥陀如来、16日の閻魔、18日の観音菩薩、21日の弘法大使、24日の地蔵菩薩、私たちがお祀りしている25日の天神様などもあります。他にも毎日、何かの縁日と結ばれ人は信仰を守り続けてきました。特に、一年の中で特に大切に結ばれる縁日の功徳は大きく、たとえば7月10日は観音菩薩の四万六千日といって、この日に参詣すれば4万6000回参詣したのと同じになると説かれたりしているものもあります。

こうやって縁日は信仰と結びつき、お祀りすることでさらに神仏のご加護を実感しながら感謝で暮らしていたのが私たちのご先祖様たちの生き方でした。

そもそもご縁とは、何かしらの因縁によってつながっているということを意味します。私とあなたも、そしてこのブログを読んでくださっている方も、何かしらのご縁によってつながって結ばれています。これは私たちの親祖からはじまり、私たち子孫はその発展と共に増えて広がってきた民族でありその元は同一であったことを意味しています。

何回も生まれ変わり、そして巡り会う中で、時代を超えて再び出会います。また出会うのもまた何かの因縁があるのであり、そのご縁のつながりの中で共に生き貢献し合っていきていくのは私たちです。

このご縁を大切にするというのは、自分は結びの中にある存在であるということを確認するということです。この縁日はまさに、日常の喧騒や忙しさの中でつい忘れがちになっているつながりやご縁の存在を改めて確認する日でもあると私は思います。

真摯に神仏やご先祖様からいただいたご縁を活かしていけるよう、ごつながりをもったいなく使わせていただき、ご縁のある皆様が幸福であるように自分のいのちを盡していきたいと思います。