土の芸術

いよいよ今月、聴福庵の離れの建築にて念願の瓦葺きを体験するご縁をいただくことになりました。離れの伝統的な日本家屋を自らの手で職人さんたちと一緒にクルーたちと共に取り組めることは本当に仕合せなことです。

床下には今まで自然農や自然養鶏、妙見高菜や埋炭技術で培ってきた発酵場を創造します。そして屋根には、呼吸大学の宮本代表や田口理事長、伝統瓦葺き職人の野殿様の御力をお借りして古来からの伝統技術でもある湿式工法にて葺いていきます。

今回はさらにご先祖様の智慧を結集させ、建て方一つ一つに古来の工法にこだわり、また柿渋や渋墨、ベンガラの塗料、さらに水は井戸水を用い、炭で沸かす風呂も設置されます。板戸や格子戸、無双窓も用いられ、横からの風通しにも配慮しました。

地球には天地があります。天から雨が下に降り、その雨が地中から天に帰っていく、この当たり前の循環を邪魔しないこの聴福庵の新しい建物はまさに日本の暮らしの基礎、日本的精神の理念を体現するものです。

この日本の風土の中で、如何に何百年も持つ建物を建てるか。それは御先祖様が長年様々なことを実験し、さらには日本文化に昇華して子孫へと譲り渡してきたものです。その智慧は、何よりもこの風土で積み上げられたものであり、この風土にまさに適ったものであり、唯一無二のものです。

この風土と一体になったものを文化というのです。

そして日本文化を学ぶのに、この日本古来からの家づくりというものは大変貴重な経験になります。

日本では土を焼いて固めた土器類を「カワラケ」と言っていたそうで「日本書紀」の中で甲冑の事を「カワラ(伽和羅)」と言い亀の甲羅のように固く上を包むものという意味です。日本では屋根瓦は「カワラ」と言い、「カワラケ」は土器類の総称として残ったのではないかと言われます。

この土の文化というものは、かつては縄文時代から私たちは様々な土器を土を用いて創造してきました。瓦と土による湿式工法での瓦葺きはまさに、土の芸術とも言えます。

最近は、左官職人とのご縁も増えましたがその原料である土が今回は屋根の上に用いられ家を守ってくれます。土は地球そのものですから、その土をどのようにご先祖様は暮らしに活かそうとしたか、その技術だけではなくその精神も学び直したいと思います。

子どもたちに確かなものを、また本物を譲り渡していけるように、引き続き覚悟を決めてリスクを選び、真摯に本質を掴み取って伝承していきたいと思います。

 

 

主体性の発揮

人は、主体性を発揮していくことで自分に自信を持てるようになります。自信は受け身で指示待ちのときには育たず、自ら試行錯誤し挑戦していく中で醸成していくものです。そのためには、まず前提にある他人のせいや誰かのせいにするのを止めなければなりません。

アメリカの経営コンサルタントで七つの習慣の著書であるスティーブン・R・コヴィーにこういう言葉があります。

「主体性を持つということは率先力を発揮するだけでなく、人間として自分の人生に対する責任を取るということである。」

この自分の人生に対する責任を取るというのが主体性の本質であり、誰かのせいにするのをやめているからこそ主体は発揮されているのです。

自分にはできないからや、自分には権限がないからや、自分には関係ないからなど、自他を分けて、様々なことを自分の都合で切り分けていたら責任は他の誰かに転嫁されていきます。この世界で起きていることに対する責任を持てるか、時代に対する責任を持てるか、自分が先祖の一人として子孫のために責任を持てるか、社会問題で悲惨な出来事が起きることへの責任を持てるか、など視野の広い人はそのすべてのご縁を自分自身の問題だと捉えて日々の生き方を修正していくものです。

主体性というものは、誰かが何かをしてくれるのをいつまでも待つのではなく自分から進んで問題に取り組み、その問題を自分自身の変革によって解決していこうとする人です。

これを会社に置き換えれば、如何に経営意識を持つか、如何に運営に参加する意識を持っているかで主体性を測れるものです。自分がどれだけ所属している会社=社會に対しての責任を持つかは仕事が決めます。その仕事にどれだけの誇りを持って働くかがマネジメントなのです。

P・F・ドラッガーは、マネジメントの中で働くとは、「企業全体の成功と存続に責任を持つ経営管理者のように企業を見るときにのみ、最高の仕事を目指して自らの責任を果たすことができる」といいます。

ドラッガーはその著書の中で、仕事の報酬は仕事であると言い切ります。そしてそれは満足に軸足を置くのは受け身である証拠であるといいます。つまり仕事は自己満足のためにやってもそれは意味がないといいます。

そして満足ではなく、責任であるといいます。ここに主体性のことが記されます。そのためには責任意識を持てるようになる必要があるといいます。

「そもそも働く人が責任を欲しようと欲しまいと関係はない。働く人に対しては責任を要求しなければならない。企業は仕事が立派に行われることを必要とする。もはや恐怖を利用することができなくなった今日、企業は働く人に対し、責任を持つよう励まし、誘い、必要ならば強く求めることによって、仕事が立派に行われるようにする必要がある」

この立派な仕事が行われるようにするというのは、単なる責任を取れなどという他の圧力で使われるふるくさい責めのことではありません。自分が会社の運営や経営を任されている一人なのだと自覚し、その任された自分に主体性を持てと言われているのです。

仕事は単に満足するためにやってしまうのは受け身である、そうではなく意味がある本当の仕事は自分が自分に責任を持つことであるということでしょう。主体性を発揮するというのは、自分の人生を他人や誰かにゆだねるのではなく、自分がやったことが会社を創造し、自分の一挙一動が日本をも変え、そして自分の人生が世界に貢献していることを自覚し目覚めよということだと私は思います。

言い訳をやめて、誰かのせいにするのをやめれば、すべての問題は自分が解決しなければならなくなります。そうやって自分の責任であると受け止めるとき、それまでの生き方ががらりと転換されていくものです。

最初の一歩を踏み出すのは、今ここは自分が創っている大切な一員であるという自覚意識を持つということです。自分がやっていいのかではなく、自分がやると決心することなのです。

独立自尊、独立不羈の精神があって主体性は発揮されます。

会社にとって大切なのは、そういう人財が育つような「場」があるかどうかということが何よりも重要なファクターになります。そしてその「場」とは、空間のことですがその場づくりの仕組みこそが主体性に気づく環境になります。

引き続き、主体性を邪魔する刷り込みを深めながら様々な仕組みを試行錯誤してみたいと思います。

自信を育てる

人間は出来事が起きてもその捉え方は全く異なるものです。ある人はネガティブに物事を捉えていればそういう出来事であったと感じるものだし、またある人はポジティブに物事を捉えればそういう出来事であったと感じます。

つまりは物の見方というのは、その人の心の捉え方そのものでありその捉え方が異なれば事実も全く異なるということです。これは当たり前だと思われますが、この捉え方といった心の大前提がどうなっているのかを確認しなければ物事が好転したり、事物を転換したりすることができないのです。

例えば、物事を評価するときに減点的に見ると何が不足したのか、何がよくなかったか、どうすれば100点になるのかを考えます。これはすでに起きていることはマイナスであり、そのマイナスをどのようにすればプラスにできるかを考えます。すでに自己評価は低く、その低いものを少しでも上げようと考えるのです。

しかしこの逆に加点的にみると、何が足りているのか、何がよかったのか、どうすれば善かったものをもっとよくできるかと考えます。これはすでに100点であり、さらにプラスしていけるのは何かと考えます。自己評価も高く、その高いものをもっとどうすれば活かせるだろうと考えます。

この物事の捉え方というのは、その人の自信を顕します。

自分はこのままでいい、今の自分にはこれが相応しいと、ありのままの自分を認め、そのうえで自分の強みをどう伸ばしどう活かすかと常に考えて周囲のために自分を使ってもらおうと考えるようになります。そして弱みは、誰かに助けてもらうことで他人の強みをも活かそうと考えます。自分がいつも誰かのお役に立ちたいと利他に生きる人は自然に考え方も加点的になりポジティブになっていくようにも思います。

人間が自信を失い誰かと比較するのは自分ばかりを見て自分が評価しているからです。自分がダメだからとか、自分はできそこないだとか自分を卑下して自己否定ばかりをするのをやめ、自分は自分のままでいい、この自分の持ち味のままどうすればみんなのお役に立てるかと肯定的にやっていくことが大切だと思います。

自己肯定感が低いのは、誰かと比較するからであり誰かからの評価ばかりを気にして生きているからです。自分らしく生きることは、周りの人たちにも自分らしくいることを奨励する生き方であるし、自分がもっとも自分らしくいれば周りも自分らしくいていいと安心するものです。

比較するのをやめ、それぞれに持ち味を発揮していけばお互いの存在は無二であることを知り、仲間や家族があること、繋がり団結できることに感謝の気持ちが湧いてきます。人を信じるというのは、まず自分を信じることからはじまります。そして信頼とは、自分の強みを活かし弱みをカバーしてもらうときに深くつながります。

相手を自分の思い込みで裁いたり疑ったりするのもまた、自信のなさから発生してきます。自分を誰かと比較するのをやめ、周りが困っていることに自分の強みでカバーすることに自信を持ち、自分が困っていることで周りのカバーを頼めるような自信を持ち、本物の自信に育てていくことが自分を信じれるようになるプロセスのように思います。

人間は誰もが世界で一つのユニークな存在なのだから、子どもたちもまた同様にユニークな天性をもって生れています。それぞれがそのユニークさを存分に発揮して天分を活かしていく福世かな世界になっていければと願います。

猪突猛進?

昨日は、自然農の畑に今年2回目の妙見高菜の種を蒔きました。昨年は、虫に食べられさらにはイノシシにあちこち掘り起こされ見るも無残な状態でしたから今年は丁寧に見守りながら畑の手入れをしています。

しかし昨日、また見に行くとイノシシが鉄柵を2か所突き破り、突き破ったところから反対側の柵まで一直線に猪突猛進しているのが痕跡に残っています。何回も突進したというよりも、一度の突進で鉄柵が曲がっていましたからすごい力です。

ちなみにこのイノシシとはニホンイノシシのことです。

イノシシは成獣で、体長は100cm~170cm、体重は80kg~180kg程度の大きさになります。 体毛は明るめの茶褐色~黒褐色をしていて、色は個体差があります。そして走れば時速40km、垂直ジャンプならば1m以上を飛ぶという脅威の身体能力があります。さらに大抵の生物は鼻先が急所ですが、イノシシの場合は鼻先は強靭な武器です。 その硬い鼻先で重さ70kgの岩をも動かします。さらには泳ぎが得意で、犬かきのような動きで池や川を、時には海を泳ぐこともあるそうです。毎年中国地方から四国まで瀬戸内海を泳いで渡るイノシシも発見されています。すごい野性ぶりです。

そしてニホンイノシシは雑食性で普段は植物性のものを食べていて秋になれば冬を越すためにドングリなどの木の実、果実、タケノコ、地下茎、芋などを食べ体力を蓄えます。 動物性のものでは、ヘビやカエル、ネズミ、ミミズ、土中の幼虫などを食べます。

イノシシの天敵は、幼少期はキツネや野犬、フクロウ、カラスなどですが成獣になってしまえば現在の日本においては敵なしです。昔はオオカミがいましたから、成獣でも天敵がいたかもしれませんが今では鹿と同じく増え続けています。

このイノシシにまともに立ち向かっても勝てないので、対策として鉄柵をしましたが頭もよく賢いのでこうも毎年破られては大変ですから色々とこちらも相手のことを調べては知恵比べをしています。畑の中にあるサツマイモが狙いみたいなので、収穫までが勝負であとは柵を破ってこないのでこの先また破られたら来年は別の場所にサツマイモだけを移動させていこうと思います。

文献を読み進めると、農耕社会がはじまってからイノシシやシカによる農作物の被害はずっと続ているようです。江戸時代の文献では、戦国時代くらい前からの鉄砲による追い払いや鹿威しの設置など、さまざまな対策が取られています。

人間の数が圧倒的に増えてからかもしれませんが、お互いの境界線を超えて生息地域が重なるとお互いをどう尊重していくかが課題になります。人間だけが生きているわけではないのだからどう調和していけばいいか、色々と考えは尽きません。

引き続き、7年目になる妙見高菜を見守りながら自然から学び直していきたいと思います。

 

 

天との対話

老師の遺した有名な言葉に、「天之道、不争而善勝、不言而善応、不招而自来、然而善謀。天網恢恢疏而不失。」があります。これは「天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、招かずして自ら来り、然として善く謀る。天網恢恢疏にして失わず」という意味です。

天に問い、天が見ているとし、ありのままであるがままに生きる人は正直の徳を磨いていきます。この正直の徳とは、自分の心を天に映す鏡として鑑照する生き方を実践していくということです。

私が尊敬する吉田松陰は、その辞世の句で「吾 今 國の爲に死す 死して 君親に 背かず。 悠悠たり 天地の事 鑑照 明神に 在り。」といいました。

これは意訳すると「私は今、故郷の国のために命を捧げ死んでいきます。私は死ぬに際しても親祖や恩君へ対する道に背くことはありません。悠久に続く天地のことだからこのことは天が観てくださっている、八百万の神々、どうかご鑑照ください」と。

天が観ているという心境は、自分にとっての都合や損得、その他の利害などを優先しているのではなく文字通り天に問い天が見ているとし天の基準に沿って歩んでいくという道の生き方です。

天が見ているという生き方はとても明るくのびのびした精神を持っています。そこには自己を中心に裏表があるのではなくそのままの自分を天に見てもらっているという偉大な安心感を持っています。

自分の心に正直であるか、自分の心は真心のままであるか、それは自分ではわからないものです。だからこそそこを天に問い、天がどうなさるのかの判断にゆだねて任せて生きていくのです。

私自身もいつも真心で生きたいと思っていますが、果たしてこれが真心であったのかどうかわからないことばかりです。しかし天が見てくださっていると信じて、天の判断に任せてそれをすべて受け入れて受け止めると覚悟を決めて歩んでいけばそのすべては天の采配であったと直観し、これでいいとすべてを丸ごと受け容れることができるように思います。

この天の采配とは、偉大な天の真心に触れるということです。

吉田松陰は生き死にが判断基準で良し悪しを考えたのではなく、まさに天の采配のすべてを信じて道を貫いたのでしょう。

最後に、常岡一郎氏にこんな言葉があります。

「宝物は大切にされる。危険なところに置かないように心を配る。人の世の宝と仰がれる人がある。そんな人は自ら求めてなくても大切にされる。心の使い方の美しい人はよい運命に守られている。危ないところから遠ざけられている」

吉田松陰は俗世にまみれてなお魂を磨いて俗世の穢れを取り払い、澄んだ心を磨き切った宝だったように思います。今でも大切にされるのは、その心の使い方が美しかったからです。生き死にが問題ではなく、天命のままにやり遂げたというところに運命から守られたという余韻を感じます。

このように死してなお今でも燦然と輝き続ける吉田松陰の魂のように、天は必ずその人の天命に沿う生き方を未来永劫変わらずに応援してくださいます。私の歩んでいる道はかんながらの道、悠久の八百万の神々と共に往く道ですから常にその古の神々がいつも見ているとし天との対話を続けて歩んでいきたいと思います。

生き様

人間はその時々において学び方というものがあるように思います。例えば、様々な知識を詰め込んでいろいろな人に会って智慧を獲得していくという学び方があります。そしてその学んだ智慧を今度は、後に続く人たちやこれから学ぼうとする人たちが獲得できるように伝承していくような学び方もあります。

学び方というのは、つまりは道ともいいますが古来より受け継がれていくものであり知識や智慧というものは伝承されて次世代へと紡がれていくものです。

それを伝統文化ともいいます。

この伝統文化は辞書には「世代を超えて受け継がれた精神性」「人間の行動様式や思考、 慣習などの歴史的存在意義」と書かれています。

学び方というのは、生き方ですからその人の生き方が伝統として世代を超えて受け継がれていきます。

何を遺していくか、何を次世代へと譲っていくかと考えるときに、私はこの伝統文化の価値の偉大さを感じます。

会社や組織は、もって100年とも言われます。日本では300年以上続く老舗が400社以上あるともいいます。形あるものはいつかは必ず滅びますが、日本ではそういう伝統の精神が引き継がれて今にまで続くものが多いといいます。そこには道があり、その職種職業にも生き方があったからに他なりません。

例えば親祖の伊弉諾や伊弉冉をはじめその後に和を理念とした聖徳太子、国風文化の礎となった菅原道真などの生き方は、世代を超えて今でも私たちの暮らしや思想に影響を与えています。名前をいちいち思い出さなくても自然に自分たちの血肉となり精神となりいつまでも私たちの生活を見守り続けてくださっているようにも思います。

この伝統文化の偉大さというのは、生き方が継承されていくということです。

自分の生き方を遺すという偉業は、遠くの先まで観通し長い目で観て今何をすべきかということを問い、先人からの智慧を次世代へと揺るぎなく紡いでいくための徳行でもあります。

自分の身の心配よりも、世代を超えて子孫たちのことを慮る心はすべて思いやりから発心しているものです。

こういう志事に関われることは人生の一大事であり、何のために生まれてきたのかという答えを生きていくという生き様です。

引き続き生き様を優先し、その生き方を貫く人たちを支え、自らのその学び方生き方を高め続けて精進していきたいと思います。

 

職人の志事

昨日は無事に聴福庵の床の間に、砂鉄塗の壁が塗り終わりました。たくさんの左官職人さんたちが見守る中で、一人の左官職人が真摯に壁に向き合って黙々と塗っていく姿には深く心が打たれるものがありました。

職人の志事に取り組む姿勢、まだお若い方でしたが親方について学び、親方が見守る中で真剣に塗っている様子に講習を受けていた他の左官職人さんも次第に目が奪われていくのがわかりました。

職人たちはまるで本物の家族のように温かい感じがして、一緒にいるととても居心地がよく、楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。みんなで同じ道に生き、同じ釜の飯を食う、こんな当たり前のことが懐かしく感じるのは、それぞれが日本文化そのものの受け継いで根っこがつながっているからかもしれないと感じられました。

みんな言葉は少なくても、それぞれが材料をつくってみたり、調合を変えてみたり、また塗り方を試してみたり、正解のないものの中からもっともその素材を活かしどのような壁にするのかを研究して周りをみながら研鑽を積んでおられました。

今回、来庵された左官職人さんたちはほとんどが独立してそれぞれの場所で左官仕事を請けておられる方々ばかりでした。日ごろはみんな離れていますが、お互いにみんなそれぞれの持ち場で真摯に挑戦し努力していると思えるから存在そのものが励みになるそうです。

そう考えると、師や仲間の存在があるからその人はさらに向上していこうとする。道の中で誰に出会うかどうかは、その人の生きる姿勢で決まります。

働く姿勢は、そのまま生きる姿勢なのです。

昨日の道場では、心構えをまず親方の姿勢から学び、技術はそれぞれの現場で日々に真摯に磨き、その実践を身体と行動で示す。その生き方を確認する機会であったように思います。

昨日も道具に対する姿勢について、たとえ年上であってもそれは間違っているとその道具への姿勢を叱責したり、あるいは火加減一つにしても厳格に指導したり、あるいは塗りにくくないかと配慮をしたり、あるいは弟子の悩みを朝からじっくり聴いてアドバイスをしたりと、そこには気づきと学びが凝縮された場が醸成されていました。

今回の体験で、左官職人たちがあのように自ら学び、自らが主体的に同じ道の上で切磋琢磨していく姿に本来の学校のあるべき姿を感じることができました。

なぜあのようになるのかをもう一度見つめ直し、日本古来からの精神の伝承、さらには文化伝承の仕組みを引き続き紐解いていきたいと思います。

砂鉄の壁は、紫黒の中に星がキラキラと煌めき、陰翳の中で瞬いている宇宙のようです。この宇宙空間の中に、私たちも存在させていただいていることを改めて悟り、このことを忘れないでいようと初心を定めました。

今回の左官講習ご縁に深く感謝しております。それぞれがお元気でお志事に邁進し、皆様にいつの日かまたお会いできるのを楽しみにしております。本当にありがとうございました。

道の師弟愛

昨日から聴福庵の床の間の砂鉄塗のための準備を、各地の左官職人さんたちと一緒に行いました。夜はそれぞれ自己紹介をしながら左官の仕事や生き方について語り合う豊かで味わい深い時間を過ごすことができました。

若い職人さんたちはみんな一生懸命で、親方の指導を受けて真剣に土の配合や塗り方などを学び取っていました。親方も弟子たちや左官職人さんたちの持ち味や性格を見抜き、それぞれに必要なアドバイスやまた励ましをしていたのが印象的でした。

そこには単なる技や能力を教えるのではなく人間としてその弟子たちや職人たちが健やかに成長していくのを見守っているようにも感じ親方の愛情と仲間たちの親愛の情に心が温かい気持ちになりました。

親方というのは、その道を究めその道で先を生きた人です。その親方が自分の歩んできた道から、葛藤し悩む弟子たちに生き方を語り、その姿でこの仕事の美しさや使命感、さらには何が人生において大切なことであるかを優しく諭します。そこに兄弟子や指導を受けた先輩が、他の未熟な弟弟子たちに「親方の顔に決して泥を塗るなよ、つまらない仕事をして名前を汚すなよ、心構えが甘いものや幼稚な技能をやるなよと本気で研鑽を積むように」と親方がいないところで厳粛に指導しておられました。

こうやって職人たちはその場で一緒一体になって、心技体を学びます。優しく穏やかに見守る親方と、厳粛に指導する先輩職人、そしてそれを受けて生き方を見つめる若弟子の姿、この伝承の学び合いの美しい瞬間に立ち会えて仕合せな気持ちになりました。

今の時代は、一般的な会社では師弟関係などはありませんしあくまで仕事とプライベートは分かれていますから生き方や働き方まで指導してもらおうなどとは思ってもいない人が多いでしょうし、何かあればパワハラなどと言われ遠慮してあまり深入りしないのが今の世の中の風潮です。

しかし道に入るというのは、生き方を変えるというこですから師は弟子に本気で愛情を注ぎますし、志を持った弟子はその愛情を受けて必死に育とうとします。師弟愛というのは、教育の原点であり、伝承の要諦です。

最後に、ある若い弟子の一人が今の左官の仕事は大きな会社の下請けでモルタルばかりを塗り自分のやりたい伝統の土壁や古来からの左官の仕事ができず煩悶し葛藤している人がいました。親方が、その状態を見守りながらあなたがどうするかとその弟子が覚悟を決めるのを寄り添い見つめているのを感じました。その若い弟子は、「親方に出会わなければ一生私はこんなことにも悩むことはなかった、土(生き方)に出会えたのは親方とのご縁があったから」と仰られていました。確かな「導き」を感じた瞬間に、伝統が伝承されていく心安らかな思いがしました。

最近は私も人生の後半に降りていくなかで特に日本人の次世代の未来のことばかりを考えるようになりました。

子どもたちには「生き方を学び直すことで道は拓ける、その生き方を一つでも多くこの世に遺したい」と願い祈るばかりです。

子どもたちが健やかに自分らしい人生を歩み、日本の先人たちの智慧や文化に見守られ根とつながり仕合せに花咲、実をつけ、種になれるよう、引き続き私の天命に従って遣りきっていきたいと思います。

永久の間(トコノマ)

明日、いよいよ待ちに待った床の間の壁の砂鉄塗が行われます。1年半越しに、準備をし伝統の左官親方とお弟子さん、また技術を学びたいと各地から左官職人さんが来庵され文化伝承の場として使われます。

この床の間への私の思い入れは大変強く、この床の間の甦生は暮らしの実践の中でも特に重要な意味を持っています。最近ではマンション住まいになり、床の間がなくなってきた家が増えていますが私たちの先祖は常にこの床の間に神様を祀り大切に暮らしを積み重ねてきました。

改めて床の間とは何かと説明すると、一般的には和室の一隅が一段高くなっているところで掛軸や置物、生花などが飾られています。しかし本来の床の間は、16世紀頃に登場した書院造りに取り入れられた「主君の座」だったといいます。そこは神聖な空間で、またハレの場であり、その主人そのものが顕現する場です。

この「トコ」という響きは、「トコシエ(永久)」、「トコヨ(常世)」と同じ音を持ち、古来から「永遠」という意味で語られます。一家の求心力や、一族が絶えることなく永久に続く象徴そのものが「床の間」であり、この床の間こそ家全体の中心であると私は思っています。

またかつての暮らしがいまでも色濃く残る沖縄では、「床の間は屋敷を守る男の神様がいる神聖な場所なので、床のある和室を一番座と呼び住宅の中で最も高貴な場所である。」と言い伝えられています。実際に、明治頃までは、床の間には神様が宿ると信じられ、神様が依り代になるものを設置し、そこに神様が入ってきてくださる空間であると信じられていました。

実際に、空間という字は、「空」と「間」からできている言葉です。これは入れ物のことであり、器を示します。神様がどれを依り代に降りてこられるか、次々に家の中に入ってきてくださる八百万の神々がそこに鎮座し、その神様をお祀りしおもてなしする至高神聖な場がこの「床の間」であると私は直観するのです。

もっとも清浄で神聖なその永久の空間を、どのようにするかは聴福庵がはじまったときからの主人としての大きな命題でした。それが地球の星魂の欠片でもある砂鉄を用いることができるご縁が本当に有難く、感謝の念が湧いてきます。

この家の暮らしの中心の床の間の甦生は、すでにはじまった聴福庵の息吹と誕生の大きな節目です。これから子どもたちのために風土や初心を伝承していくために主人のいのちが入る瞬間です。

炭と鉄に見守られ、火と水に支えられ、心玉が磨かれて光り輝いていく日本刀のように和魂円満の永久の間を味わいたいと思います。

 

変化の要諦

人は誰にしろ自分の常識というものを持っています。それを価値観とも言いますが、自分の与えられた環境が当然としてそれを常識にしてしまうものです。またその人がそれまで育ってきた環境によって常識はより強く形成され、自分の見ている世界や考え方が正しいと思い込んでしまうものです。

そうやって思い込んでしまった常識は、環境が変わると取り払われるものもありますが思い込みが強い場合は無理矢理に自分の常識に当てはめようとしてしまうものです。そうすると、本来の姿も湾曲して理解したり、自分の常識と異なるものを批判したり否定したり、さらには常識に従うように強制したりするものです。

人間関係において意見がかみ合わず折り合いがつかないのもまた、自分の常識を捨てられず手放せなせず、お互いに思い込みで話が平行線のままぶつかり合うことのほとんどがこの常識を毀せないことが理由です。

常識が毀せないというのは、自分の価値観から外に出れないということでもあります。自分がこうあるべきと思い込んだり、誰かや環境にそうあるべきと思い込んでしまうとそれを当然であると無意識にそれを正当化してしまいます。そうやって一度正当化したものは、考えられることもなく当たり前のことですから間違っているかどうかなども疑問にも思わないのです。

本来、正しいかどうかや常識であるかどうかよりも大切なものが本質です。何のためにやるのかと、目的に応じて優先順位を定めていかなければ理に適いません。この理とはあるがままの実相を理解する力であり、理由や意味を常識に囚われずに素直に見極めることができる力でもあります。

常識に囚われたり自分の思い込みが強い人は、自分の価値観の視野から抜け出しませんから必然的に視野が狭くなります。その視野は、自分の殻を破れないという言い方をしたり、自分の思い込みの外には出ようとはしないとも言えます。行動範囲も視野に応じて狭くなり、創意工夫もまたマンネリ化して変化することができなくなります。

如何に自分の常識や価値観を毀していくか、そのためにはあるがままに素直に人の話が聴けなければなりません。人の話を聴く中で、鵜呑みにするのではなく相手の言葉に一理あることを学ぶ必要があります。そうするためには、その意味する理由、つまりは理念や目的を確認し、その本質に対して自分の価値観や常識を毀し続けていく変化を求めていく必要があります。

そしてそれは新しい自分の発見をし、新しい常識を創り続けていくことでもあります。自分の常識に世界を従わせようと意固地になり頑張るよりも、自分の方を新しい常識に合わせて変えていけばいいというのが変化のコツです。

そして変化のコツは、如何にその新しい自分になっていくのを楽しむか、古い自分を毀し、新しい自分に出会い続けていくかという自分の視野を広めて価値観を柔軟にしていくプロセスをたくさん持つということです。

一生の中で、狭い視野の中で居続けているとそのうち周りの環境の変化に取り残されていきます。頑なに自分の価値観や常識から抜け出さないように努力するよりは、思い切って自分の価値観よりも大切な理念や目的に向かって自分を変え続けていこうと思う方が楽しい変化に富んだ豊かで充実した日々が過ごせるように思います。

人は自分の価値観の器をどれだけ大きくできるか、如何に柔軟に自分を変え続けるかで人生の歩み方が変わります。もっとお役に立つようにと、もっとみんなの力になるようにと、目的や原点に対してサラリと変われる人はいつも本質的ですし自然体です。

引き続き、子どものためにせっかく夢に向かって挑戦していくのだから楽しく豊かに変化の日々を味わい尽くしていきたいと思います。