天の尊爵

昨日、コメントに「矢人豈函人より不仁ならんやと」ありました。これは孟子が矢を造ろうが鎧を造ろうがそれが実際の真心とは関係がないといい、その他、巫女と大工も同じであると言っている一文です。しかしこれを解釈する人は、ひょっとすると自分の仕事は選ばなければならないと思い違いをする人がいますが本来は真心はどんな仕事をしていても発揮されるものです。このたとえ話は、「道」の話をしているからです。

よく職業によって、自分は良い人か悪い人かと思い込む人がいます。職業差別などもそうですが、どの仕事であってもその人の真心が自然で無我であり、天の命に従い純粋であるのならそれは尊いことです。こういう尊いものをいただけることを「天の尊爵」とも言います。

孟子に「夫れ仁は天の尊爵なり。人の安宅(あんたく)なり。之れを禦(とど)むることなくして不仁なるは、是れふち不智なり。(公孫丑上七章)」があります。

意訳ですが、(真心は天が与えた尊い位である。これは徳を実践する人に与えられる安らかな身の置き場である。そうならずに真心があちこちと落ち着かないのは徳を実践しないからでありそれでは智者とは言わないのである。)と言います。

この「天の尊爵」について吉田松陰が孟子の講釈、講孟箚記の中で講義をしています。

「何をか『尊爵』と云う。人、本心を存し、人道に於いて失う所無ければ、仮令一時に屈抑せらるるとも、万世に発揚すべし。俗輩に凌侮せらるるとも、道を知る者には尊崇せらるべし。道を知る者の尊崇は万世に発揚するに足る。固より俗輩の凌侮、一時の屈抑の比すべきならんや。」と言います。

意訳ですが(一体何を尊爵というのか、人は人としての本質を失わず人道に間違わなければたとえその志が何かによって抑えられることがあったとしてもそれは永遠に伝道されていくものです。もしも俗世の大衆に侮られ辱しめられても必ず道を実践する人物たちには尊敬されるはずである。道を実践する人物から尊敬されるのなら、永遠に伝道することには十分である。別に一時的に俗世の大衆に邪魔されても別に一時的なものにしかならならず、決して問題にもならないことなのである。)と言います。

本来、職業というものは伝道について付属するものであり、職業に入るから道に入るのではなく、道を実践するからこそ職業が尊くなるのです。自分が実践せずに、職業だけを転職すれば道の実践者になったのではありません。そんなものは職を失えばあっという間に志も失ってしまいます。本来、自ら道を実践することでそこで徳が自然に顕れ、その徳を高め、徳に報いることで真心は次第に引き立たされてその地位を得るということです。

そもそも「尊爵」は、「尊い位」の意味ですがこの「位」という字は「人が立てる」と書きます。徳が高く実践する人は、周りがその人を立てていきます。尊爵というのは、天の道理に従い、天命に応じて、無我無心、無想無念に一心不乱に真心を実践する中で得られるその人に天が与えた天命のことです。

それは矢を造ろうが、鎧を造ろうが、巫女であろうが、大工であろうが本来は関係がなく、道を実践するものであれば、自ら省みて仁を盡していくのでしょう。

だからこそ吉田松陰はこう言いました。

『自ら顧みてなおくんば、千万人ともいえども我行かん』と。

(自分で自分の言動を顧みて天に恥ずかしくないのなら、たとえその道を一千万人が塞ぐことがあろうとも、私は全うするのだ)と。

その大義を貫く真心こそが孟子が言う、「矢人豈函人より・・」の一文の本質であろうと私は思います。

そして孔子は「内に省みて疾しからざれば、其れ何を憂え何を懼れん。」と言いました。結局は、自分の身の置き場に安心するのではなく、自分の心に疚しい気持ちが一点の曇りもないくらい内省することによってはじめて心の安宅は得られるといっているように思います。何をもって安心するかは真心の実践によります。

自分が良い人か悪い人かを自ら裁く前に、自分の真心は本当に天意に従っているか、天命に沿っているかと深く自反慎独していたいと思います。今日の実践を、また真心を盡して執り行わせていただきたいと思います。

 

 

元気になること~有り難しの直受~

かつて岡山に黒住宗忠という人物がいました。この方は、1780年の冬至の日に生まれ、代々神職の家系で育った方です。小さな頃から大変な親孝行で信心深く、20歳の時には「心に悪いことと知りながら行うことがなければ神になる」と念じて、悪しきことを思う事も行わずということを誓ったそうです。

その後、父母が流行り病で7日間の間に次々と亡くなり親孝行だった宗忠は酷く落ち込み自らも肺結核の病を得て臥せってしまいました。いよいよ医師も見放したとき「自分は父母の死を悲しんで陰気になったために大病になった。だから心さえ陽気になれば病気は治るはずだ。せめて生きている間そのように心を養うのが親孝行だ」と気づきを得て奇跡的に回復していきました。そして1814年3月19日に入浴し体を清めてお日様を拝みたいといい入浴の後、縁側に這うように出てお日様を拝みそれをきっかけに年来の病気は全快したと言います。

ここで天命直受され、「有り難し」という天照大御神の真言を得ます。この世のすべては、この「有り難し」を感得するかどうかによる。その真心を「限りなき天照神とわが心 へだてなければ生き通しなり」と詠みます。つまり自分の中の陽気が満ちないのは「有り難し」という一念が天と通じ合わないからであり、病が回復しないのは陰気によってその御心一体になっていないからであるとしました。

「いつも申し上げているとおり、道というものはまことに単純なもので、ただ私の智恵を離れて有難きのみに日を送られるならば、年もよらず、疲れもせず、うれしい面白いのみです。何事もうれしいうれしいと世を渡られれば、うれしいことばかり自然と来るものです」といいます。そしてこう詠みます。「有り難き また面白き 嬉しきと みきを供うぞ 誠成りけれ」と。

日々に如何に「嬉しい愉しい倖せ」と念じるかは、天照大御神の恩徳を感じて感謝の念を忘れていないことに由ります。太陽の真心に通じ合うことは、まるで歌をうたい踊りたくなるような心境であったと言います。純粋に御日様の光を浴びて「有り難い、有り難い」と自然に戯れて活き活きと遊ぶ自然界の生き物たちのようにその陽気を肌で感じ取った宗忠の様子がありありと浮かびます。

その後、宗忠は自分と同じように病で苦しんだ人たちのためにとそこから残りの人生は自分の体験を弘め教え、そして同様に病を得ている人たちのために尽力していきます。

その時のいくつかの逸話には病を恢復した人たちのことが沢山遺っています。

『岡山藩のさる高禄の世臣(せしん)がらい病(ハンセン氏病)にかかり、世間の噂に黒住先生のところでは難病・業病も立ちどころになおるときき、早速宗忠を訪ねて病状を述べ、どうしたら御蔭をこうむることができましょうか、とたずねた。宗忠から、『ただ一心に有り難いということを100遍くらいお唱えなされよ』との答を得たので、それに従って、1週間ほど、毎日自宅の神前で『有り難い有り難い』と唱えた。しかし、一向にしるしがない。また宗忠のもとに出向いてたずねると『一心不乱に1,000遍ずつ』との答。また1週間経ったがしるしがないので、また行くと、今度は「10,000遍ずつ唱えよ。」との答だった。その通り無念無想に1週間、1万遍ずつ毎日唱えていると、7日目に発熱し血を吐いて、疲労の果てに倒れ、そのまま熟睡してしまった。そして翌朝起きてみると、らい病の萌芽の見えていた皮膚は、すっかりなおってきれいになっていた』(「黒住宗忠」原敬吾より)

以前、私も自然治癒を深める中で「100万回の有り難う」を言うと病は治るとお聴きしたことがありました。これも同じく、黒住宗忠の言う「何事も有り難いにて世に住めば むかふものごと有り難いなり」、「有り難やかかるめでたき世に出でて 楽しみくらす身こそ安けれ」の境地を得て病転じて福になるということではないかとも思います。100万回本気で言う人がどれほどいるか、しかしそこに御日様の元気と通じる妙法があるように思います。またこういう話もあります。

『ある門人が「心の底から有り難いという心がどうも起こらないのですが・・・」と相談すると、宗忠は、こう教えた。「たとえまねでも口先でもいいから、まず朝、目がさめると第一に『有り難い』と言いなさい。それからお日様を拝んで『有り難い』と礼拝し、見るもの聞くもの何につけても『有り難い有り難い有り難い』と言っていると、自然とお心が『有難く』なります』

私も、ここ18日間の病を得て一体何の意味があってこうなるのかを向き合っていたところ自分の中に昨年沖縄で出会い、年始の伊勢神宮での御縁、「ツキ」についてのことが繋がっていることにハッと気づかされました。元気がなくなり病が出るのは「ツイテイル」と想えていないほど感謝の心が自分の中で貧しくなってくるからです。

物事は豊富になり願いが成就し、心が満たされ過ぎることで感謝は慢心によって喪失していきます。もしくは得難い感謝を「有り難し」と思わない日々を送るほど、元気はなくなっていきます。日々に自分都合ではなく、天恩の自然の徳恵にどれほどの有り難いを感じているかが「元気」を引き出していくのに深く関わっていることに気づきます。

「有り難きことのみ思え
人はただ今日の尊き今の心の」

病極みにきて黒住宗忠との御縁があったのを、御日様の御心と感じてもう一度、原点回帰して精進していきたいと思いました。御蔭様の実践を、引き続き積み重ねていきたいと思います。

 

 

先祖の生き方~人道格具一体の境地~

先日から包丁研ぎを深めていますが、歴史を辿れば日本刀にそのルーツがあることに気づきます。世界でもっとも切れる日本刀が戦後に失われてから、だいぶ時が経ちました。

それまで当たり前であった研ぎの世界も失われ、そして鍛冶の世界も同時に失われていきました。西洋から、安価で丈夫な大量生産の刃物が輸入され日本の製鉄技術もかつての玉鋼のような材料も失われどうしても外国の刃物の方が丈夫で長持ち、そしてよく切れるというようになってしまったそうです。そしてそのうちお金儲けが第一になり、善いものを造ることの優先順位が下がりますますそれまでの日本の文化であった鍛冶や研ぎは失われていったと言います。

どの時代も買う人たちの心理がものづくりの人たちに影響を与え、ものづくりの人たちの心理が買う人たちの心理になっていくのは同じです。買う人たちが安価ですぐに買換えできるような便利なものを求めれば、ものづくりの人たちもその要請に応えてしまい安物で便利なものをつくります。またものづくりの人たちが金儲けに走れば、買う人たちもまたお金だけのモノサシでものを購入するようになります。世の中は、その時代の使い手、作り手の生き方が道具に顕れてくるのです。

以前、「刃物の見方」(岩崎航平著 慶友社)の中で、「日本刀は平安朝時代のものが最高で後の時代はそれに近づけようとしているだけである」という話を読んだことがあります。もしも昭和の名刀だと威張っても江戸時代だと三流くらいで平安朝時代なら十流か十一流位で刀鍛冶の数にも入らないといいます。そこにはこう書かれます。

「刀に関する科学だけは何も進歩していません。進歩しているのは電子計算機だの、ナイロンだの、ミサイルだの、原子爆弾であって、日本刀に関する科学は、進歩どころか時代が下がるに従って退歩して、今日が一番衰えているんです。だから今の人はもう少し頑張れば、もっと古いところまでは到達できるでしょう」

これは西岡常一さんの宮大工の世界でも同じ話を聴いたことがあります。法隆寺を建てた時代の大工は大変見事であったと、その上で使っている道具や釘もまた最高のものであったと、それに近づくために組み直して学び直していくのだと言います。

先人たちの智慧が如何に優れていたか、そして後人の私たちが進歩と勘違いしている現実をどう見るか。道具や智慧については先人に敵うものは何一つなく、技術が進んで少し似せることができてもそのものになることはありません。

日本刀においては、刀の原料の玉鋼の作り方が今と全く異なるといいます。平安朝時代の刀の原料の玉鋼がどうしても同じように作れないそうです。その時代、どこでその最高の砂鉄を採掘したのか、そしてどのように玉鋼を製造したかが全く分からないと言います。同じように最先端の科学をもって同じように復元しても決して同じにならない、ここに退歩があるということです。

私たちは知識をつけてはあらゆるものを見知ったかのように錯覚します。しかしその分、昔の人たちは非常に鋭敏な感覚と直感をもって物事の本質を観得ておりました。

そしてかつての時代は、売る人も買う人も、そこに深い洞察力や哲学があり、今の時代の価値観のように安価で便利なものを必要としませんでした。そこには崇高な精神や理念があったことは道具が語っています。

時代を超えて新たに暮らしの道具に触れる中で、古民具や骨董、その他の文化芸術の中に、私たちの先人たちみんなの生き方や理念が随所にちりばめられています。なぜ敵わないか、そこには生き方が敵わないのです。

私はその時代の人々の生き方が「かんながらの道」を歩み、その理念が自然への畏敬を忘れずその精神が心魂がブレずに盤石であったからこそ、それらの至高の道具を産み出し扱うことができたのではないかと思います。

人格を道具が超えることもなく、道具を人格が超えることもないのです。自他一体のように、人道格具は一体であるということです。

もう一度、先祖たちが遺してきた偉業を省みつつ、この時代をどのようにしていけばいいいのかを考え直したいと思います。後輩に後人に笑われないないような生き方を譲っていきたいと願います。

子ども達のためにも真摯に学び直していきたいと思います。

身体と生態系

体調を崩し、改めて気づくのは生態系についてです。私たちの身体も自然が創造した自然の一部ですから、この生態系の道理は自分の内なる身体の中にも存在しています。

例えば、食べる食べられる関係で自然界は絶妙に調和しています。そこは御互いが御互いを活かし合うための共生の世界です。その調和が生態系によって守られていることで自然界は平和に安定しているとも言えます。

もしもそこに生態系が崩れるようなことが起きたなら、あっという間に自然界のバランスは崩れまた調和するまでに長い年月をかけて自然治癒していきます。何か一つの種が絶滅するだけでも、全体に与える影響は大きく、他の生き物がその代用をつとめられる場合は良いのですがそうならない場合は大量絶滅してしまうとも言います。

人間の身体もこの自然の仕組みは働いているとも言えます。

腸内細菌をはじめ、皮膚常在菌、またはあらゆる場所に何兆という数の微細な生き物たちが生息して人間の身体を活かしているとも言えます。つまり私たちは内なる身体の中に外の自然界と同じような生態系を持つのです。

その生態系は、そのまま外の自然とつながっていて外の自然の延長線上に内なる自然はあります。今は清潔に除菌殺菌し、あらゆる外界の自然を汚いものだとして排除していますが本来は外にある自然と繋がって内なる自然があるのですから生態系は結びついていたともいえるのです。

その関係を断ち切って、あらゆるものを消毒して清潔にし過ぎていたら内なる生態系も変化してしまいます。一昨年、サナダムシを敢えて自分の身体に取り入れ「キヨミちゃん」という名前をつけて共生しているという寄生虫学の藤田紘一朗博士がいることを知りました。その方は、身体で共生しているサナダムシの御蔭で花粉症にもならず中性脂肪もおちて健康になったと言います。

寄生虫を体内で育てるに至った経緯についてはこう語ります。

『排便の流れる川で子どもたちが水遊びをし,その水で炊事や洗濯をしている。実際,調査すると全員が回虫にかかっている。ところがですよ,我々から見たら,そんなバイ菌だらけの汚い生活をしているにもかかわらず,子どもたちの表情はみんなはつらつとしていて,肌もつやつやと黒光りしている。その上,アトピー性皮膚炎,花粉症,気管支ぜんそくなどのアレルギー疾患の人がどこを探してもひとりもいない。当時,日本の子どもたちにアレルギー疾患が増えだし,奇病として注目され始めた頃です。「これは回虫がアレルギー抑制に関係しているのでは」と直感的に思ったんです。』

そして「寄生虫や微生物がいない清潔過ぎる社会は、逆に不健康である」と言い切ます。

今回の急逝扁桃炎という病を得て、如何に免疫が大切であるかを実感しました。結局は免疫が下がるとそれを補うために自然治癒としての病気が発生します。そこからまた生態系のバランスを恢復させようとするのです。

自然の生態系を崩すような都市型生活スタイルを続けていれば自ずから免疫というものは低下していくのです。本来の免疫を高めるような自然に沿った生活スタイルと既存の今までの都市型生活スタイルとのアンバランスが今の身体の状況を造ってしまっているような気がしています。

これは自然か不自然かではなく、如何に中庸調和を維持するかは日頃の身体との対話に由ります。現代社會の都市化された中での生活と、田舎での生活の折り合いをどのようにつけて自らの内なる生態系を見守っていくか、、、まだ答えはでませんが今回の御縁をキッカケに改めて向き合ってみようと思います。

子ども達が将来、生態系が消失し多様性が存亡しなくていいように今の自分たちの世代で未来のことを心配した行動を一つでも多く残したいと思います。

美味しい切れ味

もともと日本では包丁という言葉を料理とし、料理する人を包丁人と呼ばれてきた記述が鎌倉時代の記述に遺っているそうです。これらの料理の定義は「切る」という文化であり、この「切る」という技法が、日本料理の原点であり、生ものをはじめ、新鮮なものを新鮮なままに料理する感覚の世界を大切にしてきたとも言えます。

日本料理で割烹とありますが、これは「割主烹従(かっしゅほうじゅう)」であり材料を切り割いてそのまま食べる生ものが主で、煮たり焼いたりするといった火を使う料理は従であるという考え方のことです。

それだけ「切る」という技法は、日本料理の代表的な文化です。そしてその「切る」ということを可能にしたのが日本刀であり、和包丁なのです。これは世界でみても、とても珍しい調理法で日本には新鮮な山の幸海の幸が豊富にあり、その「いのち」を傷つけないように壊さないようにとそのまま料理することに重きを置きました。

物のいのちを観るだけではなく、すべての生きとし生けるものたちのいのちを大切にしてきた日本人だからこそ、ただ食べるではなく、神事として食べるということを行うからこそいのちを尊んできたように思います。

今の時代は、腹を満たせればいい、慾で食べられればいいと、飽食の時代ですから食べ物も粗末にされ、あまりそれらの料理に「切る」ということの美味しさを実感する機会も少なくなってきましたが、昔の人たちは実家のよく研ぎ澄まされた和包丁を用いることで「美味しい切れ味」を知っていたように思います。

切れ味次第で、美味しくもなればまずくもなるという感覚世界を知っていたということでしょう。今は切れ味といっても、通じない世の中になりましたが本来の切れ味が分かるからこそ物の尊さ、味の美しさを知るのでしょう。

料理を今までもたくさんしてきましたが、この「切る」ということが料理であるという定義ははじめて知ることができました。日本人の料理に対するこだわりが、一体何と通じているのか。改めて、先祖たちの産み出した道具のすべては一つの理念から出来上がっていることに気づきました。

子どもに遺していきたい道具、子どもに譲っていきたい道具とは何か、これから道具を発明するときの大切な姿勢を学び直していきたいと思います。

感覚の世界~研ぎの志~

昨日、三重県松阪にある月山義高刃物店にて藤原将志三代目から研ぎについての講習を受ける御縁をいただきました。昨年から「磨く」ことをテーマに、深めていると鐵に出会い、鐵から砂鉄に出会い、砂鉄から砥石に出会い、そして研磨に辿りつきました。

研磨という世界は感覚の世界であり、この感覚の世界をどれだけ大切にするかに由ります。日頃から切れ味知り、観る目を凝らしてミクロの世界を感じることやマクロの世界を味わうことは、自分自身の感覚を研ぎ澄ませていくものです。

今回の体験でもかつて日本人たちが如何に鋭敏な感覚を日頃から持っていたかというのを実感しました。これらの日本の技術が廃れていくのは本当に辛い思いがしますが、次世代、もしくはさらに先の世代が必要としたときその技術がこの世になかったではあまりにも悲惨なことになります。

だからこそ今を生きる私たちは、ちゃんと子ども達や次世代のことを考えた志業を行う必要があるのです。今回の研ぎでもまた、その文化の一端に触れる機会になり、これら実践していく上で何よりも大切な志をいただいたような気がします。

物はモノではなく、志があります。誰がどんな思いをもってそれを造り、誰がどんな祈りをもってそれをつなぐか。つまり物はその誰がが語るから、物語なのです。たたら製鐵を遺し鍛冶をする刀匠、そしてミクロの世界を科学し研ぎの真髄を語り続け研鑽を続ける研ぎ師、そのお二人の姿から大切なことを学び直した気がします。

研ぎについては、「切れ味」という世界があることを知りました。

つまりは、物は切れ味次第で実際の素材の味も変わり、持ち時間も変わってくるということです。この切れ味が分かってくることが、何よりも最初の感覚の世界であり、これが観えるか観えないかが最初のコツのように思いました。

切れ味とは辞書に由れば、「刃物の切れ具合、才能・技能の鋭さ」とあります。他には「切れ味が良すぎる」や「切れ味が冴えた」という言葉もあります。そして私自身も切れ味については学んでいる途上で、如何に本質にシンプルに辿りつくかを思う時、そしてそれが最も正確無比で余計な言葉がそぎ落とされたとき、切れ味を思います。

切れ味については最後に印象深いことを仰っていました。

「善い研ぎ師であればあるほど、研ぎすぎることがない。」

だからこそ天然砥石を用いるそうです。これは自然の世界と同じであり、天然であればあるほど我が抜けているということです。天然の持つ砥石に磨かれるというのは、その調整力を身に着けるということではないかと直感しました。

早速実践をはじめ、境地を得てみたいと思います。

むすひ~自然のチカラ~

神道では「むすひ」という概念があります。むすひは、むすびであり、結びでもあります。また、産霊や産魂ともし発展していくことを顕しています。

よく神社には「おみくじ」というものがあります。これはその時々の神託を心を澄ませて聴くことで、また一つ御縁を学ぶためにもあります。よく占いでおみくじをひく場合もありますが、本来は何を教えてくださっているのかと心静かに素直に拝読していくことが「むすひ」の意味と合致しているように思います。

そもそも造化発展していくむすひのチカラというのは、自然の持つチカラでもあります。自然界は全てを無に帰そうとするチカラが働きます。それに対してもう一つ自然は、共生というチカラを使いその無に帰そうとするチカラと融和しようとします。これらの矛盾は自然の持つ本来のハタラキであり、それらを総じて「むすひ」と呼び、魂をこの世で磨いていく環境になっているともいえます。

畢竟、この世に存在するということは魂を磨きにきているということもここから分かります。

では神社の意味が何かということをここから深めてみると、やはり魂を磨くために存在するように思います。祓い清め、掃き清め、心を澄まし自然の霊亀に心身を委ねて原点回帰していくことは穢れを洗うことにもつながります。これらの清浄化することは、先ほどの無に帰すことと同質化しています。そこに融和するハタラキである共生が出てきます。神木に苔がむして何百年もこの世に存在するように、杜は共生を顕し、その杜と共生することで魂磨きの砥石にします。

これは人間と菌の関係も同じく、御互いに弱いところを補って共に助け合い共生することで自然に無に帰すチカラに融和しこの世に末永く遺り御互いを見守り合うことで魂磨きを成就させるのです。これこそ偉大な「むすひ」の徳恵です。

かつてから流れている自然界にある一本のせせらぎ、そしてかんながらにある一本の道、そこには共に助け合いそして結びあった足跡が遺っているものです。

おみくじひとつひいたなら、それを見て天の助けが入ったことを感謝しその真心と如何に自分の真心が結ぶか、大吉か凶かが問題ではなく助けてくださっている御蔭様を感じるその共生感謝の念こそが何よりも大切だと私は思います。

日々は自分勝手に解釈をして、本当にその人が伝えてくる真心をうけとらず、自分の都合ばかりを優先しますが、少し謙虚に物事を偉大な大恩人、尊敬する祖神を前に教えていただいているという気持ちで聴けるようになりたいものです。

魂磨きは磨くことに目的がありますから、永久に途上です。

私が子ども達の発達に関心があるのも、この「むすひ」のチカラを信じているからかもしれません。何を守ることが、子どもを守ることか。発達とは発展の権化です。子ども達のためにも、縁結びを大切に助け合い見守り合う生き方を譲り遺していきたいと思います。

先祖の真心

日本には古来から山岳信仰というものがありました。山を畏敬し、山から学び、山と生き、山に棲むのです。今での古神道では、その太古からの信仰を伝承しているところが多いと言います。

私も物心ついた時から地元の霊山によく登山し、知らず知らずに沢山の恩恵を受けてきました。齢を経てからさらにいくつかの御縁の深い山との出会いがあり、あらゆる面で助けていただいているように思います。

この御山というものは、民俗学の伝承で柳田国男は農民の間に日本古来の信仰があったといいます。春になると「山の神」が里へ降りてきて、「田の神」となって稲の生育を守護し、稲の収穫が終わる秋になると再び山に帰って「山の神」となる、という信仰です。これは祖霊とか穀霊、水や木の精霊といったもので、古神道の原形でそこには身近な動物が、神になぞらえられたり、神のお使いとされました。「山の神」なら猿、狼、猪、大蛇、熊などがまた狐は冬から春にかけて山から降りてくるため稲荷神として信仰されています。

御山を信じ、その御山に棲むものを神様の依代であると崇拝し御山の持つ清々しさや畏敬、その他を感じ取っていたということかもしれません。そして山々にも個性があるように思います。私の人生でよく接している山々、富士山、高野山、三輪山、英彦山、鞍馬山、大山、どれも同じような山とは感じません。

不思議なことですが、私たちの先祖に山岳信仰が山の気というものがありその山々の持つ神聖なものを感じているように思います。そしてその御山を産土として祀り、奥の院は山頂、もしくはもっとも深い場所へ、麓には神社を設けました。その御山との御縁を結び、御山を中心に暮らしを行った形跡があるのは間違いありません。

毎年、御山に来ると荘厳な気持ちになり、様々なインスピレーションがあるのはその御山との御縁を感じるからかもしれません。御山に入り、御山の霊気に触れるということが元気を確認することになり、その元気によってまた山を下りて平野で活動していくのです。そう考えると御山と縁結び、山に棲み山から降りて山に帰ってくる。水の流れとともに沢になり川になり海になり雲になり雨になって戻って来る。水の流れと同じであることを感じます。そして水が最も澄んでいるのは山から湧き出してくる水です。この水のおいしさをいのちは知っています。

西行法師が伊勢神宮を参拝した際、「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」という詩を詠みました。

御山にはいつも助けられており、同じように有難い存在に「かたじけなく」感じるものです。今年の年頭祈祷でも御山に触れる機会を得て、御山の存在に学び直しができることを有難く感じています。

先祖の真心に触れ、先祖の真心に近づいていきたいと思います。

 

心身一如~心の観ている世界に近づく~

物事という出来事には光と影があるように、それぞれに別の側面を持っています。例えば、嬉しいことがあればその陰には悲しいことも同時に増えていくとも言われます。勝負の世界なども、勝ち負けがある以上、どちらかが笑いどちらかが泣くというように側面が発生します。

人生も同じようにこの側面はどんな出来事にとっても発生しているとも言えるのです。人生の意味を深めていると、この側面について考えることで人生の妙味を感じることができるようになります。

一見、それは禍に見えているようなものが実はそれが福になったり、一見、失敗に見えたその出来事がその後の人生の大成功につながったりと、目先の自分の小さな視野では理解できないこともその意味を深める力があれば別の側面から冷静に観察することができるようになるということです。

人間は自分の執着を持ち、その執着ゆえに一つの側面にしがみ付きたくなるのかもしれません。そんな時、どうその側面以外の側面を見出し、丸ごと受け止め受け容れて「見方を転じるか」、言い換えれば違う側面を見出すことができるかがその人の心の能力ではないかと思います。

以前、小林正観さんの著書で「見方道」についての内容を拝読したことがあります。小林正観さんは、自分を見方道の家元になりたいと修行を積まれたそうです。「見方を変えればすべては味方になる」というような具合です。具体的には、あらゆるものの見方を「うれしい・たのしい・しあわせ、感謝の心」で観直そうという技法です。

これは先ほどの側面をどう悲観を楽観にするか、それだけではなく全てを必然と転じるときの心の技法のひとつのようにも思います。人生は決して良いことだけではなく悪いこともある、しかしその見方を転じ切ることができるならそれは全て至善になることだということでしょうね。

これらの側面というのは、全体で循環しているものとも言えます。雨が降って嫌な思いをする生き物もいれば、それで救われる生き物もいる。自分にとって都合が悪くても、周りにとっては都合がいいこともある。全体にとっては善いことになっているという見方もあるように私は思うのです。

もしも地球全体で他力が働いている時、善いことにしてくださるのなら諦めてみようと思うものです。もしくは、きっと地球や循環が元にしてくれるのだから安心して委ねてみようという心境のことです。

畢竟、人生は天命があり運命に従い天寿を全うするものです。どうなるか分からなくても、委ねていけばどうにかしてくださるものです。思い通りにいかなくても、その側面では思ってもいないような偉大なことを成し遂げていたり、思ってもいないような幸運や恩恵をいただいているものなのです。

そういう側面を見る力がついてはじめて心の技法を身に付けれているといってもいいのかもしれません。心神一如というか、絶対安心絶対積極の元気のチカラは無我の中にあるように思えてなりません。

日々は自分で見ていること以上のことが本当に沢山発生しています。

見方を大きくすることや、見方を沢山持つことや、見方を換えてみることはすべて心が観ている世界に近づくコツのように私は思います。生き方上手というのは、別に世渡りが上手いことをいうのではなくこの見方が上手な人を言うのでしょう。

子ども達のためにも、どんなことが起きてもそれを全て至善に転じて歩んでいけるような大人のモデルを目指していきたいと思います。

ありがとうございます。

 

 

心の正体と心の素養

人間には「心」というものがあるということは周知の事実でもあります。人に心はあると思いますか、ないと思いますかと聞けばほとんどの人は「心はあると思う」と答えます。

しかしこの「心」というものはではどこにありますかと聞けば、その人たちは胸のあたりであったり頭であったり、身体全体であったりとはっきりしないものです。

この「心」というものの正体、それを見極めようとした方々は過去にも沢山おられました。自分が人間で人間を学ぶ以上、心の問題は避けては通ることはできません。自分自身を知ることは人間を知ることであり、人間であるには心を知る必要があるからです。

この「心」は、子どもをみていても伝わってくるものです。心のままに生きている子ども達は心を素直に発揮します。しかし次第に大人になってくると、その素養にはっきりした差異が出てくるように思います。つまりは「心が強い」かどうかという心の素養に差が出てくるのです。

生きてきて「心」をしっかりと感じられる人に出会うとその人たちには共通の素養が備わっていることに気づきます。それは素直さや正直さ、感謝や謙虚さが心から滲み出ているような素養があります。同じ心があったはずが、なぜこのように心に差が発生していくのか、ここに人間の正体があるように思うのです。

臨床心理学の河合隼雄さんが下記のような言葉を遺されているそうです。

「人間、自分に本当の自信がないと、謙虚になれない。そして人間、自分が本当に強くないと、感謝できない。」

という言葉です。

これは人間、心に自信があれば常に謙虚であるし心が強いと感謝し続けているという捉え方もできる言葉のようにも思います。つまり心の素養がある人こそが謙虚であり感謝ができているということではないかと私は思いました。

そしてこれらはある徳目の実践によって磨かれるように私は思います。一つは「信じる実践」と「御蔭様の実践」です。心の強さというものは、現実に対してそれを破る自分の信念とも言ってもいいかもしれません。そしてさらに心の強さはその人が何を信じているかという自分の信じていることを遣りきるとき強くなるように思います。人が何を信じて生きていくか、それは修行に誓いのかもしれません。しかし、信じることが行であり、行が信じているということですから「信じる実践」をしなければいくら思っていても心は自信を喪失していくでしょう。

もう一つの「御蔭様の実践」は、誰かの目を気にして言う有難うではなく、いつも見守ってくださっている存在に陰ながら感謝し続ける実践のことです。私も御蔭様日記を日々に書いていますが、目に見えないあらゆるものから目に見えるあらゆるもの、そして自分を支えて見守ってくださる全てに有難うを祈る実践です。これは現状での人間関係で何が起ころうとも自分が相手を信じる力に転換されていきます。どれだけ陰ながら周りの人々に感謝の言葉を発しているかが御蔭様に顕れます。そうして心が強くなれば、より先ほどの信じる力にも相乗効果を発揮します。

心の素養というものは、心を高め続ける実践によって磨かれていくものです。

一度きりの人生をどのように解釈し、一度きりの人生をどのように意味づけするかはその人の心ひとつです。その心の素養を高めることは、きっと人生を七色に彩り豊かにしていくことと思います。そしてそういう人の周りにいる人たちもまた、同じような心を持つことが出来、そこから人間の住む世界が次第に変化していくように私は思うのです。

総じて「心」はどんな時も生き方の中にあると思います。生き方の中とは、その人間の一生と呼んでもいいのかもしれません。私が思う心の正体、また心はどこにあるのかと聴かれたら生き方の中にあると言うのかもしれません。

どんな時代であっても、心を学ぶことは大切なことのように思います。日々の内省によって自分の心から学び直すことばかりです。子ども達の安心のためにも、心がどうなっているのかを語れる自分でありたいものです。