好循環の実践

古語に「勝ちに不思議な勝ちあり 負けに不思議な負けなし」があります。この言葉は江戸時代の大名で剣術の達人でもあった松浦静山の剣術書『常静子剣談』で出てくる言葉です。

これを紐解けば「道にしたがい、道をまもれば、勇ましさがなくても必ず勝ち、道にそむけば必ず負ける」と記されています。

この考え方は、百戦錬磨の場数を踏んだ実力のある人が持つ境地のことでありこの時の不思議な勝ちとは何かということです。この不思議というものを少し深めて見たいと思います。

不思議というのは私にとっては他力のことです。自分以外のチカラが働きそのチカラによって物事が動いていくということです。自分は何もしていないのに、自分の思っている以上のことが起きて結果的に勝ってしまう。まさに運の善さというか、好運をいつも持っている人は不思議なチカラでいつも幸福に恵まれていきます。また逆に何をやっても不運である人がいます、自分の力を頼り自分の力のみを信じてやっていてもいつも邪魔が入り負けてしまいます。この理由は何か、それはチカラというものの理解に由ると私は思います。

もともとチカラとは何か、それは自分が引き寄せるチカラのことです。それを王道や自然の道といってもいいかもしれません。どんなに自分が頑張ってチカラを入れていても、それが自然の流れとさかさまであれば動かすのは至難の業です。しかし、もしも自然の流れに従って重力や引力を活用し上から下へとチカラを活かせばほとんど自分の力を使わなくて頑張らなくても少しの工夫で自然に重たいものは動かせます。

このようにもともとあるチカラを用いることは自分の力ではなく、「御蔭様のチカラ」を活かそうとする考え方です。これを道ともいってもいいかもしれません、自然のチカラを使えるようになるには他力が観える必要があります。

例えば運の善い人がいます、まずそれは物事が動くのは自分のチカラだと慢心していない謙虚な人のことです。なぜ謙虚な人が運が善いのか、それは周りの御蔭様に気づいて感謝しているからです。周りが動いてくださっているからと周りが動いてもらえることに素直に感謝する心が他力を活かすことをその人に感得させます。その他力のチカラが観える人は、自分が何をすれば周りがもっと動くのかを知っています。これは自然に精通しているといっていいかもしれません、こういう無我の境地を持つ人はいつも真心を活かして真心を盡すことが出来るのです。

古語に「積善の家に余慶あり」という諺もあります。善いことを積み重ねていく人はいつもなぜか不思議なチカラが入り好運が起き続けていくということです。これこそまさに不思議の価値を知り、その不思議がいつまでも続くように謙虚に好循環の実践を日々家人たちが積みかさねているのでしょう。

また負けに不思議の負けなしというのは、全部自分に何らかの問題があるということです。負ける人は自分には非がない、自分のせいではないと、いつも自分の言い訳をします。また自分が言い訳をするのは自分がやっていると勘違いしているからです。御蔭様が観えない人には、自分がさせていただいているとは露ほども思わず自分がやっているから上手くいっているという勘違いをしてしまいます。自分がやっているのは、あくまで御蔭様の他力を引き出す努力であって自分がやっていることはないのです。人の道は、謙虚さや素直さ、また感謝の心でいることで道に従い道にそむかないことになることを言うのでしょう。

好循環の実践を行うことで確かな勝ちを積み重ねていくことこそ古今一流の流儀だと思います。世界でも通じる本物の実力者とはみんなこの共通の境地を会得しているように思います。

子どものためにも、どんなときにも好循環の実践を繰り返し積み重ね余慶を愉しみ真心を盡していきたいと思います。

京町家の心構え

昨日、1700年創業で12代薬業を商ってきた京都府下京区の伝統的商家の京町家泰家を見学するご縁をいただきました。ここ泰家は幕末の大火で焼失後明治2年に建てられた京町家です。

建物は築140年ほどになりますが、代々家に続いている暮らしや文化、その生活の本質は今もなお継続されその佇まいから家の息づかいを感じました。現在、郷里の町家再生に手掛けていますが家が喜ぶ使い方とは何か、家主としてどうあるべきかなど、子ども達のためにどのようなことを遺せばいいか、その他、秦様より体験からの示唆深い気づきを教えていただきました。御縁に深く感謝しております。

昔から日本には「場」や「間」、「和」という考え方があります。例えば「場」というのものには場力というものがあります。現在ではパワースポットとか言われ、ブームになって旅行するときの目玉になったりしていますが本来は「場」は日本人にとってなくてはならない大切な感性の一つでした。

自然界の中でも、土地にはその土地に場のチカラがあります。その土地のチカラを観えるようにして神社が建っています。また人が集まるところにも場ができます。この時の場は、人物によって場が醸成されます。松下村塾の吉田松陰なども同じく場を創造したとも言えます。

昔から私たちは暮らしの息遣いを通してその場を発酵させてきたとも言えます。私が郷里で行う高菜漬けについても、その自然農の田畑をはじめ漬物の発酵場、一年のめぐりなどを通してそこには確かに暮らしが誕生し「場」が創造されるのです。

この「場」のチカラというのは、自然のチカラの一つであり人間が本能的に持っている大切な能力の一つでもあります。今の時代はこの「場」というものをあまり活用せず知識や頭でっかちになり場を壊していることにも気づかないように思います。

例えば、無機質の狭い会議室の中で蛍光灯が明々としている中で語り合うのと、神社仏閣のような美しい境内で穏かな風や光、鳥の声や水の音、植物たちや木々に囲まれる中で語り合うのとではその「場」のチカラによって語り合いはまったく異なるものになります。

私たちは心を原点回帰するとき、もしくは平常心というものを取り戻す時、「場」によって活かされて心を研ぎ澄まして洗い清めていくのです。家というものは、家主がいてその家主の生き方や暮らし方、その日々の心の様相が永い年月で醸成され息遣いの中に残存して「場」が生まれるのです。

京町家といっても、今では外国人たちの間で町家泊がブームになり不動産をはじめ外国人の資産家がリフォームをして貸し出したり、ちょっと古く質の高い町家があれば飛ぶように売り買いされているとも言います。暮らしの息遣いの方には一切目もくれず、日本風の建物に泊まって雰囲気を味わってもらうことで旅行の目玉にしています。

観光の本来の意味はそのものの持つ徳性を発見しその徳性によって己を磨くことを言います。家には主がいますから、その主とその家人たちの暮らす「場」を実感し、その一家が持つ佇まいや息遣いを感じることが本来の家の学び方だと私は感じます。

私たちの会社も一家にして4年目になりますが、その家の人たちの生き方や日々の実践、家風とも言える家人の風格が次第に家を形成していくのを感じます。初代の当主が何を大切にして代々に初心や家訓を文化として継承してきたか、それをどれだけ永い年月をかけてその後受け継いだ人たちが大切に守り継承してきたか、その目には観えない永い時間のシステムの中に本当の真価が遺っているのです。そしてこの日本人の生き方こそが真の財産であり、国の宝です。

泰家のような国の宝に気づける国民性を育てることが、国を存続させることだと私は感じました。子ども達にとってこの古民家は、家が見守ることを伝承するものであり、家の中の暮らしが日本人としての原点を伝授してくれるものです。家は教師そのものなのです。家と教育は決して切り離すことはできないのです。

今回の訪問で子ども第一義における古民家再生の意義を改めて感じ直し身が引き締まる思いがしました。引き続き、何度も深めながら改めて家にある暮らしの息遣いから生き方を教えていただき、町家の原点、町人そして商人の心構えとは何かを学び直していきたいと思います。

本当にありがとうございました、今後ともよろしくお願いします。

日々新たな感性

人間の感覚と言うのは、集中力を発揮するときに活かされるものです。今まで気にしなかったものが突然目に入ってきたり、今まで感じることがなかったことが突然感じられたりするのは五感が活用されているからでもあります。

例えば一つのことに集中していると、それに関する物事や出来事ばかりが繋がっていきます。同じ景色であったとしても、その人の観念によって見える景観が変わっていくのです。これはその時々の感性や心の様相でも変化していきますがその観える世界がどのようになっているのかを自らで確認していくことで自分自身を知るキッカケにもなるものです。

しかしこの集中は時として強い思い込みにもなったりします。もしも自分見た世界でのみ世界を視れば、その世界しか存在しないようにしてしまいます。それを価値観の窓ともいいいますが、自分自身の価値観でのみ物事を観ていたらその価値観だけを正しいと信じ込み真実や現実がたとえ事実と違っていても思い込んでしまうものです。

一度その価値観に囚われればその中でいくら考えてみても、自分の価値観を抜け出すことはありません。そうなってしまいと思い込んでいることが強すぎて誰の話も聴こうとはせず、何のアドバイスも受け容れることができなくなります。これを固定概念とも言い、自分がきっとこうだと思い込めば思い込むほどその思い込みの世界が実現するように五感が働いていくのです。例えば疑い出せばキリがないように、いくらでも自分の思い込みで見える世界を変換してしまうのです。

このように人間の五感も使い方次第で、善きにも悪しきにも使い分けることができるものです。しかしまずその五感を磨ぎ澄ますことが大切なことのように私は思います。五感を磨ぎ澄ますというのは、「思い込まないこと、先入観を持たないこと、自分の価値観に固執しない」ことです。

これを融通無碍ともいいますが、言い換えれば素直な心を持つということです。

素直な心があれば、こういう見方もあるんやなと思ったり、それも一理あると感じたり、間違っているのは自分かもしれない、非があるのは自分の方にもあったと素直に反省して自分の価値観を柔軟にして円熟させていくことができるからです。

人が生長するというのは五感を使って新しい世界を変革していくことだとも言えます。時代がどんなに変わってきても、それに応じて自分自身を変化させていくという柔軟性。この中にこそ、進化成長、温故知新の人間の自然の姿があるように思います。

五感を使わないで頭でっかちになんでも知識のみで補おうとする中に、心の用い方の訓練や感性の磨き方の必要があるように思います。本能が減退しないように、常に物事をゼロベースにしていくこと、常に本質は何かと深める工夫がその人をその人らしくしていくように思います。

子ども達のためにも、日々の変化を味わい愉しみながら日々新たに感性を磨いていきたいと思います。

近代史から学び直すこと

明治のことを調べていると、そこには近代日本に向けてどのように変革が行われてきたのかが観えてきます。開国を迫られ、不平等条約を結び貿易をする中で如何に西洋が持っている技術を自分たちが取り容れて対等に貿易をしようかと急速な変化を優先した結果がその当時の様子に見てとることが出来ます。

西洋の持つ人工的な科学力、その文明を真似て自分たちのものにしようと貪欲に学びこんだ人たちが近代化を促進したのです。それまでに築いた循環型の暮らしを手放し、西洋と同じく消費型の暮らしに変わったのもこのころからだったように思います。

ちょうど明治に入ったころ、「御雇い外国人」という人たちがいました。約数千人の御雇い外国人を世界から招き学校をつくり様々な教育を行い技術者を育てていきました。

その中の一人に「大日本」を記した英国のヘンリー・ダイヤーがいます。この方は工部省工学寮(東京大学工学部の前身)の教頭に任命され多くの日本人に技術を教育してくださった方です。近代技術工学の父と呼ばれ、エンジニアリングとは何かということを常に優先して指導に当たったそうです。著書「大日本」では東洋の小国がわずか30年で近代化を果たした原動力は何かを解き明かしています。

彼の指導を受けて建築家の辰野金吾やアドレナリンを発見する高峰譲吉、土木技術者、工学者の田邉朔郎など多くの人材を輩出します。

「理論に実践が伴って初めて工学の価値が生じる」という信念を持ち、理論よりも実践を重んじ大学在学中の5年間の中の2年間は常に現場で場数を踏ませて学ばせることを重んじました。さらに、社會を換えるもっとも影響があるのは「ものづくり」をすることで改革されるとし、エンジニアとは社會を変革する人物でもあるとしました。

そのヘンリー・ダイアーはこういう言葉を遺しています。

「これまでさんざん言い古されてきた、『日本人は非常にモノマネが巧みだが、独創性もなければ偉大なことを成し遂げる忍耐力もない』といった見方は、余りにも時代遅れというものである。」(ヘンリー・ダイアー著『大日本』より)

実際に指導にあたったヘンリー・ダイアーは、この逆を見ていたということです。日本人はあっという間に西洋の技術を自分たちのものに変換していきました。実際に日本に来て次々と形にしていく技術者の姿に如何にその評価が間違っていたのかを記しています。

また指導にあたり日本人の特徴や特性も見抜いています。

「日本の学生は、何でも本から学ぼうとし、それよりもはるかに大切な観察と経験を疎かにする傾向がある。・・・工学に携わる人は、どんなに立派な理論を知っていても、知識だけの人にはなってはいけないし、また、どんなに器用でも、無知であってはならない。」(明治 第二集 模倣と独創~外国人が見た日本~ 2005.4.16 番組内の説明より抜粋)

知識だけの人に成ってはならない、器用でも無知ではならないと言います。つまり経験と場数を踏んで現場から学ぶことの方が本よりも価値があると言います。理論より実践を伝えてくれた教師だったからこそ、日本の近代化は進んだとも言えます。

しかしヘンリー・ダイアーは晩年に日本の未来を憂い下記のようなことを記しています。

「日本人は自分たちの国をすばらしいものにし、国民の生活を充実させるためには、西洋の科学と文明を利用すべきだが、同時に、日本人の生活と品性の特性を持ち続け、その個性を失わないようにすべきである。みずからの過去を忘れ、独自の特質とを棄ててしまうような国民には、真に偉大な国民となる資格がないし、またなれるものではないのである」

そしてこうも言います。

「日本は強大であるだけでなく、善良な国でもあることを示してほしい。」

その後、理念なき成長が軍事大国へ向かうことになり戦後の今の日本があります。今も昔も何よりも大切なのは、日本人らしい日本人としての成長であってその理念や理想を優先して日本人の徳性や品格、その歴史や個性を失わないことです。

近代史は、直近に先祖たちによって行われた私たちの歴史です。その歴史をよくよく検証し学び直しこれからどのようにかじ取りをしていけばいいかを決めるのは今の私たちの使命であり未来の子ども達の為にも私たちが向き合わなければならないことです。

引き続き、暮らしの再生を通して譲っていきたいもの遺していきたいものを深めていきたいと思います。

観光の本質

時代と共に言葉の意味は変わっていきます。それはその時代の人たちの価値観によって言葉は変化していくからです。かつて使われていた言葉が、かつてと同じように使われていなければ同じ言葉でもそれは全く異なる言葉になってしまいます。

何かを深めていくとき、その言葉がどこからはじまったのか、その語源が何かということを調べることはとても大切なことです。それはその意味を自分なりに深め、なぜ今のような言葉になったのかの経過を知ることになり、そのものの本質を再確認することが出来るからです。

例えば、「観光」という言葉があります。この言葉は本来、中国にある「易経」の「観国之光」から抜粋された言葉です。意味は、直訳すると「他の国へ行って、良い点を見て学んでくる」ことになります。

この言葉が日本で使われるようになったのはちょうど幕末の頃、アメリカと条約を結ぶための使節団が乗った船に「観光丸」と名付けたことが、日本で「観光」という言葉が使われた起源であるとも言われています。そして大正以降、「tourism(ツーリズム)」の訳として用いられるようになり、昭和に入り観光は旅行や娯楽、遊興、物見遊山や見物のように使われています。平成になると、娯楽、遊興、余暇や余興を楽しむことのようにその意味は変わっています。

本来、この観光の意味する観るのは光、この光とは文化のこと。正確には「観國光」という意味であり、言い換えるのならクニに暮らす人々の精神性、生き方、生き様、さらにはその国の持ち味、徳性、美点、善いところなどを見極めることが観光の醍醐味でもあります。

人々がその土地に行き、観光をするというのはその土地の大切な文化を学び直すことです。そしてその風土の文化に触れて、その文化の美点を吸収し、善いところをたくさん学ぶために行う学問の実践ということです。

同じ言葉であっても今の時代の観光とかつての人々が行った観光が異なるのは言葉を見れば明白です。だからこそ、その土地や風土の観光を考える人たちは本来の意味での観光を見つめ直さなければならないと私は思います。

なんでも経済とばかり結びつけてしまうと、儲けることばかりや儲かることばかりで営利を優先して本来の観光からかけ離れてしまうこともあります。以前、ある観光地へ訪問したときその場所でお店を出している人たちはみんな都会から商売のためだけに週末にきて稼いで帰る人たちばかりで地元の人たちはほとんど誰もいませんでした。

いくら観光名所にしたいからと、本来の意義や目的が変わってしまえばそれは単なる娯楽場所で終わり行楽は流行がありますからいずれは廃れるのが目に見えています。その土地の文化、その美点をいつまでも錆びさせないように磨き続けて光らせ続けるのが私が思う観光の本質です。

古民家の再生をしながら、家をただただ磨き続けていますがその磨き続ける先に強度の未来が光ってくるようにも感じます。子ども達に美点や良い点、また徳性や風土歴史の素晴らしさを伝承していけるように暮らしの再生を実践していきたいと思います。

他力

人は思い通りになったことを良しとし思い通りにならないことを悪いと思うと感謝の気持ちが薄れていくものです。本来、思い通りになるということは自分の思っている世界の中で自分の思うとおりになっただけの話で目を見開いて大きく視野を広げれば思った以上のことが起きていることに気づくものです。

この思った以上のことが起きていると感じるチカラというのは、他力のチカラを観ることに似ています。他力本願という言葉も、思った通りになることを良しとすれば他人がなにかをしてくれるのを期待するように誤解されるのでしょうが思った以上のことが起きていると自覚するのなら本来の意味で理解できるようになると私は思います。

自分の周りでは、自然界が循環して已まないようにあらゆるものが御縁で循環しています。自分の一挙一動が与える影響は大きいもので、それが全体に大きな影響を与えています。自分の思った通りというのは、たまたま目に見えた状況がそうであって実際は目には観えないところではまったく別の真実が発生しているのです。

だからこそ全体を観る人は常に他力を観ることを忘れないようにするのです。そこから思っている以上のことがどのように起きてくるのかを注意深く観察するのです。よく泰然自若している人をみると、別に度胸が据わっているだけではなく自然に最終的にはどうなるのかを直感するのです。

それはただ全力を盡せばいいのではなく、もちろん人事を盡すことは大事なことですが自分が何を実践していれば最終的にはどのように他力が働くのかを知っているのです。

例えば自然農でいえば、相乗効果を発揮して見守り育てた作物が実をつけます。これは直接的に何かをするだけではなく、間接的に自分が行っている実践をも加味して全体で関わります。自分だけの力で育てられるはずがなく、そこには自分以外のチカラが働いてその作用で育つのです。

こういう見守りを感じるチカラというのは、他力を感じるチカラと同じです。信じるということも同じく、他力を引き出す大切な要諦になっているように思います。そうやって間接的なチカラを信じることを「運」とも言います。

この運を伸ばすことをどのようにするのかは、日々のその人の過ごし方や信じ方に懸っています。思った以上の日々を生きることは幸福に満ちています、引き続き子ども達の未来を信じて実践を大切に積み重ねていきたいと思います。

暮らしの再生

昨年より「暮らし」について考える機会が増えています。この暮らしとは何かといえば、私の定義では生き方のことで道のことです。どのような道を歩むのかが暮らしの本質であり、道があるから暮らしがあります。道なきところに暮らしはなく、どのような道を歩むかが暮らしの再生とも言うように思います。

昔は人々が歩いていくところに道ができました。山野にいけば、獣道というものがあります。自然農の畑にも、雑草の合間に小さな道ができています。そこを通っている動物たちが何度も何度も行き来するうちに次第に道ができてくるのです。今は道をアスファルトで固めてしまっていますから、通ろうが通るまいが道ができたままで存在していますがかつては通らない道はなくなっていったのです。

つまり何度も往来するからこそ道ができ、その道が絶えないのはそこに歩んだ暮らしがあったということです。

例えば今はあまり神社に参拝する機会が少なくなったように思います。古来から私たちの先祖は受けた恩徳を忘れずに感謝の心で謙虚に暮らしていました。そのことから神社への参道はその往来の中で真心が洗い清められ清々しく澄んだ空気が道に宿ります。

それをある時期から宗教だと分別され、本来の暮らしの中にあった神道も今では暮らしから引き離されたところで理解されていることも増えているように思います。古来のかんながらの道には、常に御縁を信じて御縁に活かされその天恩や徳恵、御蔭様を忘れずに暮らしてきた様子が随所に遺っています。

遺っているものを省みると、その時代時代に生きた人たちの生き様が道として顕れます。その道とは「暮らし」のことで、その暮らしが受け継がれてきたことで道は存続してきたとも言えます。

その道が変わってしまうということは、暮らしが変わってしまうということです。暮らしは生き方でもありますから、生き方が変われば生き様もまた変わります。日本人としての生き方、日本人としての生き様、世界は多様性を発揮する時代に入っていますから私たちの個性の大元である日本の真心がなくなれば世界で活躍できることが少なくなるかもしれません。

子ども達は今のような答えのない時代、さらに発展すれば近い将来にはそれぞれの持ち味を活かして世界に貢献していくことになるのでしょう。その時に如何に多様性を持つかは国家の存続と大いに関わっています。日本人が世界で活躍できるように私たちは暮らしを持つ必要があります。暮らしの再生とは、日本人らしくあることの再生でもあります。

引き続き子ども達のためにも暮らしを見つめ直し、道を歩んでいきたいと思います。

内省の実践

人はどうありたいかを決めたら実践し近づいていくしかありません。自分の理想とする自分に近づくことは夢をカタチにしていくことでもあります。その時、もっとも大きな課題は自分に打ち克つことができるかということになってきます。

自分自身の心情のコントロールができるようになることが実践の意義のようにも思います。例えば、したくないなと思うことを敢えてやることや、先延ばしできることを今やること、また面倒だなと思うことを丁寧にやること、こういう一つ一つの実践の中に実践の醍醐味があるとも言えます。

先日、理念の話の中で忙しくなって余裕がなくなると理念から離れてしまうという相談を受ける機会がありました。その際、理念ができるかできないかよりも忙しいけれど忙しくしないことや余裕がないけれど余裕がないようにしないことが実践であることを話しました。

つまりは、「ふり」をすることも大切な実践であるということを言いました。この「ふり」というのは「振る舞い」のことです。これは先ほどでいえば忙しくないふりをすることや余裕があるふりをすること、他にも愉しそうなふりをしたり、笑顔を絶やさないふりをすること、この振る舞いは行動のことであり、実際の心情とは異なっていても行動の方を変えてみることです。

実際に自分の心情に嘘をつかないとそのままであればそれが自分の目指す姿から遠ざかったり周りに悪影響を与えることがあります。そんなときは振る舞いを直して自分自身、己との対話をして己に打ち克つしかありません。そうやって振る舞いという行動を変えていくことが実践であり、これらの実践を積むことで次第に日常の自分自身も次第にその振る舞いの心情になってきて平常心が醸成されていくように思います。

そして実践を続けてたら、自ずから自分自身の振る舞いのおかしさに気づき、「ふり」を正すことができます。それが続けば、「他人のふり見て我がふり直せ」という 工夫ができるようになります。人は結局は己自身との向き合いによって変化するものだから、みんな自分自身と正対していくしかなく、そこに実践することの必要性が出てくるのです。

また我がふり直す内省を通して己自身の中に感謝の心や御蔭様を忘れていたことを知り、反省して振る舞いを変えていきます。振る舞いが変われば心情も変わり、次第に謙虚で素直な自分に近づいていきます。

実践の大切さは、我がふり直す内省に気づけることです。

子ども達のためにも引き続き、内省の実践を積み重ねていきたいと思います。

愛着

町家の修理を行っていく中で愛着ということを考える機会がありました。現在、一つ一つの古いものをリメイクし修理して価値を再定義し今の時代の暮らしに甦らせています。

業者に頼んでリフォームというものもありますが、自分自身の手で一つ一つリメイクするとその道具に愛着が湧いてくるのです。愛着を辞書で調べると『[名](スル)なれ親しんだものに深く心が引かれること。あいじゃく。「愛着がわく」「愛着を深める」「古いしきたりに愛着する」 』とあります。

慣れ親しむもの、これは馴染むとも似ていて次第に自分のカラダの一部になってくる感覚のことだろうと私は思います。何度も何度も使っているうちにその場数によってそれが自分と一体になった感覚を持つということです。

人は何度も何度も活用しそのものを大切にすることによって愛着が湧いてきます。この「愛着が湧く」というのは、泉から滾々と湧き出てくる水のように湧き上がってくる状態になるということです。

人の心というものや人の情というものは、慣れ親しみ馴染むたびにどこからか心情が豊かになっていくものです。豊かな心情を持つ人はみな、この愛情を注がれ愛情を感じ、愛情と接していくなかで育ってきたものです。

子ども達は愛情いっぱいの中で育てば自ずから愛着を持つようになります。しかしその愛着は、大切にすることや愛情を注ぐこと、そして丁寧に丹精を籠めてそのものと対話し接する中で生じてくるものです。

現在のように使い捨てが優先されていく世の中においては愛着はなかなか生じにくいかもしれません。永く使ったもの、ずっと一緒に活かし合ってきたもの、そして暮らしの中で伴に生きてきたものには魂が宿っています。滾々と湧き出る愛情は滾々と注ぎ込まれ滾々とまた愛情の輪を循環し湧きだすのです。

その魂を慈しむように味わい、その魂と触れるように接することが愛着を生じさせていくのでしょう。愛を注がれて愛を纏っている魂は、仕合わせそうな雰囲気を醸し出します。そしてその醸し出す雰囲気が人から可愛がられさらに愛が深まっていきます。愛着を持つ人はいつも愛の中に在って愛の循環を通してさらに仕合わせに生きていけるのです。

自分自身がどれだけ慣れ親しみ馴染み愛着を持つのか、それは暮らしの再生と深く関わっているように私は思います。引き続き、将来の子ども達が深くあたたかい愛着をもって仕合わせに育っていけるように私自身の実践を深めていきたいと思います。

奥ゆきのある暮らし

「奥ゆき」という言葉があります。奥ゆかしいという言い方もしますが、これは表から奥までの距離が深いときに使われるものです。またこれを人に例えると、知識・思慮・人柄の奥深さで使われます。この奥ゆかしさというのは、慎み深さになり日本人の大切にしている心とされてきました。

この奥ゆかしさというのは、町家の再生を通して何度も感じ直します。特に町家は、繊細なつくりで奥行きがあります。今、復古創新している聴福庵も間口を入った隣から部屋から一列に三室あり、その奥に庭がある造りになっています。奥に光が差し込み明暗が織り連なる様子はまるで神社の杜のように物静かで落ち着きます。

この「奥ゆかしい」とは何か、少し深めてみたいと思います。

この奥ゆかしさの「ゆかしい」は、「行く」の形容詞化したもので心がそちらにひかれるさまを言います。他にも慕わしく心ひかれるさまにも使います。決して派手ではなくても深み懐かしさを持っているさまの意で人にも自然や感覚的事象などにも用いられる表現です。

この奥ゆかしさというのは、穏やかという言葉と共に用いられることが多く人柄や雰囲気の中に和の心があるということでしょう。この穏かで奥ゆかしい人とはどのような人物であるか、それは謙虚な人物ということだと私は思います。

つまり徳を磨く精進を怠らず、克己復礼に自らを高め続けている人物とも言えます。そういう人物は自ずから次第に品格というものが備わってきます。そこから上品であること、謙虚であること、慎み深い穏かな人物像が出てきます。世間では、控えめで出しゃばらないことを奥ゆかしいと勘違いしている人もいますが、実際の奥ゆかしさとは隠れた日々の鍛練と実践によって磨かれて薫るものです。

この町家の中の奥ゆかしさは、日々に家を手入れし怠らず日々の暮らしを丁寧に生きている人たちの情緒深さ、また奥にいけばいくほど魅力があることを感じます。表面上ばかりをよくみせて中身がない建物というものは、奥ゆかしさを感じません。それよりも表面はシンプルで質素であっても、中に入ってみたい、奥行きを感じてみたい、好奇心から奥がどのようになっているのかを知りたいと感じられることが奥ゆかしさの価値だと私は思います。

そしてそのように奥ゆかしさを引き出すことができるのは、その人物や家に「思いやり」があるからです。表面上の対話ではなく、深く相手を思いやっている人はその思いやりの中に奥行きがあります。聴福庵の目指す聴福人の姿もこの奥行きのことで、対話を通して「きっとこの方にも私には分からない何か大切なことがあるんだろう」と傾聴すること、そしてきっとまだ奥があると共感し受容すること、最後はその真心に感謝するということを実践目録としています。

奥ゆきのある暮らし、奥ゆきのある人々、奥ゆかしい生き方を子ども達には譲っていきたいと思います。引き続き、復古創新をしつつ日本人としての暮らし方を観直していきたいとおもいます。