同道志の御魂

今年も有難いことに無事に松陰神社に参拝することができました。また神社の近くの吉田松陰の墓地には、美しい花々が活けられ丁寧に手入れをされていました。

吉田松陰はその当時は処刑された罪人ですが危険を省みず17名の志士たちがその名を刻んだ水盤や花立、灯籠が供えられています。純然たる魂が感応し、その真心と意志を受け継ぐ者たちとして不退転の初心を決心したものだったのだろうと私には感じました。

志士たちというのは、我が身よりも大切なもののために生き切ろうとします。魂を優先して大義を盡す真心の生き方を師弟一体に学んだんではないかと静かに目を閉じ共感すると心に観えてきます。

そして吉田家の墓の中に吉田松陰を見守るように正面から見てすぐ右上に高杉晋作の墓もあります。

一緒に至誠の道を歩んで共に真心を盡した生涯の同志だったのでしょう。それは師弟というよりは、まるで同じ人物が容を変えて顕れているようにも感じます。魂というものは研ぎ澄まされ磨かれるほどに同一化していくのでしょう。

この同志の間には、道があることを実感する関係を吉田松陰と高杉晋作は築き上げました。今ならはっきりと自明するのですが、吉田松陰の「至誠」に対して、高杉晋作の「面白く」は同一のものです。

言葉の解釈というものは、その人の感じ方に由るものですが真心を盡すにはふざけなければならないのです。それだけ世の中というものが、本質的ではなくなっているからです。あの当時の吉田松陰は狂人や狂気だと周りに評されましたが、今の時代でも本質を維持しようとしたら変人やキチガイだと嫌われるものです。魂を優先するというのは、他人の評価など気にせずに信念を持ち、本質を最期まで貫くということですから他人ごとのような生半可な生き様では決して到達することもできません。

高杉晋作と吉田松陰の獄中からの手紙のやり取りの中に下記の文があります。

「世に身生きて 心死する者あり 身亡びて魂存する者あり 心死すれば生くるも益なし 魂存すれば亡ぶも損なきなり」

世の中に迎合し、知識ばかりを詰め込まれ刷り込みと妄想の中で生き流されるだけで死ぬなら心は失われてしまいます。如何に魂を優先するかは、初心の実践と本質の練磨によるものです。それを自分が先に生き切って省み発見したことを弟子に伝える「命懸けで生き方を教えている」松陰の真心の後ろ姿を感じます。

私にしてみれば真心を盡すというのは、面白きことのなきこの世を面白くすることです。与えられた天命に感謝し、真心こそ自然一体の御魂であると心に刻み、今を愉快痛快に遣り切って古来からの至誠の道を受け継いでいきたいと思います。

魂の指南書~循環する魂~

17歳の頃から数えて21年間、毎年、この時期に山口県の萩市にある松陰神社に参拝にきています。ここには青年期より憧れた吉田松陰の魂が息づいていて、自分の生き方と照らし合わせては四季を振り返っています。

魂の先輩に触れることで、どれだけ魂を磨いてきたか、体験を気づきに換えて如何に学問を深めたかを確認するのです。松陰神社の中にある、ある一角に心が穏やかに澄む場所があります。

同じように思想を遊ばせるとき、死生を超えたところで魂が触れ合うのかもしれません。ご縁は本当に不思議で、現実にはいない人であっても心中にはいつも生き続けている人がいます。自分もそういう生き方をし、子どもたちに永遠永劫の勇気を与えられるような大和の風土になりたいと願っています。

吉田松陰に留魂禄があります。これは死の直前に書かれたもので、いわば遺書のようなものです。この世と別れる最後の最期に記した思想は、魂の指南書とも言えます。命懸けで学び、命懸けで弟子たちに教えたものは何だったか、そこに全て籠められています。

「今日死ヲ決スルノ安心ハ四時ノ順環ニ於テ得ル所アリ 蓋シ彼禾稼ヲ見ルニ春種シ夏苗シ秋苅冬蔵ス秋冬ニ至レハ 人皆其歳功ノ成ルヲ悦ヒ酒ヲ造リ醴ヲ為リ村野歓声アリ 未タ曾テ西成ニ臨テ歳功ノ終ルヲ哀シムモノヲ聞カズ 吾行年三十一 事成ルコトナクシテ死シテ禾稼ノ未タ秀テス実ラサルニ似タルハ惜シムヘキニ似タリ 然トモ義卿ノ身ヲ以テ云ヘハ是亦秀実ノ時ナリ何ソ必シモ哀マン 何トナレハ人事ハ定リナシ禾稼ノ必ス四時ヲ経ル如キニ非ス 十歳ニシテ死スル者ハ十歳中自ラ四時アリ 二十ハ自ラ二十ノ四時アリ 三十ハ自ラ三十ノ四時アリ 五十 百ハ自ラ五十 百ノ四時アリ 十歳ヲ以テ短トスルハ惠蛄ヲシテ霊椿タラシメント欲スルナリ 百歳ヲ以テ長シトスルハ霊椿ヲシテ惠蛄タラシメント欲スルナリ 斉シク命ニ達セストス義卿三十四時已備亦秀亦実其秕タルト其粟タルト吾カ知ル所ニ非ス若シ同志ノ士其微衷ヲ憐ミ継紹ノ人アラハ 乃チ後来ノ種子未タ絶エス自ラ禾稼ノ有年ニ恥サルナリ 同志其是ヲ考思セヨ」

果たして今の私は吉田松陰のような循環を、今を本気で生き切っているか、自分の生が後の世の子どもたちの教えになるような生き様であるか、ここに来るといつも未熟な自分を恥じ入るばかりです。

いのちを懸けて教えてくださったその魂の生き方を、守り通したいと思う同志は今でも産まれ続けています。私のようなわかりづらい人間に着いてきてくださる方々、支えてくださる方々がいてくれるのも、どこかに吉田松陰の見守りがあってかもしれません。

人生とは「四時ノ順環」である。

魂も自然の循環であることをしかと肝に命じ、何事も至誠と真心、正直に素直にかんながらの道の実践を盡していきたいと思います。

 

 

 

昴年会~忘れるものと忘れないもの~

昨日、大掃除が終わった後、社内にゴザやちゃぶ台を出し古民家調にアレンジして忘年会を行いました。今年は魚醬を用いた出汁に、昔ながらの手作りで作られた練物を入れて美味しいおでんを皆で食べました。

また夕方からは、福岡の自然農園の田んぼではじめて無肥料無農薬で収穫した御米の籾摺りを手作業で行い、その玄米を伊賀焼の土鍋で炊いて一緒に食べました。それに自然発酵のマッコリや、ドイツの白ビール、自然酒やなつめやしの焼酎など、本物に囲まれた贅沢な素食を味わうことができました。

里山でもなく田舎でもなく古民家でもなく、都庁の隣の新宿のオフィスの中でも創意工夫すればいくらでも生き方も働き方も直すことができます。

また忘年会ということもあり、苦労は労いゆるしては、楽しいことはより楽しくなるように一年の思い出を深くじっくりと味わいます。なんだか忘年会というと、世間では大酒を飲み大騒ぎをして嫌なことを忘れてしまおうという勢いですが、私たちの場合は実践できたこと、またその仕合せ、御縁を味わい引き続き理念を大切にしようといったまるで同志と楽問をしているようで有難い時間になりました。

本能は本物を尊びます。それは本物を本能は感知することができるからです。私たちは古代から今まで、どのように暮らしてきたか、そこにはご縁を大切にし感謝をおもてなしに換え、心の穢れを祓い清めて魂を磨いていくようなことをしてきたのではないかと感じます。

冬至を過ぎ、新しい太陽が昇るとき祖神達は心を澄ませたのでしょう。

色々なことがあっても、一円観、全部善いことに転じていくのは「子ども第一主義」があるからです。理念に助けられ、初心に救けられ、道を歩んでいけます。忘年会を通して、忘れるものと忘れないものをまた再確認できました。

最後に、「昴」という星があります。

昴は一つの星ではなく、その星の周りに在る星々の星団のことを言います。一年一年、一人ひとりが時を経ることで内省により魂が磨かれ光輝きまるで一つの大きな星の光のように煌いていく・・・一人、深夜に公園を歩いて帰りながらそんな「昴年会」であったと感慨深い時間を過ごしていました。

来年もまた昨日のような光煌く昴年会になるように日々に信を入れ、素直に内省を深めて精進していきたいと思います。

メンターとメンティ③~仲間の絆~

メンターとメンティという相互の関係についてもう少し深めてみます。

映画の三銃士を会社で見る機会がありました。先日からメンターとメンティの在り方を深めているのにちょうどよく、仲間を通してどのように人物が関わり合っているかを関係性の中から再認識することができました。

三銃士で有名な言葉は、「みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために」があります。映画ではこれを「一心同体」と訳していました。

アトス、ボルトス、アラミスという国王直属の精鋭部隊で近衛兵でもある銃士隊で名を馳せる人物が三銃士です。そこにダルタニアンといった銃士を夢見る新人が入ってくるという話です。

これは会社でも同じく、生き方や哲学、そして実践をしている先輩に対して後輩が入ってくるのに似ている関係です。三銃士は絶妙な見守りを通して、仲間との信頼、結束の強さ、守るものの価値、自立しているモデルを自分たちのありのままの生き様を通して見せてはやらせてみて志に信を入れていきます。

もっと簡単に言えば自分のありのままの生き様を見せて本人に考えさせ、そして本人なりにやることを認めて覚束ないところはフォローしてあげるというように寄り添い大切に見守っていきます。

何かこの通りやれと指示命令をしてやったことだけを評価するのではなく、自分たちの生き方や生き様で手本を見せてはやってみろと挑戦を促し、その上でできないところはいつでもフォローするという安心感を与えます。そのフォローは出来事だけに限らず、ダルタニアンの向こう見ずで気が強い性格の弱点なども見抜き、三銃士は陰ながらフォローしていきます。

その中でダルタニアンは次第に助け合いを学び、成長し、立派に銃士として自立していくのです。

そもそもメンターとメンティとは、互いに信頼し合っているから絆が結べます。それは言い換えれば「一心同体」の関係です。それを仲間とも言います。この三銃士の話が美しいのは、本質的な仲間意識を観るからです。それは単に強い集団といるから安心というわけではなく、「一心同体」だからこそ安心だということです。

家族や真の仲間といった心の絆の清らかさと美しさを大切にしている安心です。

メンターとメンティとは生き方を通して、同じ生き方に共感し、その生き方をできるように見守り合い育ち合う存在ではないかと私は感じます。この関係は志と共にする生涯の「友情」と呼んでもいいのかもしれないし、同じ理念を掲げて命を懸けて共に戦う「戦友」と呼んでもいいのかもしれません。

そういう「真の仲間」に自分自身の心が絆を結べ、廻り合えることは何よりも仕合せなことだと思います。孔子や仏陀、キリスト、吉田松陰、同じ師を持つ弟子たちもまた、メンターとメンティだったのでしょう。

最後に、ダルタニアンは国王や王妃を助けた褒美として銃士隊になることを認められます。その信条は、国王を守るということの本質として真実、勇気など大切な生き方を貫くように約束します。

そしてダルタニアンがつい昔の癖で一人で何かを遣ろうとするときに、三銃士はその若者を引き留めこういいます。「みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために(私たちは一心同体だ)」と、いつも仲間と一緒に闘うようにと促すのです。

三銃士はとても興味深い映画で、ここでは本当の強さというものは自分のみの力を頼り一人でやることではないと教えが入ります。真の強さとやさしさは、仲間の絆であるというストーリーです。

今の時代、なんでも一人でやることばかりを教育され刷り込まれてきましたが一人ひとりの真の自立において「仲間の絆」というものが如何に大切か、改めてメンターとメンティとの関係から観直してみたいと思います。

 

 

表現が自由~人格~

自由の森学園の音楽祭の2日目を見学しましたが、初日とは変わってそれぞれのクラスによる合唱が行われました。それぞれにクラスの個性があり、歌をよく聴いていたらそれぞれの色が観えてきます。

合唱というものは、呼吸を合わせて気持ちを合わせていくことで一体感が生まれその協力し合う一体感に人間は感動するのかもしれません。音楽ということの本質を主体的な発表を通して学び合う善い体験になっているのではないかと思いました。

私の昔の学校時代は、音楽の授業は好きではありませんでした。毎回、意味もわからずに無理に歌わせられ、歌えば間違いを指摘され、何回も間違ったところを歌い直され、何の興味のわかない歌を只管に授業が終わるまで練習させられます。学校のテストのように正解かどうか、ちゃんと教科書通りかが優先させられまったく楽しい思い出がありませんでした。

1回の本番の達成感のために音楽を利用するのも一つの考え方ですが、私にとっての音楽は鳥の声や川のせせらぎ、木々の風に揺らぐ音や、動物や虫たちの鳴き声です。神社にいけばいつも穏やかで静かな音楽が流れ、いつも一体感を感じています。

音楽の愉しさは、自分の心の中の自由に由ります。

自分の心の中に自由はあるのだから、それを自分でどう掴んでいくか、そこには音楽が大いに助けてくれると思います。学生時代は学校への反発からかバンドも組み、編曲しライブもし、オリジナルで歌を表現し、今では社業で歌を作詞し一緒に歌い充実した今を演出するためにも音楽を用いています、

自由を求める心に音楽を活用するというのは、新しい発見がありました。今後の社業でもさらに活用してみようと思います。

自由というのは、自由か不自由かの自由はありません。本来の自由とは、そういう比較対象するものを超えたところに存在するものです。自由が分かるのなら自立するというのも、それは自らが自由に気付ける人格を備えているからということなのでしょう。

マハトマ・ガンジーに「私は人格をすべて表現するために自由を望む。」があります。

よく表現の自由とか言われますが、表現が自由なのです。

如何にオープンにいるかというのは、如何に自由でいるかということです。自分の本心や本音を隠したままで我慢をしては人格を表現することはできません。自分の人格のままにいられるのは周囲をはじめ自分を信じるからです。

周りに迷惑をかけなくなるのは、そこに全体への思いやりが育つからです。つまり思いやりのない自律などなく、周りにオープンではない自立など自由ではないのです。

引き続きどのように自由な環境によって子どもたちの心が育つのか、じっくり観察し探究してみたいと思います。

メンターとメンティ②~信の徳~

メンターとメンティ①のブログで紹介した上杉鷹山と細井平洲は、互いに見守り合う関係においてとても参考になります。

上杉鷹山は、第九代上杉藩主として立派に藩政を改革し立て直し、終生民の幸せに尽力した人物として今でも名君と慕われます。この上杉鷹山が十四歳のとき、二十三歳年長の細井平洲と邂逅しメンターとメンティとして互いに真心を通じ合わせてお互いの人生に多大な影響を与え合います。

その細井平洲は享保十三年(一七二八)に、尾張国知多郡平島村の農家の次男として生まれ、名古屋、京都、長崎で勉学を積み重ね、後に江戸で塾「嚶鳴館」を開き、諸国の人びとを指導していました。尾張藩校明倫堂の初代校長でもあります。
この細井平洲の教えは知行合一であり、これを鷹山は『学・思相須つ』、つまり「学問(学んだこと)と今日(現実)と二途にならざるように実践実行せよ」といつも話されたそうです。すなわち、学問をするということは、知識を得るためだけのものではなく、学んだことを生活に生かして実践しより善くしていくことだと断言していました。

いつの時代も知識と行動が分かれているのは、知識ばかりに偏り大量に詰め込んできた教育の弊害ということです。「知ることはできること、わかることは努力すること」と私もいつも話していても、どうしても現実が変わらないのはそれだけ教育が生き方に影響を与えたものだからです。生き方を変えるというのは、人生を変えるということですから知識だけで変わるはずもなく、どれだけ善き習慣を与えるかということなのでしょう。

この二人のメンターとメンティのやり取りの中で、私がとても大好きな見守りのエピソードがあります。それは鷹山が、初めてのお国入りに当たって平洲に会って助言をいただいた時の話です。

鷹山は尋ねます「私は幼いままで藩の人々に藩主として臨むことになります。不安で心が落ち着かず、薄氷の上を歩むような気持ちで怖くて緊張しています。私は一体どうすればよいのか、ぜひ教えてください」と。

それに対して平洲は「藩主となるあなたに最も大切であると思うこと、お手本にしたほうが善いと思うことはもう全て教えています。あなたは、これからは「現実の政治」を実践していかなければなりません。藩の人々の暮らしを豊かにしていくためには、まず自らが身を正しく修めて、絶えず努力して、自分の信じるところを貫いていかなければなりません。」と語り掛けます。

そしてここからが大好きな名文「勇なるかな勇なるかな、勇にあらずして何をもって行なわんや」です。

意訳ですが「『自分を信じる』、これは勇気のある者だけができるのです。勇気ですよ!勇気なくして、どうして政治ができるでしょうか!いよいよその時が、やってきたのです。」と話すのです。

これに鷹山は「大事なことを教えていただきました。私は終生このことを帯に書いて忘れないようにします。」と答えたのです。

ここにメンターとメンティの生き方と働き方が合致したのを感じます。共に人生の中で、大事な局面において何よりも学び合っていたのは本気の覚悟です。知識として教えただけではなく実践も同時に教える。これがメンターの役割ではないかと私は思います。

知識だけでは人生は何一つ変わることはありません。人生とは、生き方が何よりも優先されそれに付随して知識が必要なのです。知識で先に刷り込まれてしまうと、その根本を見失ってしまうのかもしれません。実践の大切さが維持されるのは、メンターとの邂逅を求めるその人物の真摯な人生との向き合いがあるからでしょう。

今まで当たり前すぎて「勇気」というのをあまり考えてきませんでしたが、勇気とは人生の大事な局面において信じ合っているからこそ出てくるものなのかもしれないと考えるようになりました。信じているから勇気が出る、勇気が出るのは信じ合った証そのもの。

そしてその信の形として顕れる勇気こそ、「信の徳」なのかもしれません。

いつも勇気を与える存在になり、いつも勇気をいただいている存在であることを忘れないでいたいと思います。

メンターとメンティ①~親切という生き方~

メンターという言葉があります。

これはギリシャのホメロスの叙述詩『オデュッセイア』の登場人物である「メントール(Mentor)」という男性の名前から来ています。このメントールという男性は、オデュッセウス王の友人でもあり、王の息子テレマコスの教育を託された賢者でした。

そのメントールは王の息子にとり、生き方や判断のモデルとなり、指導者、理解者、支援者といった見守る役割を果たした人物です。このメントールが英語でメンターと言われるようになりメンターの対象者が「メンティ(Mentee)」ということになります。私の主観ですが、日本では吉田松陰と高杉晋作のような関係や、細井平洲と上杉鷹山の関係もまたこのメンターとメンティの関係のように思います。

もともと人は一人でやっているようで一人でやれることはありません。その人が結果を出せるのは、その陰に見守ってくださるメンターたちがいてはじめて事が実現します。

何かあればいつもメンターが助けてくださっているからこそ、メンティは立派に事を成し遂げることができ、メンターもまたそれを支援することでその人自身が志を完遂するのを惜しみなく助けるのです。

もともとメンターというのは、困っている人を助けるような存在です。つまりは見返りを求めない親切さがあるものです。今まで私がお会いしてきたメンターもみんな本当に自分のことを実の息子のように可愛がってくれて惜しみなく智慧や励ましやアイデアをいただきました。

その御蔭様をもって今日があり、今日があるのはメンターとの出会いがあったからと断言できます。そしてメンターもまた、メンターがいて同じようにメンティでもあったのです。

人は生きていく上で、実践モデルは必要です。自分にすべてをさらけ出して命を懸けて大切なことを教えてくださる存在がメンターです。教わる方もそれを命懸けで学んでこそはじめてメンティとも言えます。

つまりはメンターとメンティは共に本気であること、同等の覚悟をもつもの、道を共にし志を同じくするものたちがそう呼ばれるのではないかと私は思います。

善いメンターに出会いたいのなら、善いメンティにならなければなりません。つまりはお互いが「生き方としてのモデル」になったとき、ホメロスの叙事詩に画かれるような素晴らしいご縁や出会いの物語に恵まれるのです。

親切にしていくこと、親切にされたことを周りへお返ししていく生き方がメンターとメンティを育て、そしてその両方が子どもたちがお手本にする生き方の実践になって学問の素晴らしさを伝え、世の人々との関係を好循環させていくように思います。

自分がメンターでもありメンティでもあるのだから、常に学問は命懸けで実践していきたいと思います。コーチングもカウンセリングもどれもこれも基本は親切心と真心ですから常に自分の魂に問い出会いを磨いていきたいと思います。

心の原点回帰~もののあはれ~

昔から日本には八百万の神々という思想があります。これは万物の全てには神様が宿っているという意味です。つまりすべては丸ごと神様であるという考え方です。

これは西洋のように人間と神とを分けて考えるのではなく、自然界の仕組みのように人間を中心にするのではなくすべて丸ごとを中心にするという考え方です。

しかしそれを感じる力を持つというのはモノやコトの中に真心を感じる感性がなければそれを実感することはできません。つまりは江戸時代の国文学者の本居宣長が言うように「もののあはれ」を直感できるかということによるのです。

「もののあはれ」とは何か、本居宣長はこう言います。

「世の中にありとしある事のさまざまを、目に見るにつけ耳に聞くにつけ身に触れるにつけて、そのあらゆる事を心で味わい、そのあらゆるの事の心を自分の真心でありのままに知る。これが事の心を知るということであり物の心を知るをいうことである。物のあはれを知るということである。そしてさらに詳しく解釈するならば、ありのままに知るのは物の心、事の心であり、それらを明らかに知ってその事のあるがままのかたちに動かされるままに感じられるものが”もののあはれ”なのである。」

この「あはれ」というのは、哀しみのことを言うのではなくありとあらゆることを直感する感性のことであろうと思います。自他一体の時に実感する、繋がりや絆、そのご縁を尊重するときに自分が渾然一体になっているものの変化と同化しているときに味わっている感覚のことです。

なぜ「もったいない」という言葉があるのかは、そこには心があるからです。心があるからこそ粗末にしない、心があるからこそ大事にする、そのモノもコトにも、確かな心が関わりいのちが存在しているからこそ大切にしていこうとする思想です。

今の時代はありあまるほどに存在するモノやコトに囲まれています。一歩外に出れば、そのモノやコトの情報が氾濫し、内に戻ればそれを持ち帰ってしまいます。穢れを祓い清めるというのは、心を亡くしてしまったものを取り戻し、それをキチンと整理整頓し清潔にシンプルにしておくということなのでしょう。

自分の心と感情を澄ましていくというのは、「もののあはれ」を感じられる状態にいつも自分を維持していくことだと思います。それはモノやコトをどれだけ大切にしているかですし、内省によってどれだけ丁寧に暮らしていくかということでもあります。

何でも雑にしていたらそのうち心は亡くなって、モノだけではなくコト、そしてヒトやタカラまで失っていきます。沢山いただき恵まれているものに感謝の心がなくなってしまったら、それは何よりも悲しく不幸なことです。

常に「もののあはれ」を感じる心は、心が清く明るいままで維持されるようにその汚れをきれいに払しょくし洗い流すような実践が必要になるように思います。日々に穢れなくさっぱりとしている自分かどうかを確かめ、余計な雑念に大切な理念や初心を忘れないように平常心を磨いていきたいと思います。

あの美しい自然、今朝の綺麗な朝の光のようにいつも心の原点回帰をしていきたいと思います。

役割意識~人生の目的~

北米インディアンの諺に「7代先の人達のことを考えて生活しなさい」があります。ちょうどこれは200年から300年くらい先のことを考えて今を判断しなさいという教えです。

人は判断をするのにどれくらいの長さで物を観るかでその哲学が変わってきます。今が過去の集積によって存在していることの実感は、同じように先祖たちが考えてくださった未来を今を生きる自分たちが感謝し子孫へ譲っていく思想です。

例えば、食糧でも同じく自分たちの代で食べ尽してしまえば必然的に子どもたちの時には残っていません。子どもたちが貧困で苦しい思いをしてほしくないという思いは誰だって子どもが産まれたら願うものです。そして戦争でも同じく、自分たちの代で戦争をすれば子どもたちには戦禍を遺すことになってしまいます。子どもたちが悲劇に見舞われないようにという願いは同じように誰にでもあるのです。

しかし今の人たちは意図的に操作された自我優先の慾環境によって盲目に刷り込まれ自分たちの身の上のことばかりを思い煩い、先々のためにどう生きるかということを優先することができません。まるでそれは自転車操業のように、走り続けなければ倒れてしまうと思い込んでいるように働きに働きづくめで忙しさに心を取り戻せません。

空の悠久に流れる星々をみつめて今世の自分の役割を果たそうなどと考える時間もないほどです。

北米のインディアンたちは、太古の昔から「自分のいのちは役割を果たすためにある」といった哲学をもって生き抜いてきました。何よりも優先するのが使命や役割だったのです。「グレートスピリッツ」という全自然の偉大な大生霊の循環によって産み出された自分の存在を生き活かそうとするのです。

それは自分が男や女、またどの家系に紐づいているか、その今の自分そのものの全体の中の役割に生き切ろうとするのです。

その役割についても徹底してて、部族の役割の頂点にいるのが酋長です。この酋長は全ての物を全ての人に分け与える存在として選ばれます。従って酋長は一切資産資材を持たず、一族の中では最も質素な暮らしをしていて全体のために自分の役割を生き切るのです。

役割意識というものは、何よりも大事な意識です。

自分の人生を役割だと思えるか、その役割を果たそうと実感できるか、そこには謙虚な生き方があります。自分の生とその自分に与えられた役割に素直に感謝できるとき、今の自分が見守られていることを知ります。そして満たされている存在、足るを知ることによりその御蔭様に対して御恩返しをしたいという願いがでてきます。

その時、はじめて自分がどう生きたいか活かされている自分をどうしていきたいかという人生の目的に出会うのです。

どんな人もどんな動物草木昆虫菌類、無機質のものにいたるまで役割があるから一緒に暮らしているのです。お互いが違う役割を求めるとき、人は生きる意味を見失うように思います。

自分探しや自分の目的など色々と彷徨っている話を聴きますが、大切なのは与えられた役割に気づき役割を果たすことに専念することのように思います。

「自分のいのちは活かされている」という実感があって人は目的に出会うのでしょう。

役割を果たせるように今日も未来永劫に続き未来の子どもたちと、宇宙や世界全体のために今できることに専念していきたいと思います。

 

この酋長はもっとも

私たちの実践~守りたいもの~

今の時代は経済優先の競争社会が当たり前の環境の中に蔓延っています。豊かさの定義は経済力でありその経済力というパワーを持っている人ほど豊かであると周りも羨ましがるものです。

実際に世界では経済力を持たなくても仕合せに暮らす人々もいます。それはかつての先住民族や農耕民族、今の西洋文明が入り込んでいないところで何千年も前から同じ暮らしをする民族たちです。

以前、ブータン王国のことを調べたことがありますがその発展の度合いを測るのにGDP(Gross Domestic Product/国内総生産)ではなく、GNH(Gross National Happiness/国民総幸福量)を使っているとありました。

つまりは幸福の定義をお金ではなく、仕合せかで量ろうというものです。簡単に言えば、どれだけ今の自分が豊かであるか貧しいかを量るブータン独自のモノサシを持とうというものです。

グローバリゼーションが広がると、そこには今までの豊かさを経済の持つ豊かさに変えてしまいます。今までの「ゆったり生きること、手間暇をかけること、一緒にやること、楽しく面白く過ごすこと」を優先してきた先祖たちの生き方を、「早く効率よく済ませること、便利であること、一人でもできること、勤勉にやること」を優先する生き方に変えてしまい、その分だけお金(豊か)が得られるという謳い文句で人々の生き方を操作していくのです。

人間の慾を優先するか、それとも自然の道理に沿う命を優先するか、それを決めるのは自分自身なのです。

敢えて今の時代に刷り込みを取り除こうとするのであれば、心を強くしていくしかありません。心が本来の目指す生き方を選ぶなら環境に左右されない真の強さを育てあげていけるからです。本来の生き方を守りながら文明と上手に付き合っていける国際世界人に近づいていくからです。

今まで人間は何度も文明の崩壊を繰り返してきました。それは歴史を観れば一目瞭然です。あれだけ繁栄発展した古代文明も等しく滅んでいます。しかしその中でも滅ばずに生き残っている先住民族たちがいるのを忘れてはなりません。その先住民族たちがなぜ今も生き残り今でもこの世に存在するか、そこに共通するものが悠久を生きる鍵なのです。

私にはそれは自然に沿って暮らし、人との結びつき大切にし絆を守った人たちに観えます。

果たしてこのままどこまで人間の慾が金融を操り臨界期まで突入するか、原発の事故のようななれの果てまでいくのはそう時間がかからないようにも思えます。だからこそ、その警告を真摯に受け止め、世界に生き方と働き方を示していきたいと思うのです。

文化と文明は、自然と人間のかかわりのように一体になって時代に息づいています。子ども第一主義の理念に従い、地道にコツコツと根強く耐えて実践を続けながら天機を待ちたいと思います。