和が馴染む

昨日は、聴福庵の天井板をクルーたちと一緒に柿渋塗料を使い塗り込む作業をしていきました。天井板は、現在はプリント合板が張ってありどこか古民家に馴染まず不自然な感じになっています。先日、来庵されたクルーの両親も天井板が気になると仰っていたくらいです。

本物で修繕を続けていると、現代の不自然なものが際立つようになっています。例えばむかしからの伝統の和室にスーパーのビニール袋があったりすると特に違和感で目立ってしまいます。このように本来の自然物の中に溶け込むようなものと、自然物の中に対立するようなものがあるということです。

これらのことを別の言い方で、親和性ともいいます。

この親和性は辞書をひくと、「物事を組み合わせたときの、相性のよさ。結びつきやすい性質。」と書かれています。つまりは馴染むか馴染まないかということでも言い表せるようにも思います。その場に溶け込むか、それとも対立するかということです。

例えば、手作りのものが増えると手作りのものとの親和性が高くなるのを感じます。また機械で大量生産するものはやはり大量生産するもの同士が馴染むのを感じます。この親和性というものは、デザインや環境づくりにおいてはもっとも重要な感覚の一つかもしれません。

手作りのものや自然のものは、平らなものがあまりなく凸凹しています。自然の光の陰翳があるとそれが立体として浮き上がります。そこにはうっとりとする雰囲気が生まれます。また手作りのものはすべて味があり、経年変化とともにその場が落ち着きしっくりとしてきます。一つ一つのものが親和性を発揮し出して落ち着いてくればくるほどにその空間の和が磨かれていくのです。

このように全体が調和するものが親和性であり、その親和性により全体の雰囲気が仕上がっていくのです。家づくりや街づくり、また人づくりも同様に親和性を発揮することで心が和み、場が調和して安らかになります。

みんなで愛情を入れて手をかけた天井板が天井に張られ、見上げたときの感覚の中で思い出も一緒に味わえるのがとても楽しみです。手作りのものには、人々の心と和と懐かしい記憶が存在します。

親和力を高めて、より和の馴染む感覚を磨いていきたいと思います。