知恵を結ぶ

昨日は、講の仲間の地元のお祭りの予祝に法螺貝を奉納するご縁をいただきました。3年前に曳山を甦生して、伝統の祭りを伝承しておられました。時代の流れで人口が減り、かつての大きさを維持できなくなった場所で新たな体制を組み直しお祭りを甦生する。

元氣溌剌と明るく、お囃子や太鼓の音、餅まき含め地域が甦生していく姿を実感しました。

仲間は手書き提灯屋を継いでさまざまな作品を甦生しています。もともと提灯という文化の起源は室町時代くらいからはじまったといわれます。中国から渡来したものですが長い期間をかけて日本で独自の発展をし私たちの暮らしの灯りを点してきた日本の道具の一つです。

時代は科学が発展して様々なかつての道具が消えていきます。

例えば、火というものでもどのような素材で火を用いるかで道具が変わります。木材や油、蝋やガス、電気では道具も異なります。しかし本来、火というものは一つではありません。

ガスの火と、蝋の火も異なります。だからこそ道具は同じではありません。火を同じと考えるところに道具のミスマッチも生まれます。

むかしの人たちはあらゆる火を観てました。神事の時の火や、生活の火、そこに便利な火が入ってきました。同じ火ではないものを、同じ火として扱うところから伝統や伝承がちぐはぐになっていったのではないかと私は感じます。

今の時代、火の違いをはっきりと知覚できそれを正しく活用し今の時代に甦生できる人の存在が貴重になっていくように思います。

もし便利な火ばかりですべてを覆いつくしてしまったら、火はただの物質のようになってしまいます。これは水も同様です。

人間が感覚を失うことを時代の変化というのなら、時代の変化は人間性の消失を意味してしまいます。それが文明の終焉ということになります。

本来の人類の文明は、感覚を磨き調え、調和する時に発揮されるものです。

引き続き、古き懐かしいむかしの暮らしを甦生しながら失われてはならない大切な智慧を結び直していきたいと思います。

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