自然の場の甦生

自然と書いて「じねん」と呼ぶ言葉があります。現在、自然はしぜんと呼ばれ欧米のnatureの意味が強く使われますが東洋では本来、自然はじねんと呼び「おのずからしかり」という意味で用いられてきました。

これは老子の「道法自然」から由来します。これは道は自然を法とするとし、道とはおのずからそうなる働きに則るものだという意味です。全文は、「人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る」です。また日本では、浄土真宗の開祖、親鸞が「自然法爾(じねんほうに)」という言葉を用いました。この「法爾」の「爾」も「そのようである、あるがまま」という意味です。おのずからしかりとして、人のはからいを離れたところではたらいているものにすべて丸ごと信じて任せるという生き方です。

まず前提として、何が自然で何が不自然かという問いがあります。自然が分かるというのは何か、不自然とは何かということが観えるかというものです。

現代は、あらゆる自然災害が発生します。そこに対して、環境改善や自然保護などという人間の意識もありますがそれは少し離れてみると傲慢ではないかと感じるものもあります。謙虚に静かに自然災害をみつめていたら何が自然なのか、何が不自然なのかが洞察できるものです。

自ずから然りとは、神はからいとも言えます。

何をしようとしているのか、どうしたいのか、自然の法理や宇宙の働きにすべてお任せしていると人間がどうあるべきか、何をすることが自然体であるかに氣づきます。

親祖をはじめ先人たちは人間が自然と共に道を歩むことを智慧として伝承してきました。それを「暮らし」と呼びます。例えば、場が調っていくようにし、いのちが循環できるように調え、多様な生き物たちが生を全うして持ち味を活かせるように見守り、季節の巡りにあわせていのり、日々、供養をして感謝し謙虚に心身を静かに調えていきました。その自ずから然りの実践こそが「暮らし」の本義であったのです。

宇宙をはじめ地球は常に調和を保つようにはたらきます。人間がそのはたらきを阻害して循環を滞らせれば自然はそれに応えます。縁起と関係性によってはたらくのです。滞るのをまた流そうとして自然ははたらきますから、そのはたらきにあわせて人間もまた滞らないようにしていくことがはたらきに任せることになります。

はたらきに任せるというのは、何もしないことではありません。

人間も一緒に「じねん」になることです。

それが暮らしを調えていくことです。

私が実践する暮らしフルネスの根源は此処にあります。

自然のリズムで生きることや、自然のお手入れをすること、自然の循環の邪魔をしないことや、子どもが子どものままあるがままであることや発達を邪魔しないことなどもすべてこの道法自然の意識を保つ智慧と工夫です。

「かんながらの道」という日記もまた、この「じねん」の意識の醸成と習慣、つまり暮らしの一部としての実践なのです。

残された私のいのちはすべて、この「自然の場の甦生」に使い切ります。

いつも一期一会の師の絶妙な声掛けと道しるべに心から感謝しています。

場の甦生の本質

自然から離れて暮らすようになって私たちは様々な苦しみや悩みが増えてきました。その中で自然と共生するために大切にしてきたものに掃除という知恵が産まれました。

この掃除というのは、単に物を綺麗に片づけるだけではありません。すべての関係性を調えていくことであり、自然の循環を巡らせていくことができる人類が自然の循環に参加していくための大切な仕組みです。

掃除の功徳を最も実践した二宮尊徳は、自然の循環こそ徳の巡りとして掃除(人道)から荒れた人々の心田を開発して人間性の甦生に取り組みました。

二宮翁夜話巻乃四、一八二にはこのように記録されています。

「翁曰、天道は自然なり、人道は天道に随ふといへ共、又人為なり、人道を尽して天道に任すべし、人為を忽にして、天道を恨る事勿れ、夫庭前の落葉は天道なり、無心にして日々夜々に積る、是を払はざるは人道に非ず、払へども又落る、之に心を煩し、之に心を労し、一葉落れば、箒を取て立が如き、是塵芥の為に、役せらるゝなり、愚と云べし、木の葉の落るは天道なり、人道を以て、毎朝一度は払ふべし、又落るとも捨置て、無心の落葉に役せらるゝ事勿れ、又人道を忽にして積り次第にする事勿れ、是人道なり、愚人といへども悪人といへども、能教ふべし、教て聞ざるも、是に心を労する事勿れ、聞ぬとて捨る事なく、幾度も教ふべし、教て用ひざるも憤る事勿れ、聞かずとて捨るは不仁なり、用ぬとて憤るは不智なり、不仁不智は徳者の恐るゝ処なり、仁智二つ心掛て、我が徳を全ふすべし。」

私の意訳ですが「自然は自然のままにしておけばいいわけではない。自然に対して人は人の道を実践することではじめて自然の循環と渾然一体になることができる。例えば永久的に木の葉は落ち、庭には積もっていくもの。だからといって、そのままにしておくのではなく、人は毎日、箒を持って調えることではじめて自然となる。これは人に対しても同じである。何度教えても分からないからと見捨てるのではなく、何度も淡々と押して導いていく。思いやりと知恵をもって心がけることが人の道であり徳を積むことになる」と。

つまり徳を積むというのは、自然の循環に対して自分もその循環の一部として和合し生きるというこ。その仕組みが「掃除」をするということを説きます。掃除をするときこそ、人間が最も自然と渾然一体になります。

私はこれを「お手入れ」とも呼び、心やいのちを触る行為だとし、丁寧に徳を巡らせ徳を磨くこと甦生すると場の道場で伝道しています。

だからこそだれかに掃除をさせるのではなく、自分自身が日々に掃除を実践すること。掃除をするときはじめて人間は自然と共生し、人間性を甦生していくことができるからです。

本来の掃除の本質は、天の働き、自然の循環に対して人間が暮らしやすいようにすべてのいのちを豊かに巡らせていくように調えることです。つまり捨てるのではなく磨くということ、分断するのではなく結ぶということです。

私の取り組む場の甦生は、自然の循環の一部になることを通してこの徳を積むことからはじめます。徳積財団も徳積循環も、お山の甦生もお水の甦生もすべて人類の経世済民、人々の心の荒廃を救い、「塵を払わん、垢を除かん」と一緒に掃除をして磨きましょうという目的のために実践するものです。

私の持ち場は今の世界や日本ではとても小さな場所かもしれませんが、歴史的に観ても地理的に観ても、風水脈を観ても日本の要であることがわかります。

今日も天道に倣い、人道を精進していきたいと思います。

お山は国の根本

「山林(川)は国の本なり」という言葉があります。これは江戸時代の経世家、思想家、陽明学者でもあり当時の治水山林事業の第一人者でもあった熊沢蕃山のよく使う言葉です。

これはお山こそが国の根本であるという意味です。それ以外は末であるということです。まさに本末転倒は、どの時代でも発生するものです。それが人間の特性や欲望、視野狭窄になってしまう部分です。

私はこの熊沢蕃山を深く尊敬していて、この人物のことを深めたときがあります。中江藤樹との問答も大好きですし、後世には吉田松陰にも大きな影響を与えたといいます。

この山林(川)は、国の本なりと熊沢蕃山が著書で述べたところをいくつか抜粋します。

「それ山林は国の本なり。春雨五月雨は天地気化の雨に候。六七月の間には気化の雨はまれにして、夕立を以て田畠を養へり。夕立は山川の神気のよく雲を出し、雨ををこすによれり。山は木ある時は神気さかんなり。木なきときは、神気おとろへて、雲雨ををこすべきちからすくなし。」

この神氣というのは、まさにお山が産み出す循環のことです。それが国の根本であるとします。

「山川は国の本なり。近年山荒、川浅くなれり。是国の大荒なり。昔よりかくのごとくなれば、乱世となり、百年も弐百年も戦国にて人多く死し、其上軍兵の扶持米難儀すれば、奢るべき力もなく、材木・薪を取る事格別すくなく、堂寺を作る事もならざる間に、山々本のごとくしげり、川川深くなるといへり。乱世をまたず、政にて山茂り川深くなる事あらんか。」

ここでは経世済民と自然との共生こそ国の根本であるといいます。

「当時国に深山多もち給ふ大名は、山の運上多して一旦はよきやうなれども、山をもち給ふことは大事のもの也。山川は天下の源也。山又川の本也。古人の心ありてたて置し山沢をきりあらし、一旦の利を貪るのは子孫亡ると也。国中こぞりてかくのごとくなれば、天下の本源すでにたつに近し。」

お山の自然資本の元本を食いつぶすことが如何に危険なことか、自然の自然回復力や再生力を超えて目先の利益を追いかければ世の中の循環は絶えてしまうと。

「日本国中山つき変ぜば天下乱るべし。今山林つき、沢埋れたるは五行かけ五臓破れたるがごとし。ことごとく尽て変ずるといふ道理はなし。十に七八尽て、ようよう九つに至らんとする時、天下乱るべし。」

山林が壊れたら、心身が壊れるのと同じになると。自然の循環は少し崩れ出したら加速度的に崩れると。だからこそ、お山が天下の根源であるといいます。

つまり国があるのは、お山があるからでそれが破壊すれば自ずから国も亡びると説きます。これは非常に偉大な洞察であることがわかります。

今の時代は、どこから環境問題に関わればいいかとそれぞれに学者は述べます。しかし、よくよくお水の流れや循環を辿り洞察するとそれは「お山」からであることは一目瞭然です。

源流から治していかなければ、循環は調いません。

自然の快復力を最大限活かし、地球が喜ぶようにお水が見事に生態系全てを丸ごと循環して浸透していくように場をつくること。ここからです。

私が熊沢蕃山を尊敬するのは、天地自然を丸ごと師匠として學ぶ生き方と姿勢です。まさに徳が循環するということがどのようなことかを自明自覚されていました。

最後にこういいます。

「其本をよくせずして、末にての才覚は何としてなるべく候や。」

意訳ですが、根本根源を治さずに末端でいくら能力を出してもどうして問題が解決するのかと。「川だけ(部分最適)だけで観ず、上流のお山(根源)を見よ」という声ではないかと。

ということで、明日から妙見神社境内とお山の診断、そして明後日の山の日は霊峰英彦山の守静坊にて仙人苦楽部を開催します。

経世済民や徳積循環を実践する同志、仲間たちとどのように大地を再生することでお水が循環するかを仙人と共に學びます。

流れと螺旋

中国最古の医書『黄帝内経』には「正氣内に存すれば、邪干すべからず」(体の正しい働きが保たれていれば、病邪は容易に侵入できない)」という言葉があります。そして現代では有名な「未病」(みびょう)という言葉もまたこの『黄帝内経』で初めて使用された言葉です。

そこには「聖人は既病を治すのではなく、未病を治す」とあります。これに対して既病とは、既に症状が出ている状態のことをいいます。未病とはまだ病気が表面に現れていない状態のことをいいます。

現代では、病気は病院が治すもののようになり病気になってからはじめて人は病気を認識します。そして病院もまた病気になってから診療を受ける場所になっています。

本来は病気というものは、生命を支えている循環の何らかの流れが滞り、流れなくなって循環しなくなったことをいいます。

自然治癒を洞察するとそれはすぐに察知できるものです。自然界も同様に、循環や流れが滞ると問題が発生してきます。スムーズに静かに流れていれば、自然も穏やかです。しかしそこに何らかの澱みや流れの滞りが起こればそれが災害となっていきます。

つまり自然は常に「調和」するために流れや循環を已まないようにしているのです。

そして人間の身体もこれを同じです。

人間の身体では、血液やリンパ、呼吸や腸内や神経などあらゆるものが流れています。それが疲れや感情や自立神経の乱れ、食べ物の片寄りや睡眠や運動不足などで流れが滞ってくると病気が表層に出てきます。

誰しもが調和している状態を健康であると知っているのは、この「流れ」というものを自明しているからともいえます。

流れが澱み、滞れば不調和が産まれ調和に戻そうと自己免疫力が働きます。それが自然治癒です。つまり自然治癒というのは、流れを取り戻そうとする根源力のことです。

これは人体だけでなく宇宙も同様の真理で働いています。

場の道場では、薬草をはじめ太陽や月のリズム、そして呼吸法、滝行や坐禅、自然農や発酵などあらゆることを体験を通して場づくりを学びます。これは未病を実践するためです。

つまり未病の場というものは、流れが澱まない場であるということ。言い換えれば、循環しようとするのを邪魔せず、自然の流れになるように調えるということです。

これを私は場づくりの中心に据えています。

そしてその養生法が暮らしフルネスということになります。

氣は風、いのちは水、この風水によって流れ(螺旋)は常に循環するのです。

自然治癒の学びを深めつつ、螺旋の真理を甦生していきたいと思います。

 

大地と徳治

昨日、熊本で大きな地震があり私のいる場所も大きく長く揺れました。東日本大震災の時の揺れを思い出し、あの時、受け取った自然からのメッセージを振り返りました。暮らしフルネスに取り組む今があるのは、あの地震からの声をいただき、初心を忘れないようにしてきたからです。

中国の思想に「天人合一」(天人相関)という思想があります。これは紀元前二世紀、中国・前漢の時代に生きた儒学者の董仲舒(とうちゅうじょ)という人物が人類に投げかけた問いの思想です。

当時の中国では、法律によって国を治める法家、自然に任せる道家など、さまざまな思想が競い合っていました。その中で董仲舒は、「国は力ではなく徳によって治まる」と説きました。その理由は、人間は自然の外側に立つ存在ではなく、天地とともに生きる一つの生命であるとしすべては相関関係と因果によって為ると直観しました。つまり空を流れる雲も、山を吹き抜ける風も、川の流れも、月や太陽の光も、大地の震えも、人間とは無関係に存在するものではなく、同じ宇宙の理によって結ばれていると見立てたのです。

つまり天と人も自然の一部であり分かれているものではない。だからこそ人間社会が私欲によって乱れれば、その歪みは自然との調和を失い、やがて社会全体の苦しみとなって現れると説きました。

そして為政者こそ、自然のメッセージを真摯に受けとり自らを省みる鏡にせよといいました。そしてその政治の実践のことを「徳治」と定義し、まず国を導く者自身が徳を積み、人を敬い、自然を敬い、その姿によって人々を導くことが政治の根本であるとしたのです。それを当時の漢の武帝によって国家の理念として採用され、その思想がのちに日本にも渡来し、聖徳太子の「和をもって貴しとなす」、熊沢蕃山の治山治水、二宮尊徳の「天道に従う」、西郷隆盛の「敬天愛人」など、日本の思想の根底にも、天地を敬い、人を敬い、自らを正すという和の系譜が脈々と受け継がれたといいます。

どんなにお金があっても、便利な文明を築いても、科学技術が発展しても、驕れるもの必ず滅びるものです。平安末期の鴨長明の時代も大地震がありました。そして彼が遺した書物『方丈記』にあるように、大地が震えればこの世に絶対に安全などというものは存在しない、万物は変化して已まないし無常。人間の傲慢さはいつかは必ず天人合一に現れると氣づくのです。

今の世界に響き渡る大地の声は私たちへの偉大な問いかけではないかと感じます。そして為政者こそ災害の時に自らを省み、改心して徳を積み人々の心を治めよと聴こえてきます。

人類全体が謙虚にならなければ、すべてのいのちの幸福はない。

今こそ、徳治覚醒の刻です。

今日は、これから英彦山の宿坊で大地座禅と初心を深め禊をしてご祈祷して過ごします。

今夜の満月の心が、どうか穏やかに人々の内省を調えていただけますように。

お水

四千年前の中国最古といわれる夏王朝に禹王という人物がいます。この方は、水土の理を深く理解し、水の道に従って天下を治めた聖王、そして水神とも呼ばれ民衆に称えられます。

この禹王の時代は天下は大洪水に苦しんでいました。川はあふれ、田畑は水に沈み、人々は住む場所と食べ物を失っていました。そして暮らし消え、村が崩れ、国も乱れました。

むかしは水を治めることは、川だけを治めることではなく、人々の命と暮らしを治めることです。この禹王の父である鯀は、国家の命運をかけて水を堤防で囲い込み、力によって押さえようとしましたが力によって水は抑え込めずに行き場を失った水は力を増し、ついには堤防を破り、さらに大きな洪水となってあふれました。そして処罰されいのちを失いました。

その父の失敗を受け継いだ禹王は、まったく反対の道を選びます。水を力で抑え込むのではなく、流す。そして水が本来向かう道を拓くという考え方によって治水を実現しました。そして、国家を同様に見事に治めていきます。

この禹王の治水を「禹の水を治むるは、水の道なり」と孟子はいいました。

この禹王が行ったのは、もともと水土の中にある道を読み取り、流れを塞いでいるものを取り除き、水が本来の働きを取り戻せるように調えて治めたのです。治めるとは、支配することではなく、本来の働きが自然に現れるように調えたということ。

最近、流域という言葉をよく聴きます。流域は、お水が集まりそこで数々の生命が結ばれ繁栄していく場のことです。そして水土は、その土地がその土地らしく育つ場ができることです。

私は徳積循環に関心がありますから、この水土に強く惹かれます。この水土は、風土と似ていますが明らかに水の道のことを示唆します。

お水を知るには、その土地の水土を知ることからはじまります。つまりお水の源流、上流のお山からです。お山を知ることが下流を知ることにつながります。そしてお山を知るには、先人たちが続けてきたお山の暮らし(智慧)を実践することからです。

私が英彦山の宿坊でお山の暮らしを甦生するのは、水土を學び直すためです。水土こそいのちの甦生の要諦ともいえます。どのようにいのちが循環しているか、どうすれば甦生するのかを観るのです。

お水が喜び廻れば、人の心も癒され喜び廻ります。お水が土と人を結ぶのです。

古代の中国では「善く国を治める者は、まず水を治める」とし、為政者の徳目第一とされました。「治める」のは、力の支配ではなく「徳を活かす」ことだと定義していたのです。

最後に作者不明の有名なお水の徳目、「水五訓」で締めくくります。

一 常に己の進路を求めてやまず自ら動いて他を動かすは水なり

二 如何なる障害にも屈せず巌(いわ)をも透す力を蓄えながらよく方円の器にも従い和合の性を兼ね備えるは水なり

三 自ら清くして他の汚れを洗い清濁合わせ容れるの量あるは水なり

四 力となり光となり生産と生活に無限の奉仕を行い何ら報いを求めざるは水なり

五 洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ霰(あられ)と化し凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)たる鏡となりたえるもその性を失わざるは水なり

今年の私のテーマは「お水」です。

一緒にお水を先生に学び直していきましょう。

地域のお掃除

日々に継続して掃除をしていると、掃除が如何に人間の教育に必要不可欠なものかということがわかるものです。掃除は、ただ物を片付けて綺麗にしているのではなく人間の持っている欲望や心のお手入れをすることの大切さを教えてくれます。

私は掃除というよりも、お手入れという言い方をする方が多く暮らしフルネスではお手入れを中心に体験をすることが多くあります。

そもそもお手入れというのは、自分の感覚で触れることで氣づけるものです。

人間というのは、頭でっかちに妄想や知識が優先されていると自分の感覚が麻痺していくものです。正しいことをやっていれば、何も問題ないとさえ勘違いするものです。

実際には、何かを動けば動くだけの無駄や無理などが産まれます。それは自然環境問題でも同じです。何かをすれば何かのゴミや負担が増えるものです。そしてこれは仕事でも同様です。

人は何かをやろうとすると、そこに発生する諸問題は無視して前進すると後で片づけようもないものになりいくら埋めても遠くに捨てても問題は返ってくるようになります。

そうならないように先人たちは、1つを行えば1つを片付けていつも現場が調っているように配慮していきました。これが自然の循環の仕組みです。日々の暮らしも、様々な変化があるから一つ行えば一つ調えては丁寧な暮らしを紡いできました。

掃除をするというのは、暮らしのお手入れと同じなのです。

地域の清掃もまた、同様に暮らしのお手入れです。

誰が観ていなくても、関わっているからこそ片づけて調えていく。そのことで、自分の暮らしは落ち着いてきます。自分の暮らしが落ち着けば、周囲もまた落ち着いてきます。

安心と安静、安全というのは、日々の掃除から調えていくものです。

本日は、これから地域の中学校の生徒たちのお掃除に参加しますがこの数年で本当に地域が豊かになっているように感じます。子どもたちが健やかに育っていくのを見守れるのは幸せです。

自分も恥ずかしくないように丁寧に暮らしを調えていきたいと思います。

 

師弟とは何か

師弟関係、徒弟制度というものがあります。現代ではあまり用いられていませんがかつての伝統職人をはじめ武道や芸能などでは当たり前に存在していた仕組みです。今では法律によりすぐにパワハラやモラハラなどといわれるようになり、かつての仕組みは人気がありません。

そもそも師匠というものは、何をもって師匠とし、弟子とは何をもって弟子とするのか。誰でもすぐに弟子と呼ぶ師匠もいれば、すぐに誰でも師匠といって近づいていく人もあります。その定義も深さも異なりますから師弟関係といっても、軽いものもあれば重たいものもあります。一子相伝のように命懸けで伝承する師弟関係もあります。

改めて師弟関係というものを少し深めてみようと思います。

中国の古典「礼記・学記」には師とはこうあるものと記されます。

記問之学、不足以為人師。
必也聴語乎。
力不能問、然後語之。
語之而不知、雖舍之可也。

意訳ですがこれは単なる暗記と受け売りによる学問だけでは、人の師になることはできない。師は、よく心で傾聴しなければならない。相手が自分の力では問いを立てられないところにきてはじめて教えるようでなければならない。もしもその時に教えてもまだ理解できないなら、いったん置いて見守り待つようでなければならないと。

師といえば吉田松陰が孟子の講義の中で記した「講孟余話」(滕文公 上 第四章)でこう記します。

「大抵、師を取ること易く、師を択ぶこと審らかならず。故に師道軽し。」

これはおおよそ人は安易に誰でも師にするが、その師を慎重に選ぼうとはしない。だから師弟の道が軽くなってしまうのだ。

「故に師道を興さんとならば、妄りに人の師となるべからず、又妄りに人を師とすべからず。必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし。」

だからこそ、もし師の道を興そうとするなら、軽々しく人の師になってはならない。また軽々しく人を師としてもならない。本当に教えるべきことがあってはじめて師となり、本当に学ぶべきことがあってはじめて師につくべきであるのだ。と。

つまり、誰でも簡単に師弟関係などというのはおかしいと。道があり志があり実践があり、その上で高め合い学び合うものがお互いにあるのならはじめてそこで師弟となるのだと。

さらにこう言います。

「而して己が為にするの学は、人の師となるを好むに非ずして、自ら人の師となるべし。人の為にする学は、人の師とならんと欲すれども、遂に師となるに足らず。故に云はく、「記聞の学は以て師となるに足らず」と。

これは自分を磨くために学ぶ人は、師になろうと思わなくても自然に人の師となるものだ。反対に人に教えよう人の上に立とうという目的で学ぶ人は、結局、本当の師になることはない。だから先達は、「知識を覚え込んだだけの学問では、人の師になることはできない」と言ったのであると。

先ほどの礼記の文章、「記聞の學」の話が出てきます。知識の學問では師弟関係は興らないというのです。

知識を多くもっているだけでは、生き方や生きざままでは薫陶することはありません。私も師と呼べる人は、生き方や生きざまを磨いておられ私が憧れるほどに日々に貫遂透徹して純度の高い精神と魂で実践をなさっている方を師と仰ぎ観ているだけです。そして自分を勝手にその人の弟子などとはいいません。生き方を磨いていく中で、遠く及ばない師を羅針盤に、時には砥石にして切磋琢磨できるように心で師と呼びます。

また同じ道を志し、同様に挑戦している人たちやこれからその道に入ろうとする初心者ののことを決して弟子とはいわなくても、親身になって苦楽の妙や丸ごと信じて見守りたいという気持ちは湧いてきます。

畢竟、自分もまた道を歩んでいくなかで少し先を歩いているだけで、そのうち自分も死んではその屍を越えて後人が歩んでいく一つのいのちです。優劣もなく、早い遅いも比較もありません。ただどのように道を歩んでいるのか、道中の師弟は一期一会とめぐり逢いです。

つまり一期一会とめぐり逢いというのが私の師弟の定義です。

引き続き、徳を磨いていくことに集中して我が道、天命を精進していきたいと思います。

徳積循環の理

古来より、「時は流れる」という表現をします。これは万物は変化するということを示します。変化とは何か、それは言い換えれば流れ続けるということです。

水が流れ続けるように、いのちも流れ続けます。すべての存在は関係性のなかで変わり続けるのがこの世の真理です。変わらないものはありません。だからこそ先人たちはそれを受け容れて変わらないものを変化そのものとしました。変化する中で、形を変えても変化しないものを守り続けたのです。人間であれば、初心を守るということも同様です。

時が変化し、あらゆる状況が変わっても、自分で定めた初心を守るために自分自身の変化を喜んで受け容れていくということ。これは産まれてから老化して死ぬまでの間にも何度もその初心を内省し、向き合い、その都度に初心が守れるように変化していく。流れを止めないでいる、敢えて流れることで守るのです。

変化の書『易経』には「窮すれば変じ、変ずれば通じ、通ずれば久し。」

という言葉があります。行き詰まれば変化が生まれ、変化すれば流れが生まれ、流れがあれば長く続くという意味です。

そう考えてみると、この世で最もこの変化を産み促している存在は「お水」です。

今年の私の一文字は「水」でしたが、水を深めれば深めるほど変化のこと、循環のこと、そして徳に回帰します。

レオナルドダヴィンチは、「Water is the driving force of all nature.」ともいいました。お水が自然の偉大な原動力であるとも。

原動力とは、「流れる」ということです。流れるものが動力であり、流れている最中こそ動力が活動している状態ということです。そしていのちは、そのとき、全体のいのちと一体になって躍動していきます。

だからこそ停滞、澱み、循環しなくなればいのちは弱ります。変化できないというのは、流れなくなるということです。

医書「黄帝内経」には「通ぜざれば則ち痛む」(不通則痛)とあります。

つまり流れなければ痛みとなる。これは人体ですが、自然環境でも同様です。痛みとは、自然災害によって引き起こされます。

健康を維持するとは、きちんと呼吸をし氣が巡っていることです。自然であれば、風水が流れているということです。

そして人類はそれを「暮らし」によって調えてきました。これを養生ともいいます。自然もいのちも健康もまずは養生の実践からです。養生の実践は、徳の循環に由ります。

引き続き、徳積循環の実践を弘めていきたいと思います。

 

元氣の甦生

元氣というものがあります。これは「氣の元」とも言えます。私たちは空氣を吸っては吐き、息をしていのちを保ちます。呼吸していなければ生きていくことはできません。食べ物がなくなってもしばらく生きられますが、呼吸できなくなれば生きることはできません。

この呼吸は、氣の交換でもあります。私たちのいのちは、いつも交換しながら循環し流れては調和しています。別のいのちと交換しながら全体のいのちを育みます。私たちは全体調和のなかでいのちを生きる、まさに全体と一体になって存在している部分の一つです。

その中心的なものがこの「氣」というものです。この世のすべては空氣で結ばれています。この世のすべてのものは氣を通して呼吸しています。これは無機質のものに至るまで、呼吸しないものはありません。だからこそ、氣がどうなっているのかをよく観察し洞察すれば病気の根源も認知できるものです。

「養生訓」を記した貝原益軒が巻第一「総論上」の中でこう記しています。

「素問に、怒れば気上(のぼ)る。喜べば気緩(ゆる)まる。悲めば気消ゆ。恐るれば気めぐらず。寒ければ気とづ。暑ければ気泄(も)る。驚けば気乱る。労すれば気へる。思へば気結(むすぼ)るといへり。百病は皆気より生ず。病とは気やむ也。故に養生の道は気を調(ととの)るにあり。調るは気を和らぎ、平(たいらか)にする也。凡そ気を養ふ道は、気をへらさざると、ふさがざるにあり。気を和らげ、平らかにすれば、此二つのうれひなし。」

意訳すれば、「中国最古の医学書『黄帝内経・素問』には怒ると、気は上へとのぼる。喜びすぎると、気はゆるみ、締まりを失う。悲しみすぎると、気は消耗する。恐れると、気の巡りが悪くなる。寒さにあたると、気は閉じこもる。暑さにあたると、気は外へ漏れ出る。驚くと、気は乱れる。働きすぎると、気は減ってしまう。あれこれと思い悩みすぎると、気は滞ってしまう。このように、あらゆる病は気の乱れから生じるのである。「病」とは、まさに気が病んだ状態をいう。だから、養生の根本は、氣を調えることにある。「氣を調えるとは、氣を穏やかにし、偏りのない平静な状態に保つことである。」そもそも氣を養う方法は、二つしかない。一つは、氣をむやみに減らさないこと。もう一つは、氣を滞らせないこと。氣が穏やかで、偏りなく、よく巡る状態を保っていれば、この二つの心配はなくなり、病になる原因も少なくなるのである。」と。

ここでの要諦は、病気は氣から起こる。氣を調えていれば病気の心配はない。氣の養生は、二つしかない。氣を滞らせずに循環すること、氣をむやみに減らさない、平氣でいることであると。

氣の持ちようは、健康を司る大きな鍵です。元氣は、いつも元氣であるように暮らしを調えることからはじまります。では元氣な暮らしとは何か、それは孟子の浩然の氣にこそヒントがあるのではないかと私は思います。

『孟子』公孫丑上の中で孟子は弟子との対話でこう言います。

「我善く吾が浩然の氣を養う。」

弟子が「浩然の氣とは何ですか。」と尋ねると、孟子は答えます。

「至大至剛にして、直きをもって養いて害することなければ、天地の間に塞がる。」

これは弟子との問答の中で、浩然の氣は、義を積み重ね、道にかなった生き方を続けることで育つということを諭します。浩然とは、広大で、のびのびと満ちあふれた状態のことをいいます。これは私は「元氣」のことだと定義しています。

つまり元氣でいるというのは、浩然の氣を養うこと。養生とは、この浩然の氣のことです。そして浩然の氣は、直き心、素直さ、義の心、そして徳を積むことで養われるというのです。

暮らしフルネスの実践は、この「元氣の甦生」にこそあります。

畢竟、短い人生の中で何が遺せるか。それは生き方や生きざま、そして実践です。実践を遺せば、後に続くものたちの道になる。徳と氣は表裏一体なのです。

道は元氣の甦生からというのが、私が場道家として場づくりをする理由です。

子どもたちに初心伝承できるように、精進していきたいと思います。