歴史を学ぶとは何か

昨日、福岡県八女市で有名な町家再生の設計士の方とお会いしてお話をお伺いするご縁を頂きました。その方は、もうすでに八十以上の古民家の再生を手がけており町並み保存や文化財の調査、人財育成等々にいたるまでありとあらゆる活動を志で取り組まれている方です。

古民家の修景ではなく修理をすることを本筋とし、如何に後世に「本物を遺すか」ということを重んじられていました。現在は、ほとんどが予算の関係から町の景観だけをよくするために外見の見た目はそれ風にしますが本質的に古いものを修理修繕するわけではありません。そうではなく、丸ごと直すという観点で人、場、ものにいたるまでに全てに総合的に修理を手掛けておられました。

昨日は福岡の聴福庵を見ていただき、傾きをどのように修理すればいいかだけではなくまたこの古民家がかつてどのように使われていたか、そしてどのような修理を今まで行ってきたか、その歴史について色々と教えていただきました。

お話の中でもっとも印象に残ったのは、阪神淡路震災の御話でした。実際に文化財や古民家など震災後に壊れてしまい実際に調査をしたそうです。すると9割が壊されいたそうです。その実態を調べると、古いものには価値がないと業者が新築を勧めて壊していったものがほとんどだったそうです。古いものの修理修繕は無理だからと、文化財や古民家への理解がない人たちがそれまで大切にされてきた歴史を考えずに安易に取り壊してなくなってしまったそうです。

その方の『これは古いものを単に捨てて新しいものにしたのではなく、それは歴史を捨てたのだということに気づいていない』という言葉がとても深く心に印象に残りました。

よくよく考えてみると、家が何百年も続くというのはそれまでの先祖たちの暮らしや生き方、生き様、そういうもの遺っているということです。家では柱の傷などもそうですが、かつて子ども達がせいくらべした傷や落書きの傷、その他大切されてきたさまざまなものが「思い出」として間に宿っています。そういう観点で見れば文化財とは何か、それは歴史の宝そのものなのです。

そういう歴史を安易に捨てるということは、思い出を安易に捨てるということです。本来人は何のためにこの世に生まれてきたか、それは思い出を残すためではないかと私は思います。生き様を遺すと言い換えてもいかもしれません。一生一度、一期一会にこの地上の楽園に生まれ出てきたいのちに神様が平等に与えてくださっているものは「思い出」をつくれるということです。

このことから洞察すると今の時代は決して新しいものばかりが価値があると人々が信じている時代というわけではなく、歴史を大切にしなくなった人々が増えている時代に入っているということです。歴史というのは、先祖との対話です。先祖の生き方との対話を歴史を通して学ぶのです。古民家を通してその方がじっくりと先祖と対話しているのをみて、私は魂が揺さぶられました。

私自身、もっと先祖たちを尊敬し先祖たちの偉業と真摯に対話ができるよう歴史と正対していこうと改めて決心する有り難い機会になりました。新しい御縁はすべて学び直し、生き直しの大切な時機、このまま古民家から色々と教えていただけることに感謝して自他一体の自己修理を進めていきたいと思います。

自然の学問~大局観~

現在、知識という便利なものを使ってから体験をすることよりも知識を持つことが価値があるかのような世の中になっています。大学をはじめ研究というものも本来は実践があっての研究であるのに、研究のために実践になっているのなら何の意味もありません。

本来は研究すること目的ではなく、現場が困っているから具体的な解決方法を研究する必要があるのです。そして本来の研究とは、実践ののちの研究のことであり体験したことが何だったか、そこから何に気づき直していけばいいかの改善の集積なのです。

そしてこの改善には、知識ではなく「感覚」を用います。感覚というものを身に着けるには失敗が要ります、失敗を通して様々なものを学び感覚を研ぎ澄ませていくのです。知識が多い人は失敗を過度に怖がります、それは知識は失敗では研ぎ澄ませず修正するだけだからです。習得するのなら、本来の学び方である失敗を通して感覚を身に着ける、古来の言い方では「コツを掴む」ことで学習は成立していきます。

民藝という言葉を起こした思想家に、柳宗悦がいます。その遺した有名な言葉に『見て知りそ 知りてな見そ』があります。これは「なんでも見てから知れ、知ってから見るんじゃない。」ということです。

言い換えれば知識から入ってものを知ってはならぬ、分かった気になってはならぬ、まずは見てから、やってみてからのちに知ればいいし分かればいいと言うことでしょう。

知識を持ったからといってその本質が理解できるわけではありません、具体的な実践を通して本質を知り本物になります。つまり体験の質量こそが、その人の感覚を研ぎ澄まし本来のその人の持つ全身全霊の力を引き出していくということなのです。

現在はすぐに何かをやろうとすると知識から入るものです。私の場合は知識がないけれど好奇心があるからすぐにそのものに触れます。自然農をすればすぐに虫刺されや怪我をします、古民家を再生しようとすればすぐに弱いものを毀してしまいます。痛い思いをして失敗ばかりをしては、なぜこうなったのだろうと反省内省してそこからもう一度すぐにやり直してみます。

その繰り返しを何度も何度もしているうちに、自分のカラダの中にある「感覚」が呼応してきます。そうしているうちに身に着けたのは「大局観」です。つまり事物の大局を理解するチカラ、そのものに触れるチカラ、邂逅の力のことです。

人は触れていくことで次第にそのものが”自分に馴染んで”きます。この馴染んでくるというのは場数とフィードバックが欠かせません。そうやって何度も失敗して経験して学び直していくことが成長することであり、成功よりも大切な学問の醍醐味、そして連綿と続いてから太古からの道と大義が感じられるものです。

どんなことも「見て知りそ、知りてな見そ」で、接していく姿勢こそが自然の学問ということでしょう。引き続き、挑戦を愉しみ与えていただいている失敗に感謝して歩んでいきたいと思います。

 

自然感覚を磨く

古民家の掃除をする中で、現代建築のものとかつての古いものの手入れの仕方に大きな違いがあることに色々と気づきます。今まで使ったことのない掃除の技術ですが、実際は私の方が馴染んでいないだけでかつての日本人たちは掃除の技術も今とは異なっていることに気づきます。

例えば、古いものを扱う時、力の加減というものがあります。プラスチックやステンレスのように均一ではなく、昔のものは強いか弱いかは直接触れて扱ってみないとわかりません。それが一体何でできたものか、土でできたものか、鐵か銅か、もしくは木でできているものか、その作り手のプロセスを感じ取らなければならないのです。それは現代の画一された物とは異なりとても個性があり弱くそして強く造られています。この弱くて強いものという感覚は、触ってみてはじめてわかるものでありそれは現代の大量生産されている物とは完全に異なります。

また凹凸というものがあります。現代のフローリングには凹凸がありません。しかしかつての古い家には、壁から床、ありとあらゆるところに凹凸があります。それは掃除してみればわかるもので、平らなものとは異なり凹凸に触れることで掃除の感覚もまた変わってくるのです。

後は水の使い方というものがあります。掃除機やクイックルワイパーなどではできないところは拭き掃除ですが、ぞうきんをよくよく絞っておかなければかえって逆効果なところもあり、掃除する場所によっては様々な工夫が要ります。同じ木のものでも時には乾拭きしたり、時にははたいたり、時には陰干しなど、そのものによっては全く接し方が異なるのです。

こういう一つ一つの中に、暮らしの中の技術があります。それが「もったいない」生活とつながり、古い自然のものに触れるとき私たちの本能は磨かれていくのです。平らなものや新しいもの、均一の強度のものにばかり触れていると日々の感覚も失われていきます。今は感覚を使わなくても済むものばかり、多少の知識があればだれでも便利に安易に使えるものばかりが溢れています。しかしそれではますます自然に触れる機会が少なくなります。

自然に触れるというのは、たとえば私たちの会社ではお昼ご飯の際に電気を落として自然光で過ごしてみることや、室内に季節を室礼して四季のめぐりを味わうこと、そういう暮らし方、生き方を通して自然感覚を日々に磨き上げ、本来の自然の一部として謙虚に生きていることを忘れていないように自戒しているのです。

実践は大げさでもなく特殊でもない、日々の暮らしの中にある一つ一つの丁寧な所作と関わり方によって実践は積み上がっていきます。本来の日本人の生き方とは何か、引き続き深め子どもに伝承していきたいと思います。

弱さとは何か

昔の人たちは様々な暮らしの中に「弱さ」を大切にして生きてきました。弱さというのはどこか今の時代、よくないことのように言われますが本来は弱さというのは感謝の心の現れだったのではないかと私は思います。弱さが分かるからこそものを大切にする、弱さを大切にしているからこそいのちも大切にするように思うのです。

本来の弱さとは何か、少し深めてみたいと思います。

そもそも弱さというのは、壊れやすく脆いものです。産まれたての赤ちゃんや子どもはとても弱く柔らかくできています。しかしその産まれたてのものに触れるとき、私たちの心は弱さの中にあるいのちの有難さを感じます。それは感謝の心が先にあるからこそ弱いことが分かり、弱いことが分かるからこそ感謝の心が育つのです。

強さというのは、頑強で屈強、壊れないから大事に扱うことがありません。多少、激しく扱ってもそれは壊れませんから扱い方も雑になります。雑になればなるほど強いものの方が便利で価値があると信じ込みますがそこにいのちへの感謝の心は育つかといえばあまり育たないと思うのです。

人間にとって強いものとは、人間にとって都合のよい強さのことです。自分中心、身勝手に強がることも強さだと思い込みます。しかし弱いからこそ助け合う心が芽生え、弱いからこそ互生して生きていこうとするのです。そこには、弱さの中にある相手への思いやりや感謝の心があります。

強くないことを否定してもっと強くならなければと頑張ることで、余計に頑固に凝り固まって強がっていきます。これはいのちを大切にすることとは異なり、弱さの否定です。

本来の弱さとは、自分を認めることであり、周りを思いやることです。そしてその弱さはすべてにおいて感謝しているからこそ弱いものを大切にしていくことで感謝の心を忘れまいと昔の人たちは壊れやすいものや破れやすいものを身近において自らを修養していたように思います。

古き日本の家屋に住めば、弱いからこそ大切に扱い手入れし、弱いからこそ感謝の心をもって接し大事に触れていきます。そういう一つ一つの暮らしを通して「ものを粗末にしない」「もったいないことを知る」という生き方をしていたように思います。

何でも弱く壊れたものを役立たずとして捨てる時代、強くなれば価値があると信じ込まされている時代、本来の強さこそ弱さを知る心であり、弱さを認めるからこそ人は優しくなり強くなっていくのです。

いのちは常に弱さを通して感謝を学びます、そして弱さを扱うことができてはじめていのちのもったいなさを磨けます。あの自然界の生き物たちのように互生関係や思いやりから弱さを大事にする生き方を学び直していきたいと思います。

福とは何か?

幸田露伴に幸福の三説というものがあります。運が善いと言われる人にはなぜか運が善くなる生き方があり、それらが運を高め運を好転させ続けているということです。この運が善いというのは、実際には何よりも大事なことで物事は自分以外の周りが動くことで自分の布置が決まっていきますから運を敵にしない人はみんな運が善い人だとも言えます。

では運を敵にする人とはどういう人でしょうか、運を敵にまわす人は幸福を私物化する人のことかもしれません。言い換えるのなら、業を重ね業に沈む人といってもいいかもしれません。自分の徳性に気づかず、無駄使いをし疲弊していく感じです。せっかく天から与えられたものがあったとしても、それを何に使うのかということです。

自然は自分の徳性を活かすとき、そこに運を与えるように思います。それは何のため自分が産まれてきたのか、そして何のために人生があるのかと真摯に向き合うとき自分の中に具わっている徳の存在に気づきます。その徳を磨き、その徳を育て、その徳を高めるとき運が好転していくように思います。

しかしその徳に気づかず、もしくはその徳を私物化し自分の欲望や自分ばかりのために使ってしまえば福はすり減っていきます。福がすり減れば次第に運が悪くなっていきます。運が悪くなってしまえば、どこかで徳に気づくまでなんども同じ生き方をしてしまうものです。

この世の中は気が付けば自分中心、自分勝手に私物化してしまうような機会ばかりが多くあります。そういう機会や知識に打ち克って、自分の初心や理念、理念を貫くために徳業を重ねるとき人は運がさらに開けて好くなっていくように私は思います。

幸田露伴の幸福三説は、一つ目は惜福。自分に与えられた福を大切に惜しむこと。二つ目は分福。自分に与えられた福をみんなと分け合う事。そして三つ目が植福。長い目でみて福を育てて続けていくこと。これらが幸福の人たちが実践している福の徳目であると言います。

これらを鑑みるとやはり福を私物化していません。福とは天地自然の恩恵ですからないものねだりをしてないものばかりを求める心に福を感じるチカラはありません。むしろ足るを知り、あるものを活かそうとするときにこそ福は感じられるように私は思います。

そういった前向きな考え、物事の善い方をみる肯定的な捉え方、ポジティブ思考、自然と一体になった信じる心が幸福に気付く感性を磨いていくのでしょう。

福とは、自然に具わった徳のことです。

自分も自然の一部ですから徳を持っていますし、この世の中に徳がない人は誰一人として存在しません。だからこそその徳を見出すことが教育の醍醐味であり、その徳を伸ばしていけるように見守ることが保育の本質のようにも私は思います。

引き続き、幸福の三説の実践を味わいながら子ども第一義の理想に近づけるために精進していきたいと思います。

 

共生の居心地

古民家の修理と清掃を引き続き行っている中で気づくことがたくさんあります。そもそもこの町家というものは、職住一体型になった施設で昔は店屋と書いて「まちや」とも呼ばれていました。入口に店舗があり、その奥で住まうのです。

今では店と住まいが別々のところで行うことが増えていますが一昔前まではどの家でも職住一体で行われていたように思います。私たちは生き方と働き方の一致とありますが、本来はそもそも仕事と暮らしは別物ではなく一体であったと思います。そのことから、これはプライベートだからやこれはビジネスだからやそんな言葉は出なかったのです。

そしてこの町家に住んでみると分かりますが、ここはプライベートがないことに気づきます。外の音は人の小声でもほとんど入ってくる、そして中の音も外に漏れています。夜中など少しでも大きな声を出せば、近所に響きます。さらに窓はすべて紅殻格子などで隙間がありますから夜中にはほとんど中が見渡せるのです。

このほとんどプライベートがない中で不便だと今の人たちは町家を捨てて各部屋が個室のようになり外から遮断された密封建築に住んでいます。現在では防音設備から窓も外からは見えない仕組みになっていたり、光も電気で明々としています。そこに誰か住んでいるのかわからないほどにプライベートは確保されています。

本来、そうやって個人ばかりが確保され好き勝手できるような暮らしはなく周りの人たちのことを思いやり自分を少し抑制するという謙虚な生き方があったように思います。自分さえよければいいという世の中は、言い換えるのなら周りの人たちのことよりも自分のことだけを考えるという我儘な世の中です。しかし私たちの先祖は、どこにも共生をする仕組みを取り容れ自然を壊さず関係を壊さず、御互いに歩みよって寄り添い生きてきました。それは言い換えるのならば、思いやりを優先してきたということです。

今の時代は自分だけが快適であればいいという個人主義が蔓延していますが、この町家には御互いの距離に居心地がいい配慮があります。それは心を開いている居心地のよさでもあります。ほとんどプライベートのない中でも、自分を正しくコントロールすることができる。相手を変えようとするのではなく、自分の方を変えて調整をとるバランスのある暮らし、そういうものを実現していたように私は思います。

これは自然農の実践でも気づくことですが、周りの生き物と一緒に生きていくのだから、自分さえよければいいと考えずに周りの生き物と一緒に暮らしていこうという発想の姿勢と同じです。これは自己抑制で欲をコントロールするという考え方でもありますが、その本質は先に周りのことを思いやるという精神があるということです。日本人が町家を建て、これだけ隣同士で接近して暮らしたのはそれぞれにそういう精神を持ち合わせていこうといった寄合の意識があったからのように思います。

今では近所などがなくなり、東京ではマンションに住んでみると何年もいるのに会ったこともない話したこともない知らない人ばかりです。それぞれにプライベートを尊重するあまり挨拶すらもなく、何をしてどのような人たちが住んでいるのかは管理人すらも把握することができません。

御互いの居場所があるというのは、思いやりの場があるということです。居場所がなくなった世界というのは共生と共感のない孤独で辛い場所だけが残るのかもしれません。そういうところにいくのは目先の個人の損得で考えるからであり、思いやりや徳を重んじるのなら居場所を広げていくことが価値があるのはすぐにわかります。本当の居心地のよさとは「思いやりを優先し自分は少し不便でもいい暮らし」のことかもしれません。そしてそれこそが「共生の居心地」なのです。

引き続き、子ども達のためにも先人の暮らし、古民家の教えから学び直し聴福人の実践を深めていきたいと思います。

直観力とは何か

古いものに触れていると様々な価値観に出会い、そして新しい直感が滾々と湧いてきます。一昨年より磨くことを深めていると、磨くというのは直感と似ていることに気づきます。ひょっとするとこれは「直感を磨く」という言い方をしてもいいのかもしれませんが、磨くから直観が冴え、直感が冴えるから磨かれるのです。つまり直感は本質が磨かれていくということなのでしょう。

例えば、冒頭の古いものでいえば古いもの、経年変化したものに触れて手入れをして磨いていると磨いているうちに次第にそのものの持っている本当の価値に出会います。その価値を知り自分がもう一度再定義し直し、それを今の時代に活かしたならそこに直感的に色々な感性に出会います。それが作り手の思想であったり、またその素材の持つ特性であったり、経年変化して生き残ってきた徳性であったりと様々です。これも一つの多様な価値に触れて自分の価値を磨くことになり直観を育てていくのです。

将棋の羽生善治さんの「直観力」(PHP)に直感に関することが書かれています。その帯には、「自分を信じる力。無理をしない、囚われない、自己否定しない。経験を積むほど直観力は磨かれていく」とあります。

そして『直感を磨くということは、日々の生活のうちにさまざまのことを経験しながら、多様な価値観をもち、幅広い選択を現実的に可能にするということ』といいます。そのためには『考えや価値観の幅が狭いと、直感の判断根拠が乏しいかもしれません。普段から「こうに決まってる」「ふつうこうだ」などと考えていては、鋭い直感は得られない』といいます。

自分の中の小さな常識に縛られきっとこうであるはずだと思い込むことやふつうはこうだなどと囚われることで直感は失われていくということです。マジメで常識的であればあるほどに発想を転換することができないように思います。私はこの発想の転換こそが直観力の醍醐味だと思っています。ではこの直観力をどのように磨くのか、羽生善治さんはそのために気を付けていることがあると言います。

『いつも、「自分の得意な形に逃げない」ことを心がけている。戦型や定跡の重んじられる将棋という勝負の世界。自分の得意な形にもっていけば当然ラクであるし、私にもラクをしたいという気持ちはある。しかし、それを続けてばかりいると飽きがきて、息苦しくなってしまう。アイデアも限られ、世界が狭くなってしまうのだ。人は慣性の法則に従いやすい。新しいことなどしないでいたほうがラクだから、放っておくと、ついそのまま何もしないほうへと流れてしまう。意識的に、新しいことを試みていかないといけないと思う。』

人は誰しも自分の価値観のメガネをかけてこの世の中をみています。その人の価値観が狭ければそれ相応の狭い世界、その人の価値観が融通無碍であり無限で自由あればあるほどに観えている世界は多様で広大です。私があらゆることに興味を持ち深めるのも、自分の価値観を常に壊して常識に縛られないように工夫するためでもあります。新しい世界、たとえば今までかかわることがないような文化に触れることもまた挑戦ですし、今までにやったことがない方を選んだり苦しい方を選ぶこともまた新しい試みなのです。アイデアが停滞するとき、私は敢えてやってみたことがない世界に入っていきます。回り道や寄り道をしているように見えてかえってそのことで直感が磨かれ本業の志を助けてくれるのです。

そして直感を磨くには、日頃から「アウトプット(捨てる)」する必要を説いています。そこにはこうあります。

『過去の知識や情報は、すべて素材だ。それらは、次の新しいものを想像する素材として利用されるためにある。過去の素材であっても、適切に組み合わせれば、新しい料理をつくることができるのだ。しかし、情報をいくら分類、整理しても、どこが問題かをしっかり捉えないと正しく分析できない。さらにいうなら、山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」、そして「出すか」のほうが重要なのである。情報メタボにならないためにも、意識的に出力の割合を上げていくことが重要になる。』

直観力というのは集中力ですから、ひとたび信じて動きだせばすぐに膨大な情報を取り込んでいきます。そして直感のアンテナが立ったなら世界のあらゆるところから情報が集まってきます。それを取捨選択するチカラ、つまりは捨てるチカラが求められます。言い換えるのなら、思い込みを捨てるチカラです。そのために自分の中にある常識を一つずつ壊していく、そういう日々の研磨と練磨、「磨きあげる」ことが何よりも必要だと私は思うのです。

磨きあげるのは、単に掃除や手入れをすればいいのではなく本質的な試練や苦難といった自らを研鑽する機会と経験という砥石によって自らを磨かなければなりません。そのために志を高く持ち、そこから訪れるその一つひとつの御縁を選ばずに引き受けていく人生、もしくは来たものをすべて受け取りそれを福に転じていく人生、それが直観を磨き本来の生きるチカラを高めていくように私は思います。

何をしていてもすべては本懐を遂げる一点に集中する。

直観はいつも陰ひなたから自分を助けてくれる大切なパートナーです。自分の思い込みを信じず、自分を信じて引き続き様々な実践を愉しみ味わっていこうと思います。

 

 

 

 

生活の呼吸

最近、社内見学が増えて色々と考えることがあります。暮らしはそこに住まう人の生き様ですから、どのように働いているか、どのように生きているかは、その場に自然に顕れてくるものです。

実際に建物があったにせよ、そこで暮らしがなければただの建造物になってしまいます。それは建物に限らず、他の道具でも同じです。例えば、道具一つにしても丁寧に使い込み磨きこまれれば息を吹き返します。同じように、実際にどのように使っているか、そこで何を大事にしてどのように生活しているかでその人の生き方や生き様、言い換えるのなら理念といったものが外側に顕れてくるのです。

人は家があるから家になるのではなく、その家に住まうから家になるのです。そして家の人たち一人ひとりがどのように家を築き上げていくか、それはその家の人たちがその家を使って何をしているかに由ります。家に感謝で住まう人が多ければ、自ずからその家は感謝に満ちます。その家で不満をぶつけて不足ばかりを思う人は、家が貧しくなっていきます。

日々に色々なことが発生しますが、その一つ一つの物語を味わいつつそこで住まう人たちが一緒一体になって暮らしていく中にこそ生活の呼吸があります。生活の呼吸とはどのようなものか、それは活動しているということです。そして「手入れ」を怠らないということです。掃除などもそうですが、暮らしをしていれば色々と不具合があり壊れるところがでてきます。それを改善して何のためにやっているのかと初心を振り返りまた原点回帰して新しくしていく、それを続けていくことでいつまでもそこに「場」が出てくるのです。

その場にいる一人ひとりの生き方、そして責任があってはじめて場は出来上がります。「手入れ」というのは、万物の基本です。手入れとは常に善い状態でいようとすること、もっとも本質的であろうとすること、そして素から直すということを言います。

自分のお手入れは日々に必要ですが、そこで暮らす場の手入れは同じくらい大切なことなのです。壊れる前に修理したり、傷む前に養生する、そういう日々の心がけこそが暮らしを永く豊かに仕合せにしていくことであり、そういう自他への克己実践の集積がが長持ちし永続させる智慧になって日常生活を支えていくように思います。

修繕と修養、そのどちらも生き方次第です。

引き続き、本懐をとげるためにも内省を重んじ丁寧にお手入れし生活の呼吸を大切にしていきたいと思います。

農的暮らし

かつての日本では、伝承されてきた先人たちの暮らしをどのように子孫へ譲り伝えていくか、それを様々な方法で伝承してきました。しかし今では「農」という字は、単なる農業の農のみで語られ田畑を耕して作物を育てる職業の人を農業人などといったりします。しかし本来の「農」は単に作物を育てればいいのではなくその生き方が「農」であったということを示すものです。この「農的暮らし」というものは、如何に自然に沿って自然と調和して生きていくか、その自然循環の理念に完全に合致しているという意味で農であったと私は思います。

「農」の解釈として101歳になる元ジャーナリストのむのたけじさんが「いのち守りつなぐ世の」の中でこう書いています。

『「農」という字の語源は、「曲」と「辰」に分割けられる。そして、上層部の「曲」はもともと「ねばつく」という動詞。ニクズキを付けると「膿」になるが、これはネバネバしているはずで、膿のようにネバネバするものを「土(つち)」として表現している。そして、下層部の「辰」であるが、十二支の1つになっているものの、もともとは大きな二枚貝である。(その性質から「整う」という意味で用いられ、後で架空の動物の「龍」を割り当てたようである)この大きな二枚貝は、鍬が発明される前は、この貝で土を掘り起こし、細かく砕いていたそうである。貝の硬さはいくつもの層から形成されることから裏打ちされ、それが火にも水にも強い自然界の芸術なのである。』

自然界の芸術を扱う人たちを農民とも言えます。自然界の様々なものを活かし、それを感謝で使っていく。本来、私たちはこの地球に住ませていただいている存在、この地球の中で生かされている存在だと原点回帰すれば自ずから農的な暮らしを優先していくことの必然を感じるように思います。文明が発展し、人間ばかりの都合で世界を開花させていくうちに大切なことを忘れないように古来から工夫は尽きません。

以前、信濃の上伊那の歌人宮下正岑(1774⁻1838 江戸後期の歌人)に『勧農詞』というものを拝見したことがあります。まさにこれこそ農的暮らしの本質であると感心して、メモを取りました。これを家訓にして大切にしている農家も多かったと言います。

『風流を楽しむ花園ならで、後の畑、前の田の物作に志し、自ら鍬を採って耕し、先祖の賜と命の親に懇と尽くし、吉野の桜、更科の月よりも、己が業こそたのしけれ。朝夕心を留て打むかふ菜種の花は、井手の山吹より好しく、麦の穂の色は牡丹芍薬より腹こたえありと憶え。朝顔より夕顔こそよけれ。萩桔梗より芋牛蒡に味あり。渾て花紅葉より栗柿ハ宝の植木なり。稲の穂並み賑しく菊の花より腹満る心地して、栗穂に馴る鶉野辺の喜の音聞くか。面白く遠き名所旧蹟より近き田圃の見廻りか。飽す松島塩竃の美景より飯釜の下肝要なり。上作の名剣より鎌鍬は調法なり。書画の掛物より、掛て見る作物の肥を油断せす投入れて、生花の工より茄子さゝげの正風なるか。見處多く、茶の湯、蹴鞠の遊より渋茶を飲んで昔話こそ楽しけれ。玉の望より茅葺の家に居か心易く。高きに居らねば落るあぶなげなし。迷はねば悟らず。念佛のかわりに業を怠らず。実義を尽すハ神詣に比し、仁者にならふて山に木を植え智者の心を汲て田の水加減を事にし、珍肴鮮肉の料理より銭いらすの雑炊が後腹病る気遣なし。すへて世の中ハ飛鳥の川の流れ。きのふの渕ハ今日の瀬となる如し。唐の咸陽宮、萬里の長城も終には亡に。平相国の驕も一世のみ。鎌倉の将軍も三代をすぎず。北条、足利の武盛尽き織田、豊臣の栄も終に一代なり。時過き世替れは誠に夢の如し。世に希なる珍味も舌の上にあるうち。伽羅蘭麝の薫りもかく内のみ。楽しみは苦の基ひ。財宝は後世の障り。遊興はしばしの憂。他の富みも羨ず。身の貧も嘆かず。唯慎むべきは貪慾と恐るべきは奢なり。抑(そもそ)も田地は萬物の根元にて、国家の主宝なれば父母の如く敬い、主君の如く尊み、妻子の如く育み、寸地をも捨てず、何処にても鍬先の天下泰平、五穀成就を願うより外更になし。』

もっとも印象深いのは後半の「そもそも田畑は地球万物の根源である、それがクニの宝であるから父母のように大切に敬い、天に仕えるがごとく尊び、家族のように大事に育て、わずかな土地をも粗末にせずに、いついかなるときも鍬先に世界の平和があることを念じ、五穀豊穣を祈ること以外ない」というところです。

自然への畏敬を忘れずに驕らず怠けず貪らずに、日々を清く明るく素直に暮らしていくことが尊い、つまり「農的」ということなのでしょう。

自然農を実践する中で、いつも感じることは悠久の生き方、永遠の篩にかけられても生き残る生き方を子ども達に譲り遺していくことの大切さです。つまり「農」こそ「暮らし」そのものなのです。引き続き、今年も稲や里芋を育てていきますが丁寧に見守り生き方を観直していきたいと思います。

 

 

 

 

子どもの志事

今の時代は、短期的に物事を考えて正解を出すあまり長期的に考えることを否定しているようにも思います。物事というのはどんな物事であれ、短い目でいくら正解だと思っていてもそれが長い目で見た時に正解になっているとは限らないのです。いや、ほとんどすべてが長い目で観た時には間違っていると言っていいかもしれません。

例えば、環境問題もそうですが子どもの少子化対策のことや待機児童のこともそうです。今さえ何とか乗り切ればいいという政策や、そこに纏わりついてしまうビジネスは時流などと言い方をしますが長期的にみて方向性が間違っているものばかりのように思います。

「子はくにの宝」といい、昔は子孫のことを考えて今の時代を生きる人たちはその責任を果たしていました。しかし今は、目先の問題に対処するばかりで根源的な改善を怠り対処療法ばかりでやり過ごすうちに長期的に観て実践をすることよりも短期的に方法論ばかりを試すような浪費ばかりを重ねていきます。

これでは日増しに体力は消耗していき、何代か先の子孫にとても大きな負債を遺すことになるかもしれません。本来、私たち今の世代は子子孫孫を子どもだと定義し、その子ども達にどういう恩恵を譲っていけるかをみんなで考えて行動していなかなければなりません。それが子どもを思う親心ですが、子どもをあてにして経済ばかりを追い求めて疲弊していたら本末転倒するようにも思います。

アメリカにネイティブインディアンの古老の教えと掟というものがあります。ここには「どんなことについても何かを決めるときは、そのことの影響を七代先まで考えなくてはいけない」とあります。具体的にはこう書かれます。

「あなたが重大な決断をし、行動を起こす前には、あなたの親、祖父母、そして先祖を7代に渡って遡り思い返します。そして同時に自分の子供、孫、曾孫と7代先の将来の子孫のことを考えます。あなたの行動と決断が過去と現在を尊重していると確信できるとき、そして未来を7代に渡って守っていると確信できるとき、あなたは良心にしたがって前進することができるのです」

今のことばかりを考えて判断するのではなく、その判断は果たして7代先に渡って守っていけるものかを確信できるかという問いを持って判断せよということです。その時のみ、はじめて今の世代の判断が間違わないということです。

何代も先のことを考えて木を植えたり、何代も先のことを考えて大切なものを遺すようにと陰ながら活動している人たちが世の中にはいます。そういう人たちはみんな今の資源がかつての先祖たちが私たちに遺して譲ってくれたことを知っています。その恩送りをするために、今の自分にはすぐに利益がかえってこなくても先々の子孫のためにと活動を已めないのです。

こういう人は長い目で物事をみて、根本的に考え、本質から外れることがありません。ネイティブインディアンの「良心」という言葉は、「本質」とも言い換えれます。

物事はすべてにおいてどれだけ長い目で観ているかということが視座を高めるのです。それは保身ではなく、保育の生き方、この仕事は本当に歴史を考える志事であると感じます。

引き続き、今の実践が将来の子ども達にどんな影響を与えていくかしっかりと見通して丁寧に取り組んでいきたいと思います。