好奇志心~時の旅人~

人は生き様の中にその人の思想や哲学が籠っています。それは時間の中に顕れてくるように思います。どのような生き方をするのかは、その時間の過ごし方にあるようにも思うのです。

時機というものは、待つものであり単に待てばいいのではなく丹精丹念に日々の努力精進をしながら待たなければならないことばかりです。それは自分の心との正対であり、自分の精神との正対でもあるように思います。

忙しいくらいで自分を見失っているのでは、本来の生き方がまだまだ自分の都合が入っているからかもしれません。どれだけ壮大な夢のために自分を使うかはその人の志如何に由るものだからです。

運命があったとしても、その運命のせいにせず半分は自分の意志で覚悟をもって歩むのが志士のように思います。

吉田松陰の言葉の中に「聖人の胸中は常に多事(多忙)にして楽しむ。愚人の胸中は常に無事(暇)にして楽しまず。」があります。

意訳ですが、(生きとし生けるものの心の幸福のために生きる人の精神はどんなに忙しくても心から楽しむことができる。しかし一般的な人の精神は時間があったとしても楽しむことができないものだ)ということです。これは多難にして謙虚に感謝し、無難にして傲慢に怠慢と言ってもいいかもしれません。

自分の時間ではない人は、常にそれが意味があって意義がある時間だと自分を使い切ることができます。しかしそれをいつも自分のためだけに使っている人はその時間の意味も意義も知ろうともしないのだから面白くないのです。

時間というものはその人の志が入ってきます。いつも世の中のために自分を使う人は、自分が使われていることに仕合せを感じるものです。しかし自分の欲望ばかりを優先している人には、使われる喜びに出会えません。学問は、勉強することではなく人生を生き切ることですからそれを楽しんでいるかどうかはどれだけ自分の真心に能動的実践をするかということです。

「学 ゆるむべからず、一日をゆるめば、まさに大機を失せん。」(学問は決して弛み怠ってはいけない、やったりやらなかったりをもしも一日でもやれば偉大なチャンスも全て失ってしまいます)と吉田松陰も言います。

天命を待つからこそ学問を怠らず真剣に打ち込むことができます。その天命とは、その人の願いに対して応じるもののようにも思います。

人は自分の考えではどうにもならない現実の中でもどれだけ魂を輝かせるかはその人の生き方次第、生き様次第です。同じ人でも観え方が変わるのは、人間はみんなその魂の生き様に憧れるからです。

それは羨ましいのではなく、自分から憧れるということです。憧れて入った道ならば、その道が楽しくないはずがありません。その憧れこそ童心であり、その人の本質、そして初心でもあります。

「志をもっている人間は、何かを目にしたら、必ず心中に感じるものがある。」

好奇志心のままに内省を片時も怠らない楽問をしていきたいと思います。

 

志の意義~親孝行~

今年は大河ドラマで吉田松陰に関することに触れる機会が多いため、今まで見聞きし調べてきたことを何回かに分けて深めてみたいと思います。

吉田松陰は脱藩をしたり、ペリーの黒船に乗ったり、討幕を訴えたりと危険なことばかりを繰り返した我儘な人物ということをよく誤解されます。当然、人間は封建的なものを持っていますから秩序を乱すようなことをすれば排斥されてしまうものです。特に明治維新前の時代は思想をはじめ言論から行動まで非常に強く抑え込まれていた時代ですから危険人物の中では突出していたとも思われていたのでしょう。

先日も吉田松陰のことについて他人に聞かれましたが、親に迷惑をかけて周囲に迷惑をかけてなんて勝手な人だという人がいましたが決してそうではないのです。

吉田松陰はいつも自分が行ったことで親に申し訳ない、周りの家族に、親族に、お世話になった方々にと涙しながら前進した人物でした。脱藩の時は、毎晩のように涙を流して親の安否を心配し続け、ペリーの時は有志の師の佐久間象山先生の安否を気遣い続け、牢獄に入れられ私塾を開き討幕を訴えて兄は失職し両親も仕事がなくなり、養父の責任も巻き込み、申し訳なさに涙涙しながらも志を貫き至誠を通し真心を盡した生き方の人でした。

それは手紙や詩の中にたくさん残っています。

「知るや否や親を思う連夜の涙、天衷自ら万人同じきあり」(分かっているのだろうか、両親のことを心配し流している連夜の涙を、人間には必ず天から与えられている情があるのだから私もまた同じなのです)

「吾が家の父母兄弟いずれもつつがなきに候や」(我が家の父母兄弟はいずれもご無事であろうか)

「これからは、拙者は兄弟の代わりに此の世の禍を受け合うから、兄弟中は拙者の代わりに父母へ孝行してくれるがよい。左様あれば、つづまるところ兄弟中皆よくなりて、果ては父母様のおしあわせ、また子供が見習い候えば子供のため、これほど目出度き事はないではないか」(これから私は兄弟の代わりにこの世の災難を請け合うから皆はどうか両親に孝行してください、そうであればみんな家族は仲良く両親も仕合せで子どもがそれを見習えばきっとめでたいことだから)

最期の別れでは、母親に元気な姿で帰ってくると約束し母親を安心させ旅だち、処刑前に遺した詩が「親思う心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん」(私が両親を思いやる心以上に私を思ってくれる両親の真心、今日の私の死の知らせをどう思うだろうか)とするのです。

このような人物が我儘で自分勝手に生きたわけはありません。吉田松陰は何よりも孝行を大切にし、忠義を盡して、至誠に生きた人物なのはすぐにわかります。激しい一面だけを見ては危険な人物というところだけを見ては、世の中の批評はあったけれど、内面や内心、本心はとても思いやりのある優しく純粋で正直な子どものような人だったのです。

自らを「情人」であるといつも言っていた松陰は常に立つときその情に於いて煩悶するがそれでも往く、「慈母の愛、父淑の責めは人情の堪え難きところ、唯だ非常の人のみ能く非常のことを為す。孔孟の国を去り、釈迦の山に入る、皆常情にあらざるなり」という。孔子も孟子も自ら家族を遺して国を去り、釈迦もまた同じように山に入っていったように決して比べられない大事なもののために覚悟するのだと自戒し言うのです。

自分の真心を信じてくださる両親に甘えつつも、同時にそのことで多大な迷惑をかけてしまう苦悩に煩悶し涙する日々の中「已むにやまれぬ大和魂」(それでもやめることはできない私の善心)という言葉は、それでも已めるわけにはいかないという透徹した純粋で正直なその人の心魂から吐出す信念の血言霊だったのではないかと私は思います。

本当に未来を憂い、世界の将来を心配し、人々の行く末を案じるのなら魂の先輩から志の本意を学ばなければなりません。私たちは単に義理か人情かではなく、志ということがどれだけ苦労の実践実行と関与しているのかを自覚しなければなりません。親孝行の中に大切な教えは全て入っているように思います。

親孝行をするというのは、志を練り上げる第一の徳です。

子ども心に憧れた松陰はいつも心の中に居ます。時機を心待ちにしているのなら、いつの日か同じ境地に近づけるのでしょうか。これからも何をもって親とし、何をもって孝行とするか、その志の意義をよくよく考えて生き切っていきたいと思います。

伝心

人は知識があるないにかかわらず、信じているか信じていないかは言葉に表れて出てくるものです。何のために知識を持つのか、それがかえって不安材料になってしまうのではせっかくの知識がうまく活かせないことになるかもしれません。

先日ある人が、若いときは「できないことが増えるから挑戦したくない」ということを言っていたという話を聞きました。優等生で優秀であったために、何かをすればできないことが増えるから何もしたくないという心理があったとのことです。それを聞いた周りの人は「できないことが増えるのはできることがそれだけ増えることだからもったいない」と言っていましたが、その人はできないことが増えることは可能性が広がるという考え方でした。

同じ事柄であっても、できるできないをどう捉えるかというのはその人のセルフイメージが決めています。セルフイメージとは自分の心と思いのことです。自分の中で何を信じているか、自分の中でどのような思いがあるかということに気づけば自分の努力の方向性が分かるようにも思うのです。

人は対話をします。その対話はただ言葉を行き来させているのではなく、その人の心や感情を伝えるものです。いくら上辺を繕って表面上は誤魔化してみても、心はそのまま相手に伝わります。心や思いがどうなっているのかは、語らずとしても伝わるものです。

これを以心伝心といいます。信じるということもこれに似ています。その人が言っているから鵜呑みにして信じるではなく、自分から能動的にどれだけ信じようとするかということが大事なのです。

言葉にはその人の信が入ります、そして眼差しにも信が入ります。信じ合っている絆は強く簡単には崩れません。しかし信が弱くなれば、絆は脆くなります。お互いが信じ合っているという関係を維持するのは、お互いにその信を送り続ける努力が必要なのです。

信じるというのは、自分が信じる実践を積み重ねていくことで溜まっていきます。自分との約束を果たし続けていたり、自分に打ち克ってきた場数によって信はより篤く盤石になっていきます。もしくは自分の信じる人が信じているものを一緒に信じることでその信を結び信頼の手綱を握り合うこともできます。

目には見えませんが、その信があるからお互いに頼り合うことができるのです。自立というのは、信頼関係を築けるということです。つまり自ら信じることができるようになるということです。

信じさせてもらおうという態度では、いつまでも他人のせいにできるような姿勢では信じることは難しいものです。自分を如何にだまし続けるかは、自分が如何に信じ続けられるかです。本来の知識とは、自分を信じ騙すためにあるもののように私には思えます。そしてそれは信じる方も同じです、信じているかどうかが相手の信の礎になるのです。

どんな情報も知識も受け取る側の考え方次第ですから、それを善いものへと転じるのは具体的な実践による智慧に換えた時に変わるように思います。知識をどのように活かすかは、その人の生き方ですから長い目で観て世の中を仕合せにするために遣っていきたいと思います。

子どもたちのためにも、できるできない、分かる分からない、知識か智慧かではなく、信じるということ。何よりも主体的に心を育てて思いを揺るがないものに成長していきたいと思います。

師弟とは~一心同体~

よく師弟関係という言葉を用いることがあります。何の道でもそうですが、何かを習い始めては師がいますが師がいれば自分は弟子となります。しかし本来の師弟というのは一体だと私は信じているのでむやにやたらに誰かを師にすることはありません。

吉田松陰にこのような言葉があります。

「師道を興さんとならば、妄りに人の師となるべからず、又妄りに人を師とすべからず。必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべきし。」

これはかなり厳しい言葉にして、師とするな、師となるなといいます。真にこれは教えなければならない学ばなければならないことの時にだけ師となれというのです。

吉田松陰や孟子の著書を沢山出版している川口雅昭氏がこれを解釈しています。「この言葉はよく一般論として、教師、上司はこうあらねばならないという引き合いにだされるが、実はそうではない。知識があるとか、品行方正、学術優秀な教師はたくさんいると。しかし松陰のいう師弟関係とは、国家のために死ねと命令したら死ね。死ねない人間は弟子になるな。これに対して弟子も、先生の言うことなら死んでもいいという。両者の思いがそのレベルで一致して初めて師弟関係となる。」

つまりは、お互いの「本気」「覚悟」があってのものということです。言い換えれば、師を弟子に置き換えた文章でも同じということです。「弟子道を興さんとならば、妄りに人の弟子となるべからず、又妄りに人を弟子とすべからず。」なのです。

思いを同じくするというのは、知識が多いから師匠と呼ぶのではなく、経験が豊富だから師匠というのではなく。師弟一体になりたいと願う、魂の求道なのです。それだけ一心同体になって物事に真剣になりたいということなのです。

私は孟子の私淑という言葉が大好きです。私淑とは「孟子巻第八離婁章句」に書かれている言葉です。

「予未だ孔子の徒たるを得ざりしも、予、私かに、諸を人に淑くするなり」

意訳ですが、私は時代が異なり孔子の弟子になれなかったけれど、孔子の遺した徳風から様々な薫陶をうけそれを学び周囲の人々に伝えていたのです。つまりは「ひそかにその人を師にして尊敬し模範として学びます」という言葉です。

孟子の姿勢は孔子にとって一心同体のように私には思うのです。それだけ本気だったということ、それだけ同じ夢を目指したという事、ここに真の師弟を観るのです。単に自分が学ぶために師とするのではなく、師と同じ夢を持つという事、同師というのかもしれません。

師道を興すというのは、後に続く者たちへの夢を遺すということです。

本気度で師に刺激をいただく日々に感謝しつつも自戒ばかりが頭をよぎります。子どもの前に立っているのだからこそ、子どもが背中を追いかけてくるからこそ、決して自分のために行うのではなく、やったりやらなかったりするのではなく、真摯に至誠の実践を積み重ねていきたいと思います。

探究心~真剣な実践~

人間は物事のことをどれだけ深く掘り下げていくかで本質に近づいていくように思います。世の中の話をいつも鵜呑みにばかりしていたら、本当のことは分かりません。物事の意味を実践により咀嚼してはじめて自分のものになるのが本質ですから本質が理解できるということはどれだけ探求しているということです。

探求というのは、字の如く「求めて深める」ということです。つまりはそのものの本質を見極めようとする力であり、真理を知りたいと思う好奇心のようなものです。

私もどうも好奇心旺盛で、本当のことが知りたいとばかり思うようです。いくら本に書いてあっても、いくらそれが科学で証明されていると言われても、自分自身が自分の感覚で「探していたのはこれか」と納得するまでは諦めきれない性分のようです。

先日も、保田與重郎の著書に飛鳥の神奈備のことが書かれていて本当にそうかと自分で現地にまで調べていきます。その過程で、様々なご縁に導かれ新たな発見をし、なぜそれを調べたかったのかを竟には自覚自明するのです。

探求するというのは言い換えれば道を歩んでいくということです。自分の舌で咀嚼し、自分の胃で消化し、自分のモノにしていくということです。それには真理探究に対する強い熱意が必用のように思います。

偉い先生が言うのだからとか、誰もが知っている事実だからとか、未知なるものだからだと考えるのをやめてしまって無関心に流していたらいつまでも本質に近づくことができません。だからこそ、自分から分からないことをもっと本当のことが知りたいと知識欲を転じて智慧欲に換えていく必要があるように思います。

知識は簡単に便利にすぐに入ってきますが、智慧は入ってきません。智慧は具体的な行動と探求によって自分のものになっていくからです。以前、メンターに「距離に負けるな好奇心」という言葉をいただいたことがあります。

面倒だなや、大変そうだな、しんどそうだなと、いちいち何かをやる前にそんな気持ちに探究心が負けてしまっていたら何一つ自分のものにはならないということでしょう。

最後に論語にあります。

「子曰わく、憤せずんば啓せず。非せずんば発せず。一隅を挙げてこれに示し、三隅を以て反えらざれば、則ち復たせざるなり」と。

如何に真剣に物事に取り組むか、真剣であればあるほどに探究心は高まるのです。真面目そうになるのではなく、真面目であることは志事に如何に真剣に取り組むかということです。本当の真面目とは何か、本当の真剣とは何か、味わえる仕合せを周囲に自らの実践で伝えていきたいと思います。

 

 

信念会~ふり返り~

昨日、社内で新しい年を迎えて昨年の御蔭様に感謝とともに熊野神社に参拝し昼からは七草粥、また夕方からは一年のふり返りを兼ねて新年会(信念会)を行いました。

今年は書初めではなく、磨き初めという初実践もはじまり皆で貝に字を彫り込みその貝をピカピカに磨くという実践を行いました。磨ける仕合せ、磨いたら光という有難さ、何より磨いている自分自身が感謝に包まれるという体験をできたように思います。皆で磨き合えるというご縁もまた、天の絶妙な計らいかと思うと勇気づけられ励まされるのは同じように志した仲間がいるという安心感かもしれません。

また信念会では、一年間で約1万枚にも及ぶ写真の中から厳選されてムービー化されたものを観ながらふり返りを味わいました。毎日は、怒涛の如く過ぎていきます。充実していることも忘れるほどに様々な課題や出来事に遭遇します。

しかしふり返りを大切にしていないのならばどうしても目先の問題に囚われ、物事のマイナスな面ばかりに感情が揺さぶられたり、事物の不安な側面ばかりが視えてしまったりするものです。ふり返りをしていくと、実はとても有難いご縁であったとか、本当は見守ってくださった多くの方々の御蔭様であったとか、善い方、素敵な方、仕合せな方を観ては今の自分に対して天が与えてくださっているすべてに感謝することができるように思うのです。

人生とは旅のようなものです。

目的地に行けないことばかりを悩んでは不平不満を並べるよりも、旅をしている最中を楽しんだ方が旅をふり返ったときにまた行きたいねと感じるものです。旅はふり返りながら歩むことにこそ真価真楽があるということです。

奇跡に出会った喜び、仲間に回り逢う仕合せ、そういうものを分かち合うご縁がある。

ご縁を大切に素直に学べることに感謝して、精進を味わっていきたいと思います。

時間の使い方~未来の自分~

人は自分の時間の使い方でその人の人生観が観えてきます、一度しかない人生を何に遣っているかは時間が証明します。時間とは何か、それが人生とも言えます、その時間にどれだけの意味と感謝を持つかでその質は変化していくように思います。

志を持ち実践し継続するという時間こそ、その人の天命に応じる生き方かもしれません。

自分の時間であるけれど、それは他人のための時間でもある。

そう考えることができるならば、その人はスケジュールというものを有意義に使えるように思えます。なぜなら人はみんなご縁で結ばれていて、そのご縁に感謝すればするほどに自分の時間は大切な誰かのために使いたいと願うようになるからです。不思議なことですが、自分の事ばかり考えて自分の時間ばかりを持つ人ほど時間を持て余してしまいます。いつも誰かの役に立ちたい、誰かのために力になりたい、だからこそ誰かのために成長したいと願う人は無限の時間を持っています。

論語に、「夫れ仁者は己立たんと欲して人を立て、己達っせんと欲して人を達す」(雍也第六の三十)があります。

これは弟子の子貢が孔子に人を救うことについて尋ねた質問への問答です。私の意訳と解釈ですが子貢は、人々を多くの災難から救い施し豊かにするのが真心の人ですかと尋ねます。すると孔子は、それができたら真心の人ではなく聖人だ、古代の聖帝の尭・舜ですらそれができなくて苦労されたのだ。

そしてここからが上記の有名な一文「己を立てようとして他人を立て、己達さんと欲して他人を達す」の意味ですが、真心の人は自分が立ちたいと願えば他人を同時に立て、自分が達したいと思えば同時に他人を立てる、つまり他人のことも自分のことのように思いやることができる、まるで自他一体なのだよと言います。

このことは、私のかんながらの道にも通じるものがあります。つまりは真心の実践とは自他を分けないということ、つまりは思いやるということです。逆説ですが、他人を立てることができる人だから自分で立つことができます、そして他人を達させることができる人だからこそ自分も達するのです。

私は自分のために成長したいのではなく、その他人の力になりたい、助けられる技術や仕組み、救えるための法則を学びたいと真摯に祈り探し深めつづけて歩んできました。するとその力は自分のために必要なのではなく、力になりたい誰かのために必要になるのです。自分が達したいと思う願いの本質は、相手があってのものだからこそ自他を達することができるのです。

人間は自分と他人とをどこかで選別しています。まさか目の前の人が自分だとは思わないものです。しかしよく考えてみると、自分とは何か、それは関わる人たちとの出会いに由って存在しているものであり、それによって変化していく存在です。

その自分という物は、単に自分と認識できる範囲の小さな自分ではなく世界丸ごと含まれた中にある自分という存在もあるのです。つまりは、自分とは相手であり相手が自分という世界のことです。

自分が助けたその人に由って同時に自分が助けられているという事実、自分が真心で実践したことが相手の真心に通じて同じ実践ができることも全ては自分というものの認識の別に由るのです。

人間には外見では同じようなことをしている人でも実際に実践するとその深さが異なることに気づきます。自他一体も、同時というのも、己というものの捉え方一つということなのでしょう。

自分の周りを仕合せにできる人は、自分も仕合せになる人です。

全てを真心と思いやりのために時間を遣え生きれる人が、常に己に克っている人ということなのでしょう。分けない実践、選ばない実践、全ての人を未来の自分だと思える実践を引き続き深めていきたいと思います。

命維れ新なり~維新の本質~

今年の大河ドラマ「花燃ゆ」では吉田松陰の妹の文を主役にしたものが放映されます。吉田松陰は優しく暖かく見守る家族に恵まれていることは松陰の過去の手紙から察していましたが、妹についてはあまり関心を持っていませんでした。今回の大河で妹がどのように松陰の影響を受けて生きたのか、私なりにも深めてみたいと思います。

吉田松陰は、孟子を使った講義を野山獄で囚人仲間に対して行いました。野山獄ではお互いの得意なところを学び合おうと学問を続け、その中で自らは孟子の解釈を語りました。その講義録を「講孟剳記」といい、完成したものを「講孟余話」といいます。

孟子は、江戸時代では禁書とされ社会秩序を乱すものとして読むことも禁じられていました。儒教は別名で「孔孟の教え」と呼ばれるのに、孔子は読むが孟子は読んではならぬというのはおかしな話です。孟子は、性善説を唱え人間の本性は善であると言いました。それに対して荀子は性悪説を唱えその反対を言いました。

しかし、本来は善も悪も一体であり真善と真悪は極め尽くせば最善であるのだから言っていることは同一のことなのでしょう。ただ解釈の仕方としては、孟子は惻隠の情という言い方をし、どんな人間も幼い子どもが死にそうならかわいそうだと思う真心が誰にもあるように人は思いやりを持って産まれてくるものだと言ったと私は解釈しています。

赤ちゃんが笑顔になるように、周りのことを思いやるようにできるのは人間は地球の中で見守られ多くのつながりの中ではじめてこの世に産まれてきます。生き物を殺して食べては存在しているのが私たちですから自然の慈愛は偉大なものです。

そう捉えてみれば、「人間の本性は善である」というのは言い換えれば「自然の本性は善ですよ」という意味になると思いますからこれは孟子の言う通りです。人間を含めて自然に生き活かされるものは全て善なのでしょう。

孟子は、孔子と同じく王道政治について語りました。今の時代の言葉にすれば、王道社會とはどういうものかを広め続けました。王道とは、人道の極みであり何よりも人間として正直である道とは何かを説いたのです。人間として正直であるというのは、お互いに思いやりを忘れずに助け合って見守り合う協力調和した世界の実践を行うことです。

それを君子とはどうあるべきかと、国を治める人たち(政治家やリーダー)に対して誠の政道とは何かを全国各地を行脚しながら民衆をはじめ国王へ教えを広めました。今も昔も人類は安心して暮らせる平和な社會を夢見てきました。その夢の実現をしようと語り掛けた教えは2500年を経ても燦然と光っているのはそれが本物本質であるからなのでしょう。

その大河ドラマの中で、妹の文が詠んだ孟子の一文がありました。

「庠序学校を設け為し以て之れを教ふ。 庠なるは養ふなり、校なるは教ふるなり、序なるは射なり。 夏に曰ふ校、殷に曰ふ序、周に曰ふ庠しょう、学は則ち三代に之を共にす、皆な人倫を明らかにする所以なり。 人倫の上に明にして、小民の下に親しむ。
王者の起る有り、必ず来たりて法を取る、是れ王者の師と為すなり。 」

私の勝手な現代意訳で申し訳ありませんが、(名君の居た世は常に学問をするところ全てにおいて正直正道を何よりも重んじ人としてどうあるべきかを明らかにしました。そうやって正直正道をみなで実践しているものであってはじめて民は王道を知り、それを広める王をお手本として正しい法に則っていきました。)と。

さらにここから「維新」という言葉が続くのです。

『詩に云う、 周は舊邦と雖も、其の命維れ新たなり、と。 文王の謂ひなり。
子、力めて之を行はば、亦た以て子の国を新たにせん、と。』

また現代意訳ですが、(詩経にこうあります、周は旧い国ではあるけれど、その命は維新されていると。これは文王が言うように徳を大事にして自らが実践すれば同じように国のいのちは新しく生まれ変わり続けるのです。)と。

「命維れ新なり」

正月を迎え、一年の新たな始まりに於いてこの「維新」という言葉。神道の式年遷宮のように「いのちが新らしく甦生する」ということを行うのは、それを実践するものたちの生き方や生き様、いわば道に由ってということなのでしょう。

孔子と孟子の行間からもう一度、仁義の本質を学び直してみたいと思います。

 

生活圏

最近、ベランダには雀だけではなくヒヨドリが飛来してきます。今までは気づきませんでしたが、鳴き声と様子を観察していてはじめてその鳥がヒヨドリであることに気づきました。

体験して観て不思議に思ったことを深めてみると、それは書物から学ぶのではなくそのものから学べます。

雀をはじめ、ツバメやヒヨドリはかつては人間が一緒に生活をする仲間でした。人間にとって害のある虫を食べてくれる存在で、庭木に実をつける木々を植えては季節の風物詩のようになっていました。

今では都市化された場所でやってくれば、糞をはじめ鳴き声などが煩わしいと嫌がられたり、野菜などを荒らす存在として害鳥のように扱われています。人間の都合で、害や益を決めてはそのものの存在を理解しなくなったのは寂しいものです。

以前、青虫とモンシロチョウの話で青虫は害虫でモンシロチョウは益虫というような話を聞いた時に人間の浅はかさを感じたことがあります。もともとは同じ虫であるのに、人間の都合で全部仕分けられてしまうということ。

本来の存在の意味や価値を人間の都合で裁いていくということの傲慢さを感じます。

ヒヨドリからしてみれば、急に変わってしまったのは人間の方です。他にもツバメや雀、また馬も牛もかつては身近に居て大切に仲良く一緒に暮らしてきたのに突如として急変して乱暴に扱いだしたのは今の私たちの暮らしが変わってしまったからです。

古来から、自分たちの善いところを活かしあい悪いところを補って共生していくという自然の智慧が便利さや人間都合によって失われていったのでしょう。

人間は自分が中心か、全体の中の自分かで考え方が異なるものです。たとえば、自分の部屋を家と思うか、生活圏で一緒に暮らしている範囲を家とするかではそのものへの思いやりが変わっていくものです。自分さえよければいいという発想か、自他は一体なのだから周りを思いやっているのかではその生き方や考え方そのものが異なるのです。

本来、自分だけで生きられるわけではなく周りがあって自分が在るのが本来の社會ですから社會のことを狭めてしまえばお互いに自分の都合だけを押し付け合うような排他排除の貧しい社會にしてしまいます。

そうではなく、周りに生きているものすべては繋がっているのだからその生活を守ってあげたいと思いやり受け容れていけば協調していく社會になります。

結局は、周りにいる生き物たちが絶滅していくのはすべて人間のみの社會が優先されてきたからです。周りの動物たちや生き物たちと一緒に暮らしてきた今までの生活をガラリと変えてしまったのはちょっと先の先祖たちです。

もう一度、今の環境の中でも工夫して共に暮らしていけないか、それは自分たちの生き方を見直すキッカケにもなります。日々は学びの連続ですから機会を活かして、環境を工夫してみたいと思います。

循環型社會の本質~一緒に生きる~

昨年は、社業を通してなんでも一人でやるのではなくみんなで協力しシャッフルすることから大切なことを学び直しました。

何でも一人でできる社会は、なんでも自分の都合で物事を進めることができる便利な社会です。人は自分の都合でできることを良しとして、自分の好き勝手にできることを自由だと勘違いしてしまうと不便さというものは排除するものとなってしまいます。

しかしこの不便さというのは、そこに誰かへの思いやりがあったり自分が誰かのために義務を甘受するようなやさしさがあるのです。

循環型社會とは何か、それを昨年は思い知りました。

それは誰かの都合で動かない社會です。それは家族がみんなで協力して助け合う社會です。言い換えれば、全てを必要とし全てを活かしている社會です。そしてそれは不便の中、面倒の中にこそあるのです。

昨年、皆で取り組む実践の中で便利に一人で簡単に進めるよりも、たとえ不便でも面倒でも一緒にやる方が周りのためになっていることを実感しました。誰か一人だけが頑張るのではなく、みんなで力を合わせることでパワーもエネルギーもすべて循環します。

今の時代はパワーやエネルギーを一つのためだけに使い切りますが、しかし江戸時代などはみんなでそれを振り分けて役割分担をして活かし切りました。この使い切るという発想が自分の都合で起こり、この活かし切るという発想が自他一体で行われているのはすぐに自明します。

そもそも循環というものは、周りを思いやっているかということです。自分だけが良ければいいでもなく、自分がやっていればいいではなく、「一緒にやる」といった中庸の場所で物事に取り組むことができているかということです。

一緒にというのは、運命共同体です。私の言葉では自他一体になっているということです。相手が自分であり、自分は相手なのです。自分さえよければいいという考え方が社會を便利さに走らせ、周りを思いやろうとする社會こそが不便であっても一緒にやろうと思える社會を創造するのです。要はどこまで相手や周りのことを思いやって一緒にと思っているかです。自分の成長だけを思う人と、周りの成長まで思いやる人では同じ動きをしていてもエネルギーは循環するかしないかの差が産まれるのです。

子どもにどちらの社會を遺してあげたいか、それはみんな心では分かっているはずです。だからといってその便利さの恩恵を受けている今の文明や時代を否定する気はなく、むしろ有難いのだからもう一段場を高めてその中でも「一緒にどこまで為れるか」が今に生きる私たちの大切な課題なのではないかと私は思うのです。

循環型社會とは、ただ環境をそうすればいいというわけではなく、其処に住まい、此処に生きる全てのいのちと運命共同体になるということです。つまりは「一緒に生きよう」とすることです。

視野を広くして悠久の歴史に今を照らせば、今までもずっとみんなで一緒に地球の中で生きぬいてきました。苦しいときもつらいときも、楽しいときも悲しいときもいつも周りをみては同じいのちを慈しみ愛して生きてきました。

視野を狭くするから自分さえよければと思うのでしょうが、連綿と続いて継承されてきたいのちの姿かたちが今の「自分たち」なのだから過去が悠久の長さがあったように、未来をも悠久の長さで考えないといけません。

今年はさらにすべてを分けずにもう一歩深く踏み込んでみたいと思っています。これは循環が単に共生という言葉ではなく、「一緒」の方が循環の本質に近いのではないかと感じているからです。いのちと生活ということがどのような実践と環境なのか、それをこの時代、今此処ではどうなのかを突き詰めてみたいからです。

一緒に行うことの真価を、全ての機会を活かし切りクルーたちと一緒に深め、志のままに挑戦し試してみたいと思います。