新しい一歩

生きいればやり直しというのは必ず発生する。

それは過去の自分との向き合いが必要であり、丸ごとの自分を偽らずに認めることができるかどうかというものもある。いくら周りの期待に応えようとして必死に自分を偽ったとしてもそ、いつかはその評価は変わってしまうものです。

同じく自分自身の生長にあわせて今までの関係や今までのものを再度、やり直すということが必要であろうとも思います。そのやり直すとは、偽らずにやり直すことが必要にも思います。

人は誰しも、気づかなかったことで間違いが起きることがあります。それに知らなかったことはそれを未然に防ぐこともできず、すべては体験するために必要な期間であったのだと思います。

特に生き方や価値観などというものは、刷り込みが深くそう簡単には気づき変えるということは難しいのです。過去に囚われたり、何かに執着があったり、間違った価値観に凝り固まれば何も見えないのと同じなのです。

しかし体験していくうちに、自分が間違ってしまったことなどにも気づくのだと思います。

その時こそ人は間違いを正すチャンスを得るのです。そしてそれはじっくり納得いくまで体験してからともいえます。その体験こそが、次への挑戦、飛躍のチャンスであろうとも思います。

一般的に人は体験を失敗にしたくないから偽ろうとするものです、もしくは偽っていたから失敗したともいえます。しかしそのままであれば本当の失敗になってしまいます。

失敗とは学びでありそこから気づくものだと定義するならば体験したらならそれに気づき受け容れ清算し新しい一歩を踏み出していくことこそが真の学び方であろうとも私は思います。

新しいスタートには新しい一歩であるのです。
そして過去の体験は、未来の体験で取り戻せるのです。
それが生きるということであろうとも私は思います。

常に清算しながら学びを復習し、それを希望の糧にして歩んでいこうと思います。