道中

古民家甦生をやっていると、色々と周辺の人たちには何をするのかと聞かれます。直してどうするつもりかと尋ねられることはあっても、なぜ直しているのかとはなかなか聞かれることがありません。

私にとってはこの古民家甦生のプロセスの中に、日本人の生き方や民家の暮らしの尊さを学び直して自分を直しているのであり結果はその直した後に自然に出てくるように感じています。

直すというのは、こちらが直しているのか、それともこちらが直されているのかというものがあります。自然農も同じく、私が田んぼを作り直しているのではなく田んぼによって自分の方が直されていくのです。

相手が自然や伝統である場合、ズレてしまっているのは自分の方であることに気づきます。自分が不自然になっていないか、自分がつながりを見失っていないか、一つひとつの体験を通してそのことに気づいていくのです。

ある人にとってはこんなに田んぼを遊ばせてもったいないや、古民家をお店として利用しないでもったないなどと言われることもありますが、私にとってのもったいないというのはこの取り組んでいるプロセスがもったいないと感じるのです。

もちろん結果や収穫、家が完成するのもまたうれしいのでしょうがこの取り組んでいる最中こそが有難く、心豊かで仕合せを感じます。古民家甦生などは一年でよくもここまでやったなと周囲に言われますが、これは結果に対して焦っているから早く完成しているのではありません。

私にとっては自然農も古民家甦生も大変ですが取り組むたびに新しい発見があり楽しく、そして好きで好きで仕方がなく、やっていることで学問の悦びを感じます。周りからは急いでいるように見えても、私にとっては四六時中同じことを考えていますからそのどれもがかんながらの道に観えています。

道楽というのは、来たものを選ばずにそのどれからも学び続けている幸福の中にいるということです。

また仲間がいるから、家族があるから一緒に道を歩める仕合せがあります。

引き続き、子どもたちのためにも目的を大切にして結果を求めずに求道し続けていきたいと思います。