雪中炭と暮らす

故郷では久しぶりの大雪で、真っ白な雪景色に鳥たちもおとなしくじっとしています。これだけ降るのは久しぶりで、この真っ白な景色に心が澄み清められていきます。

むかしの人のことを想うと、寒さ厳しい冬をどのように過ごし乗り越えてきたのか。今のように便利な生活がなかったころ、暖を取るのも準備にかかる時間も今の何倍もかかっていたと思います。

ちょうど、聴福庵の給湯器の配管が凍ったので久しぶりに明治の頃につくられた鋳物の入った桶のお風呂を炭で沸かしました。井戸水を汲み入れ、沸かすこと2時間くらい。夏場は早いのですが、流石に氷点下4度くらいまで下がるとなかなか温まりません。

しかし、じわりじわりと火が入っていく中で長風呂をしているととても仕合せな気持ちになってきます。限られた資源の中で、大切に火を用い暖を取る。こんな有難いことはないと深い感謝が心も温めるのです。

ちょうど中国の故事の「雪中送炭」という言葉を思い出しました。

これは正確には「錦上添花 雪中送炭」といいます。意味は華やかで楽しい場にさらに花を添えるより、雪に見舞われ苦しいときに暖を取るための炭を送ることこそ、真の友情であるといいます。

なにかみんなが栄耀栄華のときに何かをされることよりも、とても厳しい時だからこそ炭を送る。私は炭を心から尊敬していますから、座右の銘にしたいほどの素晴らしい言葉です。

コロナで世の中は大変なことになっています。私はまだ暮らしに挑戦していますが、まさか経済が困窮し世界が厳しくなったとき人類みんなが厳しい世の中になっていくかもしれません。その時、お金を送ろうにもお金もなく貧富の差から貧しい人たちが犠牲になってしまうとしたらその時こそ「炭を送る」必要を感じます。

私が今、取り組む準備はきっと他の人にとっては趣味や変人が別の方向で楽しくやっているという具合の類のものに見えるかもしれません。しかし、誰かがこの世を真に憂い誰かが誰もやらないところをやらなければならないこともあるように思うのです。

かつての暮らしを甦生させているのは、単に懐古主義でやっているわけではなく危機に備えて1000年後を見据えて文化の智慧を伝承する必要を痛感しているのです。子どもたちのために、いつか私の炭が送られるように今は雪中炭と共に暮らしていきたいと思います。