臨場感と音の神秘性

臨場感というものがあります。これは実際にその場にいるような感覚のことです。これは感覚を通して実感する時の言葉です。音像という言葉があります。これを辞書でひくと「聴感上の音源。 人はある音を聴いただけで、音源の位 置・大きさ・形などを感じ取ることが出来る。この感覚的にとらえた音を音像という。」ともあります。

私たちは音を聴くとき、その音が何処にありどのような姿でどのような位置で発生しているのを感覚でとらえるものです。例えば、私は法螺貝を吹きますがお山にいき谷の様子を理解するのに法螺貝のやまびこの響きなどで音像を理解していきます。

音が戻ってくる速度や大きさ、そして響き渡る量、または倍音などに耳を澄ませてそのお山や谷がどのようなものであるのかを直観します。この直観には、場の力や霊力、或いは植生の調和、野生動物との関係なども含みます。

音は、聴くだけではなく観ることもできます。

音を観るというのは、音からのイメージで臨場感を掴むということです。つまり臨場感とは、音を通して全体のイメージを直観するものということになります。

これはイヤホンやヘッドホンではそれはできません。またステレオのスピーカーでは聴く場所が移動することでそれも変わってしまいます。人工的に近づけたとしても、本当の意味での場の音、つまり歴史の彼方からや関係性から発生する波動の音をすべて感受するのはとても難しいものです。

もちろん音に対して探求している求道者はそれぞれに科学をはじめあらゆる方法で突き詰めてその音像の深淵に辿りつく人もいるかもしれません。

音の神秘性は、法螺貝の御蔭で少しずつ心身に沁みこんでいます。

引き続き、音の質を追求して自分らしい音に近づけていきたいと思います。