お米問題

日本のお米問題はかなり深刻です。その理由は、食文化ではなく単なる食料としてお米を扱うことにあります。それぞれの国には、何を主として食べてきたかという歴史、いわゆる食歴というものがあります。長い歳月、それを食べてきたというのはそれだけ深い意味があります。

たとえば、その気候風土に適うもの。それは自然との共生や循環とも関係します。また長い歳月をかけて自分たちの腸内細菌をはじめ、もっとも栄養素やいのちを循環させるのに適した状態にお互いに変化しあっていること。またそれを育てて見守る過程で、文化や伝統の智慧を継承してきたことなどがあります。

私たちのお米は、神社や神棚のしめ縄にもなり、あらゆる暮らしを助けてきました。また田んぼは貯水の役目を果たし、お水を浄化し菌を発酵させる場になりました。他にも結などの助け合いを促し、精神性などを磨く大切な素材ともなりました。家の屋根を守り、馬などの家畜も育てる、納豆などもまた稲藁を使います。

つまり主食が失われるというのは、単に物量が失われるのではなくその周辺にあるあらゆる知恵や文化やつながりが失われるのです。

お米問題の本質とは、このことです。

私がお米を無肥料無農薬でつくるのをみんなで力を合わせて取り組むのもまたこのお米の本質を守るためです。

お米によって助けていただいたご先祖様たち、そして今でも子孫を守ってくれている存在。その存在を守ろうとするのは当たり前のことです。

感謝を忘れず、お米に取り組んでいきたいと思います。

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