夜明け前という時間があります。もっとも静かで暗い時間です。私はこの時間が好きで耳を研ぎ澄まします。そのうち、ニワトリがなきはじめ薄明りが次第に周囲に広がっていきます。目覚めというのは毎日、そのようなものです。
一日のことを顧みると、この目覚めにはじまりお水やお花のお手入れをし場を調えます。一緒に働く仲間と朝の挨拶をして見守り合いながら働きます。お昼はゆっくりと会食をし、今到来しているご縁に対して丁寧に準備対応していきます。夕方になると夕陽を眺め、夜には家族と一緒にご飯を食べその日のことを分ちあい、お風呂にはいり身体を休めて就寝します。そして、また新たに目覚めるのです。
人の一生というものは、こういうものを繰り返します。同じリズムで歩んでも、日々に様々なことがあります。それは環境によっても、前世の因縁や今世の徳不徳によっても変化します。
傲慢に生きていれば、災難ばかりが訪れ、感謝に謙虚に生きている人は試練がさらに運命を豊かにしていきます。
人間は同じご縁であっても、同じ出来事であっても、生き方や生きざま次第でどうにでも解釈できるものです。ある人は、それを災難だと愚痴をこぼし、又ある人はこれは試練だと自分の行いに反省して改善していく。
身体が同じでも、中身内面次第でまったく別の体験と経験をしているということになるのです。
先ほどの一日であってもある日は傲慢に過ごしてしまい他責ばかりで愚痴や文句で満ちている一日。またある日は、謙虚に感謝して素直に反省して守られている方を観て、恵まれていること、足るを知ることで豊かに過ごす満ち足りた一日。
現象と実体験の氣づきは別物ということです。
人間学を学び、徳を磨き、自己を調えていくことは現象に左右されずに自己を道に根差して天に運んでいくような実践です。
同じ日でも同じ日ではなく、その生き方や生きざまは結果どうこうよりも徳として後世に耀き、子孫たちの生きる道しるべにもなるものです。
ご先祖さまに恥じないように、日々を調えていきたいと思います。
