弱さとは何か

昔の人たちは様々な暮らしの中に「弱さ」を大切にして生きてきました。弱さというのはどこか今の時代、よくないことのように言われますが本来は弱さというのは感謝の心の現れだったのではないかと私は思います。弱さが分かるからこそものを大切にする、弱さを大切にしているからこそいのちも大切にするように思うのです。

本来の弱さとは何か、少し深めてみたいと思います。

そもそも弱さというのは、壊れやすく脆いものです。産まれたての赤ちゃんや子どもはとても弱く柔らかくできています。しかしその産まれたてのものに触れるとき、私たちの心は弱さの中にあるいのちの有難さを感じます。それは感謝の心が先にあるからこそ弱いことが分かり、弱いことが分かるからこそ感謝の心が育つのです。

強さというのは、頑強で屈強、壊れないから大事に扱うことがありません。多少、激しく扱ってもそれは壊れませんから扱い方も雑になります。雑になればなるほど強いものの方が便利で価値があると信じ込みますがそこにいのちへの感謝の心は育つかといえばあまり育たないと思うのです。

人間にとって強いものとは、人間にとって都合のよい強さのことです。自分中心、身勝手に強がることも強さだと思い込みます。しかし弱いからこそ助け合う心が芽生え、弱いからこそ互生して生きていこうとするのです。そこには、弱さの中にある相手への思いやりや感謝の心があります。

強くないことを否定してもっと強くならなければと頑張ることで、余計に頑固に凝り固まって強がっていきます。これはいのちを大切にすることとは異なり、弱さの否定です。

本来の弱さとは、自分を認めることであり、周りを思いやることです。そしてその弱さはすべてにおいて感謝しているからこそ弱いものを大切にしていくことで感謝の心を忘れまいと昔の人たちは壊れやすいものや破れやすいものを身近において自らを修養していたように思います。

古き日本の家屋に住めば、弱いからこそ大切に扱い手入れし、弱いからこそ感謝の心をもって接し大事に触れていきます。そういう一つ一つの暮らしを通して「ものを粗末にしない」「もったいないことを知る」という生き方をしていたように思います。

何でも弱く壊れたものを役立たずとして捨てる時代、強くなれば価値があると信じ込まされている時代、本来の強さこそ弱さを知る心であり、弱さを認めるからこそ人は優しくなり強くなっていくのです。

いのちは常に弱さを通して感謝を学びます、そして弱さを扱うことができてはじめていのちのもったいなさを磨けます。あの自然界の生き物たちのように互生関係や思いやりから弱さを大事にする生き方を学び直していきたいと思います。

自然への畏敬~弱弱しさ~

昔の日本の家屋のつくりは今の時代の家屋と違って弱弱しくできています。障子やふすま、土壁にいたるまでありとあらゆるものが寄りかかっただけで壊れたり破れたりするものばかりです。

しかしそういう弱さの中で、ものを大切にする生き方が自然に身に着いてきたように思います。これは私も思い出せば虫で遊んでいるときに虫を不意に傷つけてしまったときの感覚に似ています。弱弱しさというのは、いのちに触れることであり自然はすべて大切に扱うということがどういうことかを学んだように思います。

日本のかつての家屋は、自然と一体になってつくられていました。何かの非日常の大きな災害があればすぐに被害を受けていたともいえます。しかし自然を畏れ、災害に備えるからこそいのちを存えてきたとも言えます。

自然を敵対し、自然に一時的に勝ったと思ってもそれはあくまで一時的であり大きな災害が緩やかな浸食には誰も勝つことができないのです。世界にあるものが必ず年月を経て風化していくことをみれば必ず壊れていくのは自明の理です。そうやって世界は循環を已みませんからこれは自然の姿だとも言えます。

その自然に逆らうのではなく、自然と一体になって生きようとするのが先人達の智慧でありそれが昔の家屋にはふんだんに取り入れられています。例えば、弱いといったさきほどの家具類は敢えて弱くつくることで手入れをするようにつくります。障子なども破れれば張替、傷めば取り換え、その都度手入れをすれば数十年、いや数百年でも持つのです。

今の時代の家屋は、手入れをしないでどこまで持つのかという基準でものづくりがされています。そして壊れれば捨てるのです。「捨てる」ことが前提でものづくりをしますから、壊れないもの強いものに固執するのです。

しかし本来、永く使えて丈夫なものと考えれば本質は弱いもののほうが強いし長持ちするのです。ただ前提が「捨てない」ということが基準になっています。そしてそれが「もったいない」という精神と密接につながっているとも言えます。

この前提をひっくり返さなければ強いものが弱いことに気づかず、弱いものが強いということにも気づかないのです。先人たちは、ものを粗末にはしませんでした。それだけものの価値に気づいていたとも言えます。また長い目でものを探していたからこそ、永い時間耐えることができる弱いものの扱いに慣れていたとも言えます。今の時代は短い目でしかものを探しませんから見た目ばかりにこだわり強度を強くしていますからものの扱いなど気にしなくなっています。

昔の家屋や道具、骨董と呼ばれるものは扱い方を間違えばすぐに壊れます。自分たちが扱い安いものを増やして道具を変えるのではなく、道具にあわせて自分たちが変わる方がいいと謙虚な生き方をしていたのが観えます。

自然を畏れる生き方とは、自分の方をサラリと変えてしまう生き方です。引き続き、復古創新を味わって学び直していきたいと思います。

 

直観力とは何か

古いものに触れていると様々な価値観に出会い、そして新しい直感が滾々と湧いてきます。一昨年より磨くことを深めていると、磨くというのは直感と似ていることに気づきます。ひょっとするとこれは「直感を磨く」という言い方をしてもいいのかもしれませんが、磨くから直観が冴え、直感が冴えるから磨かれるのです。つまり直感は本質が磨かれていくということなのでしょう。

例えば、冒頭の古いものでいえば古いもの、経年変化したものに触れて手入れをして磨いていると磨いているうちに次第にそのものの持っている本当の価値に出会います。その価値を知り自分がもう一度再定義し直し、それを今の時代に活かしたならそこに直感的に色々な感性に出会います。それが作り手の思想であったり、またその素材の持つ特性であったり、経年変化して生き残ってきた徳性であったりと様々です。これも一つの多様な価値に触れて自分の価値を磨くことになり直観を育てていくのです。

将棋の羽生善治さんの「直観力」(PHP)に直感に関することが書かれています。その帯には、「自分を信じる力。無理をしない、囚われない、自己否定しない。経験を積むほど直観力は磨かれていく」とあります。

そして『直感を磨くということは、日々の生活のうちにさまざまのことを経験しながら、多様な価値観をもち、幅広い選択を現実的に可能にするということ』といいます。そのためには『考えや価値観の幅が狭いと、直感の判断根拠が乏しいかもしれません。普段から「こうに決まってる」「ふつうこうだ」などと考えていては、鋭い直感は得られない』といいます。

自分の中の小さな常識に縛られきっとこうであるはずだと思い込むことやふつうはこうだなどと囚われることで直感は失われていくということです。マジメで常識的であればあるほどに発想を転換することができないように思います。私はこの発想の転換こそが直観力の醍醐味だと思っています。ではこの直観力をどのように磨くのか、羽生善治さんはそのために気を付けていることがあると言います。

『いつも、「自分の得意な形に逃げない」ことを心がけている。戦型や定跡の重んじられる将棋という勝負の世界。自分の得意な形にもっていけば当然ラクであるし、私にもラクをしたいという気持ちはある。しかし、それを続けてばかりいると飽きがきて、息苦しくなってしまう。アイデアも限られ、世界が狭くなってしまうのだ。人は慣性の法則に従いやすい。新しいことなどしないでいたほうがラクだから、放っておくと、ついそのまま何もしないほうへと流れてしまう。意識的に、新しいことを試みていかないといけないと思う。』

人は誰しも自分の価値観のメガネをかけてこの世の中をみています。その人の価値観が狭ければそれ相応の狭い世界、その人の価値観が融通無碍であり無限で自由あればあるほどに観えている世界は多様で広大です。私があらゆることに興味を持ち深めるのも、自分の価値観を常に壊して常識に縛られないように工夫するためでもあります。新しい世界、たとえば今までかかわることがないような文化に触れることもまた挑戦ですし、今までにやったことがない方を選んだり苦しい方を選ぶこともまた新しい試みなのです。アイデアが停滞するとき、私は敢えてやってみたことがない世界に入っていきます。回り道や寄り道をしているように見えてかえってそのことで直感が磨かれ本業の志を助けてくれるのです。

そして直感を磨くには、日頃から「アウトプット(捨てる)」する必要を説いています。そこにはこうあります。

『過去の知識や情報は、すべて素材だ。それらは、次の新しいものを想像する素材として利用されるためにある。過去の素材であっても、適切に組み合わせれば、新しい料理をつくることができるのだ。しかし、情報をいくら分類、整理しても、どこが問題かをしっかり捉えないと正しく分析できない。さらにいうなら、山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには、「選ぶ」より「いかに捨てるか」、そして「出すか」のほうが重要なのである。情報メタボにならないためにも、意識的に出力の割合を上げていくことが重要になる。』

直観力というのは集中力ですから、ひとたび信じて動きだせばすぐに膨大な情報を取り込んでいきます。そして直感のアンテナが立ったなら世界のあらゆるところから情報が集まってきます。それを取捨選択するチカラ、つまりは捨てるチカラが求められます。言い換えるのなら、思い込みを捨てるチカラです。そのために自分の中にある常識を一つずつ壊していく、そういう日々の研磨と練磨、「磨きあげる」ことが何よりも必要だと私は思うのです。

磨きあげるのは、単に掃除や手入れをすればいいのではなく本質的な試練や苦難といった自らを研鑽する機会と経験という砥石によって自らを磨かなければなりません。そのために志を高く持ち、そこから訪れるその一つひとつの御縁を選ばずに引き受けていく人生、もしくは来たものをすべて受け取りそれを福に転じていく人生、それが直観を磨き本来の生きるチカラを高めていくように私は思います。

何をしていてもすべては本懐を遂げる一点に集中する。

直観はいつも陰ひなたから自分を助けてくれる大切なパートナーです。自分の思い込みを信じず、自分を信じて引き続き様々な実践を愉しみ味わっていこうと思います。

 

 

 

 

農的暮らし

かつての日本では、伝承されてきた先人たちの暮らしをどのように子孫へ譲り伝えていくか、それを様々な方法で伝承してきました。しかし今では「農」という字は、単なる農業の農のみで語られ田畑を耕して作物を育てる職業の人を農業人などといったりします。しかし本来の「農」は単に作物を育てればいいのではなくその生き方が「農」であったということを示すものです。この「農的暮らし」というものは、如何に自然に沿って自然と調和して生きていくか、その自然循環の理念に完全に合致しているという意味で農であったと私は思います。

「農」の解釈として101歳になる元ジャーナリストのむのたけじさんが「いのち守りつなぐ世の」の中でこう書いています。

『「農」という字の語源は、「曲」と「辰」に分割けられる。そして、上層部の「曲」はもともと「ねばつく」という動詞。ニクズキを付けると「膿」になるが、これはネバネバしているはずで、膿のようにネバネバするものを「土(つち)」として表現している。そして、下層部の「辰」であるが、十二支の1つになっているものの、もともとは大きな二枚貝である。(その性質から「整う」という意味で用いられ、後で架空の動物の「龍」を割り当てたようである)この大きな二枚貝は、鍬が発明される前は、この貝で土を掘り起こし、細かく砕いていたそうである。貝の硬さはいくつもの層から形成されることから裏打ちされ、それが火にも水にも強い自然界の芸術なのである。』

自然界の芸術を扱う人たちを農民とも言えます。自然界の様々なものを活かし、それを感謝で使っていく。本来、私たちはこの地球に住ませていただいている存在、この地球の中で生かされている存在だと原点回帰すれば自ずから農的な暮らしを優先していくことの必然を感じるように思います。文明が発展し、人間ばかりの都合で世界を開花させていくうちに大切なことを忘れないように古来から工夫は尽きません。

以前、信濃の上伊那の歌人宮下正岑(1774⁻1838 江戸後期の歌人)に『勧農詞』というものを拝見したことがあります。まさにこれこそ農的暮らしの本質であると感心して、メモを取りました。これを家訓にして大切にしている農家も多かったと言います。

『風流を楽しむ花園ならで、後の畑、前の田の物作に志し、自ら鍬を採って耕し、先祖の賜と命の親に懇と尽くし、吉野の桜、更科の月よりも、己が業こそたのしけれ。朝夕心を留て打むかふ菜種の花は、井手の山吹より好しく、麦の穂の色は牡丹芍薬より腹こたえありと憶え。朝顔より夕顔こそよけれ。萩桔梗より芋牛蒡に味あり。渾て花紅葉より栗柿ハ宝の植木なり。稲の穂並み賑しく菊の花より腹満る心地して、栗穂に馴る鶉野辺の喜の音聞くか。面白く遠き名所旧蹟より近き田圃の見廻りか。飽す松島塩竃の美景より飯釜の下肝要なり。上作の名剣より鎌鍬は調法なり。書画の掛物より、掛て見る作物の肥を油断せす投入れて、生花の工より茄子さゝげの正風なるか。見處多く、茶の湯、蹴鞠の遊より渋茶を飲んで昔話こそ楽しけれ。玉の望より茅葺の家に居か心易く。高きに居らねば落るあぶなげなし。迷はねば悟らず。念佛のかわりに業を怠らず。実義を尽すハ神詣に比し、仁者にならふて山に木を植え智者の心を汲て田の水加減を事にし、珍肴鮮肉の料理より銭いらすの雑炊が後腹病る気遣なし。すへて世の中ハ飛鳥の川の流れ。きのふの渕ハ今日の瀬となる如し。唐の咸陽宮、萬里の長城も終には亡に。平相国の驕も一世のみ。鎌倉の将軍も三代をすぎず。北条、足利の武盛尽き織田、豊臣の栄も終に一代なり。時過き世替れは誠に夢の如し。世に希なる珍味も舌の上にあるうち。伽羅蘭麝の薫りもかく内のみ。楽しみは苦の基ひ。財宝は後世の障り。遊興はしばしの憂。他の富みも羨ず。身の貧も嘆かず。唯慎むべきは貪慾と恐るべきは奢なり。抑(そもそ)も田地は萬物の根元にて、国家の主宝なれば父母の如く敬い、主君の如く尊み、妻子の如く育み、寸地をも捨てず、何処にても鍬先の天下泰平、五穀成就を願うより外更になし。』

もっとも印象深いのは後半の「そもそも田畑は地球万物の根源である、それがクニの宝であるから父母のように大切に敬い、天に仕えるがごとく尊び、家族のように大事に育て、わずかな土地をも粗末にせずに、いついかなるときも鍬先に世界の平和があることを念じ、五穀豊穣を祈ること以外ない」というところです。

自然への畏敬を忘れずに驕らず怠けず貪らずに、日々を清く明るく素直に暮らしていくことが尊い、つまり「農的」ということなのでしょう。

自然農を実践する中で、いつも感じることは悠久の生き方、永遠の篩にかけられても生き残る生き方を子ども達に譲り遺していくことの大切さです。つまり「農」こそ「暮らし」そのものなのです。引き続き、今年も稲や里芋を育てていきますが丁寧に見守り生き方を観直していきたいと思います。

 

 

 

 

子どもの志事

今の時代は、短期的に物事を考えて正解を出すあまり長期的に考えることを否定しているようにも思います。物事というのはどんな物事であれ、短い目でいくら正解だと思っていてもそれが長い目で見た時に正解になっているとは限らないのです。いや、ほとんどすべてが長い目で観た時には間違っていると言っていいかもしれません。

例えば、環境問題もそうですが子どもの少子化対策のことや待機児童のこともそうです。今さえ何とか乗り切ればいいという政策や、そこに纏わりついてしまうビジネスは時流などと言い方をしますが長期的にみて方向性が間違っているものばかりのように思います。

「子はくにの宝」といい、昔は子孫のことを考えて今の時代を生きる人たちはその責任を果たしていました。しかし今は、目先の問題に対処するばかりで根源的な改善を怠り対処療法ばかりでやり過ごすうちに長期的に観て実践をすることよりも短期的に方法論ばかりを試すような浪費ばかりを重ねていきます。

これでは日増しに体力は消耗していき、何代か先の子孫にとても大きな負債を遺すことになるかもしれません。本来、私たち今の世代は子子孫孫を子どもだと定義し、その子ども達にどういう恩恵を譲っていけるかをみんなで考えて行動していなかなければなりません。それが子どもを思う親心ですが、子どもをあてにして経済ばかりを追い求めて疲弊していたら本末転倒するようにも思います。

アメリカにネイティブインディアンの古老の教えと掟というものがあります。ここには「どんなことについても何かを決めるときは、そのことの影響を七代先まで考えなくてはいけない」とあります。具体的にはこう書かれます。

「あなたが重大な決断をし、行動を起こす前には、あなたの親、祖父母、そして先祖を7代に渡って遡り思い返します。そして同時に自分の子供、孫、曾孫と7代先の将来の子孫のことを考えます。あなたの行動と決断が過去と現在を尊重していると確信できるとき、そして未来を7代に渡って守っていると確信できるとき、あなたは良心にしたがって前進することができるのです」

今のことばかりを考えて判断するのではなく、その判断は果たして7代先に渡って守っていけるものかを確信できるかという問いを持って判断せよということです。その時のみ、はじめて今の世代の判断が間違わないということです。

何代も先のことを考えて木を植えたり、何代も先のことを考えて大切なものを遺すようにと陰ながら活動している人たちが世の中にはいます。そういう人たちはみんな今の資源がかつての先祖たちが私たちに遺して譲ってくれたことを知っています。その恩送りをするために、今の自分にはすぐに利益がかえってこなくても先々の子孫のためにと活動を已めないのです。

こういう人は長い目で物事をみて、根本的に考え、本質から外れることがありません。ネイティブインディアンの「良心」という言葉は、「本質」とも言い換えれます。

物事はすべてにおいてどれだけ長い目で観ているかということが視座を高めるのです。それは保身ではなく、保育の生き方、この仕事は本当に歴史を考える志事であると感じます。

引き続き、今の実践が将来の子ども達にどんな影響を与えていくかしっかりと見通して丁寧に取り組んでいきたいと思います。

価値の再発見と再定義

人は価値観というものを持っています。それはそれまでに育ってきた自分の境遇や環境によって左右されてきますが、価値があるかないかを決めるのもその人だとも言えます。

その価値観は時代によって左右され、ある時代では価値があったものがある時代ではまるでゴミやガラクタのような価値になっていくことがあります。人が生きていくということは価値観によってですがその自分の価値観がどうなっているのか時折確かめていかなければ時代の価値観だけに流されてしまうのかもしれません。

如何にどのものに対しても自分が新たな価値を見出すか、そしてその価値を自分が再定義するか、そこに時代時代の本質を守る鍵があるように私は思います。

例えば、田舎と都会ということがあります。田舎にも様々な楽しみがありますが、都会にも様々な楽しみがあります。しかし実際は田舎の価値は田舎の人の方が気づいていなかったり、都会の価値も都会の人が気づいていなかったりします。そこでの生活が当たり前になってしまえば価値があるかどうかも分からなくなっていくのです。

これと同様に価値というのは、当たり前になることで価値が失われていきます。如何に当たり前ではないことを自覚し、その当たり前ではないことを活かすかが価値の発見であり価値の再定義になるのです。当然、その当たり前を見破るその根本には感謝が基礎や基本になっています。

温故知新なども同じく、その当たり前であったことをもう一度確認してその上でそれが当たり前ではなかったことを知る。そのことで物事の本質に気づき、価値が新たに生み出されていくのです。ファッションの世界なども、同じく昔のものが時代を経て入れ替わりまたデザインされて順繰りと回転し続けているだけとも言えます。

時代時代で本質をちゃんと維持していく人は、その時代の価値を正しく見極め、そしてその価値を刷新して原点回帰をしてもう一度世の中にその価値を弘げていくことができます。

この「価値に気づかせる」という言葉は、「刷り込みを取り払う」ということと私は同じ意味だと信じています。それまでに当たり前だと思った常識を目から鱗がとれるように取り払ってみる。そして常識を壊して自分の発想を転換して新しい世界に気づかせる。そういうことこそが価値を発見し価値を再定義することだと私は思います。

人間は時代が変わっても実際にやっていくことは同じことですが、本質を維持する人と本質を忘れる人がいるだけの話のようにも思います。本質は考えるだけではなく、自然に触れて自然の本能を同時に磨く必要があるように思います。そしてそれができる人だけが、田舎であろうが都会であろうがどちらでも楽しむことができるのです。

伝統か革新かではなく、常に本質は価値の再発見と再定義です。古来からの魂を維持しながら今に柔軟に合わせていく、いにしえの道具を用いながら、最先端の道具も活かしていく、本当の革新が本来の伝統であるのだからその両輪の一致するところにこそ私は本質があると感じます。

引き続き、理念を優先しつつ実践を愉しんでいきたいと思います。

革新の要

先日、5年目になる自然農の田んぼに無事に田植えをすることができました。東日本大震災からこの田んぼとの御縁ができ今では畑をはじめいよいよ人の手が入ってきた感じがでてきて味わい深い豊かな環境ができてきています。

この自然農の田んぼは機械を用いず、手作業で手間暇かけ手入れしてきました。そのためか畦も他の田んぼのように真っ直ぐではなく曲がりくねっていますし、形も真四角ではなく楕円形でカーブを描いています。

復古創新に取り組んでいますが、もともと私はこの復古創新をこの自然農の田んぼで行っていることに気づきます。現在、大規模農業で開いている田んぼは大きく大型の機械を使って耕していきます。昔では考えられない広さを一人と機械で耕していくのです。そして機械がつくりますから正確にキチンと仕上がります。

しかし昔の棚田のように大型機械が入ることが出来ない田んぼは人の手で丁寧に耕されていきます。人手が必要ですから家族総出、親戚や友人まで借り出してはみんなで一緒に田植えを行います。機械のようにはキチンと仕上がりませんが、独特の味わいを醸し出していきます。

この棚田を観るとき、私はこの棚田を単に古いものだとは感じません。むしろ人の手で丁寧に手入れされたこの棚田はとても美しく豊かに感じその姿容には新しさも覚えます。もちろん休耕田になって誰も手が入っていないものはただ古いだけです、しかしそこに手入れという人の手が入ることで新しい価値を今に創造するのです。

そして今、新たに古民家の手入れをはじめましたがこれも自然農と同じです。如何に初心を継続維持するか、実践し続けることが出来るか、そこに創造と革新があるように私は思います。

そもそも新しいとは何か、それは実践を続けることでいのちが吹きこまれ続けるということです。つまり新陳代謝のことです。呼吸のように、息ているものはいのちを躍動させていきます。いのちが活きているものは、常に活き活きと働き続けるのです。詩経にある「鳶飛魚躍」のように、持ち味を活かしそのものの性が自由に躍動し豊かさに満ちていくのです。

温故知新は如何に理念の実践を継続していくかが鍵です。そして実践を継続することができれば改善することも同時に進みますから継続こそが革新の要だということです。

理念を定めれば必ずその後に継続の実践道場は顕れます。人が志が試され練磨され、人格が陶冶され徳が高まっていきます。そして自然に道が拓かれていき、その道が子々孫々へと連綿と結ばれていくのです。引き続き、かんながらの道で出会う一つ一つの御縁を大切に実践により価値を再定義し直していきたいと思います。

馴染む

先日、左官の親方から「土が馴染む」という話をお聴きしました。今の時代は納期が短く、すぐに結果を求めてものづくりをするから時間をかけて馴染むということをしなくなったと仰っていました。

そもそも馴染むというものは、時間をかけることで行われるものです。新しかったものが古くなるというのは、単に経年劣化ではなく経年変化していくということです。それは人間関係でも同じく、幼馴染や昔馴染みというように御互いが調和して解け合い親しくなるということです。

昔の道具たちや古材の魅力はこの「馴染む」ということによります。先ほどの土であれば使っているうちに次第にひび割れたり壊れたりします。しかしそれを修理修繕しながら大切に親しんでいけばそのうちに馴染んでくるのです。

この馴染むというのは、古いということであり、この古いということは安心するということです。親しみが深くなればなるほどに心の安心感は深くなっていきます。これは住居や道具たちとも同じで、馴染むほどに親しくなればそれはもうパートナーです。そのパートナーたちと一緒に暮らしていけるということが、どれだけ心に安心を与えるかといえば家族と同じほどに心を許し開いていきます。

自分が居心地が善く安心するのは、古いものに囲まれているからです。新しいものばかりのワクワク感もいいのですが、古いものが持つ安心感は格別なものです。今、復古創新に取り組んでからまだ日は浅いのですが古いものたちが馴染み合う姿に歴史の重みと有難みを深く味わっています。

私たちの先祖たちが暮らしてきた生き方に、自ら馴染み近づいてさらにもう一歩踏み込んで伝統を革新してみたいと思います。

左官との出会い

昨日、大分である有名な左官の親方とお会いする御縁をいただき土場工場を見学する機会がありました。そこには様々な土壁や漆喰の塗り見本のサンプル、また見たことのないような今の時代に合った商品が開発されていました。すでに40年近くこの道を進まれ、今では伝統や技術を継承するために様々な活動を行っておられました。

今はあまり土壁を塗るという機会が少なくなり、若い人たちに経験させてあげる機会が少ないと仰っていました。文化財の修復や個人の住宅のリフォームなどで土壁を塗る機会があるときは文化伝承のために学ぶ機会をつくっておられました。文化伝承は一度途切れると二度と取り返しがつきません。先人たちからの大切な技術や心を伝えるために、親方として色々と苦心なさっているのが印象的でした。

土については、かねてから御指導いただいている方もいて改めて土に興味を持つと不思議な魅力に満ちているのを発見します。こんな面白い世界があったのかと、炭も鐵も砂も土もどれも自然が産み出した至高の材料たちです。

この「左官」という名の由来には諸説あるそうですが、まず律令制度の時の官位として『官(大匠)を佐たすける』という意味があること。または砂を使うので「砂官」「沙翫」とし土を薄く塗って、向こうが透き通るような「紗(しゃ・うすぎぬ)」を作るから「紗官」の意味もあると言われています。どちらにしても、土や砂、水や鉱物、全ての素材の本質やその徳性を知り尽くしているだけではなく、様々な素材との調合によって様々な色合いや色彩、技法を盡した総合芸術でもあります。

本来、この土を塗るという仕事は遡れば縄文時代の前から行われていたものです。竪穴式住居の壁も土を見分けて塗り固めていました。その後、土器や竃などもすべて土で行われます。どの土を調達するのか、その土をどのように調合するのか、あらゆる素材を知っているからこそその土を産み出すことができるとも言えます。日本の伝統的な和の住空間を考えるとき、そこには必ず左官がいます。今では左官職人が減ってきて伝統が途切れそうになってきているといいますが、和の住空間の需要がそれだけ失われてきているということでもあります。

昨日の御話でとても印象に遺ったのは、「土に近づく」ことの大切さです。現代は、すぐに壁をクロスを貼って部屋をつくりますが土だとすぐに何か物があたったりするとボロボロと壊れていきます。クロスはそれがないから安心といいますが、実際はガラスのように割れるものであり、土は壊れるものです。そこから大切に扱うことを学び、ものを大事に接する素養が自然に身に着きます。自然素材というものは脆いものですがその分、手入れを怠らず丁寧に修理していけば何十年何百年と維持できるものばかりです。

親方は土のワークショップと称し、子ども達が様々な土に触れる機会をつくっています。土に近づくような生き方をしようと、新たな作品を産み出し続けるだけではなくその生き方を通して日本人としての本質と文化、その価値を新たに刷新するために初心の伝承を行っておられました。

今回の聴福庵の復古創新ではじめに出会ったのがこの左官という志事です。どのように今の時代に合わせて伝統の革新をするか、私自身もこの場を見極め本質をさらに深め、よくよく自然から学び直しつつ、生き方と働き方の一致を実践していきたいと思います。

聴福庵の初心

私たち日本人は和風の空間の中に入ると心が和み落ち着くものです。これはもともと私たちが懐かしいと感じる心から来るものです。私たちが心で感じるものは、全てかつて体験したものです。心にそれがあるからこそ、その心が感応してそれが出てくるのです。

この和風の空間というのは、私たちの暮らしの空間のことです。心が落ち着くということは居心地がいいということです。そして居心地がいいというのは、一緒にいたい存在ということです。それだけ永く共に暮らしてきた家族家庭があることを人は「懐かしい」と思うからです。

例えば、和風の空間には様々な家具や道具たちがいます。外からは採光が差し込み現れる薄い陰、縁側から穏かに流れてくる涼しげな風の音、また水や木の薫り、炭の温もりや静かなけむり、それらはすべて懐かしいと感じるものです。

私たちが懐かしいと感じるものは、かつて永い間生活を共にして助け合い認め合い尊重し合った大切な仲間たちでした。自然界では、自分たちが生活を共にする仲間たちとともに文化を形成します。畑で作物一つ育ててみても分かりますが、何かを育てればそれに近しい親類たちが自然に集まってきます。虫なども同じで、自然に親戚が集まってくるのです。

家族というものの定義が何か、親戚たちが集まり仲よく暮らしていく中で自ずから仲間が共に暮らしはじめていく。ここに本来の家族の意味があるように私は思うのです。

今の時代、かつて悠久の歴史を共に生きてきた仲間を思いやらず人間のみ中心の世界を築くことで次第に仲間が減っていき孤立してきています。仲間に対する扱いもただの食べ物として扱い、ただの置き物として扱い、価値がないものとして粗末にしています。大量生産大量消費そのものが、いのちを単なる「物」としてのみ扱い、本来のもののあわれといった心がある存在として感じられなくなってきています。

昔の仲間たちが傍にいる安心感というのは、格別なものでそれによって心は深く和み癒されていきます。今は本来の社会が失われ孤立で苦しみ病み悲しんでいる人たちがたくさん増えてきました。その空間には果たして仲間たちが親しみ合い結び合う「もったいない」という御縁の繋がりといのちの鼓動がいつも聴こえてくる環境なのでしょうか。

私が今、実践し弘げようとしている聴福というのはそのいのちの声を聴くことです。それは仲間であることを思い出させることです。本来、人間も自然の一部、仲間そのものです。そこから離れすぎてしまえば我儘で傲慢さゆえに孤立が深まっていきます。確かに自分の思い通りの道具を仲間と呼ぶ人もいますが、本来の仲間とは自分が扱うように扱われるものです。尊重し認めていないものを果たして仲間と呼ぶのか、そして果たしてどのような親戚が集まってくるのかと私は疑問に思います。仲間と共に暮らす物語を一家として志すことが親祖から連綿と続いてきたいのちの文化を子孫へ譲り渡していくことです。

和風の空間の本質は、仲間と共に暮らす場ということです。

改めて聴福庵の初心との御縁がどのように変化成長していくのか、大義を忘れずに真心を盡していきたいと思います。