眠りの本質~自然生活リズム~

昨日、GTサミットで眠りと発達についての講演を拝聴する機会がありました。

そもそも人間が眠るということにはたくさんの意味があります。日常の活動の休息というものだけではなく、様々な情報の整理整頓、また細胞の修復や治癒、他にも沢山のことを睡眠によって行っています。

今回の研修の中で、大変興味深かったのは睡眠の総時間が必要なのではなく睡眠のリズムが重要だというお話です。

人間には生活リズムというものがあります。言い換えれば生活習慣というものです。どのような生活習慣を持っているのか、その生活習慣こそその人のリズムです。

このリズムというものは、自然界にも存在するように思います。自然界の生き物たちは人間のように時計の時間に合わせて動くのではなく、自然のリズムによって自分たちの生活を持ちます。

たとえば、動物たちや昆虫、植物たちもそれぞれに一生のリズムがあり、一年のリズムがあり、一日のリズムを持っています。それは本能によって時間は刻まれ、自然全体の季節や気候、つまり自然の変化に順応しながらその時間を調整しているのです。

春になれば自ずから様々な生き物たちが目が覚めて活動に入っていくのもまたすべての生命は自然のリズムを実感しているということです。

この自然のリズムとは生活リズムのことですが、この生活リズムを崩すような原因になっているのが眠りであるということです。私は持論で眠る、食べる、働くの三要素が狂ってしまうと自然の時間が狂ってしまうと思っています。如何に自らの直感がハタラクかはこれらの生活を本来の姿に戻していくことで健全で健康な状態に近づけるように思います。

そのためには、自分の都合や社會の押し付けに負けないように自分の中に自然のリズムをつかんでいくことのように思います。

その具体的な方法は早起きにあるように思います。早起きをすれば自然に早寝になっています。早起きの習慣を持つ人は、朝に様々な活動を行います。朝の活動はもっとも集中力が高まり、様々なことが捗ります。睡眠の後の活動ですからメラトニンも豊富に出ています。一日の始まりが楽しくなっていき脳のシナプスも大量に出てくるからです。

昔の日本人はどの家庭でも鶏が鳴いてから目が覚め、暗いうちから活動しお互いが「お早うございますね」と挨拶を交わしていました。時間の感覚の今の時代のように人間都合のシステマティックではなく自然の営みに合わせるようなダイナミックだったのでしょう。

祖神たちは、自然に近く謙虚で素直ですから人間のみの力と自分のみを力を頼りに何かをやろうとするのではなく、自然に頼り自然の力をお借りしつつやる方が善いことは当たり前だったのでしょう。

本来の子どもの眠りとは何か、子どもにとっての眠りとは何か、見直す機会になりました。ありがとうございます。

 

自分との挑戦

人は自分を変えるとき、今まで使っていなかった能力を開花させているともいえます。

それは新しいことに常に挑戦して新しい筋肉を使わなければならないののに似ています。新しいスポーツに挑戦すると、筋肉痛になるのはそのスポーツに必要な能力を引き出しているからです。そしてこれは筋肉に限ったことではありません。自分の意識変化に対して同じようにいえることです。

少し飛躍してしまうかもしれませんが、昆虫に変態するというものがあります。ヤゴからトンボになったり、青虫が蝶になったりと、蛹を経て別の形態になるということです。それは言い換えれば、今までと全く異なる能力を使っているということです。

そのために今まで持っていた能力を思い切って捨てては転換し、新しい能力を新たに水面下から引き出してくるのです。これは言い換えれば潜在意識下での変化です。

脳科学からわかってきたことですが人間は脳のほとんどの能力を使っていないといいます。つまりこれは人体すべてに言えることで今の私たちはわずか数パーセントの力しか発揮していないのです。これは全部使ったらいいという意味ではなく、潜在意識下で自分にこの能力が必要かどうかを常に自分が取捨選択しているということです。

ある職業につけばおのずからその職業に必要な能力が開花してくるように、人は環境に合わせて適合するようにできているのです。しかしこれを邪魔するものが今までの能力を捨てようとしないことです。それは自分というものを勘違いしているからです。

本来の自分というものは、環境の中で存在しているものであり無理に自分探しなどしなくても自ずから自分の存在は自然に顕現してくるのです。自分はなくならないのだから自分探しをするよりも周囲を思いやりながら活かされている自分に気づき、自分の今いるところを自ら気付き自らのその方向性を確かめ続けた方が本当の自分に出会えるように思います。

結局は人は無理に自分を持とうとすればするほどにその能力開花の邪魔をするのでいつまでも変わらなくなるのです。そして人間は今までせっかくつけてきた能力を挑戦なしにご破算することはなかなかしないものです。

だからこそ自分との挑戦というのは能力開花であり、今までやったことがないことをたくさんチャレンジすることで今までの能力が捨て去られ新しい能力がメキメキと引き出されるのでしょう。

今までやってきたことの延長線上にやっていくのは変態ではなく、まったく新しいことをやることで変態するのです。好奇心というものは常に未知の世界を求めます、それは未知の世界には未知の能力があることを潜在意識が知っているからでしょう。

その人が変わりたいと強く願うなら、今までの能力を使おうとしないことです。今まで使ったことがないことを引き出すには、今までやったことがないことに取り組むのが最善の方法です。

潜在意識を変えるような自分との挑戦を愉しんで、新しい自分に出会い続けていきたいと思います。

 

肩を寄せ合う~互助の真心~

庭の植物や自然の世界の生き物たちを観察していたら、そのものが単体で生きるよりも肩を寄せ合って生きている方が元気そうに感じます。それは一つの種だけを鉢に入れて他を引き離して育てているよりも、多くの種を一緒に近づけて身を寄せ合うように育てている方が活き活きと伸びていくからです。

当たり前のことですが、自然界のどの生き物たちも厳しい自然の中で身を寄せ合い生きています。大変だからこそ他を慈しみ、共感しながら明日は我が身と自分の与えられた場所で自分の与えられた天命に正直に生きています。

これは人間にも同じ事が言えることで、助け合い、思いやり、結束し、いたわり、協力してはじめて生き残っていくことができます。

そういう意味では、生き物たちは肩を寄せ合う距離がもっとも安心できるのかもしれません。本来人は一人でいる方が安心であるはずがありません、今は人間関係が嫌だと一人でいることを好むかのようなことをいうことが増えてきている時代ですが決してそんなはずはありません。

もしも一人で肩を寄せ合う仲間がいないならそれは本当に心細いものだからです。だからこそ人は仲間を求めては、一緒に肩を寄せ合う伴に出会おうと旅をするのでしょう。そして肩を寄せ合うということの同義語は、お互いがお互いのお役に立つときもっとも実感できるのかもしれません。

ダライラマ14世がこんな言葉を残しています。

「私たちは肩を寄せ合って生きています。 だから、この世における私たちの第一の目的は、他人の役に立つことです。 たとえ他人の役に立てない者でも他人を傷つけてはいけません。」

自分が役に立つことを求めては肩を寄せ合うのだから、役に立つかどうかを自分の価値観で裁くのではないという意味でしょう。お役に立ちたいと願うのは、信頼しあって相互扶助する仲間が必要だという心の声です。

どんな生き物もこの世には必要なのだから、争うことよりもお役に立つことで出会う仕合せ、旅をする歓びを実感できるのでしょう。自分から肩を寄せ合っていけるような素直で正直、オープンな互助の真心を育てていきたいと思います。

方向性~旅の道しるべ~

人はその人を理解しようとするとき、一体、この人はどの方向性を目指しているのかを観ればその人の本質がわかるように思います。それくらい人は方向性というものを大事にしているということです。

もしも人生が旅だとしたら、道を歩んでいくなかで日々に様々な紆余曲折と出会います。ある時は、草むらの中を通り抜け、ある時は山をくだり、またある時は漆黒の闇の中を通れば、またある時は涼やかな風が吹き抜ける草原を通るかもしれません。

その時、その場所やその道に捉われ、自分が今どこにいるのか分からなくなってしまうかもしれません。また過去通った道がいつまでも忘れられずいつまでもその道を探してしまうのかもしれません。

しかし旅は前に進みます、それは地球が宇宙の中を回転し自転するように、すべての生命が等しく年を経て生から死へと変化するように進むことは已みません。

そうすると、同じところに留まることはできず必ず日々は通り過ぎていくのです。立ち止まってみても通り過ぎるのだから時間というのは旅をしている証拠、つまり「時は人生の旅人」ということでしょう。

その旅で自分を見失い、今いるところがわからなくなり、これからどうしていいかと迷うことは大変不安なものです。それはまるで知らない場所で迷子になったかのようになります。

人生は畢竟、今回の旅で何処まで往きたいかということを決めて誕生してきたのかもしれません。ただ道草だけをするのも愉しいのですがやっぱりここまでは往きたいと目的地をもっているのでしょう。

だからこそその目的地を定め、その目的地に向かっているかを確認することで人は方向をブレナイように歩めるように思います。人生の目的地は、単なる旅の到達点ではなくその旅のプロセスに意味があるように思います。

また旅を伴にする仲間や伴侶に出会うことで旅のプロセスは麗しく善き掛け替えのない豊かで美しい記憶になります。

それ故に皆の目指す目的地に向かうプロセスそのものである理念を定め、道の方向性が間違っていないかを常に確認することが最終的に自分が辿りつきたい場所に往くための道しるべになるのです。人生の目的地とは終わりのない旅をするのだから永遠の道中そのものであるのです。みんなで旅の往き方を定めるというのは、どうやってみんなと生きていくかを定めるということかもしれません。

そう考えて顧みてよく観ていたら神社の眷属も、熊野の八咫烏も迷わないようにと導いてくれた存在です。

その存在の有難さを実感しながら心のお守りを持ち、心の眼を開いて信念を杖に歩んでいくのが道ということなのでしょう。太古の昔からつながっている道の上を今の私たちが歩んでいるというのは「方向性」を確認しているのかもしれません。

方向性が間違わないように、常に方向を正して実践を積み上げていきたいと思います。

かんながらの道~大和の心~

人は大自然の中に抱かれると自然に頭を垂れて有難い気持ちに包まれるものです。それは碧く大空の澄み渡る光の景色であったり、悠久の年月をともにしてきた山野や巨樹であったり、広大に流れあふれる大海原や大滝などもそうです。

私たちは自然に有難いと思う心を自分の内在に秘めているともいえます。

これを私は「大和」と呼びます。

私たちは自然を感じるとき、そこにかんながらを直感します。自分が生きていること、そして活かされている事実、そういうものを発見しては自然への畏敬と御蔭様の恩徳が心身に沁みわたってくるのです。

人は頭でっかちになって単なる物知りになると、目的が単に知ることになり遣ることにはなりません。人間というものは体験したものを自らで気づき、自らを高めていくのが自然です。

その自然から外れると自然のことも感じられなくなり、この世にいるのに生きてはいないような存在になってしまうことがあります。そのときこそ、私たちの祖神たちがどのように感じていたか、そのルーツをたどることで今の自分の本来の姿が顕現してくるように思います。

人がなぜ先祖を大切にしなければならないか、自分がどこから来てどこに行こうとしているかを学ばなければならないのか、それは自らを自覚することが自然なことだからです。

この自然に学ぶ心というものがかんながらの大道といっても過言ではありません。

安岡正篤先生が、「大和」について語る中に下記のような文章がありますがとても味わい深い内容で深く感じ入るものがあります。

「生死が巡り、陰陽相極まりて動くが如く、大和の理は一見矛盾するが如きものが渾然と一致して初めて和するものである。・・・こういう神道の根本理念を見てきますと、自然と人となんら背反がない。いかにも大和であり、人道は神ながらの道であります。日本人が仏教の「如来」をよくとり入れたのはこの根本理念による力が大きく、神道は偉大な如来蔵であります。神ながらの“な”は、“の”の変化したもの。“から”は、“なきがら”などという形体を意味し、つまり神の具象、キリスト教でいうと神のembody,incarnationが自然であり人間であります。神は人間を超絶した別のものではなくて、神人合一である。だから日本人は本質的に包容、同化、創成力に富んでいるのです、と。日本人は無宗教といわれるが、何を信仰しているのか、日本人自体も意識しない。日本人自体が意識しないのだから当然他国に分かるわけがない、そこに何ともいえぬ偉大さがある、といえるのではないだろうか。自ずから然るは、日本人の偉大なる大和の精神の故である。」(藤尾秀昭著「人生の大則」致知出版社より抜粋)

自然観というものは頭が入る余地がありません。だから自然なのです。そして直感というものも知識で理解しているものではありません、実践し行動してその妙義とコツを得るからこそ持ち得るのです。

そしてその天の真心と一体になること、天人合一の至誠の存在そのものになることがかんながらの道にあるのです。

自然に触れて有難いと思う真心に随神があるのだから、日本人は誰しもその心の中にかんながらが息づいているのを忘れてはいけません。

最後に安岡正篤先生の言葉で締めくくります。

「かく生れて、かく在り。かく在ることは自から然るのであって、人よりすれば偶然であるが、人は学ぶことによって、偶然が偶然でないことを知る。すなわち当然であることを知る。当然であることを知るということは必然を知ることである。」

人生には一つの不自然もなく自然である。

そのご縁が実に絶妙に存在していることを当然であると自覚できてはじめて学問は成るのかもしれません。まだまだその一端が観得たばかり、驕らずに怠けずに内省を励んでかんながらの道を愉しんでいきたいと思います。

 

精進

精進という言葉があります。

そもそも精進とは何をもって精進か、それは単に努力をし怠けないことをいうのではなく理念に対して真摯に実践していくことをいうように私は思います。

何のために努力するのか、その何のためというのは大変重要なことです。しかし実際はこの何のためということに立脚せずに物事の善悪を自分の都合で解釈して努力していても、それは間違ってしまうこともあるのです。

理念を持つ、理念を発するということは、この何のためにということへの根本を正すことに他なりません。

そしてこの理念があってその理念を飾るのではなく、本心から理念に沿って実践に取り組み続ける日々を送ることではじめて精進ということになるのでしょう。

道元禅師の遺言に「諸々の善法において勤修すること無間なるを精進」とあります。

これは意訳ですが天地の道理にしたがって至善に止まりつつ一切の怠りを取り除き励み続けることが精進であると述べています。まるで呼吸のように、吸う息も吐く息も、その真理や本質の顕現であるとした理念に由るときはじめて精進となったということです。

理念があるから精進できるのであり、理念がなければ精進にはならないのです。そして何を精進するのかというのに、人が自分の我欲を乗り越えて大義に生きようとする覚悟が定まるように思います。

そう考えれば修行が辛いということはありませんが、修行にならないことが何よりも辛いことのように思います。日々にこれが修行だと思い込んでみても、それが理念に由らないのなら修行風であって真の修行にはならない。

真の修行、つまりは己に打ち克ち修める実践に於いて目下脚下のあらゆることを天地自然の道理に従い内省し、その日々の心を正しい方向に直しつつ進むということです。

人は自分の過去を捨て去ることはできませんから、今の自分を正しい方向へと向きなおすことしかできないのです。今というのは常に選択の連続ですから如何に方向を間違えないか、方向を間違わないかに日々の精進があるように思います。しかしここに救いが入っているように思います、人はどんなことも精進次第で善にも福にもしていくことができるからです。

人生は一度きりの旅路、そしてその道は曲がりくねっているものだからこそ正しい道を歩めるように精進できることに感謝しながら先人たちの足跡を辿って見習っていきたいと思います。

和の精神~引受ける生き方~

人は自分の都合を優先し外側を抑え込もうとする生き方と、自分の都合を抑え込み内側を調和さえていく生き方があるように思います。人間はみんな自分勝手です。言い換えれば本来、すべての生きものは自分勝手で生きています。それぞれに欲があり、自分の思い通りにしようとするのです。

しかし自然界では、それをすることで大事なものを見失うことを本能で自覚するからあえて自分の欲を抑え込み周囲との調和を優先します。それを乱せば天敵が顕われ自然に調和する方向へと導かれます。

天敵は調和しなくなる方であり、天敵を抑え込むためには自然に逆らったものをたくさん用意しては対抗していかなければなりません。そもそも調和しないという選択が対抗ですから、不和でも自分の都合を優先すると押し切ってきたのが人間の欲望なのかもしれません。

日本では和の精神といって、そもそも調和していることを何よりも尊びました。それは調和が良いとか悪いとかではなく、調和が愉しいからにほかなりません。

自然農をはじめ、子ども第一主義の経営にいたるまで、自分の都合はほとんど優先できません。優先しても思った通りにはならず、そのための農薬も肥料も使えず、また世間の管理術も通用しないのですから実際は己との闘いのみを永遠と繰り返すだけです。

しかし一つ己に克ては一つの発見があり、一つ己に克てば一つの和が産まれるのです。

和の精神というものは、本来は和を産むことです。そしてそれを人間に当てはめれば克己復礼を実践することです。自分の都合も入れさせていただくのだから、周りの都合のことも配慮していく、周りの都合も叶うように如何に自分を使用していくか、そこに調和の愉しさを見出してこそ地球で暮らす仲間と一緒に活きる生き方を選んだことのように思います。

地球に暮らしながら地球の生きものを抑え込みながらいつまでも自分たちの都合を他の生きものに押し付けるのか、それとも他の生きものを受け容れながら他の生きものたちと一緒に引き受けるのか。

これは責任と置き換えてもいいかもしれません。

自分たちの責任を次世代に押し付ける生き方か、それとも自分たちの責任として引き受ける生き方か、祖神たちは常にその時代時代の調和をめざし取り組むことで子々孫々の繁栄を祈りここまでいのちをつないできたはずですから恥じないように本来の姿を求めていきたいと思います。

与えるということ

自然が繁栄するということに「与える」ということがあります。

植物や昆虫、あらゆる生きものは天から様々な恵みをいただき生きています。もっとも偉大な恩恵というものは当たり前すぎて誰も気づない所にあるものです。太陽の徳や地球の徳、宇宙の徳も先祖の徳もそうですが、あまりにもその存在が偉大ゆえに誰も与えられていることに気づかないのです。

空気のようにという言葉もそうですが、存在が絶対不可欠なものというのはそれを与えられていることに気づきにくくなってしまうのです。しかし身近な食事や生活の中で、御互いに与え、御互いに助け合い、私たちは日々を暮しています。

そこには、自分が与えられたように周りにも与えるという自然の法理を使って同じように自分たちを繁栄発展させていくのです。例えば、親子などもそうですが親が子どもを自然に育てるように本能でそれを行います。自分が与えられたことを、同じように与えようとするのを自然に行うようになるのです。

与えるということは、与え合うということで与えれば与える程に御互いが繁栄していくというのが自然の法理であるように思います。しかしここに奪うというものもあります、御互いが奪い合っていくのなら衰退していくというのもまた自然の摂理のように思います。

松下幸之助にこういう言葉があります。

「十のサービスを受けたら十一を返す その余分の一のプラスがなければ 社会は繁栄していかない」

これは与えるということと奪うということの本質を述べているように私は思います。

人は与えられるばかりになってしまうと、無意識に奪う側に入ってしまいます。自分では奪っていないと思っていても、確実に与えられているのが生きているということです。人は独りでは生きてはいけませんから、沢山の周りの恩恵や御蔭様で自分が今日も生きて働くことができます。

そのためには周りが与えて下さっている以上に、いつも周りに与える存在にならなければ自然に奪ってしまうことになるのです。或いは、自分が与えていると思っていてももっと与えてもらっている場合もまた奪ってしまうことになるのかもしれません。だからこそ与えるにも大切な技術を心と体で場数を踏んでその与え活かすコツを掴まなければならないように思います。

そうして人生というものは、常に学び、その学びを常に発信していく必要があるように思います。なぜなら社會というものは、御互いに生きていくために学び合い高め合い道を歩む中で成長したという証明であるからです。

自分の存在がどのように社會に役立てることができるかが自明することが自立ですから、自分の生き方が社會に反映されていくのも事実です。だからこそ、自分というものが如何に与える存在であるか、受けた分よりも一つでも多く与えようと、相手の歓びに貢献していこうとするのが社會を繁栄させていくことだと思います。

そう考えてみるとあの目の前の植物も自分が生きることで周りの菌を活かし、昆虫たちを活かし、動物を活かし、地球全体を活かそうと日々を怠けずに精進しているように観えてきます。

常に与える存在でいたいと思うことそのものが、本能であり自然なのかもしれません。不自然な社會を癒していくのも、社會貢献したいと願う日々の行動と実践です。信を拡げる者として、与えていただいていることに深く感謝していきたいと思います。

心徳の学~理想の政学道場~

吉田松陰をはじめ西郷隆盛などたくさんの人物が大きな影響を受けた人物に熊本の横井小楠(1809年9月22日~1869年2月15日)がある。

今の近代教育に警鐘を鳴らし、本来の学問とは「学政一致」だということを述べました。

もし政治と学問が分かれたならば学校が弊害になり、人格を形成するよりも御互いを中傷しあうようになり、才能が有る人間は自分のために政治を利用しようとする人物が育ってしまうと見抜きました。

学校と政治の一体とは何か、それは本来、己を修め人を修めることであり、君臣共にお互いを戒め合い切磋琢磨しながら民衆が健やかに暮らしていける世の中を創りあげていくことであると喝破しています。

それが学校が政治の道具としてだけ用いられるようになると利己的な人物が育ち自分さえよければいいという人物が増えることで必ず社會に害が出てくるであろうと推察しています。現に今の教育をみていたら、明治以降の政策が変わっておらず、富国強兵と殖産興業に役立つ人材育成、つまりは国家にとって有能である人物を教科するようなものが多いように思います。

特に横井小楠がもっとも危惧したことに戦争のことがあります。それを下記のように述べています。

「西洋の学は唯事業之上の学にて、心徳上の学に非ず、故に君子となく小人となく上下となく唯事業上の学なる故に事業は益々開けしなり。其心徳の学無き故に人情に亘る事を知らず、交易談判も事実約束を詰るまでにて、其詰ると処ついに戦争となる。戦争となりても事実を詰めて又償金和好となる。人情を知らば戦争も停む可き道あるべし。(中略)事実の学にて心徳の学なくしては西洋列国戦争の止む可き日なし。心徳の学ありて人情を知らば當世に到りては戦争は止む可なり。(「沼山閑話」)」

意訳ですが、(西洋の学問は事業利益を行うために実施される教育であって、徳を学ぶものではない、それゆえに聖人とか小物とか上下がどうかとなく事業のために行うのだから事業利益はますます発展していく。しかし徳を高める学問ではないがゆえに、人としてどうあるべきかがわからず商談も契約上は守っても、それが煮詰まるとすぐに戦争になる。戦争になっても事実をつめてお金を払えばそれで解決ということになる。もし人としてどうあるべきかを知れば戦争もしなくても済む道もあるのである。もしも事業の学問ではなく、心徳を高める学問をしなければ西洋列国が戦争を止める日がくることはないであろう。しかし心徳を高める学問を修め人としてどうあるべきかが社會に広がるならば自ずから国際間での戦争はなくなるのだ。)とあります。

これは学校というものがどのような目的で開設され運営されるべきかというものを説いています。政治と学問が分かれているという危険が今の世の中をみたら見事に反映されているのが分かります。本来、政治とは何か、それは民が幸せになることです。その国の人達が幸せに平和に暮らせるような社會を創りあげていくことです。

しかし実際は国益を優先し、経済活動のみを奨励し、富国ばかりに邁進すれば社會は利己的な人のみを育て、常に争いや嫉妬、競争や利権ばかりで遂には戦争を誘発してしまうのです。

そうではなく、政治とは本来、己を修めて人を修める道であるとし、学問はそれを実践する人物を徳育していくものであるとしているところに学校というものの本質があるように思うのです。学校に限らずあらゆる組織の場は何のためにあるということを忘れてはならないのです。

最後に横井小楠の求めた理想の社會像が「心徳の学」として述べられていますが、これは社會に関わる職業人たちが目指す理想の姿のことかもしれません。

「学問の味を覚え修行の心盛んなれば吾方より有徳の人と聞かば遠近親疎の差別なく親しみ近すぎて咄し合えば自然と彼方より打解けて親しむ。是感応の理なり。此朋の字は学者に限るべからず、誰にてもあれ其長を取て学ぶときは世人皆吾朋なり。(中略)此義を推せば日本に限らず世界中皆我朋友なり。(「講義及び語録」)」

意訳ですが、(御互いに学問の本来の味わい深きに気づき、心を育むならば徳が高いと聴けばどんな人であろうが差別もなく自ら親しむようになり、御互いに自然にどことなく打ち解けて仲よくなる。これは磁石が鉄を吸うかのように自然の理である。朋という字は別に学者だけの言葉ではありません。誰であっても、その道に長けている人に学び合う時はみんな学友、みんな朋であるのです。この筋道を正しく推していくならば日本に限らず世界中はみんな朋になるはずです。)

利己主義が蔓延して、道を共に歩む朋が少なくなってきているように思います。これも横井小楠の推察の如くの世の中になっているともいえます。しかしだからこそ、目指した国際平和の世の中を創造するために自らが心徳の学を修め、そして道を弘め、本来の生き方によって平和な社會を育てていかなければならないと自覚するのです。此処で書かれた言葉はまるで論語の「遠方より朋来る」の学の本質そのものです。

吉田松陰が目指した維新も、それはより善い政治を行い民が安定して平和で暮らし、朋と共に学問を発展させる世の中を目指したからです。今の時代に産まれたからには、今の時代を担う私たち大人がどのような社會をつくるのかを決めて実践していかなければなりません。

横井小楠は、学校に限らず「心徳の学」を実践すべしと言いますから、肝に命じて自らがその社會を実現していこうと思います。先祖たちの声に耳を澄ましながら、道を訪ねて求めるだけではなく実地実行、かたちにしていきたいと思います。

本来の子育て観~風土と薫育~

本来、国々にはその国々の子育て観というものがあります。明治維新以降、教育ががらりと変化してかつての教育とは一線を画してしまいましたが1600年~1800代の頃の江戸の子育てを調べていると私たち日本人の子育て観の根がどのようなものであったのかを理解することができます。

かつてロシアの海軍士官ゴローニン(1776~1831)は、日本を「子育て上手の先進国」として賞賛しました。

また平戸商館長を務めたフランソア・カロン(1600~1673)はその著書(大日本王国志)の19章の中で下記のように日本の子育てについて記しています。

『日本人は、子どもを注意深く、かつ優しく育てる。たとえ一晩中やかましく泣き叫んでも、ぶったりすることはほとんどない。辛抱と優しさをもってなだめ、悪口を言ったりしない。子どもの理解力はまだ発達しておらず、理解力は習慣や年齢を重ねることにより生まれるので、優しさとよい教育によって導かねばならないと日本人は考えている。7歳から12歳の子どもたちは、驚くほど賢くかつ温和であり、彼らの知識・言語・応対は老人のように成熟し、オランダではほとんど見られないほどである。丈夫に成長していても7歳から9歳までの子どもたちは学校に行かない。この年齢では就学してはならないとされ、彼らは遊び友達の集団に入り、勉強の代わりに元気いっぱい遊ぶ。学校へ行く年齢に達すると徐々に読書を始めるが、決して強制ではなく、習字も楽しんで習い、無理にさせられてはいない。常に名誉欲をもたせ、他に勝るよう励ます。短時間に多くを学ぶことにより、本人や一族の名誉を高めたほかの子どもの例を示す方法により、子どもたちは厳しい苦痛による方法よりも、さらに多くのことを学ぶいう』(大日本文明協会編『欧米人の日本観』より抜粋)。

欧米人のそのころの教育とは子どもを鞭打つことであり、文明が栄える先進国の教育とはそのようなものだという思い込みがある中、読み書きができ高い判断力を持ち文明が進んでいる国々の中で子どもを鞭うつ以外の教育でこのように発展している国は見たことはないと讃嘆しています。

周囲の大人がどのような姿を子どもに見せていたか、そしてその大人たちの生き方が子どもたちにどのように影響を与えていたのかが想像できます。子どものお手本人なる大人たちの道徳観が子どもに薫育していたのでしょう。

この徳をもって育てるという風土と文化が二宮尊徳をはじめ、その後に活躍する偉人たちを育んだのではないかと私は思います。

また最後に1775年から一年間在日したスウェーデンの植物学者であり医師でもあったカール・ペーテル・ツンベルクは見聞したことを述べています。

「日本人が其児童を教育するの状は賞賛にせり」と、日本の児童教育を絶賛している。彼は、手習所の教育方法について、師匠が生徒に歴史上の人物の偉業を歌にして教え、生徒が成長すると日ごろ目にする善行を奨励する。彼らは決して生徒を鞭打つようなことはせず、ヨーロッパのような過酷な罰は与えない。公立の学校(手習所)でも読み書きを教える。たびたび学校を見学したが、生徒は騒がしく、ツンベルクらを追いかけ、オランダオオメ(「青目」か〔注・大石〕)と叫んだという。」「欧米人の日本観」(大日本文明協会より)

自由闊達な校風の中で、御互いの善いものを引き出しているのも想像できます。以前、私がオランダの教育を視察しコンサルティング会社の経営者と話をし講演を拝聴していた時に観た一枚の写真に衝撃を受けました。

それは寺小屋の白黒写真でしたが、如何にそのモデルをヨーロッパが参考にしているのかを実感しました。今の日本は自分たちの子育て観はなおざりにして西洋のものが良いと信じて取りいれていますがまず自分たちがどのような子育て観を持っているのかを考え直してその根を確かめることが先ではないかと私は思うのです。

今の自分をどのように先祖たちは育ててくださったのか、その恩徳を偲びその伝承された祈りに報いることで自分たちの使命もまた再確認できるように思います。大事なことは知ろうとはせずに何でも取り入れるような根無し草のような学び方をしないように慎重に丁寧に学び直していきたいと思います。